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刃‐ブレイド 悠久ニ果テヌ花  作者: 秋久 麻衣
「想望と憧憬」
203/352

従うか否か

 ●


 《フェザーランス》ブリッジにて、リードは他の人員と同じように投影モニターを見据えていた。艦長席に座るキアも同様であり、抱いた感想も同様だろう。

 リードはキアの隣に立ったまま、実戦形式の訓練はやはり効果的だと頷く。だが、これでようやくスタートラインに立ったという見方も出来る。

 投影モニターには、先程までの模擬戦の様子が映し出されていた。テオドール・ブラックソンの操る《カムラッド》と、レティーシャ・ウェルズの操る《カムラッド》が戦っていたのだ。外部カメラで捉えた映像の他にも、両機から転送された情報群も表示されている。

 ただの模擬戦、と切って捨てられる内容ではなかった。

「これからだな。レティーシャの技量は、一般的なif操縦兵のそれと同等まで上達した。だが、これは思ったよりも」

 どこか後ろめたいような表情をしたキアが、独白にも似た声色でそう言った。

「ええ。若いから、などという言葉では説明にならない。あの少女は、上達が早過ぎる」

 才能という言葉を軽々しく使いたくはなかったが。そうとしか表現出来ない光景を、何度か見せ付けられている。

「レティーシャは、確かに身体的な強化をされた形跡がある。遺伝子情報も弄られているが、これはあまり関係がないだろう。十一歳でありながらifを操縦出来るのは、強化された身体という前提条件があるからだ」

 キアが手元を操作し、投影モニターに幾つかの映像を流す。レティーシャの行った戦闘機動が、部分的に映されている。

「でも、それは‘操縦出来る’だけだ。ここまで合理的に、効率的に。もっと穿った言い方をすれば、最短の機動をやってみせる。身体強化は、その理由にはならないな」

 キアの言葉は正しい。レティーシャの戦闘機動は、恐ろしく無駄がない。

 そして、その動きは以前にも見た事があった。

「リオ・バネット特例准士と、近しい物を感じますが」

 リードは、ある種呪いにも近しい名前を口に出した。何度も戦い、その度に痛手を負わされた相手だ。

「リードもそう思うか? 時々いるんだ、変な方向に振り切れている奴ってのが。リオ・バネットもレティーシャも、戦いに巻き込まれていなければ。或いは、ifやそれに付随するあれこれがなければ。こんな才能とは無縁でいられたのかもな」

 本来なら、開花させる必要のない才能だ。ifという兵器の特異性が、ただの少年少女を一流以上の兵士に仕立て上げてしまった。

「今は、それだけが生き残る術ですが」

 少なくとも、レティーシャにとってはそうだ。目覚めさせるべきではない才能を開花させる事で、あの子はようやっと自ら生きる事が出来る。

「どんなに外野が喚いても、そこだけは変わらないからな。方針は変えないさ」

 レティーシャを一角の兵士に育て上げる。自分達に出来る事は、結局の所それだけなのだ。

「だがまあ、きな臭い事になってきたな。リード、例の特殊機材……BFCについてだ」

 声のトーンが僅かに低くなったと、リードはキアの方をちらと見遣る。微細な表情の変化を、リードは見逃さなかった。あまり愉快な話ではないらしい。

 BFC……バイオ・フィードバック・コンバーターについての話だ。レティーシャの《カムラッド》にも搭載されている、曰く付きの機材である。直感的にifを操縦出来る上に、意思を反映した攻勢障壁まで展開出来るという触れ込みだ。

「遺跡の産物ですね。氷室の中身が用いた力と同義であり、ソフトフェアとして制御仕切れているとは言えない代物です」

 BFCについて、リードはそう考えていた。兵器というのは制御出来る力であるべきだと、リードは常々考えている。ましてや、不特定多数が持つ兵器は尚更にそうあるべきなのだ。

 例えば、弾が自在に曲がって目標に当たる銃があるとする。相当に便利な代物だが、撃った弾全てがそうなる訳ではないとしたら。その実、弾がどこに飛んでいくのか見当も付かないのだとしたら。それを、不特定多数の兵士が使っていたとしたら。考えるだけで恐ろしい。

「制御出来ない力はただの暴力だしな。確かに、ソフトウェアとしては未完成もいいところだ。まあ、前身であるBFSの時点でその傾向はあったが。で、そのBFCだ」

 相当に不愉快な事になっているぞ、とキアの目が語り掛けてくる。

「BFCを開発したのはカーディナル……AGSの研究施設だ。だが、この不安定な力はもう普及が始まっている。AGS、H・R・G・E双方にな」

 制御出来ていない兵器が、もう戦場にばらまかれているという事だろうか。それに、とリードは顔をしかめる。

「情報漏洩を疑う余地もない。AGSとH・R・G・Eが内通しているというのは、ほぼ確定と」

 状況証拠としては充分だろう。指揮権のどの位置から内通しているのかは分からないが、AGSとH・R・G・Eは仮初めの敵対を続けているという事だ。

「まあ、見事なもんだよ。こいつは予想でしかないが、生半可な情報操作では内通を隠せない。なら、考えられる手は二つ。一つ目、生半可ではない情報操作をする。まあ、この線はないな。あまりに自然すぎる。となると、もう一つの方だ。事に関わっている分母を減らす」

 分母を減らす。つまり。

「AGSの総合指揮官であるミスター・ガロットと、H・R・G・Eの総合指揮官であるアイアンメイデン。分母はこの二人だけ。内通しているのはここだけだ。この二人以外は、本気で戦争をしてるんだよ」

 だから、キアは見事と称したのか。

「たった二人で。人類以外の何かに勝つ為に。人類を裏切っているという事ですか」

 リードの言葉に、キアは肩を竦めてみせた。

「さあな。そうとしか思えないというだけで、どこまで合っているのかは分からない。だからこそ、気になるんだ。ミスター・ガロットとアイアンメイデンは、慎重に慎重を重ねてきた。だから、内通という答えすら浮かばなかったんだ。今まではな」

 キアの言わんとしている事が分かり、リードはそういう事かと唸る。

「BFCの普及が早過ぎる。今まで足音一つ立てていなかったというのに、ここに来て連中は走り出している、と」

 BFCのデータを、H・R・G・Eに渡すのが早過ぎる。本来なら、情報漏洩や強奪などを装う必要がある。自然にそれらを演じるには、まずはAGSに普及させてからが案配だろう。それから数ヶ月後に、そういう事件が起こるように仕向ける。

 ミスター・ガロットならそうする筈だ。

「ああ。しかも、だ。AGS、H・R・G・E両部隊に緊急召集が掛けられている。まあ、H・R・G・Eがどう命令を下しているかは知らないが。動きだけをみればそう感じ取れる訳だ。戦場が、これまでにないぐらい活性化している」

 リードは投影モニターに視線を向ける。広域レーダーに表示されたあるポイントに、両軍が集結しつつあるのだ。

 始まりがどちらかは、もう分からない。その開けた宙域で、AGSとH・R・G・Eが小競り合いを始めた。通常痛み分けで終わるような戦いが、艦隊戦にまで発展していた。大規模な戦闘は、そう長くは続かない。一旦両軍は引き、今は睨み合いをしている状態にある。

「いつもであれば、どちらかが引くべき局面ですが。どちらも引いていないと。召集命令には、軍事セクションへの違法攻撃が認められたとありますが。H・R・G・Eが連鎖核を使用し、AGSの軍事セクションを消滅させた、ですか」

 事実、AGSの軍事セクションであるカソードFは消滅した。襲撃や壊滅といった、生易しいものではない。文字通り、消滅したのだ。

 それだけの破壊をもたらすには、確かに連鎖核でも使わない限りは不可能だ。

「どうだろうな。でも、都合が良すぎる……と勘ぐってしまうのは一握りだな。氷室の中身に深く関わった者でなければ、疑問に思う事もない」

 優秀な軍人であろうとする程、常識から逸脱する事はない。連鎖核の使用が事実ならば、それは敵側の仕業と考えるのが普通だ。

「であれば、ミスター・ガロットとアイアンメイデンは。あそこで何かをしようとしていると考えられる。そこで下された命令がこれですか」

 懸念事項の一つ、ミスター・ガロットからの命令だ。通常の命令権を無視し、《フェザーランス》にだけ通達されている。

 キアが仕掛けた交渉によって、《フェザーランス》はミスター・ガロット直属のような位置にいる。それ故の命令だった。

「そうだ。要するに、‘当該地域には近寄るな’。邪魔はするなって事だな。有り難い話だ」

 そう語るキアの表情は暗く、とても有り難く思っているようには見えない。それは、リードも同じ思いだった。

「見て見ぬ振りをしろという事ですね。ミスター・ガロットらしい、賢明な判断です。彼にとって《フェザーランス》は、制御出来ない力だ。そう言っているような物です」

 リードにしては珍しく、毒突くような言い方をした。リード自身もそれを自覚しており、少しばつが悪そうに顔をしかめる。

「レティーシャもいるしな。無茶はしたくないってのは本音だ。これ以上部下を巻き込むのも、どうかと思うしな。だから、《フェザーランス》はこれ以上介入出来ない。まあ、ミスター・ガロットの筋書きではそんな所だろ」

 そう言って、キアはリードのしかめ面に挑戦的な笑みを返す。

「さて、どうするかねえ。生憎と、この《フェザーランス》は忍び歩き専門な訳だが」

 挑戦的な笑みから、言葉の端々から。ここでは引けないという意思が伝わってくる。

「……まったく。仕方のない人だ」

 溜息を吐き、リードはブリッジを見渡す。誰もが深入りをした。そして誰もが、そこから逃げなかった。今、全員がここにいる。

 ならば、答えは決まっているような物だ。

 《フェザーランス》の黒い船体は、宇宙の黒に溶け込むようにして消えていった。

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