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刃‐ブレイド 悠久ニ果テヌ花  作者: 秋久 麻衣
「鏡鑑と光芒」
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兎の興味


 待機を命じられれば待機する。どんな操縦兵であっても、それは変わる事はない。だが。どう待機するかは操縦兵の自由裁量に寄るところが大きい。

 ここ《フェザーランス》でも、それは変わらない。むしろ我の強い操縦兵が集まれば、自ずと自由の枠は広がるものだ。

 そんな事を、気のいい隊長は教えてくれた。

 《フェザーランス》所属、‘一応’if操縦兵であるレティーシャ・ウェルズは、果たして自分はどんな顔でここに座っているのが正解なのだろうか、と考え込んだ。

 ここは格納庫の隅にある娯楽スペース、と表現すれば良いのだろうか。我の強い操縦兵達が、待ち時間を有意義に過ごす為に作り上げてきた、急拵えの娯楽スペースだ。

 目の前では男達の熱い……暑苦しい戦いが繰り広げられている。トランプで出来るギャンブル……ブラックジャックやポーカー、誰が持ち込んだのか簡易のルーレット台まであった。《フェザーランス》にいるif操縦兵は総勢九名、四名と四名、そして自分を併せて九名だ。

「なぜここまで充実しているのか分からない。そんな疑問が顔に出ているよ、レティ」

 隣に座っているテオドール隊長が、よく響く低音ボイスでそう話し掛けてきた。

 テオドール・ブラックソン……《フェザーランス》if部隊の隊長であり、ナンバーで言う所のアルファワンだ。強面で筋肉質な身体、所謂‘街中で目を合わせてはいけないタイプ’だ。

 だが、それは見掛けだけを評価した結果に過ぎない。実際に関わってみると、その評価は一転する。

 どこかユーモラスで愛嬌があり、実力と肩書きの割には気負った様子もない。

 それは誰に対しても変わらない。慣れ親しんだ同僚を相手にする時も、十一歳の自分を相手にする時もだ。

 強面の兵士であるテオドールと、小柄な子どもといった自分が並んで座っている。色素一つ取ってみても違う。自分の肌や髪は、白く染まっていた。遺伝子のあれやこれやを弄られた際に、こうなってしまったのだ。目を彩る虹彩も赤く変色しており、白いこの身の中で唯一煌々と赤が染まっている。

「そう見えているのなら、ここに座っているのも頷けるわ。テディ、私は呆れているの」

 テディことテオドールは、if操縦だけではなくギャンブルのイロハも教えてくれた。そちらはあまり興味がなかったので聞き流していたが、どうもギャンブルというのは‘観察’する遊びらしい。自己に深く潜り込み、運を手繰り寄せる方法もあると言っていたが。基本的には、目を外に向けた方が勝てる遊びなのだ。

 その言葉が真実ならば、観察眼の欠けた人間から脱落していく。そして、今自分が座っているベンチはまさしく‘敗者席’だ。そこに大きな尻を下ろしている時点で、テオドールは賭けに負けたという事になる。

 テオドールは豪快に笑い、腕を組んでしきりに頷いている。

「今日のディーラーは手強かった! 視線を読んでいたつもりが読まされていたとは! 君も気を付けるんだ。前々からそんな節目はあったが、彼は操縦よりもボールキーパーの方が向いているようだ」

 テオドールが言っているボールキーパーとは、ルーレット台を切り盛りしているディーラーの事だろう。賭けを取り仕切り、ボールを台に投げ入れる。ゲームの進行上、全員が賭ける側には回れないという事だ。

「回転するルーレットに、狙ってボールを入れられるものなの?」

 何となく気になり、レティーシャはそう聞いてしまった。我が意を得たりと言った顔をしているテオドールを見て、ちょっと後悔したというのが本音だ。付き合う必要のないギャンブルの会話を、自分から振ってしまった。

「彼はまあ、そこまでの技量はないと言っている。だが、あれは似たような事をしつつあるな。狙ってボールを入れる事は出来ない。だが、特定の数字を狙わないように入れている。いや、見事に誘導された!」

 遊びや暇潰しの類かと思っていたが、どうも中々に高度な読み合いが発生しているらしい。テオドールがここに座っているのは、観察眼が欠けているからではない。それを、上手く逆手に取られたという事か。

 だとしても、とレティーシャは溜息を吐く。作戦前の待機時間に、ここまでリラックスして騒げるものなのだろうか。別段、緊張している訳ではない。何となく、その切り替えの早さが理解出来ないだけで。

「それで?」

 満足げに賭けの推移を見守るテオドールに向け、レティーシャは短く問い掛けていた。何を聞かれているのか分からないのか、テオドールは大きな首を傾げてふむと唸る。

「充実している理由。格納庫の隅で騒いでいるのには、理由があるんでしょ」

 一番始めに、テオドールが言い出した話題だ。合点がいったのか、テオドールはしきりに頷いた。

「この惨状は、この艦の特性と大きく関係がある」

「惨状という認識はあるのね」

 訳知り顔で人差し指を立てているテオドールに、レティーシャはそう返す。特に気にした様子もなく、テオドールは説明を続ける。

「このBS、《フェザーランス》は独自の設計から隠密性が高い。奇襲される事は殆どなく、むしろ奇襲する側という訳だ。つまり、分かるかね?」

 《フェザーランス》自体が、殆ど発見される事はない。要するに。

「気を抜いていられるって事?」

 レティーシャの答えに、テオドールは満足げに頷いて返した。理想的な答えを引き出した教師の顔だ。

「まあ、そんな訳で暇な時間が割とある。ただ過ごすだけでは、些か勿体ないという訳だ」

「待機ってそういうものじゃないの?」

「ぐうの音も出ない、という奴だな!」

 レティーシャはもう一度溜息を吐きながらも、テオドールが大丈夫と判断しているのなら問題はないのだろうと、その議論を頭から押しやる。彼から戦いのあれこれを学び、一つはっきりしている事があった。このテオドール隊長は、下手なレーダーよりも早く危険を察知する。

 そんな中、また一人二人とルーレット台から離れていく。

「あー、ダメだ! あいつにボール握らせるの禁止にしようぜ」

 そんな声が聞こえてくる。どうやら、今日のディーラーは本当に‘出来る’人らしい。

 敗者席に、テオドール以外の操縦兵も座り始めた。

「レティーシャもどうよ? あいつの澄ました横顔を、キレのいいチップで撃ち抜いてくれよ」

 敗者席に招かれた、撃ち抜こうとして逆に撃ち抜かれた人がそんな事を言ってくる。

「そいつはいい。あいつも、そろそろ敗北を知るべきだ」

 もう一人が、無責任にもその意見に同調した。レティーシャは肩を落とし、お祭り騒ぎが大好きな人達を見渡した。

「私を巻き込まないで。賭け事は嫌い」

 語気の強い言い方だが、それぐらいが丁度良いとレティーシャは分かっていた。そんな言葉に思い思いの返答をしながら、ああでもないこうでもないと賭けの推移を話し始めた。

「しかし、レティーシャも災難だな」

 近くに座った操縦兵の一人が、そう話し掛けてきた。敗者席に招かれた以上、この人も撃ち抜かれた側だろう。

「初の実戦だが、どうにも厄介そうだろ。だが気負った様子がない辺り、本当に大物かもな」

 厄介の程も分からないし、分かった所で心構えは変わらない。そうレティーシャは考えていた。

「深く考えてないだけ。貴方達が散々鍛えてくれた訳だし。貴方達以上に厄介な操縦兵なんて、そうそういないでしょうし」

 レティーシャは素っ気なく返答した。直に訓練を受けたからこそ分かる。この部隊の練度は高い。そこに鍛えられた以上、それ以上の部隊に当たらなければ負ける理由はない。

「それはまあ、そうかもなあ」

 何となく、その言葉に淀みがあるようにレティーシャは感じ取った。まるで、それよりも厄介な敵を知っていると、言葉の裏に書いてあるように思えたのだ。

 じっとその操縦兵を見据えると、その男は困ったように顔を逸らす。やはり、何かを隠している。

「こらこら、レティ。あまり苛めてやるな。負け戦の話なんか、誰もしたくないのは当然だろう?」

 横からテオドールが、助け船なのか援護射撃なのか分からない言葉を投げ掛けてきた。

「負け戦? 貴方達が?」

 俄には信じられないと、レティーシャはその疑問を顕わにした。個々の練度も連携に関しても、文句の付けようがない部隊なのに。

「上には上がいる。何人も優秀な部下や隊長を獲られたよ」

 そう言って、テオドールはここではないどこかを見据えた。かつての戦場、かつての敗北が、その目には映し出されているのだろうか。

 その光景を共有しているのか、もう一人の操縦兵も遠い目をしている。そして、そのままぽつぽつと話し始めた。

「ま、あまり出会いたくないタイプさ。でかい得物を振り回して、ばっさりとifを斬り捨てる。相当に厄介な敵さ。同じ‘最低野郎’でも、あれは格が違う。俺達は死を生業にしてる最低野郎だが、あれは」

 その時の光景を思い出しているのか、男の目が少しだけ細められる。

「あれは……死そのものが宿ってる。俺の目には、そう見えたね」

 操縦兵という生き物は、大なり小なり‘地獄の従者’でしかない。だが、その中でもより深くに棲み着く者がいる。従者ではなく悪魔を、棲まわせている者もいる。

 私と同じように。そうレティーシャは考えながら、まだ見ぬ悪魔の影を脳裏に思い描く。

「名前と特徴は?」

 気付けば、レティーシャはそう問い掛けてきた。口を噤んだ男から視線を外し、問う目をテオドールに向ける。テオドール自身も、こちらに問う目を向けていた。なぜ、それを知る必要があるのか。そう、テオドールの目は聞いている。

「出会ったら逃げる為。何事も情報は必要でしょ?」

 いつもの調子で、すらりと偽りの答えを口から吐き出す。自分でも驚いてしまうぐらう、自然で無理のない嘘だった。

 しかし、僅かに顔をしかめたテオドールを見る限り、それが通用しなかった事は確かだ。

「……リオ・バネット特例准士。操縦している機については、諸説あるので分からん。だが、大抵長い得物を持っている。長剣や長刀、或いは長槍。だがまあ、動きからして違うから、見ればすぐに分かる」

 嘘を見抜いて尚、テオドールはその情報を差し出した。こちらの目に映る薄ら暗い影に、何らかの答えを見出したのか、或いは。

「……リオ・バネット」

 レティーシャはそう呟く。地獄の従者でありながら、その奥深くに棲み着いた者の名前だ。

「私と、同じ場所にいる」

 微かな共感と大きな興味が、レティーシャの内側に生じた瞬間だった。

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