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刃‐ブレイド 悠久ニ果テヌ花  作者: 秋久 麻衣
「旋回と献身」
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リゾート・デイト


 中立セクション、ガーデンブルー。このセクションは各ブロックがそれぞれリゾート施設になっており、娯楽という娯楽を詰め込んだ夢のセクションらしい。

 行き交う人々は多種多様といった様子だが、皆それぞれ楽しんでいるようだった。

 目の前には大きなゲートがあり、ホログラムで様々な宣伝が飛び出している。このゲートを一歩越えれば、そこがガーデンブルーということになる。

 ゲートは装飾され、観光客から見て圧迫感のないように考慮されている。その傍らにはにこやかな警備員が佇んでいて、笑顔の裏で注意深く周囲を窺っているのが分かった。

 中立セクションでの武力行為は認可されない。その中立セクションの警備目的を除いて、という一文が付いてはいるが。

 その警備員の様子は、ただの一般客であれば大して気にも止めないだろう。だが、警備員の間に警戒心が伝播しているのが自分にはよく分かった。

 自分がAGSであることを証明する書類は提出してきたので、特に呼び止められることはないだろう。が、警備員として警戒するに越したことはない。

 ここにいる多くの一般客と違い、自分は確かに異質な存在なのだろうから。

「ねえリオ。何で難しい顔してるの?」

 隣で声が聞こえ、そちらに視線を向ける。トワが怪訝そうな表情を浮かべ、こちらをじっと見ていた。

 今日のトワは本気だった。正確にはトワが、というよりは周りが本気だったのだが。隣にいるトワの容姿は、いつものTシャツにショートパンツといったものではない。

 ボディラインが強調された黒のカットソーは、トワのスレンダーな体型をくっきりとなぞっている。

 その上から白いポンチョ風ジャケットを羽織って、全体の印象をふわりと和らげていた。アクセントにスリットが入っており、その切れ込みからボディラインが見え隠れしている。

 下はチェック柄のショートパンツをはいており、細めのエナメルベルトで固定していた。このショートパンツもふんわりとした印象を受け、一見スカートのようにも見える。

 すらりとした細い足を膝上までの黒いソックスが覆っており、視線を落としていくと少しヒールのあるブーティが表れる。ベージュ色のブーティは女の子らしい造形をしながら、シャープさも失っていない。

 全てイリアの私物である。イリアの手によってサイズの調整がされているようで、大きい服を無理矢理着ているといった印象は受けない。むしろ、トワは完璧に着こなしていた。

 特に髪を結んでいる訳ではなかったが、トワ自身の癖を生かして、自然にふんわりと広がるように整えられている。当然寝癖など見あたらない。

 ほんの気持ち程度の化粧であったが、これが驚くほど見違える。表情が明るく見え、とても愛らしい。これらセットアップも、全てイリア監修によるものだ。あの人は本当に何でもしてみせる。

「リオ?」

 とにかく、そう。服装やちょっとしたセットが変わっただけなのだが、今のトワはとんでもなく魅力的に見える。

 自分はカーゴパンツにTシャツ、上からパーカーを羽織っているだけ。どう見ても野暮ったい服装だ。

 警備員からの視線は自分に注がれているが、観光客からの視線はトワに注がれていた。一緒にいる自分ですら困惑しているのに、周りからしてみれば唐突に天使が表れたようなものだ。

「何でもないよ、トワ。えっと、行こっか」

 小さく頷き、トワはこちらの手をそっと握った。怪訝そうな表情はもう消えており、その目は宣伝ホログラムが見せる壮大な海のうねりを追っていた。

 確かな温かみをその手に感じながら、ゆっくりと歩き出し、他の観光客と同じようにゲートをくぐる。

 警告音は無し。警備員の視線が自分から外れ、トワの方に移った。危険がないと分かった以上、やはり気になるのだろう。

「ねえリオ、あれは何? あっちも何か光ってるよ」

 トワが目を輝かせながら指をさす。

「うん? ああ、じゃあちょっと行ってみようか」

 こんな娯楽セクションで遊んだことなどない。いざ放り出されてどうしようかとも思ったが、この様子なら心配なさそうだ。

 《アマデウス》しか知らないトワにとって、このセクションは何もかもが新鮮に感じるのだろう。

 隣にいる熱を見失わないように、しっかりと手を握り返した。







 突如広がった風景に、トワは珍しく感嘆の声を上げた。二番ポートを移動し、フラワーリゾームという区画にたどり着いたところだが、ここは様々な店が立ち並んでいる。観光のメインスポットであり、煌びやかな街並みが人という人を一挙に飲み込んでいた。

 リゾート施設を謳っているだけあって、開放的でありながら高級感のある店構えが目立つ。宣伝ホログラムが青空を漂いながら、平和へ向けての決まり文句、peace of the worldを掲げている。

 トワはそれらの物には気にも止めずに、些か興奮気味に頭上を見上げていた。

「リオ、高いよ! 上、上が高い!」

 《アマデウス》の天井しか知らぬトワにとっては、それが何よりも驚くべきことなのかもしれない。

「上が高い!」

 ぴょんぴょんと跳ね始めたトワが、否応なく視線を集める。

「わ、分かったから落ち着いてトワ! 何でジャンプしてるの?」

 跳ね続けるトワの肩を押さえつけ、通行の邪魔にならないように端に退けた。トワは特に気にした様子もなく、逆に目を輝かせたまま上を指さした。

「高い!」

「う、うん」

 予想以上にトワは反応している。もっと冷静というか淡泊というか、周りの環境なんて気にも留めないイメージだったのだが。

「それで、これからどうするの?」

 不意に神妙な面持ちになって、トワは首を傾げる。こうも切り替えが早いとは。少し面食らいつつ答える。

「えっと、とりあえず見て回る感じになるかな。色々あると思うし。何か欲しかったらたぶん買えると思うよ」

 自分の肩書きはロウフィード・コーポレーション内の戦闘部署、AGSに所属という形になっている。危険度が高い役職になるため給与は割高になり、遊撃艦での連続勤務となれば金を使う暇も必要もない。必然的に額が貯まっていくことになり、手持ちは割と多いのだ。余程の物でもない限り問題なく購入できる。

 どうせ使う予定もないのなら、トワのために使っても問題ないだろう。トワのために、何を買えばいいのかは分からないのだが。

「回る?」

「ああ、えっと、違うよ。回転されても困るんだけど。お店に行くってこと。トワの好きな物もあるかもしれないよ。そういえば、トワの好きな物って何だろ。甘いもの?」

 トワは再び考え、こちらをじっと見つめる。かと思えば目線を下げ、こちらをつま先から頭の天辺までしげしげと見始めた。

「リオは甘いの?」

「えっと、詰めが甘いとかそういう感じ?」

「爪が甘いの?」

 トワの視線がこちらの指に注がれている。

「どうだろ、リーファちゃんとかには良く言われるけど。そこまでではないって自分では思ってるけどね」

 怪訝そうな表情を浮かべ、トワはこちらに目線を合わせた。

「何だかよく分かんない」

「えっと、僕も何だかよく分からないんだけど」

 トワとの会話は、時折噛み合わないこともある。今もその時だと判断して、トワの興味を別の方へ切り替えることにした。

「まあいいけど。ほら、向こうの方に行ってみようよ」

 さっと手を握り、ついてくるのを待ってから歩き出す。手を握るというのは気恥ずかしくてしょうがないが、常に握っていないとどこかに行ってしまいそうな気がするのも事実だった。

 この広いセクションで迷子なんて、想像するだけでも恐ろしい。常時手を握られているのはトワとしてはどうなのだろうとも考えたが、本人は割と上機嫌なのでいいだろう。

 そんなことを考えていると、いかにも高価そうな衣服が目に付いた。大きなショーウインドウの中で、モデル体型のマネキンがポーズを取っている。そのマネキンの着ている衣服をトワが着てみたらどうなるのかイメージしてみたが、マネキンと体型が違いすぎるためかうまく絵が浮かばない。

 当のトワは興味がないのか、ただ単に物珍しいだけなのか目線を泳がせていた。そんなトワの様子を見ていると、ちょっとした疑問が浮かんできた。

「トワは服とかにあんまり興味ないよね」

 トワは泳がせていた目線をこちらに向け、こくりと頷く。

「ない。別になくても困らない」

「周りが困ると思うけど。トワって身体を締め付けられるのが嫌いなんじゃない?」

「うん。締め付けられるのは嫌」

 普段のトワの格好を見ていれば、そうなのだろうと予想はつく。

「でも、今着てる服って結構締め付けてない? 可愛いけど」

 普段とは違う、身体のボディラインが見えるようなカットソーに、小振りな腰回りを包み込んでいるショートパンツにエナメルベルト。上からポンチョ風ジャケットを着ているため遠目からでは分からないが、大分いつものトワよりも締め付けている服装になっている。だからこそ新鮮に見えるし、トワの魅力を一段と引き上げているのだが。

 トワが困ったように首を傾げる。言っている意味が分からないという様子ではなく、どうしたものかと思案しているような様子だ。

「締め付けてる。なんかぴったりしてる感じがする。でもこれでいい」

 ちょっと驚かされた。普段のトワなら嫌なことは嫌であり、どうあっても自分の主張を通すのに。歴史の教科書で見た独裁政権の国家並に、トワの意志は固く尊重される筈だ。

「何か変なこと考えてない?」

 不満そうな表情を浮かべたトワが、こちらをじろと見据えている。

「な、何も考えてないよ。それよりほら、締め付けが嫌なら何でそれ着てるの?」

 勘の良さに驚かされるが、誤魔化しつつ気になっていた疑問を直接尋ねてみる。

「何でって、それは」

 ちょっと口ごもっている。そんなトワの姿は初めて見るし、こちらをちらと見て恥ずかしそうに俯くなんて動作は、普段と比べるとかけ離れていた。

「トワ?」

 思わず声をかけてしまうが、俯いたままトワは応えない。と思いきや、小声でぶつぶつと何かを言っていた。

「どうしたの?」

 再度尋ねると、意を決したのかトワが顔を上げ、しかし目線は合わせずに言った。

「だって皆が、この方がリオが喜ぶって。この方が可愛いって言ってたから」

 顔を真っ赤にしてトワはぼそぼそと喋っている。

「それに、リオも可愛いって言ってくれたから。だから、これでいいの」

 別に無理はしなくても。そう言い掛けたが、トワが素早く手を握り直して歩き出す。

「いいの!」

 ふくれたように歩くトワの顔は未だ赤いままで、その赤に釣られてこちらも何だか気恥ずかしくなってくる。

 つまりトワは、苦手である締め付けの強い服を僕のために着ているということになる。

 幼い言動が目立つし、我が儘な部分も多々ある。だが今隣を歩いているトワは、保護が必要な子どもなどではなく、こちらと対等である一人の少女だった。

 何を言うべきかは分からないが、何か言わなければという気持ちが先に動いた。握られた手を気持ち引いて、トワを振り向かせる。

「その服、よく似合ってるよ。凄く可愛い。あと、その、ありがとう」

 言ってから、あまりに似つかわしくない台詞だと思ってしまった。一気に羞恥の波が押し寄せるが、それはこちらだけではなかった。

 より一層顔を真っ赤にし、トワは何も言わずに歩き出した。それでも分かったのだ。

 握った手の温度が確かに、ひどく素直にトワの心中を表していたのだから。





 ※


 中立セクション、ガーデンブルー。その玄関とも言える港口に繋留された《アマデウス》は、装甲表面の弾痕さえ除けば平和そのものに見える。

 しかしそれは文字通り表面上だけのことで、内部では所狭しと各クルーが走り回っていた。

 急ピッチで修理が進められる中、イリアだけはブリッジの通信回線を通して誰かと会話している。短い言葉を交わし、にこりともせずに回線を切ってからイリアは深い溜息を吐いた。

 そんな溜息を咎める者も慰める者も周りには居らず、イリアは自分自身もその戦場に赴くべく腕まくりをした。

 その戦場とはジェネレーター及びエンジンルームを指している。一歩足を踏み入れるだけで、かなりの熱波が全身を襲う。イリアは大して気にした様子もなく、サブジェネレーターの横で腕を組んでいるクストに近付いた。

「これはひどいねえ。二番と三番はダメっぽいかな。換えも難しいから四番からバイパスして補うと安定するかもよ」

 内部状態を表すモニターを一瞥し、イリアはクストの顔をのぞき込む。

「ああ、なるほどね。それで保つかどうかは不安だけど」

「そこはもう、保たせるしかないかなあ」

 クストは額から落ちる汗を拭いながら、エンジンが収まっている後方部を指さした。

「向こうにミユリが行って、リュウキとギニーがこき使われているわ。まあ、あそこは何とかなるでしょ。で、私一人がこっち。ジェネレーターなんだけど、やっぱり相当無理を利かせてるから、どうも何台かは雲行きが怪しいって感じかな」

 今現在ここにいないのは医務室にいるアリサとアストラル、セクション内にいるリオとトワ、買い出し中のリーファで、他は全員修理に携わっていることになる。

「エンジンも悲鳴上げてたしね。まあ、こっちは壊れた奴を片っ端から片付けるのが先かなあ。確かに何台かはもうダメそう」

 クストがやれやれといった様子で肩を竦めるが、本格的な作業に入る前に含む視線をイリアに向けた。

「それで、向こうの様子は?」

 イリアは通信相手の声を思い出しながら、面白くなさそうに口を開いた。

「隠し金庫の額が減っちゃいそう。まあ、とりあえずは大丈夫にしといたよ。ただ、外装の修理までは無理だってさ。専用のドックの貸し出しも不可。すっごいケチ」

 イリアの先ほどの通信相手は、この中立セクション、ガーデンブルーの管理人だった。さすがに軍艦だということを隠し通せる訳ではなく、こうして密約を交わすのが最善の策ということになる。

「じゃあ、引き続き中身の修理を、一般客船がひしめき合うここで行うって訳ね。騒音で怒られないかしら」

 呆れたようにクストは言うが、困ったような笑みを浮かべているイリアを見て、申し訳なさそうに向き直った。

「別に責めてる訳じゃないんだから。そんな顔しない」

「あう。まあ、中身だけでも直せるって考えるしかないよね。修理始めよっか」

 イリアが工具の準備をしていると、クストがモニターを操作しながらぽつりと呟いた。

「ごめんね。あなたにも、本当は休んで貰いたいのに」

 そんなクストの呟きに、イリアは満面の笑みを浮かべながら工具を抱えた。

「大丈夫だよ。私はクストちゃんとこうしてる方が好きなんだからさ」

 そんなお世辞のような答えでイリアは返したが、他でもないイリアにとって、それは紛れもない事実なのだ。

「はあ、まったく。ほんと物好きなんだから」

 クストの呆れたような、それでいて嬉しそうな声色が、イリアにとって何よりの返事となっていた。

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