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刃‐ブレイド 悠久ニ果テヌ花  作者: 秋久 麻衣
「鏡鑑と光芒」
242/352

左の拳


 《アマデウス》とダスティ・ラートの距離は、加速度的に詰められていく。

「間に合わない! イリア、離脱しないと!」

「間に合う! 私には分かる!」

 クストの声を遮るようにして、イリアは言葉を突き返す。

 猶予がないのは百も承知だ。《アマデウス》の船体に無数のスマートウィップが絡み付き、その装甲をずたずたにしていく。このまま行けば《アマデウス》自体が保たないし、それこそ心中する羽目になる。

 だが、分かるのだ。それだけは確かであってくれと、縋るような思いでも。立場は違えど、キアは同じ物を見てきた。ならば、同じ答えに達する筈だとイリアは信じたのだ。

 腹に抱えた物はきっと、互いに違う。だけど、こんな不条理を許すような人ではない。その一点だけは自分と変わらないと。あの時から変わっていないと、そう信じた。

「……艦影、粒子光を確認! 砲撃来ます!」

 そして、答えは出た。ギニーの報告と同時にレーダーが更新される。

「タイミング合わせて! 《フェザーランス》の射撃と同時に転回するよ!」

 《アマデウス》の後方、仕留めようと思えばいつでも撃てる位置に《フェザーランス》は潜んでいた。隠密というヴェールを投げ捨てた今、その黒い船体がはっきりと見える。槍の名前を冠している割に、その船体は長剣を横倒しにしたような見た目をしていた。長剣の切っ先は、ぴたりとこちらに向いている。砲門に粒子光が灯っており、すぐにでも撃てる状態だと分かった。

 射撃タイミングを探る。これはそう難しくはない。キアならば、そう。

「今! 急速転回、離脱して!」

 イリアは怒鳴るようにして指示を叫び、ギニーは唸り声を返しながら《アマデウス》を操舵する。

 そして、ここだというタイミングで照射された粒子砲撃が、《アマデウス》と左舷ユニットを繋ぐコネクターを焼き切った。

「右舷、ウィンドフォール最大出力! 蜘蛛の巣を抜ける!」

 左舷は射出された。残った右舷を駆使して、《アマデウス》はその場から離脱する。

『くそ、やめろやめろやめろ! まさか本当に!』

 苛立ちを隠しきれない少年の声が、律儀にブリッジへ響く。丁寧に、通信を繋げたままにしているのだ。異形のif、《レストリク》が袖口から糸を吐き出すのが見える。

 自由の身となった左舷ユニットは、設定通りに後部ブースターを展開、巨大なミサイルと化して前進し続ける。粒子壁、ウィンドフォールも展開したままだ。蜘蛛の糸……スマートウィップが絡み付いてはいるが、粒子壁の熱と左舷ユニット自体の質量で押し通す。

『撃て、いいから撃て! その砲台がなくなれば、俺もあんたらもおしまいなんだよ撃てッ!』

 その光景を前に、少年はヒステリックに喚き立てる。だからこそ、何をするつもりなのか直ぐに分かった。

 まずい、とイリアは歯噛みする。

「妨害、出来ない……! 《アマデウス》そのまま加速、砲台の前から逃げて!」

 指示通り、《アマデウス》は這々の体で加速を繰り返す。ダスティ・ラートの正面を避け、光を灯す砲門に食らい付こうとしている左舷ユニットを見据える。

 そして、射出された左舷ユニットがダスティ・ラートに直撃する前に、砲門がその光を吐き出した。

 それは、照射と呼ぶにはあまりにも弱々しい。一瞬だけ……ライトをちらつかせたような粒子砲撃だ。

 だが、それでもずたずたになった左舷ユニットを消し飛ばすには充分だった。

 まるで紙細工に火を入れたかのように、左舷ユニットは融解していく。あの光の前では、粒子壁も役には立たなかった。

 少年のヒステリックな笑い声が、頼みもしていないのにブリッジに反響する。彼の操る《レストリク》が、その意思を反映しているかのように左手を振るう。全て無駄だと、そう主張するかのように。

『心中しておくべきだったな、灰被り! 勝ち目なんかないって言っただろ!』

 灰被り……白亜の船体をした《アマデウス》の事だろう。今はもう、相当に赤黒いだろうが。少年はがなり立てながらも、有利な位置である防衛網から出てくるつもりはないらしい。頭と口が別々に動いているタイプだ。口で何を言おうとも、油断や隙が生じない類の。

「二次動力による緊急射撃? 思いの外、冷静な対応ね」

 クストが毒突くように言う。左舷ユニットを迎撃した光、あれはダスティ・ラートの機能を活用しただけに過ぎないだろう。本来の破壊力はあんなものではない。

「‘着火’用の粒子光だね。あれを種火に融合崩壊を引き起こして、強力な粒子砲を撃つ。融合炉内へのチャージが不充分だったから、ああなったけど」

 そのチャージが完了する前に、左舷ユニットが砲門に飛ぶ込む筈だったのだ。だが、相手の機転によって防がれた。正直、想定以上だと認めざるを得ない。

「イリアさん、通信です。えっと、《フェザーランス》から」

 リーファが恐る恐るといった様子で声を出す。一定の距離を保ちながら、《フェザーランス》は状況を精査しているように見える。

 イリアはリーファに目配せをし、回線を繋げるように促す。隠しきれない緊張を滲ませながら、リーファは手元のコンソールを操作する。

『迎撃されたのか。次の策は?』

 前置きも何もない。結果だけを求める声色がブリッジに響く。《フェザーランス》の艦長、キア・リンフォルツァンだ。

「粒子砲は効かない。ifの携行火力では破壊は難しいし、何よりあのifが。《レストリク》がいる。だから、策らしい策なんかない。同じ事をするだけだよ」

 キアの問いにイリアはそう答える。《アマデウス》の左舷ユニットは、既に消し炭となっているが。右舷ユニットはまだ残っている。

『上方か下方か。正面以外なら迎撃も出来ない筈だ。《アマデウス》がアタッカー、《フェザーランス》がそれのサポート。あのifは』

 簡潔にキアが状況をまとめていく。異論はない。だが、一つ付け足すとしたら。

「私が抑える。あれは防御に適しているだけで、本質は違う」

 イリアはそう提案し、クストと目を合わせる。異形のif、《レストリク》についてだ。張り巡らされた糸、スマートウィップは優秀な防御手段となり得るが、その為だけに作られた訳ではない。あのifの本質はマンハント、if狩りにあるとイリアは見ていた。

「正攻法だとどうにもならない。数や連携がif戦の主流なら、あれはそれに対抗した何かだよ。私が抑える」

 相手のスペックを全て把握した訳ではない。だが、何よりも正確な情報を吐き出す自身の第六感が、あれはそういう類の強敵だと告げている。

「なら急ぎなさい。《アマデウス》は私が」

『陽動と援護は《フェザーランス》が受け持つ』

 クストとキアの返答に、イリアは強く頷く。

 第二ラウンドの開始だ。

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