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刃‐ブレイド 悠久ニ果テヌ花  作者: 秋久 麻衣
「鏡鑑と光芒」
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手を伸ばして


 最後の攻防は、時間にしてみればそれこそ一瞬だった。

 《スレイド》の長剣が《イクス》の胴を穿つ。そして、死に体の《イクス》を強引に動かし、胴に刺さったままの長剣を《スレイド》から奪う。そのまま飛び上がり反転し、肩車の要領で《イクス》は《スレイド》に組み付いた。《イクス》の両脚が《スレイド》の両腕を締め上げる。

 そして、《イクス》は残った右腕からSB‐2ダガーナイフを射出した。それを右手で掴み、手の中で回転させ、逆手に持ち替える。

 躊躇いはとうに消えていた。《イクス》は足下に見える《スレイド》の胴目掛け、倒れ込むように右手の得物を振り下ろす。

 一瞬の攻防だ。だから、リオは確かに貫いたという手応えしか分からなかったし、その後に動いた《スレイド》の挙動に対応する事は出来なかった。

 《イクス》の両脚、それによる拘束を解いた《スレイド》が、右手で《イクス》の頭部を掴む。強引に引き剥がすようにして、力任せに投げ付ける。

「くそ、まだ!」

 やられるがままに《イクス》は宙を回転している。その体勢を何とか立て直し、再び《スレイド》と向き合う。

 手応えはあった、貫いた筈だ。自分の認識に差違があるのかと目を凝らすが、答えはやはり変わらなかった。

 その場に佇む黒の騎士、《スレイド》の胴にはSB‐2ダガーナイフが深々と刺さっている。操縦席を狙ったという感覚も正しかった。あの位置に差し込めば、中身はもう。

 《スレイド》が、胴に刺さったダガーナイフに左手を掛ける。引き抜こうとしているのだ。

 止めなければ。また蹴り付けるなりして、確実に動きを止めないと。

 だが、《イクス》が動く前に《スレイド》の手は止まる。ぴたりと、それ以上動かせないと悟ったかのように。

『……痛、い』

 頭の中に直接伝わる、トワによく似た声色が。鈴のような音を響かせる。

「……斬り損ねた、のか」

 《スレイド》の胴、そこに収まるリリーサー……フィル・エクゼスの声だ。操縦席にナイフは刺さった。中身を貫きもした。だが、完全な命中ではなかったという事だ。馬鹿でかいナイフが、中途半端に身を貫いたのなら。

『なに、これ。やめて……《スレイ》、痛いのやだ……』

 自分に何が起こったのか、分かっていないのだろう。《スレイド》の手が止まったのは、つまりはそういう事なのだ。

「……終わらせる」

 満身創痍の《イクス》に、まだ動いてくれと懇願する。介錯をするという意識もありはしたが、それ以上に危機感が募っていた。フィル・エクゼスはまだ生きている。あの少女が状況を把握し、ナイフが抜かれてしまえば終わりだ。傷も何もかも修復され、はじめからやり直しとなる。

 《スレイド》はそれを分かっている。だが、フィルに苦痛を与える選択を迷い、更にフィル本人から止めるように言われた。あの《スレイド》が、判断に迷っている。だから今しか殺せない。

 手近な得物を探す。何もない。左腕すらなくなった《イクス》は、名実共に徒手空拳となっていた。

「ぐ……」

 視界が歪む。暗い操縦席が目の前に見え隠れする。《イクス》との同調が切れ掛けているのだ。当然の結果でもある。《イクス》の中にいた‘イクス’は、もうここにはいない。一人では、何をするにも限界がある。

 歯を食いしばり、同調を維持していく。《イクス》の目を開き、残った右手で胴に突き刺さっている長剣を引き抜く。

 もう痛みは感じない。だが、明らかに手脚の感覚が鈍い。自分の本当の身体が、心臓が。もう止めてくれと悲鳴を上げている。

 その懇願をはね除け、《イクス》の右手で長剣を構えた。手が震える、自分の心臓の鼓動が、胸を突き破る勢いで頭に響く。

 《スレイド》はこちらの意図に気付き、右手で傍に漂っていた左腕を掴む。千切れた左腕、《イクス》に付いていた物だ。その左腕には、SB‐2ダガーナイフが一本だけ残っている。

 《スレイド》は右手を振り抜くようにして、漂う左腕からダガーナイフを取り上げた。手の中で回転させ、素早く逆手に構え直す。迎え打つつもりだ。

 《スレイド》の目を見る。まだ諦めていない。まだ守るつもりでいるのだ。自らの主を、この人だと決めた少女を。

 どう攻めるべきなのか。もう、こうして構えているだけでも意識が飛びそうなのに。《スレイド》の防御を抜き、あの胴のナイフを更に突き立てるには、どうすれば。

 《イクス》も《スレイド》も動かない。《イクス》は長剣を構えたまま微動だにしないし、《スレイド》もダガーナイフを逆手で保持したままだ。

 後に残るのは心臓の音だけ。そんな空間の中で、また鈴の音が聞こえる。苦しげな息遣いに、押し殺したような嗚咽を携えて。

『助け、て。お姉ちゃ……』

 助けを乞う鈴の音が、全てを言い終わる前に。その言葉は途切れた。

 空間が焼ける。動きを止めていた《スレイド》を、下方から伸びる粒子砲撃が包み込む。《イクス》の用いる粒子兵器とは、出力が段違いだった。加えて、《スレイド》は防御態勢も何も取っていない。

 完全な奇襲、知覚外からの一撃だ。

 《イクス》の右腕から力が抜けていく。その目が眼下を……今尚甲板に倒れたままの《プレア》を捉える。

 倒れたままの姿で。《プレア》は右腕を掲げていた。その肘から先は、斬撃によってなくなってはいたが。両腕と片脚を無くしても尚、腕を伸ばしている。

 その腕の先には、青い燐光によって保持された大剣モノリスがあった。その大剣は、粒子砲としても使える。打倒したリリーサー、リプル・エクゼスからトワが譲り受けた一振りが、その力を発揮したのだ。

 夥しい熱を内包した圧縮粒子が、目の前を一息に通り過ぎて行く。空間ごと物質存在を焼き払う、圧倒的な光の帯はすぐに消えた。そこにいた《スレイド》共々、宇宙の黒へと置き変わる。

 まるで最初から、何もなかったかのように。だが、そこに僅かであっても消えない痕跡があった。フィルと《スレイド》がそこにいたという証左……黒い燐光と翡翠の線が、ちりちりと目の前を舞っていた。

『……私は』

 呟くような、押し殺したような鈴の音が。

『お姉ちゃんじゃ、ないけれど。貴方を助けるよ……フィル』

 《プレア》の右腕が、脱力したように下がる。大剣モノリスを保持していた青い燐光も、徐々に薄れつつあった。

 そして、耳元には静かな寝息が届き始めている。眠ってしまったのだろう。

 無事ならそれでいい。緊張感はないが、糸が切れてもおかしくはない。フィルと《スレイド》は、そうなってもおかしくない程に強い。強かった。

 だからこそ、あの一撃には驚いた。

「……避け、なかったのか」

 トワと《プレア》の動きは、それこそ手に取るように分かった筈だ。警戒心の塊のような《スレイド》が、単純な奇襲で墜ちるなんて。

「いや、違う」

 深く考えるまでもなく、その答えに辿り着く。わざと当たるような真似を、《スレイド》がする筈もない。

 自分と同じなのだ。トワと《プレア》を認識の外に置き、目の前の敵だけを見据えていた。自分がトワの動きに気付けなかったのだから、《スレイド》もまた気付けない。

 それだけの事なのだ。

「周りが見えていないんだな。お互いに」

 見ようともしていない、という方が正しいのかも知れないけれど。

 《イクス》の右手に残った、もう一つの痕跡を見る。《スレイド》の振るっていた長剣だ。多分、同じだった。同じような生き方をしていた、と思う。だからこそ互角に戦えた。違ったのは立場だけだ。互いに、自分も世界もかなぐり捨てて一人の少女を選んだ。

 頭を振って意識を切り替える。まだ、全てが終わった訳ではない。

「《イクス》。お前のサポートって重要だったんだな。きつくてしょうがない」

 全速力で丸一日走っていたら、こんな状態になるのかも知れない。目を瞑れば意識が飛び掛けるし、相も変わらず目の前が歪んで見える。《イクス》が肩代わりしていた物が、直接飛び込んでいるのだろう。

「でもまだ使わせて貰う。あれを、破壊しないと」

 眼下に広がる巨大な宇宙船……灰色に染まった1st(ファースト)サーバーを見遣る。

 そこに横たわる《プレア》も見て、起きる様子のないトワを想う。今起こしたら怒られるのだろうか。

 身体を引き摺りながら……それに等しい重みを感じながら。《イクス》を《プレア》に近付けていく。トワと《プレア》を拾って、サーバーを破壊する。

 ふらふらと《イクス》は降下していく。ぼやけた視界が少しずつ《プレア》の輪郭を捉え、その身体に手が届く距離まで進む。

 そして、あまりにも消耗していたからだろうか。目の前で起きた事に対して、呆然とする以外の選択肢が選べなかった。

「……何だ、あれ」

 抵抗もせず、それこそ右手の長剣も構えようともせず。ただそう呟いた。灰色の宇宙船が……1st(ファースト)サーバーの甲板が、次々とスライドしていた。甲板の装甲が上下左右に動き、内側から何かが迫り上がってくる。

「う……!」

 思わず呻く。迫り上がってきた物が、無数の眼球に見えたからだ。一メートル大はある眼球が、暗闇から這い出てきた……ように見えた。

「今、どうして」

 無数の眼球などどこにもない。球体のレンズが、装甲の内側から展開されているだけだ。少なくとも目玉ではない。不気味な物を見たという意識と、それが勘違いであったという安堵が、抵抗という選択肢を根っこから奪っていく。

 展開されたレンズが、一斉にこちらを向いた。悪意や敵意、ましてや殺気など露ほど感じない。だが、その動作がやはり眼球という単語を連想させて。

 ぴたりと動きを止めてしまった《イクス》に、無数のレンズ達はちかちかと光を明滅させた。まるでまばたきだ、と脳天気な感想が頭を過ぎる。

 その光に、比喩ではなく吸い込まれるように。リオは意識を失った。

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