責任のバトン
イリア・レイスは、シャワーを浴びてバスローブを羽織った姿のまま、自室のソファに沈んでいた。頭の中を乱雑に飛び回る要素を、どう整理すべきか考え倦ねているのだ。
机を挟んだ反対側には、《アマデウス》クルー、副艦長であるクスト・ランディーが腰を下ろしていた。カップに紅茶を満たし、それをイリアの前までスライドさせる。
「話は聞いたけど。戦闘行為の原則禁止、ね。また無理難題を持ってきて」
呆れたようにクストは言う。言われなくても分かっていると、イリアは不満顔で差し出された紅茶を傾ける。口に含んだ端から、心地の良い香りが鼻を抜けていく。
「じゃあやめます、とはいかないでしょ。ミスター・ガロットの拘束までは、そこそことんとん拍子だったのになあ」
その逮捕劇が日中の事で、事後処理を終わらせてからのこれだ。何かしらの厄介事とは思っていたが、思っていた以上の厄介事だった。
「でも、やるしかないよ。リオ君とトワちゃんは頑張った。ていうか、今でもよく分からない。《スレイド》を撃破って」
尋常ではない。あの二人にはもう、負担を掛けたくないという思いもある。そしてそれと同じぐらい、あの二人は。
「強いよ。恐いぐらい」
あらゆる意味で、強くなった。ミスター・ガロットへの啖呵には驚かされたし、そこに内包された殺意の純粋さもまた、驚かされた。
兵器というのは、制御出来て初めて兵器として運用出来る。兵士もまた、自身の心を律して初めて兵士なのだ。あの二人は違う。リオとトワは強くなった。だが、制御は出来なくなった。リオは邪魔をすれば斬ると言った。あれは脅しでも何でもない。ただの事実でしかないからこそ、途方もないぐらいに恐いのだ。
「だから、ここからは私の仕事。結局、自分の理想を何も守れなかった私の」
贖罪の旅、そう言い換えてもいいだろう。
ダスティ・ラート攻防戦において、キアと《フェザーランス》の助力によってその撃破に成功した。砲台と共に消えていった《フェザーランス》には、キアが乗艦したままだった。
ダスティ・ラートを防衛していた特殊if、《レストリク》を操縦していた少年も、結局は命を落とした。エリル機との交戦後、戦闘能力を失ったifを回収したのだが。肝心の少年は、操縦席の中で絶命していた。脳が焼き切れ、生気を無くし白濁した目玉が、今でも脳裏に浮かんでくる。
「私達の仕事、でしょ。貴方一人に任せると、被害が拡大するってよく分かったわ」
「ひどいなあ。しれっと傷を抉るのやめてよ」
だが、クストぐらいなのだ。こちらの傷を理解し、抉り、そして癒そうとしてくれるのは。
「幸い、利用出来る材料は幾らでもあるわ。両軍は疲弊、現在も事実上の停戦。内部構造の崩壊。さあ、悪巧みを始めましょうか」
感傷を吹き飛ばす為に、クストがそう宣言する。頷き、カップに残った紅茶を全て流し込む。
ミスター・ガロットは、役目は終わったと言っていた。あれは、トワだけに向けた言葉ではない。あの切っ先は、その実こちらにも向いていたのだ。
この世界を選んだ責任と役目が、今の自分にはある。受け継ぎたくはなかったけれども、受け継ぐしかなかった責任と役目が。
「まあ、やるしかないよね」
クストの言う通り、状況は幾らでも利用出来る。それに、一人でやらなければいけない訳ではない。
受け取ってしまったバトンを手で弄びながら、それでもイリアは挑戦的に微笑んだ。




