闇を駆ける呼び声
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《フェザーランス》は、狙い通りにダスティ・ラートへ着弾した。
凄まじい衝撃が船内を走り、固定の不充分な物を根こそぎ宙へと弾き飛ばす。操舵席に座っていたキアも例外ではなく、人が居なくなったせいで広く感じるブリッジを、ゴムボールのように弾んで巡る。
肉を打たれ、骨を軋ませ、それでもキアの顔には大胆不敵な笑みが浮かんでいた。
壁に弾き飛ばされるも、キアは艦長席の背もたれを無事な方の手で掴み、身体をそこへ固定する。そして、真っ赤に染まった視界を手繰り、使い物にならなくなった投影モニターを睨み付けるようにして見据えた。
「砲門解放、出力最大。あの野郎に全部くれてやる」
そして、その命令を下す。自動操艦を多いに助けてくれる音声認識機能が、復唱もなしにその動作を実行していく。
ダスティ・ラートに突き刺さった《フェザーランス》が、命令を受けて駆動し始める。船首が展開し、四門の粒子砲がその火を灯す。
「……リシティア、ごめんな」
つまらない嘘を吐いた。謝罪の言葉を口にしながら、キアはそれこそ冒涜なのかも知れないと苦笑する。クルーを見殺しには出来ないというのは本音だ。リシティアの友人を、レティーシャを見捨てる訳にはいかないというのも本音だろう。だが、結局この道を選んだのは自分自身なのだ。誰かの為にこうしたとか、そんなものは自分を納得させる為の甘露でしかない。
自分が選んだ。全てを要素を考慮し、こうすべきだと選んだ。
「だから、誰のせいでもない」
呟きながら、一度だけ深く目を閉じる。次に目を開けた時にはもう、迷いも後悔も消えていた。
「……撃て!」
その言葉を契機に、《フェザーランス》は四門の粒子砲を同時に照射した。
最大出力で照射された粒子光は、臨界を迎えつつあったダスティ・ラートの心臓部を容赦なく穿つ。極限まで圧縮されていた粒子が、それに呼応するかのように熱を生じさせる。
内部からの爆圧により、ダスティ・ラートは眩い光に呑まれ始めた。
そこに突き立てられた《フェザーランス》も、同じように光へ還元されていく。
致死の光は、ブリッジに佇むキアを一息に擦過した。痛みも熱も知覚しない。ただ、眩しいとだけキアは考えて。
目を細めるようにして、かつての日々とかつての少女を思い浮かべる。
士官学校で得た、何気ない日々や言葉を。それを与えてくれた少女、コールの姿を思い浮かべる。歳の割に小柄で、賢い割にどうにも幼さが抜けないあの少女を。
いつでも自信満々で、艶やかな黒髪を従えて。
「キアは、本当に大事な人っていないよね。命の価値を知らないんだよ」
訳知り顔でコルミナは、コールはそう言った。やけに偉そうで、大層な事を言っている割には嫌味がない。
「誰だって大好きの順番があるんだよ。それって、悪い事なんかじゃない」
ちっち、と指を振りながらコールは力説する。
「命の価値を知っているから、順番が出来るの。誰かを守るのなら、尚更順番を付けなきゃいけないんだよ」
分かんないかなー、とコールは首を傾げる。説明を始めておいて、この娘は肝心な事を言わずに結果を求めてくるのだ。
「順番を付けられないと、本当に大事な人から失う……かも知れないんだから」
それは嫌でしょ、とコールはふんぞり返る。
「だから、まずは一番目。自分自身でもいいけど、キアはそういうタイプじゃないからなー」
よく分かっているじゃないかと、苦笑しながら答えるしかない。
「当然。私だもん。で、まずは一番目だよ。ん? 考えるの面倒?」
想像が付かない。いきなり順番を付けろだなんて。
「簡単だよー。一番目は私。私以外にいます? いません!」
お前はそれが言いたかっただけだろ……。
「仮でもいいんだよこういうのは! 一番目は私。後は、追々埋めていったり順番変えていったりすればいいの!」
無茶苦茶だな。
「じゃあ質問。自分と私どっちが大事? どっちを守るの?」
……質問になってない。その二択ならお前を選ぶしかなくなる。
「そゆこと! 簡単でしょ!」
簡単じゃない。結局守れなかった。何も出来なかった。死んでいくお前の声を聞くことすら叶わなかった。押し潰されて、それでおしまいだ。
「まあ、死んだ人は順番から外れちゃうからね。でも、ちゃんと一番も二番も三番も、数えるのめんどくさいけど、とにかく一番から下はしっかり守れたでしょ?」
訳知り顔で、偉そうに。自分が一番正しいって顔してふんぞり返って。
「私が言ってた事、あながち間違いじゃなかったでしょ?」
完全な正解でもないけど、とその少女は笑う。
やっぱり、無茶苦茶だ。でも、最後には結局こっちが折れる事になる。
「コールには……敵わないな」
当然。私だもん。そう、少女は何の根拠もない癖に返してくる。
光は全てを包み、次いで生じた爆炎が全てを浄化していく。
自身の熱に焼かれながら、ダスティ・ラートはその名前通りに塵へと還った。
黒塗りの《カムラッド》に護衛されながら、脱出ポッドは設定されたルートを忠実に守っていた。
そんな中、リードは遠方で生じた光の意味を悟る。選択の結果、その末路を。
「リード、キアは脱出したんですよね。そう言ってました。脱出ポッドはあるから、それに乗るって」
リードは、その光を背中で隠すようにしてその少女と向き合う。リシティアが、縋るような目でこちらを見ていた。
「キアと、話をさせて下さい。不安、不安なんです。嘘は……嘘は吐いて」
リシティアは言葉を発しながら、震える手でこちらの服を掴む。瞬く間に、その目に大粒の涙が浮かんでは流れていく。
「嘘は……吐いてないって……!」
一際大きな爆発が、夥しい光と衝撃を発した。その場から離れようとしている、脱出ポッドをも揺さ振る衝撃に、煽られたようにリシティアは膝から崩れる。
黒い長髪が、力を失ったかのように床に広がった。その小さな手が、震えを押し込めるかのように強く握り締められる。だが、余計にその肩を震わせて。
「……嘘は! 吐いて……」
絞り出すように発したその言葉を最後に、リシティアは蹲り声を上げる。
感情その物を吐き出すような慟哭を前に、リードはただ顔を伏せる事しか出来なかった。




