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刃‐ブレイド 悠久ニ果テヌ花  作者: 秋久 麻衣
「鏡鑑と光芒」
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望む未来


 その道を進む度、かつて生きていたであろう残骸達が通り過ぎて行く。両断され、かろうじて形状が分かる残骸もあれば、何度も粒子砲撃を受け、元の形が分からない程に壊された残骸もある。

 全て、この戦いで敷き詰められた屍だ。それがもう冷えて固まり、こうして暗い宇宙を漂っている。誰が何の為にこの光景を作り出したのか。考えるまでもない。

 思考よりも先に肌がそれを感じ取る。トワは残骸達が向けてくる空白の瞳を見詰め返しながら、答えの待つ方向へと進んでいく。

 《プレアリーネ》との繋がりは、まだ初期段階を維持していた。《プレア》の目を通して世界を見てはいるが、完全に同調している訳ではない。本当は、こうして見ている必要もない。《プレア》は目的地に向かってくれるし、それまで目を閉じていたって何の問題もないのだ。

 それでもトワが通り過ぎる残骸達を見ていたのは、それがただの鉄屑ではないと知ってしまったからだ。先程まで生きていた、でも今は確かに死に絶えてしまった人々の成れの果て。

 どうする事も出来ないけれど、見て見ぬ振りはやっぱり出来なくて。結局、空っぽなままの心でその瞳を見据えるしかない。謝罪するような場面ではない。怒りを覚えるというのも違う。悲しむには、あまりにこの人達を知らない。当然、嬉しくもなければ楽しくもない。

 そんな物言わぬ観衆の間を抜け、《プレアリーネ》はその場所へ辿り着いた。

 上下という概念のない宇宙において、足下と表現するのは些か不適切ではあるが。真下に位置している青の惑星……地球を見ているとやはり、足下に広がっていると思ってしまう。

「大きいな……何でも吸い込んでしまいそう」

 眼下に広がる青を見据えながら、トワはそんな事を呟いた。《プレア》の目を通して見ているだけだが、こうも近いと胸がざわつく。深く暗い宇宙の闇に、ここだけが例外と言わんばかりに青く染まっている。

『もっとよく見てみたら? 青いだけじゃないでしょ』

 声が頭の中に伝わり、そう言えばそうだったとトワは思い返す。《プレア》の目で真正面を見ると、そこに声の主が佇んでいた。

 無骨な鎧を思わせる体躯に、背中を覆う外套、愚直な騎士という印象がこれほどまでに合致する者はいないだろう。

 フィル・エクゼスとその従者、討滅騎士《スレイド》だ。黒い筈の装甲は、鮮明な赤に染まっている。それは、あの体躯を動かしている者が誰かを雄弁に語っていた。黒ければ《スレイド》の意思が‘占有’し、赤ければフィルの意思が‘専有’している。

 フィルの声は自分のそれと変わらない。今は見えないが、その姿だって自分と変わらない。同じ声で同じ姿で、違う意思だけを携えて二つに分かれている。

 中身は別物でも、見た目は瓜二つ。だが、違う部分も存在する。トワは視界の端に映る三つ編みをちらと眺め、そんな事を思った。自分の髪はくすんだ灰色だが、フィルの髪は瑞々しい黒に染まっている。

 白い肌に赤い目、そこまでは一緒だが。髪だけが違う。

『突き立てられた杭、軌道エレベーターだっけ。それを中心に、色々な施設が纏わり付いて。まるで拘束具みたい』

 人工物で装飾された地球を、フィルはそう表現した。その言葉に嘘はない。地球は確かに青かったが、それが全てという訳でもないからだ。宇宙を生活圏にするという事は、そこに繋がる扉が必要になる。

「フィル、地球に興味あったんだ」

 杭の突き立てられた地球、その姿を哀れむような言葉をフィルは使っている。だからそう問い掛けてみたのだが、フィルは鼻で笑っていた。

 赤い《スレイド》がその場で佇んだまま、右脚で地球を指す。

『私はそんなに。お姉ちゃんが気にしてたから。でも、そうね』

 フィルは言葉を切り、少し考えているようだった。赤い《スレイド》が青い地球を見下ろして、どうしようもないと言わんばかりに首を振る。

『吸い込んでいるんじゃない。吐き出してるように見えるけど』

 フィルらしい言い方に、トワは口元を緩める。

 助けたのか、助けられたのか。見捨てたのか、見捨てられたのか。

「どっちもじゃないかな。よく分かんないけど」

 だから、トワも思ったままの事を口にした。よく分からないし、分からなくてもいい。この世界はとにかく、白と黒が多すぎて。

『お姉ちゃんと同じような事を言うのに、お姉ちゃんと違って興味がないのね』

 確かに、ファル・エクゼスならばもうちょっと真剣に答えただろう。それこそ、白と黒をはっきりと見出す。

「リオが言ってたんだ。私を救うついでに世界も救うって。私が救われないんだったら、世界もどうでもいいやって言ってた」

 だからヒーローにはなれないと、リオはそうも言っていた。

「私はもうちょっと我が儘だから。リオと地球、行ってみたいなあって思ってる。だから、無事な方がいいな。興味がない訳じゃないんだよ?」

 結局、本音を言えばそういう事になる。フィルの溜息が、ここに直接伝わってくるようだった。

『まあいいけど。貴方の目的はこれでしょ』

 ばちり、と何かが頭の中で噛み合う。トワはもう一度真下を見るも、そこに青い地球を望む事は出来なかった。

 巨大な宇宙船、と表現すれば良いのだろうか。飾り気のない灰色の外装が、のっぺりと広がっている。

「……1st(ファースト)サーバー」

 それが何なのか、本質的には分かっていない。だが、その名前は分かっている。

『裏側に格納してあった最後の一基。ここでリリーサーがぶつかれば、どうせ出て来ちゃうんだし。裏に注意を払って戦うなんて芸当、私にだって出来ないからね』

 宇宙船の形をしていても、あれはサーバーに違いない。あれを破壊すれば、リリーサーは途絶える。

 数え切れない程に繰り返してきた時間が、その積み重ねがあそこにはあるのだ。あれを破壊し、リリーサー・システムを止める。

 その未来にしか、自分の居場所はないと分かっているから。

「フィルは……あれを守るんでしょ」

『そう。で、トワはあれを破壊する』

 互いの望む未来は、どうやっても交わらない。

 フィル・エクゼスの望みは、姉との再会だからだ。時間を繰り返せば、また出会う事になる。その為に、サーバーを守る必要がある。

『こんなに分かりやすい構図もないでしょ。私達の未来だもの。私達が決める』

 フィルに、かつてあった激情は感じ取れない。でも、それは落ち着いているからではない。フィルにとって、感情を吐露すべき相手は姉以外にはいないから。

 フィル・エクゼスにとって、ファル・エクゼスとはそういう存在なのだ。きっと、ずっと繰り返してきたのだ。感情のままに殺し合い、結局最愛の相手を殺し尽くして。空っぽのまま世界の終焉を迎えて、もう一度出会って殺し合う。

 狂っているのではない。狂わない為に、狂ったように続けるしかない。

「教えて。もし私が負けたら。もし、フィルの望み通りに世界が終わったら。フィルはお姉ちゃんと……ファルと、一緒に何がしたいの?」

 フィルは何も答えない。考えている、という訳でもない。答えは既に決まっている筈だ。それでも言葉に出来ないのは何故か。

『……別に。一緒にいるだけで』

 ぼそりとぶっきらぼうに。囁くような拗ねるような、そんな声が伝わってきた。

「嘘。私も聞かれたら、一緒にいられるだけでいいって言うけど。それは嘘だもの。やりたい事、いっぱいあるもの。ちゃんと答えて。じゃないと戦えない」

 じろと、フィルがこちらを睨んでいるように感じた。多分、本当に睨んでいると思う。

『貴方と一緒にしないでよ。我が儘だらけのお子様とは、頭の作りが違うんだから』

 お子様、と言われてトワはぴくりと反応する。

「私、リオにエンゲージリングだって貰ったんだから。大人の? 関係性なんだから」

『子どものごっこ遊びが何?』

 トワは小さく唸り、反論するべく必死に言葉を探す。

「ごっこじゃないもの。真面目で真剣な大人の……本格、本格的?」

『私に聞かないでよ』

 素っ気なく返され、トワは眉根をひそめるしかない。しかし、本題を思い返してぺしぺしと自身の膝を叩く。

「そうじゃなくて! 質問、質問答えて!」

 フィルは再び押し黙り、じっとこちらを見据えている。真意を推し量ろうとして、そんな物は存在しないと悟ったのだろう。

『何でもいいんだよ』

 フィルの声が、独白のように響く。

『……一緒なら何でもいいの。お姉ちゃんがしてくれるなら何でも。遊んで欲しいし褒めて欲しいし、ぎゅうってしたい。優しくして欲しい。私のこと……好きって言って欲しい』

 考えた端から、フィルは言葉に変換しているのだろう。ぽつりぽつりと、思い描くままに望みを連ねていく。

「……そう。なら、やっぱり」

 その答えを得て、トワは一人頷いた。フィル・エクゼスは、やはり狂ってはいない。だが決して、その望みが叶う事もない。

 ファルもフィルも、互いに戦いを望んでいる訳ではない。なのに、二人が出会えば殺し合うしかなくなる。

 確認しておきたかったのだ。今から命を賭して戦う相手が、どんな思いでいるのか。どんな世界を望んでいるのか。それが叶わないのだとしても、自分はそれを知りたいと思ったから。

 自身の我が儘を押し通す為に、どちらかの未来は潰える。消えていく未来の断片ぐらいは、知る必要があると思ったのだ。

 トワは《プレアリーネ》の右手を振るい、その手に持った大剣モノリスをフィルの《スレイド》に突き付けた。

「フィル・エクゼス。私は私のままでいたい。だから、貴方を倒す」

 そして、そう宣言した。とっくに決まっていた覚悟でも、やはり言葉にしなければ形にはなってくれないから。

『倒すだなんて。優しい言い方をするのね、トワは』

 赤い《スレイド》はゆっくりと進む。《プレアリーネ》が構える大剣モノリスの前まで行き、右腕の実体剣を展開する。そして、それを同じようにこちらへ突き付けた。

 《プレアリーネ》の大剣モノリスと、赤い《スレイド》の長剣が重なり合って。刃と刃が合わさり、それぞれの重みが切っ先に込められていく。

『トワ・エクゼス。私はお姉ちゃんを取り戻す。だから、貴方を殺す』

 互いに剣を合わせながら、最後の宣告を執り行う。

 望みがある。だから、互いに戦うと。

「いくよ、《プレア》」

『見てて、《スレイ》』

 その呟きを契機に、二人の騎士は得物を振り抜く。

 大剣と長剣がぶつかり合い、弾かれるように両者の距離が開いた。

 同じ存在から生まれ落ちた二人が、違う未来を追い求め戦う。

 リリーサー同士の戦いが始まった。

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