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刃‐ブレイド 悠久ニ果テヌ花  作者: 秋久 麻衣
「鏡鑑と光芒」
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焼け落ちた花


 戦える手段があるのならば、戦う為の術を知っているのなら。見て見ぬ振りなど出来る筈がない。

 だから、イリアはその時に戦う事を選んだ。敵も味方も、自分自身も。誰も彼も殺さない為に、誰も彼も殺させない為に。

 そうして戦い、敵機を無力化した。その内の一機が、制御を誤ったのか地上に降りて、そして。

 思い通りにならない事ばかり。戦場では特にそうなのだと、あの時学んだ筈なのに。

 知らない人もいた。知っている人もいた。友人も……そこにいた。両腕を破壊された敵のifは、転がるようにして距離を取り、逃げていった。全長八メートルの巨人が、そこを転がったのだから。腕があるとかないとか、武器があるとかないとか関係がない。

 コルミナはそうして死んだ。コールと呼んでくれと言っていたあの少女は、見る影もないぐらいに潰れていた。

 直接手を下した訳ではない。けれど、要因を作ったのは私だ。

 そんな事も忘れていたのか。いや、考えないようにしていた。その結果がこれだ。

 でも、もう間違える事もない。だって、死んでしまえばそれ以上はないのだから。

「ぐ……はあ!」

 目を開き、荒々しく息を吐き出す。イリアはスクラップと化した操縦席を、瞳孔の開いた目で探る。

 両手を見て、両足を見て、少なくはない焼け跡を確認する。両足が特にひどく、感覚が覚束ない。痛覚が麻痺しているのか、冷え固まっているせいでおかしくなっているのか。痛みというよりは、違和感しか覚えない。

 自分の具合はもういい。どうせ動けない。それから、装甲ごとメインウインドウを引き裂き、しかしここまでは届かなかったスマートウィップの残骸を見据える。暗い宇宙が、ぽっかりとそこから見えていた。

「もし、かして」

 《シャーロット》の腰には、使い所のなくなった弾倉が括り付けてあった。あれが、背後から巻き付く糸の軌道を逸らしたのだ。スマートウィップの挙動は、殆ど糸と変わりはない。ちょっとした要因で、こういう事も起こり得るだろう事は想像に難しくなかった。

 眩い光と、衝撃波に揺さ振られる。その力に煽られるようにして、擱座(かくざ)した《シャーロット》がゆっくりと旋回し出す。

 操縦席の前に空いた空洞から、外の景色がよく見えた。流れていく景色の中に、崩壊するダスティ・ラートが通り過ぎていく。

 キアは命を賭して、あれを砕いたのだ。

 自分もそうだ。そのつもりだった。なのに、どうしてこんな。

 また無様に、自分だけ生き残ってしまった。

「……合わせる顔がないよ」

 生き残れた、とは思わなかった。ただ、どうしてこんなにも生き残ってしまうのか。それだけが、イリアの胸中を埋め尽くしていく。

『知った……事か。無理矢理にでも会わせてやる』

 イリアの脳内に、怒気の込められた声が直接響く。操縦席に衝撃が走り、緩やかな自転が無理矢理止められた。

 目の前には、少年の操縦している《レストリク》がいた。両腕はない。だが、それ以外の損傷は見受けられない。

 今の声は、少年の胸中だろうか。イリアは異形のifを呆然と眺めながら、現実的じゃないと首を振る。振ったつもりだったが、実際には少し身体が揺れただけだ。

 そして、焼け跡だらけの《レストック・アルファ》が間に割って入った。全身が焼けていながら、左腕だけは奇跡的に動いている。姿が見えないという事は、《レストック・ベータ》は撃破したという事だろう。

 《レストック・アルファ》の左手が、関節を軋ませながらこちらに突き付けられる。その音は、宇宙では決して響かない筈なのに。朦朧とした意識の前で、確かに聞こえた気がしたのだ。

 あそこから放たれたスマートウィップが、今度こそ全てを焼き払うのだろう。それでもいい。もうダスティ・ラートは崩れ落ちた。これ以上は、もう。

 《レストック・アルファ》の左手から、乱雑に広がったスマートウィップが射出される。肉眼だから、ある程度はその糸が見えていた。でも、どうする事も出来ない。どうする必要もない。

「……え?」

 迫る致死の糸は、しかし鋼鉄の巨人に阻まれた。見覚えのあるifが……《カムラッド》がスマートウィップに飛び込んだのだ。

 リュウキの操縦していた《カムラッド》だと、なぜかその後ろ姿だけで分かった。既に満身創痍だった《カムラッド》に、スマートウィップが絡み付いていく。

 《カムラッド》の右手が動く。握っているのは短機関銃、あれを《レストック・アルファ》に撃ち込むつもりなのだろうか。

「だめ……これ以上は、もう!」

 咽から声がせり出して、次いで全身の痛みが蘇ってきた。激痛に苛まれながら、イリアは目の前で起きる出来事の結末、その末路について考える。

 短機関銃が弾丸を吐き出す。しかし、その数瞬後に《カムラッド》はスマートウィップで溶断される。

 だから、だめだと叫んだのだ。そんな結末は、末路はもう充分だった。

 だが、予想に反してあっさりと《カムラッド》は抵抗を止める。背中が開き、操縦席の収まったブロックが後方に弾け飛ぶ。その数瞬後、スマートウィップは《カムラッド》を溶断した。

 《レストック・アルファ》は、残骸と化した《カムラッド》を押し退け、再度こちらに左手を向ける。

 そして、その袖口から糸が吹き出るその前に。もう一機の《カムラッド》が、《レストック・アルファ》を強かに蹴り飛ばしていた。

「あの、ifは」

 僅かな振動を感じたイリアは、操縦席の前に空いた空洞、そこに立つ人物を見て全てを理解した。

『よう、手酷くやられたもんだな』

 片手をひょいと上げ、軽々しく挨拶をしてきた。ヘルメットの通信機器に直接繋いだ声が、耳元で聞こえている。

「リュウキ……じゃあ、あれは」

『おう。エリルの嬢ちゃんだ。間に合うもんだな、走り込み上等って奴だ』

 最初にスマートウィップを受けたifは、やはりリュウキの《カムラッド》だった。遅れるようにして《レストック・アルファ》を蹴飛ばしていったのが、エリルの《カムラッド》だろう。

「……死ぬ気かと思った」

 そういう未来が見えていた。リュウキなら、相打ちに持ち込んででもあれを落としていただろうと。

『んー、まあ。あいつの傷にはなりたくないからな』

 そう言って、リュウキは暗い操縦席ではなく黒い宇宙へと視線を移す。そして、決着が付いたのだろう。こちらへ戻ってくる《カムラッド》に向けて、その手をひらひらと振っている。

「……なら、良かった」

 イリアは小さな声で、誰にも届かない声でそう呟く。リュウキがエリルと出会っていなければ、或いは共に過ごしていなければ。こうはならなかったのかも知れない。

 遠方には、両舷を失った《アマデウス》の姿も見えている。

 イリアは目を閉じ、身体の力を抜く。痛みがその分走り始めていたが、それは身体が生きているという事でもある。

 死に損ねた事実と、生き長らえた意味を。

 頭の中で転がしながら、イリアは白亜の到着を待った。

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