厄介な未来
小さな屋敷に相応しい、小さな中庭だった。ロウフィード・コーポレーション本社の敷地内にある、クライヴ・ロウフィードの屋敷だ。一目で手入れが行き届いていると分かる中庭で、リオは青い空を見上げていた。
傍にあるベンチには、トワが腰掛けて周囲を見渡している。ミスター・ガロット……クライヴ・ロウフィードが連行されてから、ここで時間を潰しているという訳だ。
他でもないクライヴは、ここで何を想っていたのだろうか。数え切れない程の命を炉にくべてまで、世界を守ろうとした男は、一体何を。
今は、イリアの到着を待っている所だ。どこに行くにしても、まずはイリアがいないと話にならない。
「あ、リーファとギニーだ」
そう呟いたトワが、ぴっと前方を指差す。扉を開けて中庭に入ってきたのは、その言葉通りリーファとギニーだった。《アマデウス》のクルーである二人は、こちらの姿を認めると歩き始める。
小柄な少女であるリーファは通信士、優しげな雰囲気の男性がギニー、武装管制や操舵を任されていた。
ぴょんとトワも立ち上がり、こちらの横に並ぶ。
「無事だったみたいですね。捕まっていたそうですが、ひどい事されませんでしたか?」
リーファの問い掛けに、トワは首を縦に振る。
「でも、リオにいじわるされそうになった」
冷ややかな目で、リーファがこちらを捉える。
「その後襲いかかって来たのはトワの方でしょ」
反論をかますも、第三者であるリーファは呆れたと言わんばかりに肩を落とす。
「私達が散々心配していたのに、いつも通りにいちゃついてたんですね。心配して損しました」
でも、とリーファは続ける。
「損させてくれてありがとうございます。そっちの方がずっと安心出来ます」
そう言って、困ったように笑みを浮かべていた。
ギニーも、リーファの言葉にうんうんと頷いている。
「穏便に済んで良かったよね。荒事はしばらくやりたくないや」
ギニーらしい一言に、輸送船であった他のクルーの事を思い返す。荒事請負人達は、むしろがっかりしていた雰囲気すらあった。
「リュウキさんやエリルさんは、なんか物足りないって顔してましたよ」
その様子を簡潔に告げると、ギニーは苦い顔をした。
「二人とも、身体を動かしている方が生き生きするタイプだからね」
さもありなんといった所だ。そんな中、扉が開き待ち人であるイリアがやってきた。
「……またそんな厳つい格好をして。見た目からして怪しいですよ」
リーファが、イリアのスーツ姿に苦言を呈した。どうみても堅気ではない雰囲気になってしまうスーツ姿だったが、仲間内からも不評のようだ。
「たまに真面目な格好するとこうだよ。ドレスでも着よっか?」
イリアはこちらに歩み寄り、ベンチにどすんと座り込んだ。
「あー、疲れた。何が疲れるってこっから先の事後処理なんだけどね」
遠い目をしながら、イリアは空を見上げる。忙しくなる前の、ちょっとした愚痴という感じだろう。
「とりあえず、全員で本部に帰還ですか?」
ギニーがそう問い掛けると、イリアはベンチに身体を預けながらこくりと頷く。
どうも、イリアは多忙の身らしい。身体中から発している‘面倒くさい’オーラが、それを物語っている。
つまり、ゆっくりと話せる機会はそうそうないという事だ。
「トワ。リーファちゃんやギニーさんと一緒に、ちょっと先に車に戻っててくれる?」
イリアも察したのか、ぴっと手を振ってみせた。
トワも、何を話すのか分かったのだろう。むうと不満を見せはするものの、承知はしてくれそうだ。
「私、もう落ち込んだりしないもの」
承知はしてくれているが、不承不承といった様子は見せてくる。
「知ってる。でも、ちょっと難しい話をするから」
「大人の話って奴だよ」
そう、助け船ならぬ油の塊を投げ付けてきたのはイリアだ。
「私の事、散々子どもだって言ってたものね」
トワがじとりと、こちらを睨め付けてくる。先程の、ミスター・ガロットとのやり取りについてだろう。今になってそこを突いてくるとは。
だが、それ以上文句を言う事もなくトワはリーファの手を取る。そして、空いている手でこちらをぴっと指差す。
「後で復讐するから。私を子ども扱いしたの、後悔して貰うからね」
そう、かわいらしく宣言をすると歩き始める。スムーズな流れで手を繋がれたリーファが、困惑した表情のまま連れられていく。
その後ろを、楽しげな笑顔を見せながらギニーは歩いていた。
「あらあら。もう殆ど悪役の啖呵だよね」
イリアがにまにまと笑いながら、ベンチの隣を開ける。
「トワは時々ヴィランですから」
自分も含めて、と注釈がついてしまうが。互いに、正義のヒーローにはなれないタイプだから。
「まあ、それぐらいがいいんだけどね。見知らぬ誰かの為にとか、敵だって助けたいとか。そういうのは、目指すときりがないからね」
その道を選んでいるイリア自身が言うのなら、それも一つの事実なのだろう。隣に腰掛けながら、そんなイリアに話すべきかどうか悩む。
夢物語のような内容を、彼女に話してしまえば。それは、イリアにとってまた新たな重荷となるのではないのか。
そんな迷いを敏感に察したのか、イリアは自身の膝に肘を付いてこちらを向く。
「私、それでも思うんだ。見知らぬ誰かの為にとか、敵だって助けたいとか。きりがないけど、後悔ばかりでもない。何か、厄介な話があるんでしょ?」
そして、イリアらしい挑戦的な笑みを浮かべる。
「私は完璧な人間じゃない。でも、そこら辺の人達よりずっと頭が切れるし厄介なんだ。だから戦える」
戦い続ける事が出来る。やはり、この人の強さは底が知れない。
「厄介というより、掴み所がない話です。それでも」
「聞くに決まってるでしょ。遺跡だとかリリーサーだとか、意味不明な事柄に肩まで浸かってるんだから。私達はさ」
その物言いにこちらも笑みを零しながら、頭の中の光景を整理していく。
「トワと合流して、フィルと《スレイド》を撃破しました。その時には、1stサーバーはそこにあった」
問題はそこからだ。
「サーバーは、大きな艦船のようで。その装甲がスライドして、光を放って。気付いた時には、違う場所に立っていました」
白い病院に白い病室、それらしか存在しない未知の空間に。
「その病室には、シアと名乗るリリーサーがいました。トワをこう、大人にしたような。トワはシアの事、母だって言ってたので。似てるのは当たり前かも知れませんが」
シアの事を話すと、イリアは思案顔になった。ベンチに背中を預けながら、じっと考える。頭の中に叩き込んだデータを参照しているのだろう、イリアが口を挟む。
「ミスター・ガロットが、残るリリーサーは四人だって言ってた。三人は知ってる。フィルにリプル、それにファル……もうトワちゃんだけど。そのシアって子が、例の四人目……ミスター・ガロットの言葉を借りるなら」
「最後の一人。管理者に過ぎない、特別な一人です」
ミスター・ガロットも、以前そんな事を言っていた。そして、シア自身も自らが管理者だと認めるような発言をしている。
「シアは、一つ提案をしました。リリーサー・システムの始動キーは、人が人を、一定期間で一定以上殺害する事です。つまり」
「戦争行為? 随分あやふやな管理をしてるのね」
イリアの言葉に頷き、提案の続きを思い返す。
「シアは、今後その条件が満たされない限り、システムを稼働しないと言いました。正確には、戦闘行為の原則禁止。小競り合いはカウントしないけど、大きな戦闘状況は容認しない。そんな事を言っていました」
少し考え、イリアはこちらを探る目で見据える。
「サーバーは破壊しなかったって、さっき言ってたよね。そこが引っ掛かるんだ。リオ君もトワちゃんも、こうと決めたら曲げないでしょ。そんな交渉に応じるようには思えないんだけど」
確かに、自分もトワもサーバーを破壊するつもりでいた。
「シアは、僕だけじゃなくトワの前にも姿を見せました。どういう仕掛けかは分かりませんが。同じ場所に自分とトワ、シアの三人はいたんです」
落ち込んでいたトワの姿を思い浮かべ、その時何も出来なかった事を今更ながらに悔しく思う。
「シアは僕を人質に取り、トワに条件を呑むように言いました。僕は、それをされた事すら気付かなかった。トワは条件を呑み、気付いた時にはもう」
サーバーは、跡形もなく消えていた。
「管理者か。もしかしたら、トワちゃんの承認が必要だったのかも知れないよね」
イリアの返答に、どういう事かと問う目を向ける。
「リリーサー・システムなんて言っている以上、それらはプログラムで……数字で管理しているんだよ、多分だけど。現存するリリーサーは、シアとかいう管理プログラムを除けばトワちゃんだけ。そのトワちゃんの承認が得られないと、サーバーは動かせなかったとか。そういう感じじゃない?」
イリアは立ち上がり、ううんと背伸びをする。
「大体の事は分かったよ。要するに、ここから戦争再開なんて状態にならなきゃいいって事でしょ」
何て事のないようにイリアは言うが、果たしてそんな事が可能なのだろうか。こちらの沈黙から心中を読み取ったのか、イリアはちっちと指を振る。
「元々の目標だしね。今、AGSとH・R・G・Eは停戦状態。トップがしょっ引かれてるんだから、雇われ兵士が戦う必要も無し。まあ、確かにそんな簡単じゃないけど」
イリアは幾分か憑き物の取れた目でこちらを見据える。
「引き金を引いて物事を解決するよりも、やりがいもやりようもあるでしょ」
本心半分、冗談半分といった具合だろうか。立ち上がり、そんなイリアの目を見返す。
「引き金を引いて解決する方が、手っ取り早いって顔してますよ」
「にゃはは、まあね!」
当然と言わんばかりに笑い、イリアは歩き出した。
「それに、平和にしとかないと。ここにいるヴィランがおっかないからねえ」
イリアはこちらを振り返り、両手で剣を構えて振る真似をした。
「僕よりトワの方がおっかないですよ」
そう言い返し、こちらも立ち上がる。
「いやあ、どっちもおっかないんだよなあ」
イリアはやはり、当然と言わんばかりに笑っていた。




