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刃‐ブレイド 悠久ニ果テヌ花  作者: 秋久 麻衣
「選択と想到」
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オフィス・レディ


 モニターに表示されていく情報の群れは、そのどれもが重要である筈なのだが。どうにも読み取れないと、イリア・レイスは顔をしかめた。

 輸送や運搬を幅広く取り扱う新興企業、貴方の代わりに走りますとの事でランナーという名前が付けられている。そんなランナーが所有するオフィスビルの中で、イリアは輸送とも運搬とも違う業務を執り行っていた。

 第二次if戦争時に、《アマデウス》を指揮し自らも前線に出て戦った。そして、今もまだ戦い続けている。それがイリア・レイスという人間だった。

 そんなイリアの傍に、マグカップを持った男性が近付く。マグカップは両手に一つずつ持っており、片方はイリアのよく使っている物だった。

「それ、全部アンダーの情報ですよね。私も目を通しましたが、正直お手上げです」

 そう言いながら、その男性はイリアの横に立ちマグカップを差し出す。イリアはそれを受け取ると、同僚である男性をちらと見た。

 アーノルド・フェイン……二十八歳男性、スーツ姿が様になっている伊達男だ。若さがもたらす大胆な発想と行動力、歳を重ねたからこそ分かる僅かな違いや落ち着きを兼ね揃えており、本人もそれは自覚しているのだろう。一挙手一投足を総合してみると、やはり伊達男以外の感想は出て来ない。

 ランナーの実働部隊、その内の一つを指揮しているアーノルドは、他の実働部隊指揮官と同等に変人であり……同等の実力者だ。

「行動も理念も分かりやすい、ただのテロ屋だったら良かったんですがね。《マリーゴールド》である貴方がそれを見ているという事は、何かヒントが見つかったとか?」

 《マリーゴールド》……かつての討伐コードを言われ、イリアは僅かに眉をしかめる。アーノルドは、第二次if戦争時にはH・R・G・Eに属していた。その名前を聞く事は、それなりに多かったのだろう。

「そのヒントとやらを見付ける為に見てるんだってば。お手上げとか言ってないで、その自慢の頭脳をひけらかして欲しいもんだわ」

 そう言いながら、イリアは受け取ったマグカップに口を付けた。熱々の湯気と共に、ブラックコーヒー特有の香りが鼻を通る。

「ひけらかしたい所なんですがねえ。このアンダーとかいう組織は、未だにその目的が見えてこない。至る所で、兵器や人員を配置しているのは確かですが。驚いた事に、何の事件も起こしていない。我々が優秀過ぎるからかな?」

 アーノルドの言葉は事実だ。ここ最近の悪党達は、みんなアンダーを名乗りはするが。それらが行動を起こす前にランナーが先回りして潰してきた。

 そして、明らかになる情報はいつも同じだ。その組織がアンダーという名称であるということと、とっ捕まえた人員は雇われ傭兵でしかないという二点のみ。

「どうだかねえ。基地をくまなく捜索しても、作戦文書の一つも出て来ない。尋問しようにも、雇われただけのパートタイマーじゃ何も知らない」

 アーノルドも自分のマグカップを傾けながら、イリアの閲覧している情報をじっと見る。

「我々の不利って訳ですね。向こうは我々ランナーを知っているのに、こちらは敵がなんなのかすら知らない。でも、放置する訳にもいかない。誰がどう見ても陽動、囮の類ですが。ランナーは駆け付ける必要があるし、敵はそこに付け込んでくる。この手の作戦を指揮する相手は、何かしらの嫌な考えを持っているもんです。どう思います?」

 アーノルドの言っている事は正しい。問題は、その先を見通せる者がここにはいないという事だ。アーノルドも自分も、これ以上の推測を立てる事が出来ない。

「一撃。相手は長期戦なんて望んでない。一撃で世界が傾くような、そんな何かを用意している筈。私達は、それに先回りしなきゃいけないんだけど」

 望んでいた答えだったのか、アーノルドがしみじみと頷く。

「ゴールが見えてこないと。困りますね、これでは平和が守れない」

 歯の浮くような台詞を言われると、自分の事ながら大いに脱力させられる。アーノルドを僅かに睨め付けながら、イリアは変人の相手は疲れると肩を落とす。

「引き入れといて何だけど。アーノルド、あんたの口から平和だなんだって言われると寒気がするわ」

「酷いなあ。私は、こう見えても平和を守るヒーローに憧れていたんですよ。たまたま、それとは正反対の戦い方が得意だっただけです」

 即ち、諜報活動や搦め手を得意とする。アーノルドはそういう男だった。

「だから、ランナーに誘われた時は心が躍りましたよ。だってヒーローですよ。格好良いじゃないですか」

 そう言って、アーノルドはウインクを返してきた。この男の何が悪いのかと言うと、この嘘くさい言葉が全部真実だという所だ。彼は本当に諜報活動や搦め手を得意とし、本当に。平和を守るヒーローに憧れている。そして、今自分がそれに近い事をしている事を素直に喜んでいるのだ。

 一挙手一投足が胡散臭い癖に、実はそうでもないとか認識と現実のズレがひどい。

「その格好良いアーノルドさんが、何かしらヒントをくれるといいんですけどねー」

 そんな恨み節を零しながら、イリアはマグカップの中身を胃の中に流し込む。

「ははは、困ったなあ。おっと」

 嘘くさい笑い声を出していたアーノルドだが、着信を意味する電子音が鳴ると空いた手で携帯端末を取り出した。それを耳に当て、すっと目を細める。

 何かの報告を受け取っているのだろう。小さく頷くアーノルドを見ながら、空になったマグカップを机の上に置く。

「……ああ。すぐに動こう。荒事向けのクルーを選出して、《ヴォイドランス》の準備を進めてくれ。頼んだよ、テディ」

 短い指示を出し、アーノルドは携帯端末を仕舞う。単語の端々に不穏が込められていたので、どういう事かとイリアは目で問う。

「君の望むヒント……かも知れないね。部下から連絡があった。我々《ヴォイドランス》は急行する」

 ランナーは、決まったトップがいる訳ではない。それ故に早く、脅威へと立ち向かう事が出来るのだ。実働部隊の指揮官が行くと決めたのなら、外野がとやかく言う筋合いはない。

「テオドールからの報告でね。とある人物と連絡が取れなくなったらしい。アンダーがどれだけ関わっているかは不明だが、私の直感では黒かな」

 そう言って、アーノルドはまたウインクを返してきた。

「そういうのいいから。とある人物って?」

 溜息を一つ吐き、イリアはそう問い掛ける。

「テオドールのかつての上司さ。名前はリード・マーレイ。《マリーゴールド》からしたら、そこそこの因縁があるだろう?」

 アーノルドの答えに、そこそこなんてものじゃないとイリアは溜息を返す。

 第二次if戦争の際に、命を奪い合った相手だ。黒塗りのBS、《フェザーランス》の艦長補佐を勤めていた男の名である。《フェザーランス》とは何度も衝突し、戦い、最後には協力し合う事になった。

 《フェザーランス》の艦長、キア・リンフォルツァンは。自分との因縁を振り払い、クルーを守る為にその命を使った。遙か彼方の戦場を狙う巨大な砲台、ダスティ・ラートに《フェザーランス》は突撃し、諸共砕け散ったのだ。

 キアは死に、他のクルーは生き延びた。リードもその一人だ。

「待って。もし仮に、それが黒だって言うんなら」

 因縁を一先ず脇に置いて、イリアは浮かび上がってきた答えを咀嚼する。

「私の直感を信じるとしたら?」

 そう言い換えたアーノルドの脛を、イリアは爪先で蹴飛ばす。

「酷いなあ」

「うるさい。もし黒なら。アンダーが、痕跡を残し始めたって事でしょ。慎重に事を運んでいた奴等が、今になって駆け出しているんだ」

 経験上、そういう動き方は何度か見た事がある。即ち。

「何かでかい一撃が来る。そっちは……リードの方は任せていい?」

 モニターを消し、イリアは立ち上がる。携帯端末を取り出し、クルーにメッセージで参集を呼び掛けた。

「勿論。平和の為に」

「うっそくさいんだよなほんと」

 本心がぽろりと出て、アーノルドはまた嘘くさい笑い声を返してきた。

「それで、《アマデウス》はどこへ? 見当は付いていると?」

 幾分か真面目な口調で、アーノルドはそう問い掛けてくる。

「見当、っていうか予防っていうか。そこを狙われたら一番嫌だなってとこに行く。黒が確定したら他の実働部隊にも連絡よろしく。いや……今のグレーな状態でもいい。連絡頼んだ。何もなければそれでいいけど」

「何かが起きてからでは遅い。任せてくれ、平和の為に走るとしよう」

 そう答え、またアーノルドは胡散臭いウインクを飛ばしてきた。

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