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刃‐ブレイド 悠久ニ果テヌ花  作者: 秋久 麻衣
「鏡鑑と光芒」
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ダスティ・ラート


 遠目から見れば、それはまさに宇宙を駆ける流星だった。白亜の戦艦が、粒子の光を振り撒きながら直進し続けている。暗く閉ざされた宇宙という庭を、眩い光で切り裂いていく。

 或いは、本当に流星なのかも知れない。そう思わせる程、その白亜は自由に見えた。しかし、それはあくまでも遠く睥睨した時だけだ。近付けば近付くほど、別の印象を見る者に与えるだろう。

 白亜の船体は無数の弾痕を携え、焦げ付いた装甲を引き摺っている。速度を緩めるという選択肢はない。故に、耐えきれなかった装甲板が脱落してどこかに流されていく。その度に、白亜は痛々しい黒に染まっていった。

 足を止める選択肢はないのだ。防衛手段を使い切った《アマデウス》が取れる戦術は、最早強行突破の一手しかない。

 だが、それこそが《アマデウス》の強味でもあった。

 《アマデウス》は、そもそも武装試験艦の範疇を出ない。中央の管制ユニットを中心に、小型BSの機能を付け足す形で成り立っている。

 武装に至っては、試験段階の代物をそのまま流用してあった。両舷が突き出しているような、独特なフォルムにはそういった理由がある。

 スペースシャトルを思わせる小さな楕円形の左右に、巨大な楕円形を付けている。《アマデウス》の外観を簡単に表現しようとすれば、そうなるだろう。巨大な楕円……左右対称に組み込まれた武装は、フォルム通り独特だが使いようはある。

 白亜のBS、《アマデウス》は足を止めない。突き出た両舷の先端が展開されており、基部が露出していた。開発コード、ウィンドフォールと呼称される大型装備だ。

 ウィンドフォール……莫大なエネルギーを糧に、基部を中心に粒子壁を展開する。防衛拠点などで使用される装備を、BSサイズまで小型化した物だ。実体弾だろうが粒子兵器だろうが、その熱量で焼き払う。

 《アマデウス》は、このウィンドフォールを展開しながら正面突破を繰り返していた。粒子壁を纏ったBSが、最高速度で突っ込んでいく。陽動を駆使し、本隊の迎撃も潜り抜けた今、まさしく流星と化した《アマデウス》を止められる部隊は存在していなかった。

 そして、最後の岩石群すらも強引に押し退けながら《アマデウス》は猛進する。

 傷だらけの船体が、気持ちを切り替えるかのように黒煙と光を放出した。

 目の前の光景と、決着を付ける為に。







 満身創痍の《アマデウス》が天然の囲いを突き抜けた時、そこには想像通りの光景が広がっていた。防衛部隊を振り切り、残骸も岩石群も構わず焼き払い、遂にここまで辿り着いた。

「あれが目標ね。分かりやすくて助かるわ」

 副艦長であるクストの言葉は、普段と変わらぬ調子を装っている。せめて自分だけでは冷静でいようと努めているのだ。その姿勢に、何度も助けられてきた。

「……よくもまあ」

 操舵と武装管制を一手に引き受けているギニーの声には、確かな呆れと焦燥が滲んでいた。あれだけの物を実現したという行動力に、そしてそれが終わりつつある事を見て取ったが故の声だ。

「あんなもので、本当に。全部終わらせるつもりなんですか」

 通信管制席に座っているリーファは、嫌悪感を隠そうともしない。確かに、見ようによっては醜悪とも言えるだろう。今目の前にある物は、過去の遺物が確かな死を伴って具現化している。

「ダスティ・ラート。形状も何もかも違うけど、あそこにあるのはそれで間違いない」

 イリアがその光景に名前を付ける。かつての戦いで使用された、急造砲台の名前だ。

 継ぎ接ぎだらけの怪物(フランケンシュタイン)、そう表現するのが一番正しい。兵器に装飾など不要と切って捨て、機能だけを拡充した結果だろう。相応に巨大であり、大型BSと同等かそれ以上の規模と見て取れる。

 その砲台は歪だった。後先は何も考えられていない。射程領域を焼き払う事だけを突き詰め、それを最短で実現している。巨大な砲門、内部に敷き詰められた斥力プレート、最奥で光を灯している粒子炉、その炉に火をくべ続けているジェネレーター、そう言った最低限の機能が、歪ながらも精緻に組み立てられていた。

 広大な宇宙に、突如として建造された砲台、ダスティ・ラートが浮かんでいる。小刻みに圧縮空気を吐き出し、砲門の向きを調整していた。

 そのダスティ・ラートの真正面に、《アマデウス》は位置している。

「組み立ては完了してる、もう猶予はない」

 イリアの声に応えるかのように、ダスティ・ラートの砲門に光が灯る。こちらを狙っている訳ではない。《アマデウス》の背後、皆が戦っているあの宙域を狙っているのだ。

「粒子砲を使うわ。あの見た目なら、一つでも傷が付けばおしまいよ」

 クストの言葉に、イリアも頷いて返す。急造が故に、防御などまるで考えていない。露出しているケーブルの一つでも撃ち抜けば、それだけであれは撃てなくなる。撃てたとしても、望み通りの出力は出せないだろう。

「余剰エネルギーを粒子砲に充填……完了しました!」

 ギニーが指示を素早く形にしていく。《アマデウス》の両舷、その側面の装甲が展開され、格納式の粒子砲がその砲門を覗かせる。

「照準、アルファ(ワン)とチャーリー(スリー)を選択」

 こちらの思考を読み、クストが追加で指示を出す。イリアはグリッドで分けられた照準表を睨み、そこなら致命的な損害を与えられると確信する。

「ポイント、ロック!」

 間髪入れずにギニーはそう発した。全ての計器が、状況が命中を謳っている。頭の中に、別の未来が浮かぶ事もない。この一撃は命中し、あれを破壊する。

「……撃って!」

 右手を突き出し、イリアは最後の指示を出す。

 《アマデウス》の両舷、展開された粒子砲がその威力を発揮する。眩い光が二条、別々の場所を狙って照射された。

 BSの用いる粒子砲としては、出力の低い機種ではあるが。それでも圧倒的な熱量を用いて、目標を貫くには造作もない。

 しかし、放たれた二条の光は着弾の直前に霧散した。照射は一瞬、命中もまた一瞬だ。しかし、まるで壁に阻まれてでもいるかのように弾かれた。

「届いて、ない。粒子分散剤?」

 一部始終を見守っていたリーファが、そう呟いているのが聞こえる。粒子と結合し、急速に分解してしまう粒子分散剤なら、確かに防げるだろう。

「なら、もう一度撃てば! 艦長!」

 ギニーはそう言いながらこちらを振り向く。呆けている場合ではないと、その目は雄弁に語っていた。

 違う、呆けている訳ではなくて。

「次弾発射、あれを見極める」

 代わりにクストが指示を出した。そう、見極める。あれを、あれは。

 《アマデウス》が、再度粒子砲撃を再開する。放たれた二条の光は、やはり何かに阻まれて消えていく。

 断続的に粒子分散材を撒き散らしている? 違う。

「糸が、見えた。格子状に、粒子を斬って」

 そう、譫言のようにイリアが思考を声に出す。冗談のようかも知れないけれど、着弾の瞬間に粒子は‘切断’されていた。格子状に張り巡らされた糸に触れ、霧散したのだ。正確には、効果を発揮出来ない程に細分化された。

「糸? 何で、そんなものが粒子兵器を」

 クストも、訳が分からないと言わんばかりに顔をしかめる。確かに、《アマデウス》は常識外の者と戦ってきた。だが、今目の前にある技術は常識の埒内にある筈なのだ。それが、どうしようもなく思考を遅らせる。

「もし、かして。スマートウィップ、イリアさん、スマートウィップです! カーディナルで、私!」

 リーファがこちらを振り返り、聞いた事もない単語を発する。だが、前後の言葉である程度推測する事は出来た。

 カーディナル……リーファがかつて‘使われていた’研究施設だ。トワもそこに捕らえられていた。有り体に言えば、マッドサイエンティスト達の巣窟と言える場所だ。

『……なんだよ、ばらしたらつまらないだろ。お前、知ってるぞ。死んだ奴の事は覚えていられないけど。助かった奴の事は絶対に忘れない』

 物憂げで気怠げな。そんな少年の声がブリッジに響いた。

「ダスティ・ラート、正面。機影です。機種不明、if、だとは思いますが」

 少年の声を聞き、一瞬悲痛な色を浮かべたリーファだが。すぐに頭を振り、そう報告した。その機影は、こちらにも見えていた。にも関わらず、リーファがそう告げたのは声を振り払う為だ。

 この少女は、もう言葉程度では惑わされない。

『無視かよ。まあいいけど。顔見知りでもなんでもない。同じ地獄にいたってだけだからな。だから忘れない。俺や俺達の代わりに助かった奴だけは』

 リーファは少年の恨み言を聞き流しながら、もう一度こちらに視線を寄越した。

「スマートウィップは、名前の通り鞭を模した兵器です。実体と粒子の特性を併せ持った兵器として開発されていたようですが。詳しい事は、私も知りません」

 リーファがカーディナルを出る前から、開発されていた兵器という訳だ。経過した月日を考えれば、それが完成していてもおかしくはない。

『専用に加工された材料と、あと何だったか。まあ、分かっているのはこいつは恐ろしく‘斬れる’って事だけ。悪いけど、この不細工な砲台はやらせない』

 機種不明のifが、その両腕を広げる。かかってこい、とでも言いたいのか。

 全体的に細身のシルエットを持ちながら、両腕、人でいう袖の辺りだけ肥大化していた。

 異質なのはそれだけではない。脚部は、まるで骸骨のように単純な構成になっていた。

 拡張性や汎用性など全く考えられていない。あの脚では、重力下でまともに動く事は出来ないだろう。

 頭部は皿のように平たく、まるでレドームを頭に付けているようにも見える。しかし、そのスリットから覗くカメラアイは瞬いており、あれが頭部だという事を示していた。

『こいつを守って、俺達は自由になる。完成されたスマートウィップと、それ専用に設計された《レストリク》。あんたらに勝ち目はないよ』

 少年は、事実を語って聞かせるようにその言葉を吐く。異形のif、そのカメラアイが煌々と光を帯びていた。

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