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刃‐ブレイド 悠久ニ果テヌ花  作者: 秋久 麻衣
「想望と憧憬」
202/352

兎の銃火

あらすじ



 困難だった戦いを越え、束の間の休息が訪れる。

 戦い抜いた《アマデウス》だけではない。実験の末に《フェザーランス》へと編入されたレティーシャにとっても、それは休息と言えるだろう。

 それぞれが一つの目的地を見出す中、そこに佇むリリーサーが一つの結末を予見する。

 世界の終わりが、緩やかに始まったのだ。

 Ⅲ


 容赦なく叩き付けられる荷重が、小さな身体を攪拌していく。人型兵器であるifが、飛んだり跳ねたりを繰り返しているからだ。操縦兵であれば、挨拶代わりに味わっているような感覚だろう。

 身体が掻き混ぜられる感覚は嫌いだったが、ただただ不快という感想しか抱かない。それ故に……少しだけ眉をひそめながら、レティーシャ・ウェルズは目標を視界に捉え続けた。

 レティーシャは、自身専用のifに搭乗していた。専用といっても、量産機である《カムラッド》に特殊な機材を積んでいるだけである。

 BFC……バイオ・フィードバック・コンバーターが搭載されている以外は、通常の《カムラッド》と相違ない。通常操縦と比べ、直感的な操縦が可能となる他、ある種の攻勢障壁も作り出せる。

 これが機能しているのならば、通常操縦をする必要はない。だというのに、レティーシャは手足を忙しなく動かしていた。ハンドグリップを小刻みに傾け、ペダルを強く踏み込んでは離す。うんざりする程に教え込まれた、通常操縦での機体制御を行っていた。

 直感的に動かす事も出来るし、そちらの方がレティーシャにとっては容易だ。右を向きたいと思った瞬間に右を向いているのと、右を向きたいのでそういう操作をするとでは明らかに反応が違う。

 今でこそ遜色なく動かせている……少なくとも当初よりは淀みなく操縦出来ているが、双方にとって骨が折れる時間だった。十一歳の少女を相手に、if操縦のイロハを叩き込もうというのだ。

 その時の光景を思い返し、レティーシャは僅かに笑みを浮かべた。満足な初等教育を受ける間もなく、突然これである。狭い操縦席に投影された計器と睨めっこしながら、自分の何倍も生きてきた兵士達に教わっていく。

 それ自体は、怖くもなかったし不快でもなかった。年相応に小柄な身体も、色素の抜け落ちた白い髪と肌も、煌々と赤に染まる不気味な目も。からかうような事をせず、ちゃんと接してくれたからだ。こんな小さな子どもを相手に、彼等は真剣にそれを教えたのだ。

 だから、レティーシャもそれに応えた。教えられた事を学び、取れる範囲で自分の物とする。それを繰り返し、ひたすらに繰り返して。

 照準を振り切れない……そう判断しただろう目標、黒塗りの《カムラッド》が突撃銃を片手で保持し、数発撃つ。

 ここには自分と目標しかいない。即ち、レティーシャの《カムラッド》と目標、黒塗りの《カムラッド》だ。そして黒塗りが撃ったという事は、狙われているのはレティーシャの操縦する《カムラッド》に他ならない。

 レティーシャはペダルを僅かに踏み、ポジションを変えないように留意しながらその銃撃を躱す。増速したレティーシャの《カムラッド》が、相手に倣って右手のみで突撃銃を保持する。そして、左手で小振りのナイフを抜いた。

 レティーシャの《カムラッド》は右手に突撃銃、左手にナイフの構えを取る。

 対する黒塗りの《カムラッド》は、彼我の距離を詰めながら再び突撃銃による牽制射撃を行っていた。

 レティーシャの《カムラッド》は、大きく動いて回避するような事はしなかった。牽制されるがまま、その場で動きを止めたのだ。if戦の基本原則に反する行為だ。

「……常に動け、足を止めるな」

 レティーシャはそう呟く。小声であっても、その澄み切った声はヘルメットの内側に反響していた。何度も教え込まれた、基本中の基本だ。同じ的でも、動かない的よりも動く的になれ。撃ち抜かれるまでの時間が違うと、誰かは言っていた。

 黒塗りの《カムラッド》は、それを好機と捉えたのだろう。足を止め、動かない的となったレティーシャの《カムラッド》に、突撃銃をぴたりと向ける。

 間髪入れず、二発の銃弾が吐き出された。胴体を狙った正確な二点射が、レティーシャの《カムラッド》に吸い込まれるようにして飛来する。

 それらは全て、一瞬の出来事に過ぎない。一方が足を止め、一方がそれを好機と見て発砲する。放たれた銃弾は、信じられないような速度で目標を射貫く。これは、そういうテンプレートに過ぎない。

 だが、その弾丸はレティーシャの《カムラッド》を射貫く事なく弾かれた。無造作に振るったナイフが、二発の銃弾をまとめて斬り払ったのだ。

 左手で振ったナイフの周囲には、僅かに赤い靄が滞留している。攻勢障壁を、ナイフに纏わせて振り抜く。何度も練習してきた動作の一つ。

 レティーシャは素早く照準を合わせ、油断なくトリガーを引いた。黒塗りの《カムラッド》は、攻撃態勢に入ったまま直進している。その機影を、突撃銃から断続的に吐き出される弾丸が確かになぞった。

 命中した弾丸は拉げ、黒塗りの装甲に青い塗料をぶちまける。訓練用のペイント弾だ。よく見れば、今し方斬り払った弾丸からは赤い塗料が漏れ出ていた。

『……一先ずは及第点だな。基本制動に関しては文句の付けようがない』

 黒塗りの《カムラッド》が、突撃銃を下げながら通信回線を繋げてきた。渋い声色で貫禄があり、身体付きも屈強な兵士その物といった様子の男性だ。この部隊の隊長でもある。

『ただ、射撃に関してはもう少し詰めよう。フルオートに頼り過ぎない方が良い。レティ、一機撃破(ワンダウン)に関して感想はあるかな?』

 座学の後は、ひたすら実戦あるのみだった。何度も模擬戦を行い、今日ようやっとこちらの弾が当たった。それだけではない、とレティーシャは《カムラッド》の左手に持たせたナイフを見遣る。障壁の使い方が、大分分かってきた。ただ使うのではなく、武器に纏わせる。常に使うのではなく、ここぞという所で使う。そういった事が、感覚として分かってきた。

「感想なんてないわ、テディ。だって、貴方は本気で戦ってない」

 今回の模擬戦で、黒塗りの《カムラッド》は一般的な戦術を再現して戦っていた。ある程度戦える操縦兵がどう動くのか。どんな隙に食らい付くのか。そういった事を、彼が再現しただけなのだ。

 テオドール隊長が、仮に本気で戦っていたのなら。今頃この《カムラッド》の背中は、赤い塗料でいっぱいになっていただろう。

『勝ちは勝ちと考えた方が、勝負の世界ではいい傾向を引き寄せられる。それはそれとして、テディはあまりに威厳がないのでは?』

 低音の心地よい声で、テオドール隊長が控え目に抗議をする。

『君にまで言われてしまうと、私は本気で熊のぬいぐるみに転職した方がいいのではと考えてしまう』

 テオドール・ブラックソンという名前から、彼はテオと呼ばれる事が多い。そして、部隊のみんなからはよくテディと呼ばれていた。理由は、こうして接してみるとよく分かる。鍛え上げられた大きな身体をしていながら、当の本人は思いの外ユーモラスで気配りが上手い。強面だと思っていた顔も、慣れてしまえばどこか愛嬌がある。

 故に、テオドール・ブラックソンはテディベアの称号を得たのだ。

「良い転職先ね、テディ。じゃなくて……ダディ?」

 そんな冗句を、レティーシャは澄んだ声で返した。戦いの術だけではない。そんな言葉のやり取りも、今は出来るようになった。まだ、多少ぎこちないかも知れないけれど。

 テオドールの発する、唸るような声が操縦席に響く。

『ダディはよしてくれ。何だかこう、むず痒くなる。それに、何でも買い与えたくなる』

 テオドールの冗句を鼻で笑いながら、レティーシャは自身の変化について考えを巡らせていた。変化というよりも、降参と表現した方が正しい。

 この世の不運を、不幸をありったけ見てきた。だが、そんな肩書きなど誰も気にしない。気にも留めずに、好き勝手近付いてくるのだ。だから降参した。

 不運と不幸を顔に出していても、何が変わるわけでもない。誰かと話せば笑いたくなる時もあるし、泣きたい時だってある。これは、ただそれだけの話だ。

 自分にされた事も、自分がしてきた事も消えないけれど。

「具合の良い食材が入ったんでしょ? 手始めにランチセットを要求するわ」

『いいとも、マイレディ。君が負ける方に賭けていた連中からは、デザートを要求するとしよう』

 冗句で言ったのに、とレティーシャは内心で呆れた。些細なやり取りでも、つらくなる時がある。そこまでしてもらうだけの資格は、自分にはないからだ。

「賭け事が好きなのね」

 渦巻く感情を縛り付けながら、レティーシャは気にしていないふりをする。

『少し違う。‘ああ、しまった!’‘ほれ見たことか!’‘狙い通りだ!’‘えい次こそは!’……なんて風に、騒ぐのが好きなんだ』

 レティーシャは演技ではない溜息を吐き、まるで子どもみたいと肩を落とす。

『さて、では戻ろう。今の模擬戦はみんな見ていたからな。サインをせがまれたら、快く書いてやってくれ』

 サインの件はテオドールの冗句だが、部隊のみんなが見ているとなれば何かしら騒ぎにはなっているだろう。何せ、騒ぐのが好きな人達だ。絶対に巻き込まれる。

「……疲れが押し寄せてきたわ」

 レティーシャはハンドグリップを傾け、《カムラッド》を旋回させる。遠方で待機しているBSへ向き直り、ゆっくりとペダルを踏む。

 黒塗りのBS、《フェザーランス》は宇宙に溶け込むようにして二機の帰りを待っていた。

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