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刃‐ブレイド 悠久ニ果テヌ花  作者: 秋久 麻衣
「鏡鑑と光芒」
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冷たい人形

あらすじ



 少年と少女は再び出会い、同じ時を過ごす。囚われの身ではあっても、同じ場所で同じ時間を過ごせるようになった。

 だが、少女の表情は暗いまま。答えのない敗北が、ずっとその心を縛り付けている。

 その痛ましい姿を見る為に、戦ってきた訳ではないのだと。他でもない少年は、内なる想いを募らせる。

 剣を執る事だけが戦いではない。消えた笑顔を取り戻す、それもまた少年の戦いと言える。

そして戦いである以上、少年の攻め手は容赦がないのだ。


 迎賓室での滞在は、改めて言うまでもなく快適だった。指定された範囲ならば自由に出歩けるが、そもそも必要な物は全て揃っている。定刻になれば食事も運んで貰えるし、申し出れば大抵の物は用意してくれるのだ。

 軍艦暮らしが長いせいか、単に貧乏性なのか。どうにも落ち着かないという点はあるものの、不満らしい不満はない。

 そう、不満はない。この部屋にも、目の前に広がっている料理にも。

 椅子に座り、テーブルの上に置かれた料理をリオは眺めていた。パンにビーフストロガノフ、名前は分からないが魚をメインに据えたスープが並んでいる。夕食らしいメニューだ。

 面倒だから固形栄養食だけ身体に入れておこう。なんて日も珍しくなかった身の上だ。温かい食事というだけで随分と豪勢に見える。

「初日はもっと大変だったけど」

 今でこそ落ち着いているというか、家庭料理的なのだが。初日は何を思ったのか訳の分からない高級料理が並べられていた。こちらは形式上、迎賓室に滞在しているだけの一般人なのだ。高官でも何でもない。さすがにこれが続くと困るというか、食事ぐらいは気楽にしたい。そこで要望を出し、この形式に落ち着いたのだ。

 だから不満はない。ある一点を除いて。

 ちらとテーブルの反対側に視線を向ける。正確には、そこに座っている少女を見た。仕立ての良いワンピースを身に着けた、物静かなトワがそこにいる。スプーンで掬ったスープに吐息を掛け、熱を冷ましている所だった。

 この迎賓室での滞在から、三日は経過している。寝食を共にするようになって、多少は具合が良さそうになった。目の下にあった青黒い隈はなくなっているし、白い肌はそもそも白いが血色は良い方だ。

 一緒にいる事で、トワ自身は安心しているように見える。服装にも注文を出し始めたし、故に品の良いワンピースも頂戴した。

 トワの唇がスプーンに触れる。無色に近いスープが、薄紅色の唇へと消えていく。眼鏡の向こうに見える、赤い虹彩が目立つ目は、僅かに細められていた。瞬きをする度、長い睫毛が揺れている。

 灰色の髪は肩に少し掛かっていた。前髪も伸びている。トワが頭を動かすと、耳に掛けた前髪がはらはらと視界を遮るのだ。それを片手で、また耳に掛け直している。

 トワは黙々と、千切ったパンを口に運んでいた。もう一本用意されているスプーンを取り上げ、今度はビーフストロガノフを掬う。

 こちらも料理を口に運びながら、そんなトワの様子をちらちらと確認する。

 三日経ったのだ。きちんと眠るようにもなった。栄養だってこうして摂っている。でも、肝心の表情は暗いまま。口数も少ないし、いつも何かを考えている。

 料理の味だって、よく分かっていないのだろう。自分だってそうだ。ただ機械的に口に運んでいるだけ。

 こうも静かだと、出会ったばかりの頃に近いようにも思えるが。あれとはまた少し違うのだ。確かに、あの頃のトワは口数も少なく、表情も乏しかった。けれど、意思はこちらに向いていたというか。何を考え、何を想っているのか分かるというか。

 今は違う。今だからこそ分かる。トワがこうして心を閉ざしている時には、何も分からなくなってしまうのだ。たったそれだけで、トワが何を想っているのか分からなくなる。

 戦いを終え、夢か現実かも分からない病室で白い女性と出会った。シア・エクゼスと名乗ったその女性との会話は、今思い出しても不思議だ。重要な事を言っているが、論点をずらされているような。

 そして、恐らくトワも同じ病室を見た。そこで何があったのか、トワにしか分からない。そんな夢現の出来事が、あの少女を苛んでいる。

 せっかく一緒にいるのに。僅かなズレが、どうしようもなく大きく感じる。その裂傷の深さを思う度に、これでいいのかと息を吐く。

 トワが話したいと思うまで、聞かないとは言ったものの。一日二日、三日と経過して、その選択は間違いなのではと思い始めてきた。よくよく考えれば、この少女はとにかく悩む。答えを探すのが下手なのだ。その時点で諦めればいいのに、それは出来ないと諦念を突っぱねて。また、一人で悩み続ける。

 それが良い方に働いていれば、こうも心配する必要はない。だが、現状を見る限り。少なくとも、良い方には作用していないだろう。

 黙々と食事を口に運びながら、伏し目がちなトワを見る。少女は手で千切ったパンを弄びながら、それを小さな口に放っていた。

 冷たい、という印象が浮かんでくる。無機物が持つ、均等な冷たさだ。小柄で、元々整っている顔立ちをしているトワが、物憂げな様子で食事をしている。その様子が、どうしようもない程に冷たく感じられて。

 表情が乏しく、だというのに顔立ちは整っている。そのせいで、人形という印象がこびり付いて消えない。

 普段のトワからは、受ける事のない印象だ。表情はころころ変わるし、目に力があるというか、しっかりと物事を見据えているというか。

 無機物のように冷たくて、人形のように完成されていて。それが故に、息が詰まるほど綺麗に見える。だけど、だからこそ。物凄く遠く感じてしまうのだ。

 触れようと思えば触れられる程、こんなにも近いのに。

「……どうしようかな」

 空気すら震えぬ小さな声で、そう呟きながら。答えは決まっているようなものだとパンに噛み付いて食い千切る。

 元々、自分は我慢強い方でも何でもない。何か一つを得る為に、それ以外の全てを斬って捨てる。そういう類の輩なのだ。

 これも似たような物だと、口に含んだパンを咀嚼しながら一人頷く。

 欲しい物など、ただ一つを除いてありはしないのだから。

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