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刃‐ブレイド 悠久ニ果テヌ花  作者: 秋久 麻衣
「少年と少女」
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枯れない花

あらすじ


 宇宙に点在する遺跡から、得体の知れない少女が現れた。その存在はあまりにも特異過ぎる故に、理解など出来る筈もない。

 壊れた少年は白い少女と出会った。その一歩は、もう踏み出してしまったのだ。

 Ⅱ


 まず目に映るのは全体に施された灰白色だろう。コンパクトな船体、その両舷に楕円を引き延ばした形状の兵装ユニットが装着されていた。その兵装ユニットは船体と比べ大型であり、両舷は大きく前に突き出した外観をしている。戦艦である以上武装しているが表面上は確認出来ず、そのため流線的なシルエットを持つ。白亜の神殿、そんなイメージすら受けるだろう。その白亜の戦艦、《アマデウス》はBS……ベースシップに該当する。

 そのBS《アマデウス》の船体内部、通用路を歩きながらリオは考えを整理してみた。

 宙域にて新たに発見された遺跡の調査に赴き、その内部で少女を発見、回収し‘何か’に襲撃される。その危機を他ならぬ少女に救われ、《アマデウス》に無事帰還した。

 どう考えてもおかしい、現実的ではない。しかし、この身は確かにそれを体験した。もし仮に全て自分の妄想、精神障害の類だとするならば話は早い。だが、それでは機体損傷の説明が付かない。何より、少女の存在が分からない。

 そう、分からないのだ。どう考えても少女の存在を説明することができない。結局あの遺跡から少女と逃げ出した後、《アマデウス》から発進した機体に回収され事なきを得た。どう説明すべきか分からず、ただ身に起こった事をそのまま話したのだ。だが唯一、少女に対してなぜか恐怖を感じて、銃を突き付けたという事実は話さなかった。

 少女は医務室に運ばれることになり、自分は事後処理を済ませるように言われた。といっても機体は半壊し、説明できることはほぼ説明してしまっている為短時間で済んだのだが。

 今現在向かっているのは医務室、目的はあの少女だ。堂々巡りの頭の中、最後に過ぎるのはいつもあの少女の事だった。少女は一体何なのか。本当にそこにいるのだろうか。そもそも、人という括りで合っているのか。何もかも分からないままだったが、或いはあの少女に会えば答えが見つかるのかも知れない。

 だが、会った所でどうする。直接聞いてみせればいいのか、それとも。そんな事すら決まらず、気付けば医務室の扉は目の前まで迫っていた。人の存在を感知した扉が横にスライドする。

 後には引けず、そのまま医務室へと入る。清潔感のあるそこは、手狭ながらも必要最低限の処置は出来るだろう医療器具を備え、真っ白なシーツがしっかりと張られたベットが数台並んでいた。

 そのベットの一つに目的の少女はいた。白いベットに横たわる白い少女。寝具は腰の辺りまで掛けられており、ワンピース型の患者衣に包まれた身体は、華奢という言葉がぴったりと当てはまるようだった。細く小さな身体は呼吸の度に小さく動き、少女がそこに生きていることを何よりも雄弁に証明していた。剥き出しになっている腕には、検査用の器具が幾つか付けられている。

 ベットの脇まで近付き、眠ったままの少女を見た。まず印象に残ったのはその白い肌だった。仄かに光を纏っているようにも見えるそれは、喩えるのならば月明かりだ。

 何の警戒もしていない少女の手に、自分の手を重ねてみた。《カムラッド》の操縦席でそうしていたように。少女の手は思っていたよりも柔らかく、仄かに温かかった。

「リオか。何してるんだ?」

 不意に声を掛けられ、重ねた手を離した。見られたくない所を見られてしまった。ちょっとした気まずさを覚えながら、声の方向を振り向く。両腕を組みながら片手で電子カルテを持った女性が、こちらを静かに見据えていた。

「アリサさん、その、ちょっと気になって」

 アリサ・フィレンス。肩に引っ掛けている白衣が示しているように、《アマデウス》の軍医として配属されている。二十三歳という若さだが、二十歳から軍医として働いているその腕は確かである。実際、何度もお世話になっている身だ。

「ほう。眠っている少女の手を握って解決する疑問か?」

「あの、いや、違いますけど……えっと」

 しどろもどろになってしまっているこちらを見て満足したのか、アリサは吹き出すように笑い手に持った電子カルテをこちらに差し出した。

「分かってるよ、これが検査結果だ。目を通すといい。後は自由に手でも何でも繋げ」

「あ、ありがとうございます。それと手の話は勘弁して下さい……」

 電子カルテを受け取り、そこに表示されているデータを見ていく。

「要は、何も異常なしだ。強いて言うなら胃に何も入ってない」

「それって、どういう事ですか?」

「凄く腹が減ってる。後は健康そのものだな」

 電子カルテの情報を見る限りでも異常は見当たらなかった。だが、それでも聞かずにはいられない。

「アリサさん」

 普通であるはずがない。異常でないはずが、ないのだ。

「その、変な事聞きますけど」

 眠ったままの少女に再び視線を落とし、出会ったその瞬間を、その状況を思い描いてみる。

「この子は、人なんですか?」

 紛れもなく人に見える。容姿も、あの手の温かさも。だが、状況がそれを許してはくれない。少女は何者なのか、そもそも人なのか。何も分からない。

「まあ、医学的には人で間違いない。後は話を聞いてみないと分からないが、そう警戒しなくてもいいんじゃないのか?」

 あっけらかんと答えるアリサだが、そう簡単に割り振れるものではない。

「それに、私も医者だからな。生きている以上は、何であろうと助けるもんだ」

 お前も同じだろうが、とアリサは言外に告げる。最初に助けたのは他ならぬ自分であり、それ自体が答えだとアリサは言いたいのだろう。

 確かにこうしている分にはただの少女にしか見えないが、他ならぬ自分は少女の異質さをこの身で感じている。あの抗いようのない恐怖から、銃を突き付けてしまったことも。

 一方であの温かさや、自分を助けてくれた事も知っている。だから分からなくなる、この少女の存在が。そして、それに自分がどう向き合うのかも。

 答えの見つからない問いをひたすら繰り返す。その思考の連鎖は、意外な形で途切れた。

 小さな欠伸、吐息の漏れるような声だ。その欠伸の主である少女は、鮮血のように紅い虹彩をした眼でこちらをじっと見ていた。その瞳は純粋無垢を通り越して、いっそ何も感じられない程に澄んで見える。

 白い肌と、整った顔立ち。色素が抜けてしまったかのような灰色の髪に、紅い虹彩をした眼がアクセントとして全体を綺麗にまとめてみせた。人外の美しさ、とでも言うのだろうか。操縦席の中で目を合わせた時もそうだったが、暫く目が離せなくなるほど綺麗な子だった。

 互いに何も喋らず、ただ見ているだけ。疑問も何も全て忘れ、ただ無防備に見とれていた。

 何かが落ちる音がして視線が外れる。いつの間にか手に持っていた電子カルテを落としてしまっていた。

「良かったな。話が聞けるぞ、リオ。直接聞いてみたらどうだ」

 アリサがその電子カルテを拾い上げながらにやと笑う。またもや見られたくない所を見られてしまった気まずさを覚える。アリサは意味ありげに笑みを溢すと、イリアに伝えるからと奥に引っ込んでしまった。

 少女は何も言わず、ただこちらをじっと見ている。

「あの、その、君は」

 何を聞けばいいのか。思考が停止してしまっている頭は、まったく働く気配がない。

「一体、誰なの?」

 その問いには答えずに、少女はゆっくりと手を伸ばす。そして、そのままこちらの手をやんわりと握ってみせた。今まで表情の乏しかった少女が、心なしか落ち着いたように見えるのは気のせいだろうか。少女の手はやはり柔らかく、そして仄かに温かかった。

「……だれ、なの」

 透き通った声が響く。一切の淀みを感じさせないその声は、紛れもなく目の前の少女が発した声だった。

「えっと、僕はリオ」

「……リオ」

 その声色は、理解というよりもただ真似をしているだけに感じる。そうなのだとしたら、これはかなり厄介な事になる。

「言葉は分かる?」

 恐る恐る尋ねる。少女は握っていた手を解き、上体をゆっくり起こした。

「わかる?」

 少女はやはり、ただ真似をするだけである。表情が乏しいことも相俟って、まるで精巧な人形を相手にしているようだった。

「リオ、そいつの様子はどうだ?」

 アリサが奥から戻ってきた。手には電子カルテの代わりに携帯端末が握られており、おそらくイリアと繋がっているのだろう。

 少女はアリサを見るや否や、素早くベットから飛び降りて僕の後ろに回り込んだ。少女につけられた検査用の器具が引っ張られ、床に叩き付けられて大きな音を立てた。

「おお、派手にやったな」

 アリサが感心したように呟く。

「それだけ動ければ何の問題もないだろう。で、リオ。そいつは何だって?」

 少女は細い腕をこちらに絡ませながら、アリサの様子をちらちらと伺っている。

「それが、多分言葉は話せないです。こっちの真似はしますけど」

 精巧な人形などではなく、紛れもない人の温かさを背中に感じながら答える。ちょっと後ろめたい。

「へえ。調べてもいいが、その様子を見ると難しそうだな。しかし、やけに懐いてるな」

「僕だって何がなんだか……」

 少女は何の迷いもなく身体を寄せてくる。同年代だろう少女の、思っていたよりも女性らしい体格を否応なしに意識させられる。いや、女性らしいと言っても控え目である事は確かだ。だが、それ故に接触面積が広い。これは凄く後ろめたい。

 アリサは携帯端末に向けて、この状況を簡潔に説明していた。ふと、アリサの表情が緩む。

「あの、アリサさん?」

 何となく、嫌な予感がしてアリサを見る。目があった瞬間、アリサはにやと笑ってみせた。

「えっと、では僕はもう戻りますね」

「リオ・バネット特例准士。艦長から命令だ」

 アリサが大仰に言ってみせる。嫌な予感は確信に変わる。

「目標を確保しつつ指定ポイントに移動、協力者から物資の補給を受け、装備換装を行え。その後はそちらの判断に任せるそうだ」

「えっと、つまり?」

 アリサはぴっと指を差す。確認するまでもなく、僕の後ろの少女を。

「そいつを連れて居住ブロックの三号室へ行けと。お前の部屋の隣だな。イリアが服を用意してくれるってさ」

「えっと、そちらの判断に任せるっていうのは?」

 分かっていて尚、聞かざるを得ないのはなぜだろうか。

「着替えた後は、お前が一緒にいてやれってさ」

 予想はしていた。まさかこんな状態の少女を、どこかに閉じ込めておくわけにはいかない。さりとて、医務室に大人しくいる道理もない。今でさえアリサを警戒しているのに。だがしかしこれは。恐る恐る少女を見ると、やはり表情は乏しいものの、どこか縋るような眼をしていた。その整った顔立ちを見て、訳もなくどきりとする。

 かなり、厄介な事になった。







 それは、ちょっとした異常事態だった。見慣れた自室の中を興味津々に歩き回る少女を見て、リオは自分の手には負えないと悟った。

 本来なら少女は隣の部屋にいる筈だった。だというのに。

「全然、話聞いてくれないし」

 着替えが終わり、イリア本人はさっさといなくなってしまった。ぶかぶかの服を纏った少女に、何度部屋はここだと言っても、何事もなかったかのようについてくるのだ。雛が親鳥についてくるように、何の迷いもない。

 子どもならまだしも、この少女はおそらく同い年か一つ下といったところだろう。或いはもっと下かも知れないが、どちらにせよ園児や初等部といったカテゴリーではない。凄く困る。

「これから、どうしよっか」

 一人呟き、探索を続ける少女を見る。探索、といってもこの部屋に物はあまりない。生活をする上で必要最低限とされる物しか置いていないからだ。この部屋は食事を摂るか睡眠を取るかの二択しかない。自分にはそれ以外必要ない。

 過去の光景が脳裏にちらつく。それを作り出した張本人には、充分すぎる部屋だ。

 視界が遮られる。いつの間にか目の前に立っていた少女が、こちらの手を掴み無造作に引っ張った。容赦のない行動にバランスを崩しそうになりながらついていく。

 少女はぴっと指を差す。その先には、この部屋にある唯一の不必要、小さな一輪挿しが飾ってあった。

 あまりにも殺風景だと言うことで、リーファが無理矢理飾ってみせた物だ。生花ではなく加工されているため、特に世話をしなくても問題はない。その花は、永久に枯れることはないのだ。

「これがどうしたの?」

「……これ」

 少女はこちらの言葉を真似つつ意思表示した。その声は、何となくだが疑問を意味しているような気がする。

「これは造花とはちょっと違って、生花を加工した奴だよ。放っておいても枯れない、インテリア用の花だね」

 少女は説明を聞いているのか聞いてないのか、じっとその花を見ていた。

「ねえ、君は」

 そこまで口を開いて、君と呼んでいることに気付いた。そういえば、この少女は名前すら分からない。あるかどうかも分からない。

 しかし、それでは些か不便だろう。ちょっと気ままだが理解力はあるし、案外教えてみたら普通に話をすることぐらい出来るのかもしれない。それならば。

「そうだ、君。名前なんだけどさ」

 この花の名は、なんと言っただろうか。そう、確か。

「……トワ、でいいかな?」

 少女はこちらに振り向き、首を傾げてみせた。

「……トワ」

 そして真似をしてみせる。おそらく分かっていないのだろう。今は、それでもいい。

「そう、トワ」

 少女の、トワの表情にはうっすらと疑問の色が浮かんでいる。

 とりあえず、名前というものから教えてみよう。どうなるのかは分からない。けれどそれは、お互いにとって必要なものだと思うのだ。

 必要最低限しかないその部屋が、彩り始めた瞬間だった。

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