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刃‐ブレイド 悠久ニ果テヌ花  作者: 秋久 麻衣
「選択と想到」
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間違えない為に


 指定されたポイントには、案の定電子ロックが掛かっていた。第二メンテナンスルームと表記はあったが、今となってはそれが本当かどうかすら怪しい。クラッキングカードを用いて扉を開け、反対側から施錠する。

 そうして狭い通路を抜けた先には、暗闇の空間が広がっていた。

 照明のスイッチを探す為、リオは周囲の壁面を見ていく。

「リオ、こっち」

 暗闇の中から、トワが手招きする。いち早くそれを見付けたトワが、スイッチに手を添えてこちらを見ている。

 頷くと、トワはスイッチを押した。備え付けられている照明が、順序よく灯っていく。そして暗闇が隅に追いやられた時に、会いたくはなかった物と再会してしまった。

 再会の挨拶はない。ただ、心の奥底から言葉が零れる。

「……そうか。そうだよね。いつかこうなるって、誰だって考える」

 永遠などない。平和だってそうだ。歪んだ世界を矯正しているのか、矯正した結果がこの世界なのか。どちらにせよ、少し考えれば分かる。

 平和は続かない。だから、こういう武力が必要になるのだ。

「街の地下に、《オルダール》を格納してたなんて」

 呟き、イリアの采配だろうと目を細める。時々、イリアは様子見を兼ねて遊びに来ていたのだ。アリサも一緒で、トワの体調を診て貰ったりしていたのだが。きっとその時、ミユリも一緒に来ていたのだ。何かが起きた時の為に、何かに対抗する為の手段として。

「トワ、通信機はどう? 反応ある?」

 問い掛けると、トワはポシェットに差した通信機を何度か操作する。しかし、首を横に振って返してきた。通信障害は相変わらずだ。

「……置き土産にしては物騒だけど」

 今この状況において、何よりも役に立つ事は確かだろう。

 不意にくぐもった爆音が響き、遅れて振動が伝わってきた。解錠方法の中で、もっとも手っ取り早く確実な方法を、相手は使っているようだ。

「リオ、外に」

 即ち、敵が近付いてきているという事だろう。電子ロック程度では、足止めにしかならない。

「しょうがない。トワ、あれを使うよ。フラット・スーツは……あるけど着てる時間はない」 

 灰色に塗装されたif、《オルダール》の操縦席へ二人して乗り込む。また、トワを膝に乗せて動く事になる。

 システムチェックを簡単に済まし、全ての設定が自分向けに最適化されている事を確認する。

「BFSも搭載してあるのか」

 BFS……バイオ・フィードバック・システムは、意識したままにifを動かす、直感的な操縦を可能とする操縦系統だ。ランナーの提示した規約では、禁止指定を受けている筈だが。

「遠隔でゲートが開けられるんだ。これ、このまま外に出られるんじゃ」

 足下にあるゲートを対象に、見様見真似で操作してみる。一枚目のゲートは難なく開いたが宙域へと繋がるゲートは微動だにしない。

「この区画と、セクションの制御は別なのか。となると」

 敵はセクションの制御を丸ごと奪っているという事になる。この区画だけは、独立した制御となっているようだ。

 火器で強引に開けるというやり方もある。だが、ここは街のど真ん中だ。あまりにも危険過ぎる。

「街を……通るしかない」

 ゲートはもう一つある。足下ではなく、天井のゲートだ。考える迄もなく、外に繋がっている。街の外へ、ifが待ち構えているだろう街へ。

 住民は避難していないだろう。家の中にいろと指示されているだけであり、そこで戦うという事は。

「また、地獄を」

 恐怖はない。そして、それが何よりも怖い。多分自分は、あの時と変わらず地獄を作る事が出来る。三年間暮らしたこの街を、あの時と同じように。

 ふと、膝の上に乗せた熱が動く。座っていたトワが、こちらに向き直ったのだ。メインウインドウを遮るように、トワの姿が視界を占める。

 そして、少女は口元を緩めるとこちらの胸に顔を埋めた。目を閉じ、脱力している。

「……トワ?」

 その行為の意味が分からず、ただ浸透していく熱を辿りながらその名前を呼ぶ。

「あの時とは違う。今度は私がいるよ」

 迷いも怖れも見透かした声が、熱と共に染みていく。

「それに、私知ってるんだ。リオは凄く強くなった。強いって、形振り構わず戦う事じゃないでしょ。今のリオなら出来るよ」

 思うままに戦い、地獄を作り上げ、自分が生きる代わりに誰かを殺し尽くした。あの時の自分と今の自分とは。一体何が違うというのか。

「僕には、分からない」

「私には分かる。誰よりも、きっとリオよりも。リオの事は分かるんだから」

 そう言って、トワは後ろ手にゲート開放のスイッチを押す。音を立て、天井がゆっくりとスライドしていく。

 もう後戻りは出来ない。息を吐き出し、震えもしない手をハンドグリップへ添える。

 《オルダール》の腰にはTIAR突撃銃が予備弾倉と共に付いている。左脚にはSB‐2ダガーナイフが、計三つ固定されていた。必要最低限ではあるが、今戦うには充分な装備だ。

 アクティブレーダーに反応がある。先程外でやり合った《カムラッド》が、上で待ち構えている。更に反応が増えた。外に計二機、もたもたしていれば更に増えていくだろう。

「……やるしかない」

 天井のゲートが全て開く前に動く。床を蹴り、バーニアを噴かしながら《オルダール》は僅かな隙間を抜ける。

 世界が拓け、見慣れた街が視界に入る。ゲートの脇に一機、馴染みの空に一機、レーダー通り二機の《カムラッド》が見えた。

 親指でスイッチを押し込み、武装変更を行う。ゲートから飛び出した灰色の《オルダール》は、左手で左脚にあるSB‐2ダガーナイフを引き抜いた。

 次いで立ち上がったブレードレティクルを一先ず無視し、思うままに左手を振るう。狙いはゲート脇で突撃銃を構えている《カムラッド》だ。

 《オルダール》はダガーナイフを瞬時に振り抜き、《カムラッド》の突撃銃を両断する。敵の《カムラッド》は飛び退いてナイフを構えるが、その頃にはもう《オルダール》は上空へと飛び立っていた。

 今度の目標は、上空でこちらを見ている敵《カムラッド》だ。ゲートを飛び出した勢いのまま、《オルダール》は垂直に飛び続ける。

 直上にいる黒塗りの《カムラッド》は、こちらに向けていた突撃銃を右脚に戻した。あのまま撃てば、被害が広がると考えたのだろう。右手で腰にあるマチェットを抜き、それを正面に向けて構えた。

 飛び続ける《オルダール》を、《カムラッド》が迎え打つ形だ。《オルダール》は左手に持っていたSB‐2ダガーナイフを右手に持ち替え、下方から上方にかち上げるようにして振り抜いた。移動の方向と斬撃の方向は同一であり、相応の衝撃を伴って対象に命中する。

 敵《カムラッド》は、それをマチェットの一振りで防いだ。寸分の狂いもない、理想的な防御だ。

 その瞬間、《オルダール》の左手は新たなダガーナイフを逆手で引き抜く。抜いたままの勢いで斬り付け、《カムラッド》の右腕をマチェットごと切断した。

 更に、空中で素早く相手の背後に回り込み、反転と同時にその背中を蹴り付ける。相手から見れば、ナイフとマチェットがかち合った次の瞬間には片腕が飛び、その事実に気付く間もなく背中を蹴られていた事だろう。

 ろくな制御も出来ず、《カムラッド》は真っ直ぐに落下していく。

 《オルダール》は右手のダガーナイフをひょいと投げ、左手で器用にそれを掴む。空いた右手は腰にあるTIAR突撃銃を取り上げると、がら空きの背中にその銃口を向けた。

 自動的に立ち上がったガンレティクルが、正確な照準を示す緑色に染まる。そして、躊躇いなくトリガーを引いてしまうその前に。

 こちらを抱き留めていたトワが、腕に僅かな力を入れた。ここに自分がいるのだと、そう気付かせる為に。手が初めて震え、またすぐに治まった。

 蹴り飛ばした黒塗りの《カムラッド》は、先程自分達が通ったゲートへと落下していく。ゴルフボールがカップに吸い込まれるのと同じように。

 呼吸を整え、新たな敵影の接近を知らせる警告音を聞く。更新されたレーダー反応を横目で捉えながら、何も変わっていないと思い知った。

「ああ……やっぱり」

 ここでも地獄を作り出せる。躊躇無く、この街を巻き込んででも戦える。

 そんな自分に、本当に嫌気が差す。でも。

「トワ。お願いがあるんだ」

 《オルダール》の右手を開き、撃たなかったTIAR突撃銃を放す。

「こんなにも平和に浸かっていたのに、僕は未だに戦える。どうすればあれを仕留められるのか分かってしまう」

 四方から増援が近付く。ゲートの横にいた敵《カムラッド》も、バーニアを噴かしてこちらに近付いてきている。でも、全部どう斬り捨てればいいのか分かってしまう。相手は当然のように死ぬし、街の人達も。当然のように死ぬ。最後に立つのは自分だけ。

 地獄に染まった世界の中で、悪魔だけがそこに立っている。

「だから……僕を掴まえていて。もう二度と、あの光景を作り出さないように。トワがいてくれれば、その手の温かさがあれば、きっと!」

 至近に潜り込んできた敵《カムラッド》が、こちらに向かってナイフを突き出す。

 《オルダール》は左手で余計に持っているナイフをひょいと放り、もう一度右手で掴む。両手にダガーナイフを構え、《カムラッド》の突きを交差させたダガーナイフで弾く。

「僕は、間違わずに戦えるから!」

 弾いた隙を見逃さず、《オルダール》は《カムラッド》の胴を思い切り蹴り付ける。こちらに飛び込んできた《カムラッド》は、その時と同じかそれ以上の速度で地面に、正確にはゲートの中に叩き込まれた。

「うん。私がいるんだから大丈夫」

 さも当然と言わんばかりの声色で、トワはそう返してきた。本当に敵わないと思う。この子は最初からそう言っていた。

 自分は何も変わらない。今もきっと地獄を作り出せる。だけど、そうはさせないとこの少女は言っている。

「……行くよ!」

 両手にダガーナイフを構えた《オルダール》が、包囲を物ともせずに動き始めた。

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