報答を
飛び込んでくる情報の群れが、世界の終わりを物語っている。夢物語だと思っていた光景が、そこには広がっている事だろう。
必要な物しか存在しない執務室で、クライヴ・ロウフィードは……ミスター・ガロットはその破壊を客観的に眺めていた。
四十六にもなるくたびれた男性が、矢継ぎ早に更新されていく情報の群れをただ見据えている。椅子に腰掛けたまま、ゆっくりとまばたきをしては次の情報を頭に入れていく。
「遺跡を中心として、領域を広げつつある。始まったか」
遺跡は遺跡でも、リリーサーに縁のある遺跡だ。それらを中心として、円状の殺傷領域が形成されている。一定の大きさまで膨れ上がった後は、徐々にその円を拡張しているようだ。
その領域内では、生命反応……それも人間にだけ反応する殺戮兵器が飛び交っている。それはAGS、H・R・G・Eを区別する事なく、等しく人類を粉砕していた。
地球に、そして宇宙に染み込んでいく赤い円を見据えながら、ミスター・ガロットは見た事のある光景だと眉をひそめる。夢の奥で、繰り返し見てきた光景だ。
「……これを避ける為の、全てだったのだが」
世界を終わらせない為に、人の手で地獄を作り上げてきた。本当の地獄を迎え入れない為に、地獄の真似事をしていたのだ。
「まだだ。これでは到底報えない」
オペレーション・アコーダンスは失敗した。イリア・レイスの率いる部隊が、それを成し遂げたのだ。ほんの僅かでしかない勝機を、《アマデウス》は見事に撃ち抜いた。
結果として、こうして世界は終わりかけている。
情報の群れが更新されていく中、電話の呼び出し音が鳴り響く。普段使う通信回線ではない。ミスター・ガロットは机の引き出しを開け、そこに納まっている白い固定電話の受話器を取る。
『クライヴ、始まったわ。でもまだ終わっていない。そうでしょ?』
電話の相手はリアーナ・エリン……大企業ルディーナの所有者にして、H・R・G・Eの総合指揮官だ。そして、この戦争の共犯者でもある。
ミスター・ガロットは、本名を呼ばれ少し笑ってしまった。それだけ、事態は切迫しているという事だ。
「ああ。アコーダンスは失敗した。だが諦める訳にはいかない。リアーナ、そちらの準備は?」
リアーナにも、アイアンメイデンという通称がある。だが、今この場では本名で呼び合った方がいい。何となくミスター・ガロットは……クライヴはそう思い、その名を呼んでいた。
『七割は完了してる。形振り構わずやっているけれど、まだ時間が掛かるわ』
急遽考え、実行に移している作戦だ。アコーダンスが失敗した時点で、本来なら次はない。だが、諦める訳にはいかなかった。だからこそ、こうして最後まで足掻くと決めたのだ。
準備が終わってしまえば、後はタイミングの問題だった。戦場にはいつでも火を入れる事が出来る。その火が燃え上がり、潰えてしまう前に手を下す。
目標は変わらず《スレイド》の打倒だ。リリーサーを全滅させる。世界の終わりを先延ばしにする為には、それしか手段はない。
「こちらは専用の部隊を編成した。そちらの準備が完了すれば、いつでも動かせる状態だ」
そう答えながら、クライヴは赤い円に侵食されつつある宙域図を見据える。準備を終え、部隊を動かし、作戦を実行する。それだけの猶予は残されているだろう。赤い円の数は少なくはないが、大きさはそこまででもない。周辺の人類はあらかた殲滅されただろうが、まだ許容出来る。許容しなければならない。
『急がせるわ。まだ終わりなんかじゃない。私達のアコーダンスは、まだ終わっていない』
自分自身に言い聞かせるように、リアーナはそう呟く。クライヴはその言葉に頷き返し、何度も固めてきた覚悟をもう一度決める。
後には退けない。無数の命を炉にくべてきたのは、ここで敗北する為ではない。人を数字に置き換えて、消費してきたのは絶滅する為ではない。
「そうだ。まだ終わりではない」
犠牲を払い続けてきた。これからもそれを払い続ける。そして、その命の塊で世界の終わりをはね除ける。
「アコーダンスは……終わらない」
終わらせない。そう、クライヴは唯一の共犯者に向けて宣言した。




