絶望の映し鏡
肩で息をしながら、レティーシャ・ウェルズはヘルメットを投げ捨てた。止まらない冷や汗に、こういう戦いは二度と御免だと毒突きながら。残骸と化したif達を一瞥する。
リオ・バネットと戦い、敗北した。そこから逃げ出したはいいが、こうもヘマを重ねていてはどうにもならない。注意していたつもりが、追跡されていたなんて。
「気持ち悪い……使い過ぎた」
BFCを強引に稼働させた所為だと、レティーシャは額の汗を拭う。両腕のないifが戦う為には、これを使うしかないのも事実だが。ちょっとした嘔気と確かな頭痛は、どう足掻いても気分の良いものではない。
輸送用に改良された無人if……《レストック・リヴァー》を呼び戻し、こちらのifと接続させる。自動操縦のプログラムを走らせ、目標地点へと急ぐ。
皿頭の奇妙なifが、両腕のないifを牽引しながら走っている。外からこの光景を見る者がいれば、そんな絵が映っている事だろう。
「あそこで、終わっていた方が」
レティーシャは、先程の戦いを思い返す。三機の《ハウンド》を消した事ではなく、リオとの斬り合いの方だ。何度か死線が見えた。ある程度の迷いは感じ取れたが、それは所詮表面上でしかない。本質的な部分では、リオは真っ直ぐに死を運んできていた。受け止めていれば、全部終わっていたのかも知れないのに。
溜息を吐き、レティーシャは座席に深く腰掛ける。
「自分の事が一番よく分からないわ」
他でもない自分自身に文句を言いながら、レティーシャは到着を待つ。目を瞑り、ただ流されるままに運ばれていく。延々と流され、辿り着いた先がこの有様だと言うのに。自分はまだ、流されるままに動いている。
沈む事しか知らない思考に、意図的に鍵を掛けながら。じっと縮こまるようにして、レティーシャは時間が過ぎるのを待つ。
数十分の暗闇を経て、短い電子音が操縦席に響いた。目を開き、レティーシャはその呼び出しに応答する。
『レティ、無事だったんですね。心配しました……』
自分を愛称で呼ぶ、友人の声だ。リシティアは本当に心配していたのか、声には安堵が込められている。それが本当なのかどうかすら、今の自分には分からないのだけれど。
「リオ・バネットに負けたわ。あと、追跡されてた。対処したけど、間に合ったかどうかは分からない」
事務的な報告を済ませ、レティーシャはメインウインドウを見る。通信が繋がったという事は、そろそろ見えてくる頃だろう。
『大丈夫です。セクションは全部、奪い返されちゃいましたけど』
そう告げるリシティアの声に、落胆の色はない。その理由も分かっている。セクションを強奪し、同時にクラッキングを行う。精鋭揃いのランナーを相手にし、それらが本当に成功するのかどうか。
「……予定通りに?」
結局、これは見えている剣なのだ。そうレティーシャは考えていた。セクションを奪う、クラッキングをする。絶対に見過ごせないし、何とかしなくてはならない。見えている剣だから、受ける事も返す事も出来る。だから、見えている剣を振って見えない剣を忍ばせる。戦いは、そんなやり取りの繰り返しなのだ。
『予想以上、です。さすがランナー。このままだと、建造が間に合うかどうか』
レティーシャの目にも映っていた。何もなかった筈の宙域に、馬鹿でかい砲台が着々と組み立てられていく様が。
『ダスティ・ラート。本物はもっと大きかったんですよ、レティ』
自分は、本物を見た事がない。レティーシャは、その時の事を思いだして唇を噛み締める。勝手な行動をして、戦場に留まった。だから、本物のダスティ・ラートを見ていない。その本物の射撃を止める為に、キアと《フェザーランス》は。
「……ごめん」
小さな声で、通信機器の向こう側にいる少女に謝る。
『いえ? ですから予定通りです。遅かれ速かれ、ランナーはここに来ますから』
気付いていないのか、とぼけたフリをしているのか、それすらもう、自分には分からないのだ。
私の所為で、キアは死んだようなものでしょう?
そう胸中に続けながら、レティーシャは復讐の道を歩む少女の声を聞いた。




