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刃‐ブレイド 悠久ニ果テヌ花  作者: 秋久 麻衣
「鏡鑑と光芒」
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手を引かれるように


 らしくない、とレティーシャは自嘲する。読めていた筈の動きが読めなくなった。それは、相手が上手だったからではない。自分が冷静さを保てなかった。意識を乱し、感情のままに刃を振るった。

「負けて当然。馬鹿みたい」

 結局、救われる事もなかった。殺意は本物……全て終わった、終わってくれたと思ったのに。勝手な我が儘で、私を苦しみの中に置き去りにした。

「分かって、くれると……思ったのに」

 エラーメッセージを吐き出す操縦席の中で、レティーシャは両足を抱え込むようにして小さくなる。激情が過ぎ去り、身体は氷のように冷え切っていた。

 同じ場所にいた筈の悪魔は、手を引かれ別の場所にいたのだ。また一人になった。それだけではない。これから先もこんな事が続くと。誰かが手を引いてくれるまで、自分はこの世界から一歩も動けないと知らされたのだ。

 レーダーが敵影の接近を知らせてくる。警告音が操縦席に響き、対処しろとがなり立ててくる。

「……うるさい」

 レティーシャはペダルに足を掛ける事もせず、ハンドグリップを握る事もしない。ただ、両足を抱えたまま縮こまっている。

「うるさい……嫌い。大嫌い」

 一言発する度に、閉じ込めていた筈の感情がレティーシャを苛む。ここにいるのは地獄の従者でも悪魔でもなく、無力な十一歳の少女だった。

「みんな……みんな嫌い、大嫌い!」

 鎧が砕け、生身の感情がその肉をさらけ出す。響き渡る警告音の渦に包まれながら、レティーシャは怒声と感情の雨を吐き出し続ける。

『うむ、それは傷付くな』

 聞き覚えのある声が響き、はっとなってレティーシャは顔を上げる。迫っていた敵は、上方から放たれた銃撃で追い払われていた。

『やあレティ。命令違反の気分はどうかね?』

 目の前には、黒塗りの《カムラッド》が降り立っていた。心地よい低音ボイスが、警告音の代わりに耳を打つ。

「……テディ」

 鼻をすすり、レティーシャはその愛称を呼ぶ。

 テオドール・ブラックソン、《フェザーランス》if部隊の隊長だ。難しく言えばアルファリーダー、略称でテオ、一部の部下からはテディと呼ばれている。

「貴方、隊長でしょ。こんな所に居ていいの?」

 何となくばつが悪く、メインモニターに映し出されている黒塗りの《カムラッド》から、レティーシャは目を逸らす。

『隊長だからこそ、違反を看過出来なくてね。はっはっは!』

 豪快に笑ってみせるテオドールに、こういう人だったとレティーシャは笑みを浮かべる。浮かべた端から、どうしようもなく目頭が熱くなっていく。

『レティ。君の望む答えはあったかい?』

 ふるふると首を横に振ってから、これでは見えていないとレティーシャは気付く。だが、何となく伝わったのだろうか。

『私の方は、そうだな。君達の戦いを見ていた。と言っても、最後の局面だけだ。真っ直ぐ向かったつもりだが、些か時間が掛かってね』

「そう。無様なものだったでしょ」

 そうレティーシャが返すと、テオドールはまたしても豪快に笑った。

『だが得る物はあった。かつてのリオ・バネットだったら、あの局面で剣を引く事はしなかった。何度も見てきたから分かる』

 部下を獲られたと、テオドールは言っていた。

『変わったのだな、あれは』

 そう、変わっていた。同じ場所にいた筈なのに。レティーシャは唇を噛み締め、救われる筈だったのにと彼が選ばなかった結末を想う。

『レティーシャ。君も、そういうものに出会えるといいな』

 息が詰まり、さっと頬が赤く染まる。眉をひそめ、レティーシャは思わず悪態を吐きそうになった。

「……聞いていたの?」

 冷たい声色で、レティーシャはそう問い質す。

『聞こえていたの間違いだ、レティ。通信回線は常にオープンだろう?』

 レティーシャは溜息を吐き、その動作のまま肩を落とす。

「最低。大嫌い」

 そして、ちくりと嫌味を言う。テオドールはやはり、豪快に笑っていた。

『だから傷付くと言っただろう? 君に言われる嫌いは、こう、心臓を抉られるようなものなんだぞ』

 どこか芝居がかった口調で言われても、説得力は欠片もない。レティーシャは半ば呆れながら、胸の奥で救われなかった自分を顧みる。

「私が……生きてて。良かったって、そう思ってる?」

 気付けば、レティーシャはそんな言葉を吐いていた。胸の奥から取り上げた言葉が、そのまま音となってしまったような。そんな、飾り気もない言葉が。

『うむ、当たり前だろう?』

 何の飾り気もない言葉で返されてしまった。わざわざ言うまでもない、当然の帰結として胸の奥にあるように。

「その当たり前は……私には眩しい」

 堪えきれず、また鼻をすする羽目になった。

『なに、眩しいのならすぐに目が慣れるだろう』

 またそうやって、何でもない事のように言う。

 自らの肩を抱き留めるようにして、レティーシャは俯く。

 目の前に漂う水の玉が、コンソールの光を反射して煌めいていた。

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