表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
刃‐ブレイド 悠久ニ果テヌ花  作者: 秋久 麻衣
「想望と憧憬」
205/352

団欒の時間


 情報が錯綜しているお陰で、《アマデウス》は安全圏まで逃げおおせる事が出来た。そしてそれは、操縦兵にとっては束の間の休息を意味している。

 リュウキはシャワーを浴び、さっぱりとしてから《アマデウス》後部、通称展望室に向かった。《アマデウス》は既に通常航行に戻っており、疑似重力が機能している。重力係数でいう所のワン・ポイント、いつも通りの感じだ。手すりの向こうには殺風景な宇宙が投影されてはいたが、見慣れているが故に面白くも何ともない。

 それよりも、とリュウキは自身の指定席に座り込む。まあ、よく座っているというだけで指定はしていないのだが。限られた人員しかいない《アマデウス》では、どうしてもそういう感覚が出て来てしまう。

 備え付けの簡素なテーブルを囲むようにして、他の二人は既に座っていた。テーブルの上には、三つのトレイが無造作に置いてある。

「お疲れ様、リュウキ。大活躍だったね」

 結構な激戦だったのは確かだが、ギニーの表現では一纏めで大活躍となっているようだ。

「うんざりするぐらい撃たれたよ。もうエースの相手はしたくないねえ」

 そう言って、リュウキはからりとした笑みを浮かべる。操縦していた《カムラッド》は、まあひどい状態になっていた。応急処置は済ませたのでいつでも動かせるが、ミユリの事だ。今頃はもう一度分解してきちんとした修理を始めているだろう。

「手強かったですね。純粋な戦いであれば、互いに有効打を与えられずに撤退していたぐらいには。さすがは顔のない部隊、といった所でしょうか」

 そう返したのは、一緒にうんざりするぐらいに撃たれたエリルだ。撃たれたが、殆ど回避しているという違いがあるにはある。

 ギニーの隣に座っており、リラックスした様子で椅子に背中を預けている。兄と妹の団欒に、こうしてお邪魔をしているという訳だ。

「ああいうのがごろごろしてたら俺の立つ瀬がねえ。嫌だねえ。俺のプレートこれ?」

 実際、一対一では手も足も出なかっただろう。それなりに場数は踏んでいるのにと、リュウキは内心で苦笑する。そんな胸中などおくびにも出さず、肉料理の盛り付けられたトレイをずいと引き寄せた。

「好きなのどうぞ。エリルも、ほら」

 ギニーに促され、少し考えてからエリルはトレイを自分の前に持っていった。

「これにします。魚が好きなので」

 勝手気ままにトレイを選んだ自分とは大違いだと、リュウキは神妙に頷く。

 いつもの風景だとギニーが笑い、残ったトレイを引き寄せる。これで、食事が全員に行き渡った。

「技術革新のありがたみはこういうとこだよな。そこそこうまい飯にありつける」

 フォークを手に取りながら、リュウキはそう言った。

 軍艦内での食事などたかが知れているが、《アマデウス》は専用の食堂等がある訳ではない。ある程度は管理しているものの、基本的に備蓄から拝借して勝手に食べている。必然的に保存食、調理済みの物が殆どだ。それでもそこそこ美味しいのだから、そういう意味では良い時代と言えるだろう。

「緊急用の固形食料、ぱさぱさしてる上に美味しくないもんね」

 同じようにフォークを掴みながら、ギニーがそう返した。身体が動く為に、必要な物を満載した固形食料様の事だ。場所も取らないし年単位で日持ちする。あれと水さえあれば長期の行動も視野に入るぐらいに凄い奴だ。ただまあ美味しくはない。

「兄様の家で食べた魚料理はどれも美味しかったので。本音を言うと、ちょっと物足りない気分になります」

 蒸し焼きにされた白身魚をフォークで突きながら、エリルがどこか寂しげに言う。ギニーの家は結構しっかりとした所なので、相応の料理を食べてきたのだろう。

「そう? 僕はあんまり気にした事ないけど」

 あっけらかんとした様子でギニーは答え、フライを口の中に放り込んでいる。同じ屋根の下で同じ料理を食べてきた筈なのだが、感性の違いという物が色濃く出てしまっている。

「ギニーは何を食べても美味しいって言うもんな。良い奴だよ」

 少なくとも、まずいまずいと言う奴よりはずっと良い。そんな風に考えながら、リュウキもカットされているステーキ肉を頬張る。肉自体はさっぱりとしているが、添えてあるソースは濃く、分かりやすい味付けをしている。無難な味、という奴だ。

「兄様はもう高い物を食べないで下さい。勿体ないです」

 エリルの言葉は辛辣だったが、それぐらい料理に差があるという事だろう。

「ひどいなー。母さんも言ってたよ。何でも美味しく食べなさいって」

 恐らく、幼少期にでも言われたのだろう。体言している辺り、さすがはギニーといった所だ。

「何でも美味しく食べた上で、違いを味わえるようになって下さい」

 エリルは一歩も引かず、ぐうの音も出ない程の正論を返している。

「食べ比べれば分かると思うよ? 思い出そうにも、美味しかったって記憶しかないからなあ」

 どこがどう美味しかったとか、こういう味わいがあったとか。そういう細かい事は憶えていないのだろう。全部引っくるめて、美味しいという記憶しか残っていないと。

「まあ、料理を作る側はがっかりしてるだろうな」

 もう一切れカットステーキを口に放り込みながら、リュウキはそう返す。

「それが問題なんです。作り甲斐がないって言われますよ」

 エリルの指摘はごもっともだ。まあ、あれもこれも美味しいと言ってくれるのだから、ある意味楽という考え方も出来る。

「美味しく食べてるのに?」

 ギニーの質問に、エリルは溜息を返している。

 これは、休憩を兼ねた食事という奴だ。一人で黙々と片付けている場合もあるが、大抵は同じように休憩している者同士で食べている。

 行儀や作法もここでは効力を発揮しない。大多数がこうして、フォーク一本で口に放り込んでいく。

「ところで」

 リュウキがステーキの付け合わせを突きながら、そんな風に切り出す。

「これは、一応勝ちって事でいいんだよな?」

 先程の戦い、オペレーション・ナッツクラックに関しての話だ。

「私はそう考えていますが」

 何を聞いているのか、と言わんばかりの表情でエリルは返答する。

「助けられるだけ助けたよ。数で見れば、そう多くはないけどね。でも、そういう作戦でしょ?」

 ギニーの言葉に、リュウキは頷いてみせる。

「まあ、そこは同意なんだが。となると、後はどうやって決着を付けるかだな。おっかないフィルと《スレイド》は健在なんだろ?」

 問題はそこだと、リュウキは僅かに眉をひそめる。ミスター・ガロットの考えていた作戦を邪魔した。多くはないが、少なくはない数を救ったと言える。

 だが結果として、フィルと《スレイド》は生き残った。

「どう勝つかは、これから考えるしかありません。それに、問題はそれだけではないですよ。ですよね、兄様」

 エリルの口振りから、それらは既に割り切っている事柄なのだとリュウキは感じ取った。ミスター・ガロットの作戦を妨害し、炉にくべられていた人々を救う。その代償としてフィルと《スレイド》を逃す。それは当たり前の事だと、エリルはもう割り切っている。

 リュウキは内心で苦笑を浮かべ、未練だなと呟く。あそこで決着が付いていれば、これから先の展開は随分と楽になっていた。フィルと《スレイド》の打倒は、それ程までに困難なのだ。

 だが、と思考を停止する。エリルの言葉に気になる箇所があった。

「それだけじゃないって、何かあったのか?」

 フォークをトレイに置きながら、リュウキはエリルとギニーと見遣る。

「うん。今さっき、ブリッジで聞いてきた事だよ。正確な情報は後からイリアさん達が出すと思うけど」

 今聞きたい? とギニーの目が問い掛ける。リュウキは黙ったまま、こくりと一回だけ頷いた。

「AGSとH・R・G・E、両軍の動きが活発化してるんだ。カソードFで使われた連鎖核が原因で、小競り合いと睨み合いを繰り返してる」

 元々、この戦争はその二つの小競り合いの集大成みたいなものだ。

 AGS……ロウフィード・コーポレーションの率いる戦闘部署と、H・R・G・E……ルディーナの率いる戦闘部署がぶつかり合っている。大企業の利益を守る為に、或いは奪う為に。

「いつものとは訳が違うとか、そういうのか? だって敵さん同士だろ? 小競り合いも睨み合いも、そりゃあするさ」

 何が問題なのかと、リュウキはギニーに問い掛ける。

「いつものそれとは、どうにも違うらしいってイリアさんもクストさんも言ってたよ。仕組まれてるかもって」

 誰が、何の為に。そう自問自答しながらも、リュウキはすぐに答えを拾い上げた。この局面で、誰も何もないのだ。

「ミスター・ガロットには、まだ手がある? その為に、AGSとH・R・G・Eをぶつけようとしている?」

 リュウキは思い付いた答えをぶつけてみるも、ギニーは肩を竦めるだけだった。分からないというサインではない。そうだろうけど、どういう事かはさっぱりという訳だ。

「何かを仕組んでいるという線は、濃厚だと思いますよ。AGSとH・R・G・Eが、今まさに睨み合っている地点があるのですが」

 両軍は睨み合っている、火薬庫の中心という訳だ。それはどこなのかと、無言のままリュウキはエリルを見据える。

「そこは、私達の目的地でもあります。偶然ではないでしょう」

 リュウキが目的地と聞いて、まず浮かんできたのがトワの姿だ。そこにサーバーなるものがあると言い、そこへ行く必要があるとイリアが説明していた。

「じゃあ、つまりあれか」

 情報を整理すると。

「AGSとH・R・G・Eが睨み合っている宙域に飛び込んでいって、フィルと《スレイド》との決着を付けて、サーバーとやら破壊するって事か?」

 簡潔にまとめたリュウキの言葉を、エリルが首を横に振って否定する。

「それに加えて、ミスター・ガロットの仕組んだ何かを暴く必要があります。そして、場合によってはそれを阻止する」

「ね? 問題だらけでしょ」

 エリルとギニーの返答に、リュウキはがくりと肩を落とす。エリルは真剣そうだったが、ギニーに関しては‘いやあ参った’といった様子なのだから大したものだ。

「……貧乏くじのバーゲンセールじゃんか。今の内にゆっくりしようぜ」

 慌てても仕方がない。どうも自分が思っていた以上に問題山積だったとリュウキは思い、背もたれにどっぷりと体重を預けた。

「沢山引けますよ、良かったですね」

 貧乏くじの件からだろう、エリルがくすりと笑みを浮かべながらそう言った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ