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刃‐ブレイド 悠久ニ果テヌ花  作者: 秋久 麻衣
「鏡鑑と光芒」
222/352

遠足の前


 苛烈な戦いになる事は分かりきっている。だが、苛烈でない戦いなどそもそもあっただろうか?

 そんな事を考えながら、リュウキは自身の使うifの調整作業を進めていた。決戦準備という奴だ。if《カムラッド》の操縦席に腰掛けながら、電子キーボードを用いて数字を打ち込んでいる。

「地味な作業だよなー」

 リュウキは一人ぼやきながら、それでも作業は止めずに電子ウインドウとの睨み合いを続ける。挙動の不必要な重さ、ハンドグリップの遊び、照準システムの最適化、どれも重要だが地味な項目だった。

「ま、慣れっこですけどね」

 自分のような兵士は、こういった地味な積み重ねで勝つしかない。これらをどんなに最適化しても、コンマ数秒の差しか発生しないとリュウキは経験上分かっていた。そして、そのコンマ数秒が戦場では途方もなく長いという事も、経験上分かっている。

 才能という言葉はあまり使いたくはないが、自分がどちら側に位置しているのかは把握しているつもりだった。だからこそ、こうして悪足掻きを繰り返すのだ。

 乗機である《カムラッド》には、特殊な改造も装備も搭載されていない。強いて言えば、使い捨てのブースターが一基増設されるらしいが。基本的にはいつも通りの装備を頼んである。

「ほいと新兵器を渡されても、持て余すだけだからな」

 その辺り、自分もまた古臭い考えの兵士なのだ。使い慣れた装備以上の物はない。そうリュウキは考えていた。

 電子キーボードを叩きながら、新兵器を手に仲間のピンチを救う自分の姿を想像してみる。アメコミ風かハリウッドスターか。その二択が出てくる時点で、現実的ではないという事だ。

 調整項目を一メモリずつ動かしながら、右側のハンドグリップを円状に動かす。電子ウインドウに表示されている簡素な照準が、その動きに合わせて画面内で円を描く。

「ガンレティクルの挙動もこれでいいだろ。後は」

 自分の意のままに動く事を確認し、照準システムの項目を閉じる。項目名を目で追っていくが、あらかた調整し終えたと言っていいだろう。

「何か欠けている気がするのなら、準備万端って事だな。遠足前とかそうだった」

 リュウキは冗句を口にしながら、電子ウインドウと電子キーボードの光を消す。ハッチを開ける為に脇のスイッチを叩き、飾り気のない格納庫の隔壁を直に見る。

 ハッチから身を乗り出して、手慣れた様子で周囲を見渡す。奥の方では、今でも作業の喧噪が響いている。格納庫の主であるミユリと徴兵された我らが艦長、イリアが突貫で作業をしているのだろう。

 ふと、下方から視線を感じてハッチの遙か下を覗き込む。

「よう、エリルの嬢ちゃんか。愛機のチェックか?」

 光を失った機材の成れの果て。そこに腰掛けながら、エリルはリュウキの方をじっと見ていた。

「まあ、そんな所です。詰めるところは詰める。そうしないと、勝てる戦いも勝てなくなりますから」

 敵に回すと一番厄介なタイプだと、リュウキはエリルの視線を受け止めながら考える。実力があるのにも関わらず、地味な積み重ねを怠らない。コンマ数秒の差で勝つしかない事態において、そのコンマ数秒を埋めてくる相手だ。

「味方で良かった。勝てる気がしない」

 そう言って笑みを浮かべるリュウキに、エリルは怪訝そうな視線を向ける。

「何言ってるんですか。下りたらどうです? 作業は終わったんでしょう」

「終わってないって言ったらどうする?」

 リュウキの冗句を受け、エリルは僅かに首を傾げながら考えている。そして、ぴっと指を指す。リュウキの背後、《カムラッド》を示しているのだ。

「早く操縦席に戻って続きをして下さい」

「手厳しいんだよなあ」

 ぼやきながらリュウキはワイヤーリフトを展開し、するすると床まで下りていく。無重力状態なら飛び降りても良かったのだが、今は疑似重力が働いている。

「あれ、注意勧告はなし?」

 無事に格納庫の床へ辿り着いてしまった。リュウキはエリルの様子を窺うも、肝心のエリルは注意する気など端からないようだ。

「終わっているんでしょう、作業」

 切れ長の目に見据えられ、リュウキは降参と言わんばかりに両手を広げた。

「嘘発見器でも積んでるのか? 便利そうだから俺にも分けてくれよ」

 軽口を叩きながら、リュウキはエリルの腰掛けている隣に腰を下ろす。

「私より高性能な物を、貴方は持っているでしょう」

「いやいや。俺は嘘を吐く方だ。暴く方じゃない」

 エリルは溜息を吐き、やれやれと言わんばかりに肩を落とす。

「呆れるなって。何なら試してみてもいい」

 そう言って、リュウキはエリルの方に指を向ける。

「暇なんですか?」

 指の先を見詰めながら、エリルは割と辛辣な返しをしてきた。これぐらいの方が丁度良いと感じてしまう自分を笑いながら、リュウキは指でくるくると円を描く。

「俺に暇はない。常に何かをしてる」

「確かに。寝てる姿、全然想像出来ないですし」

 そこは嘘だと返して欲しかった。リュウキは苦笑しながら抗議の目をエリルに向ける。

「それはお互い様だな。エリルの嬢ちゃんだって寝てる様が思い浮かばん。普段からきっちり格好良いからな」

 目を細め、エリルは抗議の視線を受け止めている。

「お互い様ではないのでは? リュウキは普段から飄々ふらふらしてますし」

 確かに。普段からきっちりしている自信はない。

「でも格好良いだろ?」

 エリルはじっと考え、ふるふると首を横に振った。今の動作はちょっと可愛かった。

「弟を見守る姉の気持ちで見てます」

 随分と格好良い年下のお姉さんである。

「微笑ましくはある?」

「微笑ましくはあります」

 なら良い……良いのか?

 脳内で自問自答しながら、リュウキは自身の乗機を見上げた。最適化された《カムラッド》が、黙ったままそこに鎮座している。

「かち込み突破戦で、狙撃銃を担ぐってのも変な話だよなあ」

 援護だ狙撃だと言えるような状況があるのかは分からないが、役に立つ場面も或いは、あるのかも知れない。馴染みの武器は出来るだけ携行するつもりだった。

「ショートバレルにします? 取り回しが楽になりますよ」

 エリルは指を二本立て、ぴっと横に払う仕草をしながらそう言った。長い銃身を、その仕草のようにカットしてしまえばいい。そういう事だろうか。

「DIY精神に溢れてるな」

 ライフル弾が装填された、馬鹿でかいピストルが出来上がりそうだ。

「私の方もそう変わりはありません。いつも通りの装備で、いつも通りに戦います。幸い、今度はリリーサーが相手ではないですし」

 幸い、とエリルは言っているが。声色と表情からは、どうにもその‘幸い’が感じ取れない。負けたままというのが、エリル的には気になるのだろう。

「向こうは向こう、俺達は俺達って感じだもんな。前回と変わらず、一対多数ならぬ二対多数だ」

 変わっている事もあるとリュウキは知っていた。今回敵対する戦力は、大規模な戦いに赴ける程度には戦える連中だ。前回の素人とは格が違う。

 戦い慣れた操縦兵が、そこかしこにいるような状態だ。こちらの声色と雰囲気からそれを察したのか、エリルがくすりと笑った。

「大丈夫ですよ。撃てば倒せる相手です。損傷を修復出来ないタイプの」

 リリーサーの用いる搭乗兵器、プライア・スティエートの特殊機能の事だ。ダメージを与えたつもりが、次の瞬間には修復されている。戦いづらい、というよりも勝ち目のない相手だ。

「あれに比べりゃあ、人間様の使っている兵器はすぐ壊れるもんな」

 そう返しながらも、リュウキはそう簡単ではないと気付いていた。それは恐らく、エリルも分かっているのだろう。化け物じみた強さの、えらく倒しづらい奴が一機……それは確かに脅威だ。だが、熟練した操縦兵が操るifが複数というのも、同じぐらいに脅威だ。

 撃てば倒せる。だが、こちらだってその条件は変わらない。撃たれたら倒される。

「大丈夫です。ちゃんと守ってあげます」

 そう言って、エリルははにかんだような笑みをリュウキに向けた。壊れた機材の上で、両膝を抱えながら微笑み掛けて。普段の大人びた様子とは裏腹に、照れがあるような仕草はどこか子どもっぽく映る。

「いよいよ格好が付かないだろ、それ」

 そう言いながらも、リュウキは笑顔でそれに応える。握り拳を作り、それをエリルの方へ突き付けた。

「だが、謹んでお受けする。頼んだぜ、相棒」

 握り拳をちらと見て、エリルは自身の手に視線を落とす。

「ええ。私の格好良い所を見せてあげます」

 エリルはそう返すと、同じように握り拳を作る。魅力的な笑顔を浮かべたエリルが、思いの外力強く拳を突き出す。

 拳と拳が合わさった時の、ほんの僅かな衝撃が。胸に滞留する‘遠足前の不安’を、まとめて弾き出していくように感じたのだ。

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