虚空の騎士
細かな作戦は、イリアが煮詰めてくれるだろう。作戦会議の後、リオ・バネットは格納庫へ足を運んだ。今までここに来た事がなかったのは、こうして対面するのを避けていたから……かも知れない。
そこには、かつての相棒である《イクス》が佇んでいた。かつての、と表現したのは理由がある。もう、ここにいる《イクス》はあの《イクス》ではない。長剣で胴を射貫かれ、《イクス》の核は破壊された。彼のサポートはもう受けられないし、言葉を交わす事もない。
「もう、お前の声は聞こえないんだな」
確かな言葉を交わした事実は、それこそ朧気だった。でも何となく分かったというか。彼が何を望み、何を託したのか。彼の意思が……言葉が。分かったような気がするのだ。
だが、それも終わりだ。ここにいる《イクス》は、見た目こそ修復されているが。友人の遺体を見ているような気分にさせられるのだ。形は残っているのに、中身は空っぽなままで。
《イクス》の外観は、先の戦いよりもシンプルに仕上がっていた。全身に刀剣を括り付けた、あの姿ではないという事だ。
拉げ、引き剥がしたバイザーは修復されていた。特殊部隊のゴーグルを思わせるその意匠に変化はないが、幾つか追加でカメラアイが増設されている。バイザーの奥にあるツインアイは、ひび割れた右目が交換されているようだった。
貫かれた胴は、使えるフレームはそのままに、装甲部分は《カムラッド》から流用しているようだった。見覚えのある形状だ。
右腕や両脚も、同じように見覚えのある装甲がちらほらとあった。《カムラッド》や《オルダール》の予備部品で、損傷のひどい部位を補ったのだろう。
プライア・スティエート……遺跡の主、リリーサーが用いる特殊な兵器群であるこれらは、予備部品など存在していない。だから、人の手で直そうと思ったらこの手段しかない。
プライアである事は確かだが、ifの要素を多く含んでいる。今の《イクス》は、そういった希有な存在だ。
「……それにしても」
希有な存在だとしても、これまで見てきた部位はまだマシだった。要するに、《イクス》として整っているというか。問題は、丸々斬り落とされた左腕だった。左腕だろう何かが、そこには付いている。
その左腕を呆然と眺めていると、足音が耳に入った。隣に並んだ足音は、その音だけでもどこか誇らしげに聞こえる。視線を向けると、これ以上にないドヤ顔をしたミユリが、腕を組みながら立っていた。仁王立ちという奴だろうか。
「どうだリオ。気付いたか、あの腕に」
格納庫の主であるミユリ・アークレルが、にこにこきらきらを隠そうともせずにそう言う。良い仕事っぷりだったのだろう。
「左腕、どうなってるんですか。まるで」
篭手を思わせる腕に、小さな盾が施された肩、その肩に懸架された、細身の実体剣……ナイフやマチェットとは違う、刀と形容すべきなのか。それら全体の印象は、そう。
「サムライ、だろ?」
ミユリがにやりとしながら答えを言う。そう、それだ。
今の《イクス》は、騎士然とした姿から特殊部隊を思わせるゴーグルを付け、各所がifと似通った造形になり、左腕は侍なのだ。それぞれの要素が別方向を驀進していらっしゃる。
「なんなんですかあの腕は。飾りじゃないですよね?」
そう問い掛けると、ミユリは鼻で笑う。当たり前だと言わんばかりの表情で、《イクス》の侍腕を指差し始めた。
「こいつは、もういっそ腕自体に武装を施そうっていう設計でな。土台は《カムラッド》の腕なんだが、中身は別物だ。ただまあ、この設計の厳しい所は、ただでさえ精密機械なifの中に、武装を仕込むって結構不安って所だ」
「じゃあなんでやったんですか」
至極当然の突っ込みをスルーし、ミユリは説明を続ける。
「要は脆くなるって事だな。それに、その部位に衝撃が掛かると暴発の危険もある。だから、あの腕はそもそも堅牢に仕上がっている。篭手や肩のバックラーなんかで補ってたりもするが。お前が殴りに行っても、しっかり耐えてくれる筈だ」
仰々しい見た目をしているが、その見た目通りに堅いというのか。
となると、気になるのはあの刀剣だろう。
「じゃあ、あの実体剣もやっぱり刀なんですか?」
肩に懸架されたそれを指差し、ミユリに問い掛ける。ミユリは得意げに頷くと、いつもの説明モードに入った。
「あれはE‐9フラッシュソードだ。要は打刀だな。とんでもなく斬れるぞ。実際の刀剣と同じく、横合いからの衝撃には弱いが。うまく使ってくれ。速度と振り方によっては、防ぎに入った相手の実体剣ごと斬れるぞ」
テスト段階では、という奴だろう。実戦でどの程度機能するかは分からないが、どうせいつも使っているナイフも提げていく。この打刀とやらが使えなければ、そのまま敵に投げ付けてやろう。
「それで、武器を仕込むってのはどれの事ですか」
あまりこちらから聞くのもどうかと思ったが、打刀について熱く語り始めたミユリを止める為にその話題を出す。ミユリはこくこくと頷き、やっぱり気になるよな、と言いたげな目でこちらを見た。
「あの左腕な。手首に散弾が仕込んであるんだ。正確には、腕に散弾銃を仕込み、手首に銃口があるって感じか。総弾数は六発、セミオート式だ。対ifを想定した八粒弾を、狭い範囲に撃ち出す。ハンドイン・ショットガンって奴だ」
腕に散弾銃……自身の左腕を見ながら、どんな感じなのか想像してみる。不意を突けば、近接戦時のアクセントにはなるのか。それよりも、故障や誤作動が怖い所だが。
「まあ、ミユリさんの調整だし。そこは大丈夫か。結構様変わりしてるけど、《イクス》本人の感想はもう聞けないし」
そうぼやいていると、ミユリが思案顔になる。
「もう核がないんだっけか? 一応、操縦席周りも指定通りにしておいたが。通常操縦というか、ifと同じような操縦体系って奴か」
プライアの操縦は、ifとは異なる。自身の意思で体躯を動かし、自身の目でプライアの目を開く。だが、それは核となる誰かの助けがあってこそなのだ。やれない事はないが、相当に体力を使う。だから、通常操縦も出来るように頼んでおいたのだ。
「もっとも、こっちはどこまで機能するかは分からん。それっぽく配線しただけって感じだ」
「大丈夫です。細かなすり合わせは僕がやります」
点と点があれば、それを線で繋ぐぐらいは出来る。
「核がない、か。じゃあ、名前は《イクス・ホロウブランク》って感じか?」
すかさず名付けをしようとするミユリに苦笑を返しながらも、その名前はどうなのだろうと疑問に思う。
「それ、ホロウもブランクも似たような意味じゃないですか?」
厳密には違うが、内包する意味は似通っている。命名としてはどうなのだろうか。
ミユリは首を横に振り、それが良いんだと力説し始めた。
「強調してるんだよ。それに、こういうのは語感とノリが大事なんだ。冷静になったら名前なんか付けられないぞ」
そういう物なのだろうか。
「まあ、いいですけど」
《イクス》でも《イクス・ホロウブランク》でも、どちらでもいい。かつての相棒であった事は変わらないし、これからも共に戦って貰う。
出来れば、一緒に戦いたかったが。そんな思いが沸き上がり、一人ではどうにもならなかった戦いを振り返る。黒騎士……討滅の《スレイド》は、その中の最たる一騎だ。技と業を尽くし、極限まで剣を振るって尚届かなかった。《イクス》の中の《イクス》を犠牲にして初めて、その胴に刃を突き立てられたのだ。
今度は、一人で戦わなければならない。
一人という言葉から、ある少女を連想する。
トワもまた、今回の戦いには参加しない。いつリリーサーが出てくるとも分からない状況で、戦場に出す訳にはいかないからだ。今のトワを戦いに出す事自体、本当は否定したいのだが。
今回は、そういった意味でも一人なのだ。《イクス》はいないし、トワも留守番だ。たった一人で、戦わなければいけない。
かつての自分であれば、いつも通りだと呟いて終わりだ。でも、今の自分はどうなのだろうか。
「トワ、機嫌悪かったしなあ」
トワは誰よりも自分の体調を分かっているし、状況も分かっている。分からないと駄々をこねるような子ではないのだ。だが、置いてけぼりを食らう以上機嫌が良い訳ではない。何かしらどうにかならないものかと、今頃医務室で息巻いている事だろう。
「そっちの問題も片付けないと」
このまま放置は出来ない。それに何よりも、自分が一人でいる事に違和感を覚えている。一人で戦わなければいけない。だが、それでも何か欲しいのだ。
その何かを手に入れる為、ぷりぷり怒っているだろう少女の姿を探しに行った。




