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刃‐ブレイド 悠久ニ果テヌ花  作者: 秋久 麻衣
「選択と想到」
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斬り裂き魔の花嫁


 地球、宇宙を問わず、遺跡は一斉にその牙を剥いた。リリーサーの拠点と同義である遺跡群は、周囲に無数のワイヤ・フレームを走らせたのだ。描かれた端から実体化する異形達は、目標を求めてそこらを飛び交う。

 一メートル程の楕円に、薄い膜のような羽が二つ生えている。本体の楕円は銀色の光沢を帯びていたが、薄羽は全ての色彩を呑み込む黒色をしていた。

 世界を埋め尽くし、喰らい尽くすイナゴの群れ……遺跡が形作る厄災、《アクシオン》の群れだ。

 青空も夜空も、等しく黒に塗られる。光の反射すら許さぬ、のっぺりとした黒が、それこそ悪夢のように広がっていくのだ。

 しかし、そんな世界の終わりとしか言い様のない光景を、見上げる者は誰一人としていなかった。その代わりに、地面に埋設されていた砲台達が一斉にその顔を上げた。

 機械特有の無駄のない動きで展開された、細い針の群れ……地面の下に建造された有線砲が、恐怖も逡巡も知らぬと言わんばかりに光を灯した。

 一息に吐き出された粒子砲撃は、砲身と同じく針を思わせる光の線だ。短く、だが断続的に吐き出された針の粒子砲撃は、空を埋め尽くしかけていた《アクシオン》を次々と撃ち抜いていく。

 ランナーの仕込んだ罠、迎撃装置がその威力を発揮したのだ。リリーサーの脅威を目の当たりにして、何もせずに過ごせる者などいない。だからこそランナーは走り、こうして悪足掻きの時間稼ぎだってやってのける。

 遺跡周辺を無人に保ち、自動の迎撃装置を地面の下に埋設した。各地の遺跡でも、同じような光景が繰り広げられている事だろう。

 敵性目標を発見したイナゴの群れ、《アクシオン》は一斉に降下する。広がる為の増殖ではなく、目標を完膚無きまでに破壊する為の増殖だ。

 針の砲身はそれぞれが小刻みに動き、高速で粒子砲撃を放ち続ける。

 当然、全てを撃ち抜ける道理はない。何匹かの侵入を許し、《アクシオン》は自壊し衝撃と爆煙を撒き散らした。その周辺の粒子砲は根こそぎ吹き飛んだが、独立した設計をしている為問題はない。

 全てを殲滅する。そんな単純なプログラムの応酬が、人の手を介さぬまま行われていた。





 ※


 両腕と右脚を失った《イクス》を、格納庫の主であるミユリに任せて先を急ぐ。

 リオ・バネットは、フラット・スーツ姿のまま《アマデウス》の通用路を飛んでいた。ヘルメットは外しており、胸元も開いてはいたが。着替えるだけの余裕はなかった。

 艦内はゼロ・ポイント、未だに無重力のままである。つまり、戦闘態勢は続いているという事だ。

 その理由も分かっている。アンダーは未だに健在であり、お手製のダスティ・ラートと巨大な兵装ユニット……《ステアブルーム》の脅威は取り除けていない。

 それに、少なくない血が流れた。通信状況の慌て振りや、リーファの声色、大体察しは付く。

「リリーサーが動いた。本番だ」

 そうならない事を、心のどこかで願っていた。だが、こうして世界は回っている。

 それこそ、何かに八つ当たりしたい程度には苛立っていたが。生憎と、責任はこちらにもあるので何も言えない。

「……レティーシャを取り逃がしたツケが、こうも響くなんて」

 捕縛に成功していれば。或いは、どこかいつかの戦場で……その命を奪っていれば。

 頭を振り、女々しい考えを捨て去る。過去に文句を付けるのは、誰でもどこでも出来るのだ。今やるべき事でもないし、やった所で何の意味もない。

 真っ直ぐブリッジに向かい、その扉を潜る。もう既に、クルーは全員集まっているようだ。

 イリアは艦長席に、副艦長席にはクストがいる。通信管制席にはリーファが座っており、こちらを見てちょっと表情を緩めた。操舵席にはギニーがおり、その両脇には荒事請負人のリュウキとエリルが立っている。それぞれ、こちらに手を振るなりしてくれている。姿は見えないが、医務室にはアリサ、格納庫には先程も会ったがミユリがいる事だろう。

 手近な椅子を掴み、姿勢を安定させる。

「揃ったね、じゃあ早速」

 こちらの姿を確認したイリアが、その言葉を言い切る前に事態は動いた。

「リオ! 私だよ!」

 どんと胸に衝撃を受ける。恐らく、扉を潜った辺りから壁を蹴っていたのだろう。結構な速度で飛び込んできたトワの細身な体躯が、こちらにしっかりと着弾したのだ。

「トワ、普通に痛いし意外と苦しい」

 しっかりみぞおちに当ててくる辺り才能がある。両腕で抱き付いてくれているのは分かるのだが、ぎりぎりと腰回りと締め付けられるのはちょっと苦しい。

「あと、汗臭いと思うからあんまり顔付けない方がいいと思うんだけど」

 トワはばっと顔を上げてこちらを見る。心底知らんと言わんばかりの真顔をしていた。

「全然気にならない。むしろ好き。本物はやっぱり匂いが濃い……」

 そう捲し立てるように言うと、再び顔を埋め始めた。

「なんか暴走してる……」

 ぱっと見た感じ冷静に見えるが、これは全然暴走している。静かな狂気だ。

「だって! ここ数年、ずっと一緒だったから。離れて分かった、無理。むり、全ッ然、無理。離れなきゃって時、一日は我慢する。二日は無理。しばらくは一日だって無理」

 どす黒いオーラを噴出する勢いで、トワは不平不満を並べていく。

「一人で眠るのやだって言って、リーファにお願いしたらね。仕事中です引っぱたきますよって言うんだよ。叩いてみやがれってんだ!」

 ちょっと脱線し始めている。当然聞き逃さなかったリーファが、むっとした顔でこちらを睨んでいた。

「トワ、とにかく落ち着いて。口調滅茶苦茶になってるよ。あと、リーファちゃんは普通に叩くよ。そういう子だって知ってるでしょ」

 トワは器用に体勢を変え、こちらの背中に回り込む。そして、リーファに向かって小さな舌をべえと出した。煽るのは構わないが、人の後ろに隠れてやるのはどうなのだろうか。

 リーファはにこりと笑みを浮かべている。徹底抗戦の構えだ。

「トワさん、アリサさんに聞きましたよ。テイザーに弱いみたいですね」

 鎮圧用のテイザーガンの事だろう。いわゆる電気銃だ。

「やめて! 私に電気流そうとしないで!」

 トワはさっと身を屈め、こちらの背中にすっぽりと隠れた。

「テイザー食らったら大体みんな昏倒するでしょ。トワだけの弱点とかじゃないよ」

 若干呆れながらそう伝えるが、トワはぶんぶんと首を横に振る。

「私には特に効くの。たぶん」

 それは身体の頑強さに由来するだけなのでは。

「あのー」

 控え目に声を掛けられる。眉をひそめたイリアが、苦笑を隠そうともせずにこちらを見ていた。

「えっと、すいません。どうぞ」

 とりあえず謝罪だけ済ませ、続けて貰うように促す。わざとらしく咳払いを挟み、ランナーの部隊指揮官及び《アマデウス》の艦長であるイリアは投影モニターを指差した。

「じゃあ始めるね。とりあえず一番重要な事だけど。リリーサーが動いた。地図上にマークした地点と予測範囲にあの黒だか銀色の奴」

 ひょこりとトワが背中側から顔を出す。

「《アクシオン》だよ。ぶつかって自爆して、いっぱい増える」

 ‘何か’とか、《アンノウン》とか。その時に応じて様々な名前がある奴だ。リリーサーの用いる無差別破壊兵器……のような物だ。一メートル程のミサイルが、無数に降り注いでくるような代物で、分かりやすい被害を周辺にもたらす。

 トワの補足にイリアは頷き、続きを話し始める。

「そう、その《アクシオン》の起動を確認したって事。あれが動くって事は、リリーサーが動いているって事。トワちゃんの感覚でも、そんな感じがするんでしょ?」

 こくりとトワは頷き、こちらの肩に顎を乗せた。

「現在、地球宇宙問わずに《アクシオン》は暴れてる。遺跡周辺には、それ専用の粒子砲を埋設してあるんだけど。まあ時間稼ぎにしかならないよね」

 何せ、相手は無数にいるのだ。どんな装備を用いても、結局は押し切られるし押し負ける。あれは、そういった類の兵器だ。

 追加で説明があるのか、副艦長でもあるクストが投影モニターに幾つかの画像を貼り付ける。アルファベットに、先程言っていた粒子砲の簡略図だ。

「ランナーの用いる緊急コードの一つに、DCCという項目があるわ。ディザスター・カウンター・コールの頭文字を取っているのだけど。これは、要するに対リリーサー用戦備なの。リリーサーについて、情報開示は殆どされていない。リリーサーがいる、脅威だなんて口で言っても、理解するのは難しいでしょうし。何より、関係者に危険が及ぶと判断しての事よ」

 クストは意図的に言葉を選び、視線を絞らないようにして話しているが。関係者とは、自分とトワの事だろう。リリーサーの存在を組織に証明する場合、どうやっても自分とトワの情報も開示する必要がある。だから、それをしなかったという事だ。

「でも、リリーサーによる破壊の爪痕は、隠された事実とは別にそこにある脅威として認識出来る。だから、このコードを作ったのよ。対災害用のマニュアルと一緒にね」

 第二次if戦争後期、《アクシオン》による自爆特攻は散々な被害を叩き出した。それが停止したからといって、その脅威が去ったわけではない。そうランナーは認識したのだろう。事実を隠し、それでもそれが脅威であるという一点は消さないし消せない。

 クストはイリアに目配せをした。再びイリアが話し始める。

「ランナーは全てが即応部隊。DCCの発令を受けて、各地域への派遣メンバーの割り出しは済んでる。それ用の装備も準備してあるし、あれとの戦い方も訓練済み。結構な時間は稼げる筈だよ。それでも、時間稼ぎにしかならないってのは変わらないけど」

 それに、とイリアは続ける。

「アンダーも無視は出来ない。リオ君の攻勢で、ダスティ・ラートと思われる砲台には傷が付いた。即時発射は無理だろうけど、これも時間稼ぎ。加えて、《ステアブルーム》なんていう厄介兵器も鎮座してるみたいだし」

 ランナーの精鋭が、不意討ちとはいえ全滅させられたのだ。リリーサーに対処する必要がある、だがアンダーも無視出来ない。そして、割ける人手はそう多くはない。

『そう、だからこそ!』

 聞き慣れない声がブリッジに響いた。イリアが顔をしかめ、通信管制をしているリーファをじとりと見る。

「自分のタイミングで出るから、黙っていて欲しいと懇願されました」

 リーファがあっさりと情報を吐くも、その男性にとって重要なのは第一声だったのだろう。特に咎める様子もなく、投影モニターの隣に通信映像を展開した。

『《ヴォイドランス》、艦長のアーノルドだ。遅れてすまないね』

 芝居がかった言動のアーノルドに、イリアは冷ややかな目を向けている。

「あのさあ、呼んでないし。なんでスーツ着てるの? 宙域活動中でしょ舐めてるの?」

 快活な笑い声を返すと、アーノルドはちっちと指を振る。

『スーツを着ている方が縁起が良くてね。大体、君だってラフな格好をしているじゃないか、《マリーゴールド》』

 イリアは珍しく舌打ちをし、伊達男の笑みを氷のような視線で受けている。

『おっと、話が逸れる所だった。そう、だからこそ!』

 仕切り直しに入ったアーノルドに、またぞろイリアが言い返そうと拳を出すが。埒があかないと判断したクストが抑えるようにハンドサインを送る。

『我々の取れる戦術は少数精鋭による強襲作戦のみだ。ランナーの殆どはDCCに従って行動して貰う。そして、諸々の厄介事には主役が決着を付ける。そうだろう?』

 溜息を吐き、イリアは小さく何度か頷く。

「まあ、実際そういう感じよ。アンダーは《アマデウス》が、《ステアブルーム》は私が。で、リリーサーは」

 イリアがこちらを見た。分かっている。

「僕とトワが止める。今度こそ、サーバーを……破壊して」

 遠回しにしてきた難題も、言葉に置き換えてしまえば何て事はない。どうやって破壊するのか、リリーサーを統括するシア・エクゼスの妨害はどの程度入るのか、そして。

 サーバーを破壊したその後に、トワに未来はあるのかどうか。悪化していく体調を治す術は、そのサーバーとやらにしかないというのに。

 そんな逡巡に気付いたのは、背中に張り付いているトワと、こちらを横目で見ているリーファぐらいだろう。

 コンソールに背を預けていたリュウキが、こちらに視線を向ける。

「二機で何とかなるのか? 前回は、《スレイド》が一機って情報があったからそういう采配だったと思うんだが」

 正直、分からない。しかし、その質問に答える前にエリルが口を開く。

「リリーサー絡みはいつだって未知数。万全を期すなら、可能な限り戦力を集中すべきだと思います。ですが」

 少し考えてからエリルは続きを話す。

「他のユニットが随伴したとして、援護になるかどうかは微妙な所です。足手まといになる、とまでは言いませんが。弱点にはなり得るかも知れません」

 実際にリリーサーとやり合ってきたエリルには、何か感じ取れるものがあったのだろう。仮に、シアが妨害してくるとしたら。自分とトワ以外の敵に、彼女が容赦してくれるかどうかは微妙だ。

 話を聞いていたギニーが、こくこくと頷く。

「それこそ家族の問題って奴だよね。部外者が出張ったらまずいような類の」

 それらの話を黙って聞いていたトワが、こちらの肩に両手を添えてひょいと浮き上がる。

「私達は二人で大丈夫だよ。二人でやらなきゃいけない事なんだって、私知っているから」

 その先の結末なんて、まるで見えていないかのように。トワは迷いなくそう言った。手も震えていない。覚悟を決め、ここにいるのだ。自分と違って。

「……決まりだね。ランナーはDCCに基づき、《アクシオン》の迎撃に入る。《アマデウス・フェーダー》はアンダーを無力化する」

『そして《リッパー》と《ブライド》が決着を付ける。主役は君達という訳か。羨ましい限りだ……妬けるね』

 伊達男、アーノルドがそう締め括る。お前が締めるなと言わんばかりの不機嫌顔を、イリアはモニターに向けていた。

「私が《ブライド》の方だよね?」

 こちらの耳元に唇を寄せ、トワは囁くように聞いてきた。

「僕が花嫁(ブライド)って感じに見える?」

 呆れながらそう返すと、トワはやはり迷いなく頷いて見せた。

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