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刃‐ブレイド 悠久ニ果テヌ花  作者: 秋久 麻衣
「鏡鑑と光芒」
215/352

災厄の名前

あらすじ



 空を埋め尽くす黒い影が、世界を思うままに粉砕する。

 誰かが思い描いていた、或いは怖れていた世界の終わりが始まりを告げ、それに携わる者に焦燥を植え付けていく。

 その破壊を退けようと思うのは、何も《アマデウス》だけではない。策を講じてるミスター・ガロットもまた、その滅びを否定する者なのだ。

 状況を見据えてきた者はそれだけではない。《フェザーランス》もまた、《アマデウス》と共に世界の推移を見てきた艦の一つだ。

 この滅びを前に、彼等はどんな結論を見出すのだろうか。


 薄気味悪い、というよりも。懐かしい光景を見せられた、という思いの方が強い。《アマデウス》ブリッジにて、リオは投影されたモニターをじっと見据えていた。隣にいるトワも、同じようにモニターを見ているのだろう。

「どうかな? 映像自体が偽物とか、色々考えてはいるんだけど」

 艦長席に座ったイリアが、そう問い掛けてくる。ここに来た理由は、他でもない。この映像の真偽を、或いは真実を。自分達に問う為だ。

 展望室で休憩していた時に、自分とトワは呼び出された。この艦内にいる中で、一番遺跡の事柄に詳しいのは自分とトワだからだ。

 幾つかの映像が、数枚の静止画が、モニターの中ではループしている。その光景を一言で表現するなら、そう。

「黒い、空」

 トワが、その言葉を小さく呟いた。そうだ。黒い空、それが一番、この光景を正確に表現出来る。

 得体の知れない‘何か’が、空を覆い尽くすように飛び交っている。その‘何か’は一メートル程の楕円形に、薄い羽が二枚生えていた。楕円の部分は銀色に、薄羽は黒く染まっている。銀色が黒を鏡のように映しているせいで、寄り固まると途端に黒く見えるのだ。

 得体の知れない、という表現は正確ではない。なぜなら、自分はこれと二回、戦っている。

「あの時に見たアンノウン、だと思います」

 そう答えながら、その時の事を思い返していく。一度目は、トワを拾った遺跡での事だ。あの時は、まだ名前も何もない少女だった。そんなトワを抱えて、ifに乗り込んだ後だ。中空に翡翠のワイヤ・フレームが踊り、次の瞬間にはそこにいた。

 二度目は、トワと共に遺跡に赴いた時だ。その奥で、《イクス》と《プレア》を見つけ、それを回収した。

 あの時は、黒塗りの《カムラッド》との三つ巴のような状態だった。降り注ぐ‘何か’を凌ぎながら、黒塗りの連中とも戦ったのだ。

「これが、世界中で?」

 ‘何か’の戦闘方法は至ってシンプルだ。目標に向かって、ただ体当たりをする。直撃しようが外そうが、炸裂して爆発を撒き散らす。出来の悪い爆撃のように、そこら中を吹き飛ばしていくのがこれのやり方だ。

「確認しただけだと、これぐらい。まあ、世界中で合ってるよ」

 イリアは質問に答えながら、広域レーダーに赤い円を幾つか追加した。

「遺跡を中心に、無差別にこれが暴れてる。この円の中は、もう無人になってるらしいけど」

 無人になっている。つまり、全滅したという事だ。

「どう、かな? これ、やっぱり本物?」

 イリアにしては珍しく、自信のない口振りだ。その表情には、偽物だと言って欲しいと書いてあるように見える。

 誰だってそうだろう。それこそ、夢物語のような……悪夢のような光景にしか見えない。だが、自分は二度それを見ている。

「僕は、本物だと思います。トワは?」

 隣で黙ったままのトワに、話を振ってみる。トワもあれと戦った経緯がある。一度目も二度目も、共に戦った。

 白のブラウスに、灰色のマキシスカートという出で立ちのまま、トワはじっと映像を見詰めている。しっかりとそれを見る為に、今は眼鏡を掛けていた。

「……黒い影、黒い空。見た事ある。私じゃなくて、ファルが」

 目を細めながら、トワはそう呟く。問いに答えたというよりも、記憶を引き出す為に口にしている、という印象を受ける。

「これを……見たくなかったの。これが全部をおしまいにしちゃうから、ファルは戦ってた」

 何となく、その光景を見た覚えがある。ファルが消えてしまうその時に、ファルの記憶を見て歩いた。その殆どは零れ落ちてしまったけれど、黒い影が空を覆い尽くすその光景は、確かにあったように思える。

「……《アクシオン》。ファルは、そういう風に呼んでた」

 トワが、その名前を手繰り寄せた。遺跡で襲ってきた銀色の塊も、あの黒い群れも。《アクシオン》という名称があったのか。

 トワが左手で、自身の側頭部をそっと押さえている。少しだけ顔をしかめて、振り払うように手を下ろした。

「止めないと。全部終わっちゃう」

 そう言って、トワはイリアをじっと見据える。その視線を受け止めながら、イリアは溜息を吐きながら肩を落とした。

「じゃあ、これは本物って訳だね。ミスター・ガロットが、ああでもして止めようとする理由が分かったよ。納得は出来ないけど」

 人の命を炉にくべてまで、ミスター・ガロットはフィルと《スレイド》を打倒しようとした。そして、トワにも命を捨てるように言った。そのどちらも間違っていると蹴り上げ、《アマデウス》は戦ったのだ。

 その結果が、これに繋がるのか。

「納得はしないですし、後悔もしません」

 イリアに向けてそう言い放つ。イリアは分かっているのだ。《アマデウス》が救った人数と、その結果奪われた人数は釣り合っていない。

 仮に、あそこでフィルと《スレイド》が打倒出来ていれば。そして、トワが命を絶っていたならば。この黒い空を見る事はなかったのかも知れない。

 大勢が、あの黒い空に粉砕された。その数は、これからも増え続けるだろう。

 それでも、トワに死を選ばせたくはない。ミスター・ガロットの策を許容するという事は、この少女の命をも捨てるという事なのだ。

「この子を守るって決めたんです。ミスター・ガロットには従えない」

 前提条件からして、折り合いを付ける余地すらない。

 ミスター・ガロットは、トワを含めてリリーサーを全て殺すつもりでいる。だから、理論として分かっていても絶対に納得しない。トワがここにいる限り、後悔だってしない。

「分かってるよ、私だって後悔してないし。こうなるとは思ってなかったけど、こんな感じの事は起こると思ってた。その上で、私やみんなはこの道を選んだからね」

 イリアはそう答えると、今度はトワの方を向いた。

「だからトワちゃんも、自分のせいだとか、そういう事は考えないでよ。それを言い出すとみんなのせいになっちゃうから。まあ、主にリオ君のせいになるんだけど」

 トワの気を紛らわせる為か、イリアはそう言うと微笑んで見せた。

 違いないと苦笑しながらも、トワの方を向いて口を開く。

「勝利条件は変わらない。フィルと決着を付けて、サーバーを破壊する。トワ、そうでしょ?」

 事態は一刻を争う。だが、焦って行動しても意味はない。

「……うん。私が出来る事、今はないんだよね」

 苦しげな表情を浮かべたまま、トワはそう答える。本当なら、今すぐにでも飛び出していきたいのだろう。

 時には、待つことが必要となる場面もある。今がそうだが、往々にしてそれは苦痛を伴う。

「今はね。色々考えて、完璧な状態で貴方達二人を送り出す。私に任せて」

 イリアの言葉に、トワは小さく頷く。

 その赤い目が、投影モニターに映し出された世界の縮図を捉えていた。青い世界の中に、赤い円状の領域が染み込んでいる。‘何か’、アンノウン、《アクシオン》と呼称される黒い群れが、蔓延っている領域だ。

 人類のいなくなったその赤い円を見据えながら、トワは一言、ごめんなさいとだけ呟いていた。

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