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刃‐ブレイド 悠久ニ果テヌ花  作者: 秋久 麻衣
「鏡鑑と光芒」
229/352

翼をはためかせて


 トワの操る《プレアリーネ・フローウィル》は、巨大な鳥という印象通りに動き始めた。翼を羽ばたかせ、複雑な軌道を描いて敵陣を食い破る。実際には、多数の制御翼が最適な角度に傾いているだけであり、羽ばたくという動作はしていないのだが。その動作と速度は、そう錯覚してもおかしくはない程だ。

 そして、そこに騎乗している《イクス・フルブレイド》もまた、尋常ではない動きを披露していた。身の丈以上はあるだろう剣槍……ナインスレイを振り回し、交差と同時にその切っ先を最適な位置に滑り込ませる。

 無論、容易な技ではない。リオは呼吸を整えながら、戦場全体の把握に努める。ただ暴れて、中心に向かって突き進めばいいという局面ではないからだ。

「トワ、もう一回仕掛ける。反転して」

 《プレアリーネ・フローウィル》とそれに騎乗している《イクス・フルブレイド》は、大きく先行する形で戦場に突入している。その後ろを、《アマデウス》と随伴の《カムラッド》二機が追い掛けていた。それら後続の部隊がスムーズに突破出来るように、もう少し斬っておく必要があるだろう。

『分かった! ぐるっと!』

 言うが早いか、《プレアリーネ・フローウィル》は即座に弧を描く。その背中で、《イクス・フルブレイド》は衝撃に備える。《イクス》の左手でしっかりと《プレア》の背、そのグリップを掴み、右手で剣槍ナインスレイを構えていた。今は、ナインスレイの柄を短く持ち、あたかも長剣を携えているかのように持っている。

 再度接近を試みるこちらに、敵《カムラッド》が応射の火線を上げる。宇宙の黒を引き裂きながら殺到する弾丸の群れは、それ以上の速度を有して黒を切り裂く二機を捉える事が出来ない。

『まずはこれ!』

 トワの声が攻撃を知らせる。複雑な回避機動を取っていた《プレアリーネ・フローウィル》が、一瞬の内に姿勢を安定させる。機首をぴたりと敵陣形に向け、そこに装備された二門の砲が分かりやすく粒子光を灯す。

 あの光を見て、飛び退かない操縦兵はいない。二門の粒子砲が正面を焼き払う頃、既に四機の《カムラッド》は陣形を崩して回避機動に移っていた。

 そして、ぽっかりと空いた陣形の中央に《プレアリーネ・フローウィル》は飛び込む。

「次はこっち」

 呟き、《イクス・フルブレイド》の右手で剣槍ナインスレイを大きく振り回す。柄を短く持っていたが、振り回すと同時に少しだけ右手を離し、柄の端を持ち直していた。

 つまり、十五メートル超の得物を数字通りに使えるようになったという事だ。

 《イクス》の頭上で、ナインスレイを振り回すようにして振るう。生半可な回避では、その斬撃距離から逃れる事は出来ない。交差と同時に二機、《カムラッド》を斬り払った。一機は頭部を、もう一機は腰の辺りを捉えている。

 《プレアリーネ・フローウィル》は、増速してその場から離脱を行う。その前に、《イクス・フルブレイド》は両脚をアタッチメントに引っ掛ける。左手をグリップから離し、そこに固定されているガトリング砲を掴み取った。

 背中を反らすようにして、後方の敵《カムラッド》に狙いを付ける。片手で保持したまま、ガトリング砲で弾丸の雨を降らせていく。

 四機の《カムラッド》を、斬った機体も含めて一筆になぞっていく。頭部や胴体、武器や両腕、被弾箇所はまちまちだが、あれ以上の戦闘は不可能だろう。

 《イクス》の体勢を戻し、ガトリング砲をまた固定し直す。剣槍ナインスレイをまた短く持ち、戦況をじっと見据える。

「うん。後はあそこの部隊。あれを叩けば問題なさそう。行ける?」

 脅威度の高い連中から、順番に戦闘不能に追い込む。残った部隊と混乱の最中にあるこの状況なら、リュウキとエリルの《カムラッド》で充分に突破出来るだろう。《アマデウス》ももたつく事なく突入出来る。

『行ける。でも、あれそんなに危ないの?』

 まあ、トワの目から見たらどれも代わり映えしないだろう。

「危ないっていうか、冷静かな。それでいて血気盛んっぽいし。追い払った方がいい」

『よく分かんないけど分かった。行こう!』

 要領は変わらない。指定した部隊の方向へ、《プレアリーネ・フローウィル》が猛進する。

「一度に一機が限界かな」

 交差と同時に斬り付ける方法では、一機までが限界かも知れない。相手の動きを見ながら、漠然とそんな事を思う。

『なんで? リオの槍ぶんぶん凄いよ?』

「こっちの手口をもう何回か見てるから。ほら、あんまり撃ってこないでしょ?」

 もう既に、初動の混乱は収まりつつある。これが、優秀な操縦兵の思考パターンという奴だ。戦場に、常識の埒外である二機が突入してきた。もう何機も斬られている。だが、あれは何だとは取り乱さない。あれがどんなスペックを有しているのか、何を仕掛けてくるのか。じっとそれを見据え、外敵として対処する。

『うーん。じゃあ、見た事ない奴なら避けられない?』

「それか、何度も繰り返す。僕達の方が速い」

 ふうん、とトワは気のない返事を返す。だが、異論はどうもないようだ。《プレアリーネ・フローウィル》は真っ直ぐに敵陣形へと向かい、機首の粒子砲を撃ち放つ。

 応射は殆どない。恐らく、今撃っても無意味だと判断しているのだ。四機の敵《カムラッド》は二機と二機に分かれ、大きく距離を取るようにしてそれを回避する。

 交差と同時に、側面から攻撃を仕掛ける。そんな所だろう。

「回避に徹しないのなら」

 陣形の中央を、先程と同じように《プレアリーネ・フローウィル》が通り抜ける。その瞬間、四機と一騎は動いた。

 四機……敵《カムラッド》は、中央に向けて突撃銃を撃つ。狙いらしい狙いは付けず、《プレアリーネ・フローウィル》の進行ルート上に‘置く’形で弾丸をばらまく。

 一騎……《イクス・フルブレイド》は、左手を離してその身を宙に投げる。その機体は《プレアリーネ・フローウィル》との慣性を切り離し、取り残されるように見えただろう。

「やりようはある」

 《イクス・フルブレイド》は、右脚踵に固定されたナイフを素早くグリップに引っ掛ける。このナイフは片刃、足の裏の方に刃付けがされている為、グリップを切断する事はない。

 そして、自由になった左手を正面に突き出しつつ、右手は剣槍ナインスレイを振り抜く。短く持った状態から、突き出すようにして端を持ち斬り払う。敵《カムラッド》の一機を、その両腕を武器ごと粉砕し、無力化した。

 そして、同時に左手の粒子壁(フルプレート)を最大出力で展開する。高熱の粒子壁が、機首を覆うようにしてその力を発現していく。

 《プレアリーネ・フローウィル》は、弾丸の群れの中を真っ直ぐに突っ切る。機首に展開された粒子壁がその悉くを焼き付くす。

『あー、ちょっと破片が刺さった』

 《プレア》の事だろう。全てを防ぐ事は出来ないが、弾丸の威力は殆ど減衰した筈だ。

 《プレアリーネ・フローウィル》は、増速し追撃を避けようと回避機動に入る。その前に、《イクス・フルブレイド》の踵をひょいと外し、また左手でグリップを掴み直す。剣槍ナインスレイも短く持ち直し、未だ健在な三機を見据える。

「動きが良い。やっぱり、一機しか獲れなかった」

 またもや、トワはふうん、と気のない返事を返す。そして、次の瞬間には‘健在だった’三機の両腕と頭部に大穴が空いていた。

「え……?」

 何かが、宇宙の暗闇の中で翻る。光の反射を受け、その刀身がちらりと見える。

『凄いでしょ! こんな事も出来るんだよ』

 誇らしげなトワの声が聞こえる。もしやと思い、《プレアリーネ・フローウィル》の主翼を見た。主翼下部、誘導弾よろしく整列していたナイフが、三つなくなっている。

「ナイフを射出、遠隔で斬ったって事?」

『見た事ない奴は避けられないんでしょ』

 なら簡単、とでも言わんばかりにトワはそう言う。三機を無力化したナイフは、青い燐光を棚引かせながら主翼下部に納まる。

「しかも戻せるんだ……」

『でも、これぐらいが限界。三つでもちょっと危なかったし。遠いと見えないし。だからね、多めに積んで貰ったの』

 主翼下部に並ぶナイフの群れは、そういう意図があったのか。というか、トワはきちんとミユリに要望していたという事だ。ある意味、任せっきりの自分よりもしっかりとしている。

「そういうとこはちゃんとしてるよね、トワは」

 少し感心しながら、戦況を見据える。そろそろ《アマデウス》がここに到達するだろうし、後はリュウキとエリルに任せても問題はないだろう。

『私全部しっかりしてる』

「全部は言い過ぎ。それより、前に進むよ」

 前進し、同じように状況を作り上げる。中央に向けて進みながら、この戦場を暴く。

『むー』

 不満げに唸りながらも、《プレアリーネ・フローウィル》は思っていた通りのルートへと向かう。表面上で何を話していても、大事な事はそれこそ全部しっかりしている。

 前進しながらも、休んでいる暇はない。正面の部隊は、こちらを待ち構えて対処するつもりだ。

「トワ。あれも突破する」

『うん。飛ばすね』

 《イクス・フルブレイド》は、姿勢を低く保ってその瞬間を待つ。全て伝えているし伝わっている。正面から応射の銃火が上がり、回避困難な弾幕が形成される。その銃弾がここへ到達する前に、《プレアリーネ・フローウィル》は機首をぐいと下げた。

 そのタイミングで、《イクス・フルブレイド》は手を離し、両脚で《プレア》の背中を蹴り飛ばす。無論、《プレア》を蹴る事が目的ではない。簡易カタパルトとして、《プレアリーネ・フローウィル》の推力と背中を利用したのだ。

 その背から飛び上がるようにして、《イクス・フルブレイド》は弾幕の中へと突っ込む。迂回はせず、最短である正面突破を選ぶ。

 大型機である《プレアリーネ・フローウィル》にとっては回避不可能な弾幕であっても、《イクス・フルブレイド》ならかい潜れる。

 自身の推力も活用しながら、一息に敵部隊の懐まで《イクス・フルブレイド》は到達した。剣槍ナインスレイは、右手で短く握ったままだ。これは、このまま剣として振らせて貰う。

 正面にいる一機の《カムラッド》に狙いを付け、最後の踏み込みと共に剣槍ナインスレイを振り抜く。今回は槍ではなく、剣として使った。頭部を刎ね、返す刃で片腕を飛ばす。

「見えてる」

 そして、背後に回っていたもう一機の《カムラッド》がトリガーを引く前に、長過ぎる柄をその胴に叩き込んだ。剣の柄で殴打するように、或いは槍の石突で貫くように。

 操縦席への殴打により、中の人間は昏倒する以外にないだろう。二機は無力化したと見なし、次の相手を見据える。

 《イクス・フルブレイド》の両側面から、マチェットを構えた《カムラッド》が二機接近を試みていた。こちらの長過ぎる得物を見て、ゼロ距離なら有利と考えたのだろう。

「判断は間違ってない」

 問題は、こちらを通常の兵器として見ているという点だろう。

 両側面からの挟み撃ちは、ほぼ同時に行われる。二機の《カムラッド》は、それぞれマチェットを構えている。片方は下段に、もう片方は上段に。

 律儀に待つつもりはない。《イクス・フルブレイド》は、片側の……下段にマチェットを構えた方の《カムラッド》へと踏み込みながら剣槍ナインスレイを突き出した。

 優に十五メートル超はある剣槍だ。半ば投げるようにして振るわれた突きは、ほぼ一瞬で《カムラッド》の頭部を貫いた。尚も突き進む剣槍ナインスレイを、左手で掴み、ずいと引き寄せる。その慣性を受けて飛び込んできた首なし《カムラッド》のマチェットを右手で拝借し、両腕を斬り捨てながら突き飛ばす。

「あとは」

 一機のみ。遅れて飛び込んできた最後の《カムラッド》、それが振り下ろすマチェットの刃を、こちもマチェットで迎え打った。縦一文字に振り下ろされた斬撃軌道に、横一文字の斬撃軌道にて挑む。

 剣戟は一度のみ。《イクス》の膂力を最大限に活かし、横一文字の斬り払いだけで《カムラッド》の姿勢を崩す。用済みとなったマチェットは早々に破棄し、自身の得物を構えた。そして、前のめりに飛び、背中を見せている《カムラッド》に剣槍ナインスレイを向ける。

 左手で無造作に一閃、それだけだ。距離に則した柄の位置を掴み、頭部だけを一撃で斬り飛ばす。

「よし。やっぱり使えるもんだな、槍」

 剣槍を右手に持ち替え、また柄を短く持つ。

 そして、空いた左手で宙を掴む。速度を緩めずにここへ到達した《プレアリーネ・フローウィル》の背中、そのグリップを、宙を掴む筈だった手は掴んだ。

『おむかえー』

 気の抜けた声が聞こえてくる。思わずくすりとしてしまうような、やっぱりどうしようもなく安心してしまうような。

 《イクス・フルブレイド》は、再度《プレアリーネ・フローウィル》に騎乗し、更に中枢を目指す。

「順調は順調。だけど」

 問題はまだ山のようにある。その一つが、この戦場そのものだ。

 ミスター・ガロットが、何か策を仕込んでいる。この戦場にいる者は、殆どその事を知らないだろう。それが暴けるのは、それを阻止出来るのは《アマデウス》のみ。

 イリアは、自分とは違う視点でこの戦場を見ている。

「僕達が出来るのはこれだけだ」

 彼女にしか見えない物が見えるまで、こうして戦い続けるしかない。

「だからこそ、それだけを通す。行くよ、トワ!」

『うん。リオと頑張る!』

 策略の穴を見つける。その為に、二騎は戦場を掻き回し続けた。

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