手を離したとしても
複雑な回避機動を織り交ぜながら、リオの操縦する《イクス・フルブレイド》は敵部隊を翻弄する。そして、トワの操縦する《プレアリーネ・フローウィル》はそれ以上の動きで戦場を飛び回っていた。今、二騎のプライアは分かれて敵と対峙している。
「そっちはよろしく」
トワに短い指示を出しながら、リオは周囲に散開している敵部隊に数字を割り振っていく。その数字に大層な意味はない。ただ、その順番に斬れるというだけだ。全部で四機、順番に無力化していこう。
全身に近接兵装を搭載した《イクス・フルブレイド》が、その手に持った長大な槍を投擲した。槍と言うにはあまりに長過ぎる、剣槍ナインスレイが吸い込まれるようにして敵《カムラッド》の頭部を貫く。
徒手空拳となった《イクス・フルブレイド》は、まだ健在な敵《カムラッド》へとその身を滑り込ませていく。
《イクス・フルブレイド》は左手を胴体に、右手を右脚の方へ伸ばす。そこには、あつらえたかのようにナイフの柄がある。
交差と同時に、《イクス》の両腕が鋭く振るわれた。大型ナイフを瞬時に抜刀し、敵《カムラッド》の両腕と頭部を瞬く間に斬り飛ばしたのだ。
考える間すら与えない。それどころか、目で追う事すら許さない。抜刀と同等の速度で大型ナイフを鞘に戻し、《イクス・フルブレイド》はその場で反転、脇の下に並ぶ投擲用ナイフを二本、流れるような動きで投げ付ける。
光を一瞬だけ反射した二振りの刃は、遠方で突撃銃を構えていた敵《カムラッド》の右腕と頭部に突き刺さった。
ようやく時間が動き出す。残る一機の敵《カムラッド》が、やっと銃撃を始めたのだ。《イクス・フルブレイド》は徒手空拳のまま、その火線を真正面からすり抜ける。
敵《カムラッド》が、接近を恐れてがむしゃらに後退していく。賢明で迅速な対応だが、それでも些か遅すぎた。
《イクス・フルブレイド》はバーニアを駆使し、緩やかに弧を描きながら敵《カムラッド》の上方を取る。そして、全身を捻るようにして回し蹴りをかました。通常の回し蹴りとは回転方向が違う。踵でこめかみを吹き飛ばすようなイメージだ。
そして、そのイメージ通りの光景が目の前には広がっている。《イクス・フルブレイド》の踵に仕込まれた刃が、敵《カムラッド》の頭部を貫き、吹き飛ばしたのだ。
「順番通り、と」
呟きながら、慣性を受けて漂ってきた敵《カムラッド》をちらと見る。その頭部には最初に投げ付けた剣槍ナインスレイが突き刺さったままだ。
「これは返して貰う」
長い柄を無造作に掴み、空を薙ぐようにして剣槍を引き抜く。
「トワ、こっちは終わり。そっちは」
『おしまい!』
援護の必要はなかったようだ。トワに任せた敵部隊は、既に撤退を始めていた。
巨大な鳥、或いは戦闘機といった様相の《プレアリーネ・フローウィル》が、こちらに近付いてくる。
その時、ヘルメットの内側で電子音が鳴った。《アマデウス》から、何らかの報告事項があるという事だ。
そして、この局面での報告など一つしかない。
「リーファちゃん、何か分かった?」
『はい。イリアさんから説明があるので、トワさんもそのまま聞いていて下さい』
トワは無言のままだった。だが、恐らくいつもの癖でこくこくと頷いているのだろう。通信越しでは、その動作はさすがに伝わらないのだが。
『じゃ、説明するよ。データを転送したけど、リオ君とトワちゃんの方は閲覧出来ないよね。口頭で簡単に言うと、ミスター・ガロットは砲台を作ってる』
突拍子のない言葉に、どう質問すべきか考え倦ねる。トワに至っては、恐らく意味すら分かっていないだろう。
『馬鹿でかい砲台を、その場に組み立てているの。昔、そういう作戦があってね。それの応用なんだけど。ミスター・ガロットが、どんな攻撃を仕掛けてくるか分からないって私言ってたよね。分からない筈だよ、だって、それは今ようやっと建造してるんだから』
何となく、イリアの言葉が形を帯びてくる。全体像は朧気にしか見えないが、それで充分だった。
『馬鹿でかい砲台……便宜上ダスティ・ラートって呼んでるけど。この粒子砲は、この戦場その物を撃ち抜くつもりだよ。建造されているだろうポイントは遙か遠方、今から行かないと間に合わない』
砲台を組み立て、ここを撃ち抜く。とんでもない作戦だと、思わず笑ってしまいそうになる。結局、浮かべていた表情はしかめ面だったが。
『今から行けば間に合うの?』
今まで黙っていたトワが、イリアに向かってそんな質問を投げ掛けた。単純な、或いは鋭利な問いだ。どこまでもトワらしい、余計な言葉の一つもない純粋な言葉を。
『当然。間に合わせるよ』
イリアは、同じように純粋な言葉で返した。トワはくすりと笑みを零し、満足げに呟く。
『良かった。格好良いイリアだ』
そんなトワの呟きを聞きながらも、胸中には不安が募る。二人の言葉に嘘はない。イリアは本当に間に合わせるつもりだし、トワはそれを信じている。だが、イリアの言った遠方という言葉が引っ掛かる。
「《アマデウス》と《カムラッド》二機だけで、突破出来ますか?」
本来の作戦では、ここで分かれる事になっている。自分とトワは中枢を目指し、それ以外は……《アマデウス》とリュウキ、エリルの《カムラッド》はミスター・ガロットの策を挫く。
イリアの声が一瞬だけ詰まる。しかし、その隙間を埋めるようにして明るい声が響く。
『大丈夫! 任せといて』
イリアの計算では、本当にギリギリなのだろう。目標までの距離が遠いという事は、それだけ妨害も増えるという事だ。それら全てを、自分とトワ抜きで突破する。
だが、イリアは大丈夫だと言った。ならば、自分もそれを信じる事しか出来ない。
互いに納得はしていない、だが道はそれしかないのだと言い聞かせるように。今は進むしかない。そう考え、了承を返そうとしたその時に。
『うん、決めた』
トワの声が、食事のメニューを聞かれた時のような気安さで響く。気負わず、それでいて有無を言わさぬような。そんな声だ。
『リオ、イリアを手伝ってあげて。でも、最後までじゃなくていいでしょ? イリアを助けて、みんなを助けて。それで、その次に私を助けて欲しいな』
たどたどしく放たれたトワの言葉、その意味を考える。イリアを助けて、みんなを助けて。トワも分かっているのだ。ミスター・ガロットの策が、ここにいる全てを殺し尽くすと知っている。それを防がない事には、どうにもならない事を分かっている。
だから、この先は一人で行くと。そう言っているのだろうか。
『ちゃんと来てね。私、私ね。格好悪いけど、やだなあって思うけど。一人じゃ……何も出来ないから』
こちらの考えなどお見通しなのか、トワはそう付け足した。一人で行くつもりだが、一人のままでいるつもりではない。
『一人じゃ何も出来ないの。だから、リオじゃないとやだな』
表情も仕草も見えない。今、この場で思いを伝える為には。心を直接、言葉に変換していくしかない。
一人では何も出来ない。普段から、トワは多分そう思っていたのだ。何となく分かっていた、伝わっていた。そんな思いならとうに、震える少女の背中から見出していたのだから。
溜息を吐き、トワの判断が正しいと胸の奥に認めさせる。
いつかのようにいつものように、僕はこの少女を助けたい。
「分かった。出来るだけ急いで戻るから」
多くを語る必要はない。自分以上に、トワは僕を見ているのだ。
『うん。待ってる』
トワはそれだけを返すと、未練などないと言わんばかりに動き始めた。《プレアリーネ・フローウィル》が、瞬く間に離れていく。
未練などない。当然だ、すぐに戻ると言ったのだから。
「行きましょう。敵陣を突破するまで付き合います」
『……うん。ごめんね、助かるよ』
イリアの言うごめんという言葉は、些か重い。またきっと、彼女は自分を責めているのだろう。未来を読み取れないという事が罪ならば、この世は罪人で埋め尽くされているというのに。
気の効いた言葉は何も思い浮かばない。だから、せめて行動で以て示すしかない。
助けられてばかりだし、借りている物ばかりなのだ。そんな簡単な事も、あの少女を通さなければ気付けない。
「全部、間に合わせる」
呼吸を整え、意識を研ぎ澄ませる。動き出した《アマデウス》に追従しながら、その先に広がる敵の群れを捉えていく。
あの群れが《アマデウス》に迫る前に、霧散させればいいだけだ。
手段も道具も揃っている。《イクス・フルブレイド》は、これまで以上の気迫を伴いながら猛進を始めた。




