猟犬の獲物
銃やナイフといった得物は、敵対した何かを殺傷する事に優れている。狙いを付けトリガーを引けば、命を穿つ弾丸が飛び出す。握り込めるように加工され、念入りに磨かれた刃先は容易く命を断ち切るだろう。
だが、それらの得物も使い手によってその鋭さを大きく変える。戦いを知らない子どもが銃やナイフを持っても、熟練の兵士に勝てないように。
そういった意味では、この盤面はまさに子どもと大人の果たし合いだった。
「……ああもう」
暗い操縦席で、トワは浮かんできた悪態を口に出す。赤い虹彩で装飾された目が、《プレア》の目を通して世界を見通していた。その光景や状況を顧みた上で、なんだかなあと悪態を吐いたのだ。
トワは細身で頼りない身体をフラット・スーツで包み、外さないようにと言われたヘルメットをきちんと被っている。白い肌は更に青白くなっており、行程がうまくいっていない事を何よりも雄弁に語っていた。
機体を襲う振動に、トワ自身も身動ぎする。左耳に編まれた小さな三つ編みが、視界を僅かに遮ったが。そもそも、《プレア》の目を開いている以上、視界も視力も関係がない。
思うように動けないもどかしさと、絶えず鳴り響く頭痛に顔をしかめながら、トワは自分を取り巻く状況を少しでも理解しようと足掻いていた。
といっても、よくない状況という事だけははっきりとしている。リオと別行動を取り、一直線に中枢へ向かっていたのだ。ここで妨害を受けるまでは。
トワの操っている《プレアリーネ・フローウィル》は、度重なる襲撃ですっかり様変わりしていた。
《プレアリーネ》自体をコアとして用い、装甲と翼、推進器に武装を搭載したフローウィル・ユニットを装備する。そうして組み上がった《プレアリーネ・フローウィル》は、敵中突破を果たす為に必要な性能を全て備えている。にも関わらず、飛来する弾丸の群れや進行を阻む敵ifの集団をうまく捌ききれなかった。
《プレアリーネ・フローウィル》の主要装甲には、既に少なくない弾痕が刻まれている。右の主翼は根本から破壊され、この宇宙のどこかに消えていた。片翼を失い、加えて推進器も一つ撃ち抜かれている。
機動力を削がれた《プレアリーネ・フローウィル》は、それでも並のifより速い。機首に装備された二門の粒子砲は健在だし、機首に固定された大剣……モノリスも問題なく使える。直方形の剣身を持つモノリスは、大剣としても粒子砲としても使えるが、今この状況では砲台代わりにしかならないだろう。背中にはガトリング砲も固定してあるが、射手がいない以上無用の長物でしかない。
脱落した右主翼に懸架してあった射出用ナイフ……アローブランチも、未だに周囲を飛び交っていた。粒子砲が威力を発揮出来る前方以外は、このアローブランチで凌ぐしかない。
八振りのアローブランチは、付かず離れずの距離を維持しながら《プレアリーネ・フローウィル》に追従している。青い燐光を振り撒きながら、後方に回り込もうとする敵ifを撃ち抜いたり、すれ違い様に組み付こうとする不届き者を追い払ったりしていた。
もっとも、この行為自体が文字通り頭痛の種となっている。八振りのアローブランチは、自動的にそれらの迎撃行動を取っている訳ではない。その一振り一振りに、意思を込めて動かしているのだ。あまりの情報量に、トワの頭はパンク寸前と表現してもいい。
「もう少し、なんだけど」
その時が近付いている事はとっくに肌で感じ取っていた。
ここに来た目的の一つは、フィルと決着を付ける事だが。もう一つ、やらなければいけない事がある。
「もう少し。1stサーバーは、きっとあそこに」
この空間の裏に潜んでいるサーバーを破壊する。それが出来なければ、また無意味な繰り返しだけが待っているから。
いや、とトワは口元を緩める。自嘲を真似ようとして、結局泣きそうな顔しか出来ない。自分には繰り返しすらない。死の先には何もないのだ。元となったファル・エクゼスとして、またこんな戦いを繰り返すだけ。だからトワである自分には、どう足掻いても‘次’などない。
フィルの望んでいる世界はそれだ。フィルにとって、姉であるファルに会う為には繰り返しを続けるしかない。
だから、戦うしかない。決着を付けて、サーバーを破壊する。
「その前に、これを何とかしないと」
足の速いifが二機、《プレアリーネ・フローウィル》を攻撃していた。
他の敵ifは、全て振り切ったか迎撃している。存分に痛め付けられたが、何とかここまで来られたのだ。
だが、この二機はどうにもそれがうまくいかない。熟練の操縦兵という概念をいまいち理解していなかったトワだが、これが恐らくそうなのだろうと思い至る程だった。
二機の敵if、機種はどちらも《ハウンド》である。H・R・G・Eの用いる純戦闘用ifであり、シャープな見た目通り足が速い。
それに加え、この《ハウンド》達は通常とは違った。右肩に直接狙撃銃が装備されており、両手をフリーにした上で大口径の狙撃弾を叩き込んでくる。自由な左手で突撃銃を握っており、その予備弾倉は右肩に懸架してあった。
右脚にマチェットが見えるが、それを振っている所は見た事がない。二機の《ハウンド》は、一貫して中距離戦、遠距離戦を繰り返している。
それだけ物を積めば重くなりそうな物だが、それでも足は速いままだ。背部にあるメインブースターの他にも、両腰には追加の推進器が装備されている。あれが自在に可動し、重量の不利を消し去っていた。
特殊な装備をした、えらく厄介な《ハウンド》が二機、それが今尚妨害してくる。
「……楽しそうにして」
トワにしては珍しく、毒突くような言い方をした。二機の《ハウンド》は、この状況を楽しんでいる。見た事のない獲物を前に、口角を上げて銃を構えているような。
トワにとって、戦いは手段の一つでしかない。それも、あまり選択したくない類の。やらなくていいのならそれでいいような、その程度の物でしかない。なぜなら、そこには死が付随するからだ。
だから、戦いを前に楽しそうにする《ハウンド》の気持ちはよく分からなかった。
「分かんないけど、嫌だな」
トワは胸中に浮かんだ不快感を、そう言葉に変換した。短く息を吐き出し、必要な戦いだと自分に言い聞かせる。
この二機を追い払えば、道は拓けるだろう。
頭痛を押し退けながら、トワは二機の《ハウンド》を意識の内に置いた。脳内で処理すべき情報量が跳ね上がり、更なる痛みをもたらすが構わない。
そもそも、時間を掛けるつもりなどないからだ。
トワの意思を反映した《プレアリーネ・フローウィル》が、この突破戦において初めて反転した。鳥や飛行機を思わせる機体が、機首を上げるようにして弧を描く。
片翼のもがれた鳥や飛行機が足掻いた所で、痛々しいだけなのかも知れないが。弧を描きながら、《プレアリーネ・フローウィル》の至る所から青い燐光が漏れ出していた。 その光は意思を持っているかのように噴出している。特に、脱落している右主翼の根本からは、色濃い青が矢継ぎ早に吐き出されていく。
急造の翼を得た《プレアリーネ・フローウィル》が、再び爆発的な加速力を見せる。青い燐光を棚引かせながら、こちらを仕留めようと待ち受ける《ハウンド》の方へ、徐々に機首を向けていく。
二機の《ハウンド》は、大して驚いてもいないようだ。それどころか、迎え打ってやるという気概すら感じた。
侮られているという事でもあり、トワの負けず嫌いな感情に火が灯る。
「いいもの、びっくりさせてあげるから」
ぽつりと呟き、トワは正面に位置している《ハウンド》を見据える。
リオならば相手の動きを読み、どう仕掛けるべきか考えていたのだろうが。それは自分には出来ない芸当だ。取れる手段は、後にも先にもただ一つ。
「とにかく撃って、追っ払う!」
《プレアリーネ・フローウィル》の機種、そこに装備された二門の粒子砲が光を灯す。狙いは正面、右肩の狙撃銃をこちらに向けている《ハウンド》だ。
照射された粒子光を、二機の《ハウンド》は当然のように避ける。淀みなく回避機動を行いながら、右肩の狙撃銃だけはぴたりとこちらを狙い続けていた。
《ハウンド》は闇雲に撃つような真似はしない。どうせ、当てられる距離に入ったら当てるつもりだろう。リオでなくてもそれぐらいは分かる。
だが、《プレアリーネ・フローウィル》の進行ルートを変えるつもりはなかった。それどころか、《ハウンド》に正対するようにして飛び続ける。左右に分かれた片割れ、今回は右側にいる《ハウンド》を狙う。
もう粒子砲は撃たない。相手を動かす事が出来るだけで、解決にはならないからだ。
巨鳥、《プレアリーネ・フローウィル》は《ハウンド》目掛けて増速を繰り返している。このままでは正面衝突するだろう。
その前に、狙われている《ハウンド》が動いた。といっても回避ではない。《ハウンド》の両脚、両腰のスラスターが微弱な光を吐き出し、姿勢を安定させる。右肩に直接装備された大口径の狙撃銃が、こちらをぴたりと狙って。
射撃と同時に、再びスラスターが短く光を吐き出す。反動を打ち消しながら、《ハウンド》は狙撃銃を立て続けに撃つ。
一発目が《プレアリーネ・フローウィル》の機首に突き刺さり、弾頭が小爆発を起こす。二門の粒子砲がその爆圧で弾け飛び、被弾の衝撃で機体全体がバランスを崩す。
二発目、三発目が機体に直接突き立てられる。その度に爆発が生じ、青い燐光を掻き消していく。
耐えきれなくなった翼が、装甲が次々と脱落していく。四発目が再び機首に命中し、懸架していた大剣モノリスが宇宙に投げ出される。固定してあったガトリング砲も例外ではなく、弾けた装甲ごとどこかにいった。
「……これで、あとは」
好き勝手に弾丸を叩き込む《ハウンド》を、じろと見据えながら呟く。撃っても避けられるし、撃たれたらどうせ避けられない。ならば、取るべき戦術などこれぐらいしかない。
「驚かす、だけ!」
《プレアリーネ・フローウィル》の四肢に力を入れる。五発目が命中し、生じた爆発が双方の視界を遮る。
その爆煙を、《プレアリーネ・フローウィル》は迷わずに突き破った。そして、脱落していく翼や装甲を押し退けるようにして、《プレアリーネ》は上半身を外界に晒す。
視界が一気に拓け、感覚が研ぎ澄まされていく。卵から生まれるのだとしたら、こんな気分なのだろうか。
自身の翼を広げ、《プレアリーネ》から青い燐光が再び噴出する。灰色だった装甲が青に染まり、元から紺色に塗装されている翼と同じように鮮やかになった。
《プレアリーネ》は、半壊したフローウィル・ユニットから起き上がるようにして上半身を出している。脱落していくパーツはそのままに、残ったフローウィル・ユニットを青い燐光で包み込んでいく。下半身、腰回りにフローウィル・ユニットは残っており、巨大な推進器として充分に使えるだろう。
《プレアリーネ》のカメラアイが瞬き、至近に迫りつつある《ハウンド》を睨み付ける。しかし、《ハウンド》はあくまでも冷静に後退を選んだ。距離を開けつつ、また狙撃弾を叩き込む気だろう。
「じゃあ」
トワの口元に笑みが浮かぶ。負けず嫌いで強気な側面が、ここぞとばかりに溢れている。《プレアリーネ》はくいと右手を動かし、遠方に漂う得物に呼び掛けていく。
そして、両足と腰回りに残ったフローウィル・ユニットが瞬間的に青い燐光を吐き出す。スラスターの光を凌駕する出力を受け、《プレアリーネ》は後退しつつあった《ハウンド》へ難なく追い付いた。
《ハウンド》は狙撃による有効打を諦め、左手に持った突撃銃を掃射しながら右手でマチェットを引き抜いた。
瞬間的な接近に対して、そこまで動けたのだから大したものだろう。
《プレアリーネ》は、掃射など気にせず徒手空拳のまま距離を詰め続け、右手を後ろに思い切り引く。
近接攻撃を恐れ、《ハウンド》は両腰のスラスターを前方に向けながら加速、ステップを踏むように後方へ跳ね飛ぶ。拳による殴打は勿論の事、ナイフやマチェット程度では届かない距離だ。
「ふうん」
しかし、トワの《プレアリーネ》は構わず右手を振るった。青い燐光を纏い、後方から追い付いていた大剣モノリスが、その手には握られていたからだ。
拳やナイフ、マチェットの距離ではない。だが、大剣であるモノリスの刃先は《ハウンド》に届いた。
叩き付けるようにして振るわれた一撃により、《ハウンド》の頭部が拉げる。その真横を、《プレアリーネ》は悠々と通り過ぎて行く。
そして、その背後をついて回っていた射出用ナイフ……アローブランチがついでと言わんばかりに《ハウンド》を貫いた。高速で突き抜けていく八振りのアローブランチが、《ハウンド》の四肢や武器を悉く破壊する。
「びっくりしたでしょ?」
残骸一歩手前の《ハウンド》に得意げな声色を添えながら、《プレアリーネ》はもう一機の《ハウンド》を捉える。
残された《ハウンド》は、一貫して遠距離を維持していた。左手の突撃銃を撃ち続けながら、適宜右肩の狙撃銃をこちらに向けてくる。
不用意に近付けば、大口径の狙撃弾によって砕かれる。状況を変える為、《プレアリーネ》はもう一つの武器を手繰り寄せていく。青い燐光で引き寄せるようにして、脱落したガトリング砲を左手で掴む。
《プレアリーネ》はそれを手の中でひょいと回し、左腕のアタッチメントにガトリング砲を装着した。
左腕を突き出し、ガトリング砲の銃口を向ける。狙いは当然、目の前の光景が理解出来ないと言いたげに呆けている《ハウンド》だ。束ねられた銃身が回転し、次いで断続的に弾丸を吐き出し始めた。
慌てて回避に徹する《ハウンド》に、右手で握っているモノリスの切っ先を突き付ける。ガトリング砲で牽制し、モノリス粒子砲で回避先を狙う。
しかしモノリスから照射された粒子砲撃は、寸前で増速され避けられた。《ハウンド》の足の速さと、操縦兵の反応速度が噛み合ったが故の回避だ。
しかも、回避だけではなくその状況下で右肩の狙撃銃をこちらに向けていた。更に言えば、左手に持った突撃銃の弾倉を外し、突撃銃を左肩に押し当てている。左肩に固定してあった弾倉を、突撃銃に叩き込んだのだ。
回避しながら再装填を済ませ、反撃の瞬間を待つ。だが、少しだけ視野が狭かった。
「アローブランチ」
得物の名前を呼び、事の顛末を見届ける。声を発したその時、《ハウンド》を八振りの射出用ナイフ、アローブランチが一息に貫いた。
しかし《プレアリーネ》の周囲には、八振りのアローブランチが青い燐光を振り撒きながら飛び交っている。
簡単な奇襲なのだ。先程脱落した片翼にあった、もう八振りのアローブランチを使った。攻防の最中に射出し、《ハウンド》を包囲していたのだ。後は、隙を作るだけで当たる。
頭部、四肢、武器を順当に破壊され、《ハウンド》の胴体は漂うことしか出来ない。
二機の《ハウンド》は無力化した。《プレアリーネ》は、そこらに漂っていたフローウィル・ユニットの残骸を左手で拾い上げる。掴んだ横長の装甲板に、アローブランチを突き刺していく。まずは八振り、次いで戻した八振りもそこに当てていく。
飛ばしたままだと、ひどく疲れる上に頭痛が止まらない。次に使う時まで、こうして持ち歩いた方が楽だと判断したのだ。
「……はあ」
トワは溜息を吐き、《プレア》との意識同調を解いた。暗い操縦席が、狭くてぼやけた視界に映し出されている。トワはヘルメットを脱ぎ、ふるふると頭を振った。灰色の髪が広がり、狭苦しい思いを少しは消してくれる。
気を効かせた《プレア》が、しばらく休んでいていいと言ってくれた。振動が身体に伝わる。《プレア》が動いているのだ。
「ありがと。でも寝ないようにする」
《プレア》に礼を言いながらも、今眠ったら絶対に起きられないとトワは気を引き締める。
トワは目を瞑りながら、座席に深く腰掛けた。頭はまだ痛いし、身体はいつものように重い。だが、道は拓いた。このまま進めば、フィルの待つ中枢へ辿り着く。
そこでフィルと決着を付け、サーバーを破壊する。
目を開き、視界に這入り込む自身の髪を見る。左耳の前に結んだ、小さな三つ編みだ。
「……もうちょっと、うまくやれたらなあ」
それを右手で弄りながら、トワはぽつりと呟く。髪を結ぶのは、こう見えて結構難しいのだ。戦いも難しいし、生きる事はもっと難しい。生き残る事も。
「リオ、大丈夫かな」
同じ三つ編みをしている少年の事を思い浮かべる。まあ、しているというか無理矢理したのだが。
来るか来ないか、という心配はしていなかった。リオなら、ここが世界の果てでも来るだろう。私だってそうだ。
「怪我してたり、傷付いたりしてませんように」
自身の胸に手を当て、トワはそんな言葉を唱える。その手の平で、首から下げたエンゲージリングの感触を確かめながら。
《プレアリーネ》は、空白の檻へと突き進んでいった。




