団欒の時間
情報が錯綜しているお陰で、《アマデウス》は安全圏まで逃げおおせる事が出来た。そしてそれは、操縦兵にとっては束の間の休息を意味している。
リュウキはシャワーを浴び、さっぱりとしてから《アマデウス》後部、通称展望室に向かった。《アマデウス》は既に通常航行に戻っており、疑似重力が機能している。重力係数でいう所のワン・ポイント、いつも通りの感じだ。手すりの向こうには殺風景な宇宙が投影されてはいたが、見慣れているが故に面白くも何ともない。
それよりも、とリュウキは自身の指定席に座り込む。まあ、よく座っているというだけで指定はしていないのだが。限られた人員しかいない《アマデウス》では、どうしてもそういう感覚が出て来てしまう。
備え付けの簡素なテーブルを囲むようにして、他の二人は既に座っていた。テーブルの上には、三つのトレイが無造作に置いてある。
「お疲れ様、リュウキ。大活躍だったね」
結構な激戦だったのは確かだが、ギニーの表現では一纏めで大活躍となっているようだ。
「うんざりするぐらい撃たれたよ。もうエースの相手はしたくないねえ」
そう言って、リュウキはからりとした笑みを浮かべる。操縦していた《カムラッド》は、まあひどい状態になっていた。応急処置は済ませたのでいつでも動かせるが、ミユリの事だ。今頃はもう一度分解してきちんとした修理を始めているだろう。
「手強かったですね。純粋な戦いであれば、互いに有効打を与えられずに撤退していたぐらいには。さすがは顔のない部隊、といった所でしょうか」
そう返したのは、一緒にうんざりするぐらいに撃たれたエリルだ。撃たれたが、殆ど回避しているという違いがあるにはある。
ギニーの隣に座っており、リラックスした様子で椅子に背中を預けている。兄と妹の団欒に、こうしてお邪魔をしているという訳だ。
「ああいうのがごろごろしてたら俺の立つ瀬がねえ。嫌だねえ。俺のプレートこれ?」
実際、一対一では手も足も出なかっただろう。それなりに場数は踏んでいるのにと、リュウキは内心で苦笑する。そんな胸中などおくびにも出さず、肉料理の盛り付けられたトレイをずいと引き寄せた。
「好きなのどうぞ。エリルも、ほら」
ギニーに促され、少し考えてからエリルはトレイを自分の前に持っていった。
「これにします。魚が好きなので」
勝手気ままにトレイを選んだ自分とは大違いだと、リュウキは神妙に頷く。
いつもの風景だとギニーが笑い、残ったトレイを引き寄せる。これで、食事が全員に行き渡った。
「技術革新のありがたみはこういうとこだよな。そこそこうまい飯にありつける」
フォークを手に取りながら、リュウキはそう言った。
軍艦内での食事などたかが知れているが、《アマデウス》は専用の食堂等がある訳ではない。ある程度は管理しているものの、基本的に備蓄から拝借して勝手に食べている。必然的に保存食、調理済みの物が殆どだ。それでもそこそこ美味しいのだから、そういう意味では良い時代と言えるだろう。
「緊急用の固形食料、ぱさぱさしてる上に美味しくないもんね」
同じようにフォークを掴みながら、ギニーがそう返した。身体が動く為に、必要な物を満載した固形食料様の事だ。場所も取らないし年単位で日持ちする。あれと水さえあれば長期の行動も視野に入るぐらいに凄い奴だ。ただまあ美味しくはない。
「兄様の家で食べた魚料理はどれも美味しかったので。本音を言うと、ちょっと物足りない気分になります」
蒸し焼きにされた白身魚をフォークで突きながら、エリルがどこか寂しげに言う。ギニーの家は結構しっかりとした所なので、相応の料理を食べてきたのだろう。
「そう? 僕はあんまり気にした事ないけど」
あっけらかんとした様子でギニーは答え、フライを口の中に放り込んでいる。同じ屋根の下で同じ料理を食べてきた筈なのだが、感性の違いという物が色濃く出てしまっている。
「ギニーは何を食べても美味しいって言うもんな。良い奴だよ」
少なくとも、まずいまずいと言う奴よりはずっと良い。そんな風に考えながら、リュウキもカットされているステーキ肉を頬張る。肉自体はさっぱりとしているが、添えてあるソースは濃く、分かりやすい味付けをしている。無難な味、という奴だ。
「兄様はもう高い物を食べないで下さい。勿体ないです」
エリルの言葉は辛辣だったが、それぐらい料理に差があるという事だろう。
「ひどいなー。母さんも言ってたよ。何でも美味しく食べなさいって」
恐らく、幼少期にでも言われたのだろう。体言している辺り、さすがはギニーといった所だ。
「何でも美味しく食べた上で、違いを味わえるようになって下さい」
エリルは一歩も引かず、ぐうの音も出ない程の正論を返している。
「食べ比べれば分かると思うよ? 思い出そうにも、美味しかったって記憶しかないからなあ」
どこがどう美味しかったとか、こういう味わいがあったとか。そういう細かい事は憶えていないのだろう。全部引っくるめて、美味しいという記憶しか残っていないと。
「まあ、料理を作る側はがっかりしてるだろうな」
もう一切れカットステーキを口に放り込みながら、リュウキはそう返す。
「それが問題なんです。作り甲斐がないって言われますよ」
エリルの指摘はごもっともだ。まあ、あれもこれも美味しいと言ってくれるのだから、ある意味楽という考え方も出来る。
「美味しく食べてるのに?」
ギニーの質問に、エリルは溜息を返している。
これは、休憩を兼ねた食事という奴だ。一人で黙々と片付けている場合もあるが、大抵は同じように休憩している者同士で食べている。
行儀や作法もここでは効力を発揮しない。大多数がこうして、フォーク一本で口に放り込んでいく。
「ところで」
リュウキがステーキの付け合わせを突きながら、そんな風に切り出す。
「これは、一応勝ちって事でいいんだよな?」
先程の戦い、オペレーション・ナッツクラックに関しての話だ。
「私はそう考えていますが」
何を聞いているのか、と言わんばかりの表情でエリルは返答する。
「助けられるだけ助けたよ。数で見れば、そう多くはないけどね。でも、そういう作戦でしょ?」
ギニーの言葉に、リュウキは頷いてみせる。
「まあ、そこは同意なんだが。となると、後はどうやって決着を付けるかだな。おっかないフィルと《スレイド》は健在なんだろ?」
問題はそこだと、リュウキは僅かに眉をひそめる。ミスター・ガロットの考えていた作戦を邪魔した。多くはないが、少なくはない数を救ったと言える。
だが結果として、フィルと《スレイド》は生き残った。
「どう勝つかは、これから考えるしかありません。それに、問題はそれだけではないですよ。ですよね、兄様」
エリルの口振りから、それらは既に割り切っている事柄なのだとリュウキは感じ取った。ミスター・ガロットの作戦を妨害し、炉にくべられていた人々を救う。その代償としてフィルと《スレイド》を逃す。それは当たり前の事だと、エリルはもう割り切っている。
リュウキは内心で苦笑を浮かべ、未練だなと呟く。あそこで決着が付いていれば、これから先の展開は随分と楽になっていた。フィルと《スレイド》の打倒は、それ程までに困難なのだ。
だが、と思考を停止する。エリルの言葉に気になる箇所があった。
「それだけじゃないって、何かあったのか?」
フォークをトレイに置きながら、リュウキはエリルとギニーと見遣る。
「うん。今さっき、ブリッジで聞いてきた事だよ。正確な情報は後からイリアさん達が出すと思うけど」
今聞きたい? とギニーの目が問い掛ける。リュウキは黙ったまま、こくりと一回だけ頷いた。
「AGSとH・R・G・E、両軍の動きが活発化してるんだ。カソードFで使われた連鎖核が原因で、小競り合いと睨み合いを繰り返してる」
元々、この戦争はその二つの小競り合いの集大成みたいなものだ。
AGS……ロウフィード・コーポレーションの率いる戦闘部署と、H・R・G・E……ルディーナの率いる戦闘部署がぶつかり合っている。大企業の利益を守る為に、或いは奪う為に。
「いつものとは訳が違うとか、そういうのか? だって敵さん同士だろ? 小競り合いも睨み合いも、そりゃあするさ」
何が問題なのかと、リュウキはギニーに問い掛ける。
「いつものそれとは、どうにも違うらしいってイリアさんもクストさんも言ってたよ。仕組まれてるかもって」
誰が、何の為に。そう自問自答しながらも、リュウキはすぐに答えを拾い上げた。この局面で、誰も何もないのだ。
「ミスター・ガロットには、まだ手がある? その為に、AGSとH・R・G・Eをぶつけようとしている?」
リュウキは思い付いた答えをぶつけてみるも、ギニーは肩を竦めるだけだった。分からないというサインではない。そうだろうけど、どういう事かはさっぱりという訳だ。
「何かを仕組んでいるという線は、濃厚だと思いますよ。AGSとH・R・G・Eが、今まさに睨み合っている地点があるのですが」
両軍は睨み合っている、火薬庫の中心という訳だ。それはどこなのかと、無言のままリュウキはエリルを見据える。
「そこは、私達の目的地でもあります。偶然ではないでしょう」
リュウキが目的地と聞いて、まず浮かんできたのがトワの姿だ。そこにサーバーなるものがあると言い、そこへ行く必要があるとイリアが説明していた。
「じゃあ、つまりあれか」
情報を整理すると。
「AGSとH・R・G・Eが睨み合っている宙域に飛び込んでいって、フィルと《スレイド》との決着を付けて、サーバーとやら破壊するって事か?」
簡潔にまとめたリュウキの言葉を、エリルが首を横に振って否定する。
「それに加えて、ミスター・ガロットの仕組んだ何かを暴く必要があります。そして、場合によってはそれを阻止する」
「ね? 問題だらけでしょ」
エリルとギニーの返答に、リュウキはがくりと肩を落とす。エリルは真剣そうだったが、ギニーに関しては‘いやあ参った’といった様子なのだから大したものだ。
「……貧乏くじのバーゲンセールじゃんか。今の内にゆっくりしようぜ」
慌てても仕方がない。どうも自分が思っていた以上に問題山積だったとリュウキは思い、背もたれにどっぷりと体重を預けた。
「沢山引けますよ、良かったですね」
貧乏くじの件からだろう、エリルがくすりと笑みを浮かべながらそう言った。




