この世界の先
○
AGSとH・R・G・Eが、一つの思惑によってその場所へ集められる少し前に。フィル・エクゼスと《スレイド》は目的地に到着していた。
トワと瓜二つの姿の中で、髪だけが黒く瑞々しい。その黒も、今は暗い操縦席の闇に溶け込んでいた。
何の変哲もない宇宙の中心で、青い地球がこちらを見上げている。ただただ広い宇宙も、人の手に掛かればあっと言う間に物が敷き詰められた。そんな中、この宙域は不自然な程にぽっかりと空いている。辺境ならば説明は付くが、ここは地球の至近にあるのだ。
手を付けてはいけない場所だからと、フィルは自身の疑問に答えを添えた。ここには1stサーバーがある。正確には、1stサーバーをこちら側に引き出せる唯一の座標だ。通り道、扉、そう表現した方が正しいのかも知れない。
「約束の場所、か」
フィルは一人呟き、座席に深く腰掛ける。《スレイド》の操縦席で、いつものように暗闇に沈んでいた。いつものように一人で。
「《スレイド》は知ってたの? 私が、お姉ちゃんに」
作り出された存在だったと。突拍子のない、とは思わなかった。無意識の内に目を背けていた疑問に、ちょうどいい答えが乗せられたような気持ちだったから。
私は、フィル・エクゼスはファル・エクゼスの権能によって作り出された紛い物に過ぎない。本当の意味でのリリーサーではない、という事だろうか。思い当たる節は幾つもある。リリーサーの役目は知っている。だが、そこまで大切とも思っていない。ただ、お姉ちゃんと一緒にいる為に必要だったからやっていただけだ。
質問に対して、《スレイド》は悪びれる事なく肯定を返した。いや、恐らく周知の事実なのだ。先にリタイアした連中はどうか知らないが、訳知り顔で接してくるリプルも、多分知っていた。
気付いていなかったのは私だけ。
「別に、いいけどね。貴方も物好きっていうか。そういう所は嫌いじゃないけど」
正規のリリーサーでもないのに、《スレイド》は力を貸してくれる。これまでもそうだったし、これからもそうだろう。
「それに、やる事は変わらない。何も、何一つ終わらせない」
なぜ戦ってきたのか。なぜ戦うのか。その疑問には、明確な答えを突き返せる。
「お姉ちゃんに会う為に。終わらせたりなんかしない」
唯一の家族である、ファル・エクゼスと共に生きる。生きる、と表現出来るような身体ではないけれど。未来永劫を、盲目的に歩み続ける事しか出来ないけれど。
「会いたいんだもの。それしかない、それだけでいいの」
たった一人の家族なんだから。そう胸中で続けたフィルは、その実もう一人の家族を思い返していた。
真相を告げた、トワ・エクゼスの事だ。自分と同じように、ファルに作り上げられた紛い物の一人は……今はもう一人ではない。
家族ではない誰かと、家族のように振る舞っている。その結末を、紛い物だと笑うつもりはない。他人事のように、そういう事もあると感じるだけだ。
そんな優しい輪に、私を入れてくれようとした。そう感じたのは間違いではないと、フィルは苦笑を浮かべる。同じように生まれたとは思えない。それこそ、別の世界の住人と言われても驚きはしないぐらい、その考えは異質に見えた。
だが、とフィルは口元を緩める。苦笑から転じた、困ったような笑みだ。
「結局、同じような考えになる」
互いの望む世界は、あまりにも掛け離れている。1stサーバーを、破壊される訳にはいかない。
向こうもそれが分かった筈だ。だからこそ、ここで戦う。そして生き残った方が、望む世界を続けていく。
「これは、そういうお話なんだ」
結末は変わらない。戦うと決めたし、その時が来たら容赦なく斬れる。だが、フィルは相手の望む世界を少しだけ脳裏に描いてみた。
私がいてお姉ちゃんがいて、みんなが普通にそこにいて。何を斬るでもなく、普通の姉妹として。そうなったら、一分一秒でも長くお姉ちゃんにくっついて歩く。服も当然のようにお揃いにするし、何をするにも一緒にする。嫌と言われてもそうする。
きっと、ファルは凄く嫌な顔をするだろう。気持ち悪いとか色々言われる。
でも、多分一緒にやってくれる。嫌々でも、私の我が儘なら聞いてくれると思うから。
「ずっと前は……そうだったし」
そうだった……と思う。フィルはその時の事を思い浮かべようとするも、散り散りになった記憶はうまく形になってくれなかった。大切な事なのに、思い出す度に壊れていく。
だからこそ、新しい思い出が欲しいのかもしれない。フィルは深く息を吐き出し、それだけでいいのだと胸中に続ける。
後は、約束の時を待つだけ。そう考えていたフィルの頭に、更新された情報が入ってきた。
「……最終段階。そっか、始まったんだ」
何度も見てきた光景が、またここで繰り返される事になる。
「トワは間に合うのかな。まあ、間に合わないなら私の勝ちって事だけど」
リリーサーシステムは最終段階に移行した。もっと簡単に、端的に表現するならば、そう。
「……また世界が終わる」
トワが守ろうとしている世界は、もうじき終わりを迎える。そして、自分の望む世界は終わりの先にあった。
「終わらせない為に、終わらせるわ。貴方の世界を」
「想望と憧憬」
ここまで読み進めた猛者の皆さん、どうも秋久です。
という訳で九巻が終了、八巻よりは短かったですねー。八巻が異常に長いんだなこれ。
今回は、色々と決着や踏ん切りを付けていくような巻というか。何となく全貌が掴めた人もいるかもですね! 壮大でファンタジー過ぎではと思うかもですが、一巻の時点でそこそこファンタジー(主にトワの出自)なので全然セーフ。きっとセーフ。そうでなくてもグレーゾーン。大丈夫です。
主人公勢のプライアが強化されたり、それを用いた戦闘をしてみたり。まあ色々やりましたが、この九巻は助走もとい序奏みたいなものというか。
この先の事を話すとですね、次の十巻で一旦は一区切りなんです。活動報告でも書くかもですが、
十巻で一区切り→その後の終局を一巻程度の文量でやる(劇場版みたいなもん。憧れるよね?)→更にその後のエピローグを短編風味で。
とまあ、そんな感じのを予定してます。予定は未定ですがほぼ確定です。頼むぞ私。
リオトワはいつ書いてもいいですわ。なんかね、これぐらい書いてると最早オートで書いてる気分。リオトワに関しては一緒の空間に放り込んでおけばどっちかが寝るまで何か絵になる事してくれるの極致。
さて、十巻では一部を除いて全員が例の戦場へとGOします。一部ってのはあれです。指揮権上の人とか、研究所のあの人とか。そういうのはさすがに行かないですけど。まあほぼ全員来ます。今から書くの大変そうで引き笑いしてます。
ではでは、長くなりましたが重ねてあれです、ここまで読んでくれた人に感謝です。凄いと思う。尊敬憧憬なんでもござれの気分です。私の文癖がマッハだから。付き合ってくれるのとても嬉しい!
さて、じゃあ次回予告置きますのでどぞ!
自分ではない誰かに、他でもない自分の我が儘を押し付ける。その意味を理解した上で、少女はそれを成し遂げるべきだと決めた。
残された戦いは、ただの一度だけ。
それぞれの思惑を胸に、一つの終着点に全ての駒が揃う。
少年は刃を、少女は祈りを。
次回、十巻。
「鏡鑑と光芒」
二人の答えは、とうに決まっていた。




