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刃‐ブレイド 悠久ニ果テヌ花  作者: 秋久 麻衣
「選択と想到」
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この広い世界で


 机に突っ伏しながら、トワは深く溜息を吐く。

「なんか難しいし、大変な事になってるし。聞くだけで疲れた」

 リオとイリアは部屋を出て行ってしまった。きっと、これからに向けて難しい話をしに行ったのだ。

「私も行った方がいいかな、良いアイディアとか出るかも知れないし」

 そんな呟きを隣で聞いていたセイルが、鼻で笑ってきた。

「行かない方が良いわ。これは本当の事なんだけど、チームに思考速度が遅い人員がいると全体のスピードが落ちるの。一分一秒を争う事態なら、貴方は大人しくしてた方が速い」

 言葉の意味を一つ一つ理解していき、トワはセイルをじろと見る。

「変なの。まるで私が遅いみたいな言い方」

「理解力はあるのね」

「むー」

 トワは不服を顔全体で表現する。だが、席を立つつもりはなかった。きっと、すぐに出発する事になる。難しい話はよく分からなくとも、時間がない事だけは分かっていた。ここに居られるのはあと僅か。ならば、セイルと時間を過ごすのもそう悪い事ではないだろう。

 そう考え、トワは机に突っ伏したままセイルの顔を見る。

 だが、セイルの方はトワから視線を外した。

「本当の事、か。トワ、私はね」

 セイルはそう切り出す。その目はここではない何処かを見ている。きっと、ここにはいない誰かを。

「今も二人でいる、貴方が羨ましいわ。恨めしい、って言った方があってるのかな。それとも、悔しい? ううん、憎い……かな。まあ、そういう感じがごちゃ混ぜになった何かなのかな」

 かつて二人でいた、セイルらしい言葉だと思った。きっと、自分が一人の側だったら。同じような事を思うのかも知れない。トワは身体を起こし、セイルをちょいちょいと手招きする。

「……何よ」

 そう言いながらも、セイルは耳を近付ける。トワはその耳に口を近付け、どこにも……ここだけに聞こえるように囁く。

 自分の体調にリリーサーの事、それらを踏まえたこれからの事を。思い付く限りに囁く。声を上げて言いたいような事ではないから、こうして耳元で。

 全てを伝え、トワは口を離す。セイルはトワに視線を向け、トワはその視線を受けて笑みを浮かべる。

「それなら。どうして戦うの? 時間がないのなら、戦わずに一緒にいればいい。ゴールが結局地の下なら、わざわざ走る必要なんかない。二人で、待っていれば勝手にゴールじゃない」

 セイルの言葉は、直接的ではないから理解に時間が掛かる。それでも、自分の事であるならば何となく分かる。セイルの言っている事は、きっと正しいと思う。自分勝手に我が儘に。自分の事だけを考えれば。そういう道だってあると思う。

 それこそ我が儘は自分の得意技だと、トワは口元を緩める。

「私が我が儘だったら、多分そうしてると思う」

 だから、トワはそう答えた。多分そうしている。だって意味がない。責任だなんだと必死に戦って、結局潰えるだけならば。何の意味もない。セイルが言っていたように、二人でいる事が大事なのに。

「なら、そうすればいいじゃない。どうして戦うの?」

 再びセイルが問う。その質問は、場合によっては胸に突き刺さるような物かも知れないけれど。今の自分は、その答えを既に持っている。

「私が……我が儘だからだよ」

 かつての自分よりも、より多くの物を求めるようになった。より我が儘になったからこそ、自分はこの道を選んだ。

「二人だけでもいいけど。知らない誰かが沢山いて、その中でこそ二人でいたいんだ、私。分かりづらいかな?」

 この世界で、たった二人だけの存在でもいいのだ。そもそも、自分達はそういう生き方しか出来ない。けれど、もし。願えるのならば。

 自分の思う、一番大切な人を守る。守った上で、この世界だって守る。世界が潰えても、二人でさえいればいい。けれど、ないよりはあった方が良い。

 だから我が儘なのだ。一番はとうに分かっている。だから、それを抱き締めた上で他の物だって欲しいと喚く。つまりはそういう事なのだけれど。

 分かるかな? とトワはセイルを見る。

 セイルは首を横に振り、ふっと口元を緩める。

「充分過ぎる程に分かった。そこら辺がはっきりしてるのなら、もう私があれこれ言う理由はないわ」

 そう言い切ると、セイルは先程トワがしていたように机に突っ伏した。

「……疲れた。人と話すのってやっぱり億劫だわ。ただでさえ子どもの相手は疲れるのに」

 トワはまた子ども扱いされたと一瞬思うも、少しニュアンスが違うとも感じた。どういう意味かと、自身も机に突っ伏すようにしてセイルと視線を絡める。

「ここの子どもの中に、そこそこ大きい奴がいてね。学校や通信学習じゃ物足りないとか言って、私に教わりにくるのよ。笑うしかないわ、私はそいつと同い年かそれ以下の子どもを平気で切り刻むタイプの人間なんだけどね」

 セイルにしては珍しく、苦笑を浮かべていた。その目に苦悩はない。ただ、何だかなあと思っているだけだ。

「でもでも、今切ってないならいいんじゃない?」

「そういう所ドライよね」

 うむむ、とトワは唸る。ドライというよりも。

「そういうの、気にし過ぎると何も出来なくなる。特にリオが落ち込むから」

「良い事じゃない。あいつ嫌な奴だから、一生引き摺って気にして貰って欲しいぐらい」

「むー」

 そんな言い合いをしている中、セイルが手を伸ばす。トワの頬に触れ、その時ばかりは真摯な光を目に携えた。

「……貴方が、どんな我が儘でどんな道を選んでも。絶対に死なない方がいい」

「死ぬつもりなんかないもの」

 すぐに言い返すが、セイルは首を横に振った。

「貴方につもりがないだけでしょう。言葉遊びとか、頭を使う事は私の方が得意なのよ。私達みたいなのは……貴方達みたいなのは。二人いないとダメなの。私を見て、分かったでしょう。ここが、これがゴールなのよ」

 トワは口を結び、セイルの視線をただ受け止める。

「貴方が片割れを大切に思うのなら。死んではダメ。自分の大切な人を、ここに連れてくる事になる」

 セイルの下へ、という意味ではない。セイルと同じ位置へ、リオを。否定しようとして何も浮かばず、結局トワは一度だけ頷いた。

 セイルの為に、それは違うと否定したかったのに。他でもない自分は、そうなるだろうと強く感じてしまう。二人でいるから歩いて行ける。もし一人だったら、きっと。

「分かればいい。私はここへ辿り着いて、ようやくそれが分かったから。でも、ここへ辿り着いてしまえば。もう、二度と同じ場所には戻れないから」

「……誰かが、引き上げてくれるよ」

 そうトワは言い返すも、セイルはやはり苦笑した。そして、トワ自身も。その答えがあまりに無為だとすぐに悟った。

「その誰かが、もうこの世にはいないのよ。私達や貴方達は、そういう生き物なの、きっと」

 誰かの代わりは、誰にもなれない。この人でないと、引き上げる事は愚か触れる事すら出来ない。トワは小さく頷き、頬に触れているセイルの手に自身の手を重ねる。

「また会おうね。約束」

 そう、トワはセイルに語り掛ける。言われた事はしっかり胸に込めたと、そう伝える為の言葉だ。

「そうなるといいわね」

 素っ気なくセイルは返す。だが、その表情が柔らかくなったのを、トワは見逃さなかった。

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