透明な悪意
イリア・レイスの操る《シャーロット》が、縦横無尽に自然公園を跳ね回る。鋼鉄の体躯が転がり、跳ね飛ぶ度に地面は捲れ木々は薙ぎ倒されていく。
少数精鋭でセクションを奪還する。複数の作戦行程があるが、セクション内に点在するifの排除は最優先だ。
スマートウィップを掻い潜りセクション内に侵入、出鼻を挫いて顎を砕く。初手で二機を無力化し、この公園まで逃げてきたという訳だ。
憩いの場を破壊するのは気が引けるが、住宅地で同じ事をするよりは大分マシだ。相手も最低限の良識はあるのか、こちらの誘いにしっかりと乗ってきた。
四機の《カムラッド》が、《シャーロット》を囲い込むように動く。同じ分隊員なのか、装備は似通っていた。突撃銃を構えてはいるが、あれを使わせたくはない。
「乗ってくれれば良いんだけどなあ」
イリアは一人呟きながら、武装解除の為にスイッチを幾つか叩く。《シャーロット》は敵に向けたアンカー散弾銃を下ろし、それを腰に戻した。
左手にマチェットを、空いた右手にはシャープナー投擲ナイフを構えさせる。こちらは銃を使わないという意思表示だ。
《シャーロット》を囲うように降り立った四機の《カムラッド》は、迷わずに突撃銃を仕舞い、ハンドアクスを構えた。
「よし、乗ってきた」
イリアは口元を緩め、接近戦用のソフトウェアを起動する。if同士の接近戦において、通常操縦には限界があるのだ。一対一ならまだしも、一体四では囲われておしまいだ。丁度今のように。
だが、抜け道は幾らでもある。相手が油断している内に、四機ともここで眠っていて貰おう。
イリアの《シャーロット》は真正面に跳ね飛ぶ。狙いはそこにいる《カムラッド》だ。メインウインドウにブレードレティクルが表示され、どう斬り付けるかを素早く先行入力していく。
計三つのブレードレティクルが、画面の端々に固定される。それとは別に、新たに入力したブレードレティクルが真正面を狙う。
イリアがトリガーを引き、《シャーロット》が左手のマチェットを振り下ろす。踏み込みと同時の斬撃だが、所詮は見えている剣だ。目の前の《カムラッド》は、ハンドアクスで造作もなく防ぐ。
そして、動き始めていた他の《カムラッド》が周囲から殺到した。攻撃を受けたifは防御に徹し、他が攻撃を仕掛ける。教本通りだ。
イリアの《シャーロット》はマチェットを素早く引くと、固定しておいたブレードレティクルを順次撃発させた。照準のずれは、《シャーロット》自体を動かすだけで対応出来る。計三つのブレードレティクルをなぞるように、それこそ目にも止まらぬ速度でマチェットは繰り出された。
左手側、右手側、そして背後にいた《カムラッド》は、何が起きたのかすら分からなかっただろう。それぞれハンドアクスを持っていた腕を両断され、振り抜いたままの体勢で動きを止める。
唯一対応出来る位置にいるのは、真正面の《カムラッド》のみだ。だが、続け様に投げ付けられた右手の得物……シャープナー投擲ナイフが頭部に突き刺さっていては、何も出来ないのと同じだろう。
攻勢は止まらない。イリアの《シャーロット》は、その場で直上に飛び上がった。射撃用のガンレティクルを立ち上げ、空中制御を続けながら右手で腰にあるアンカー散弾銃を引き抜く。
「上から下に撃つ分には、結構安全なんだよね」
公園に大穴は空くが。とイリアは胸中で続けながら。破砕力に優れた一粒弾……スラッグ弾を的確に撃ち下ろした。一発撃ってはレシーバを引き、用済みとなったシリンダーを吐き捨てながら。回避も反撃も許さないとばかりに、ひたすらに撃ち込んだ。
四機の頭部、両腕、ついでに両脚をさくりと粉砕し、ようやく《シャーロット》は地面へと着地した。
連射し、熱を吐き出すアンカー散弾銃のバレルをその場に破棄する。替えのバレルを取り付け、スラッグ弾を再装填しながら、《シャーロット》は近くに転がっている《カムラッド》を脚で小突いた。話を聞け、という意思表示だ。
「ハッチを開けて、大人しく出て来て貰える? まだ戦うのなら付き合うけど」
外部スピーカーを通し、イリアはそう呼び掛ける。抵抗の意思は端からないのか、ハッチは開き操縦兵は全員ifから降りた。
「よし。後は任せればよし、と」
座標を登録して、歩兵部隊に発信する。後は歩兵部隊の到着を待ち、この無法者を捕まえて次のポイントに向かうだけだ。
その僅かな時間を活用する為、イリアは長距離通信を繋ぐ。相手は《アマデウス・フェーダー》、そこで待機しているリーファ・パレストだ。
通信接続を確認し、イリアは問い掛ける。
「状況はどう? 問題とか起きてない?」
この時点で問題があったら、相当にまずい状態だが。
『全行程は滞りなく進んでいます。ランナー側に被害はありません。ただ……』
リーファは言い淀むも、そんな状況ではないと分かっているのだろう。すぐに元の声色に戻った。
『死傷者は少なからず出ています。ゼロとは言えない状態です。このままだと』
リリーサーが再起動するかも知れない。人と人が兵器を用いてぶつかり合う。その中で、死者を出すなというのは無理難題にも程がある。だから、こうなる前に何とかしなければいけなかったのに。
「……今はとにかく、この作戦を終わらせないと。他に変わった事はある?」
意識を切り替えながら、イリアはそう問う。リーファは、ありませんと答えた後に、少し待つように言った。
何か新しい情報が入ったのだろう。この周囲のランナーは、皆リーファに連絡を寄越すようにしている。リーファはその情報をまとめ、こちらに報告してくれているのだ。
再度通信が繋がり、リーファが咳払いをする。
『フィールドランナー、ジャッカルの隊から報告がありました。未確認の機影を確認したそうです。セクションから遠ざかる動きをしていたようで。アンダーの本拠地が分かるかも知れないと、偵察の申請がありました』
この段階で、セクションから逃げるような動きをしている。本隊や本拠地があるとすれば、確かにそれを突き止める絶好の機会だ。
「許可した?」
『はい。一刻を争う事態だったので、ジャッカル隊に任せました。隊の位置情報は常に受信しています』
よし、とイリアは頷く。ここでもたつくようでは、ランナーは敵に追い付けない。リーファもジャッカルもそれが分かっているからこそ、判断を下したのだ。
「ジャッカルの空けた穴は」
『別のフィールドランナーを派遣しました。対処済みです』
完璧な采配だと、イリアは苦笑する。本当に、リーファは頼もしくなった。足下を見ると、歩兵部隊が操縦兵達を拘束している所だった。ここはもういいだろう。
《シャーロット》を飛び上がらせながら、状況を再度確認する。何も問題はない。制圧は順調で、民間人に被害も出ていない。
「……ちょっと怖いな。まるで、奪い返されても構わない、みたいな」
額面以上の制圧劇を見せ付けたアンダーだが、この防衛状況は額面通りでしかない。人質を取っているような動きもないのだ。建物を盾にするとか、地の利を活かす訳でもない。
自分が本気でセクションを強奪し、防衛に入るとしたら。民間人を数箇所にまとめて拘束、そこにifを配置する……とか。そういう、テロ屋のやり方を選ぶのだが。この連中は、そういった手を全く使わないのだ。そこが引っ掛かるも、かといって制圧を止める理由もない。
ジャッカル隊が、何かを見付けてくれると良いのだが。
そんな事を考えながら、イリアの《シャーロット》は次のポイントに向かった。




