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刃‐ブレイド 悠久ニ果テヌ花  作者: 秋久 麻衣
「想望と憧憬」
201/352

互いの我が儘を


 今も戦っているだろうトワを探し、《イクス・フルプレート》はセクションの空を駆け抜けていた。だが、おおよその場所は分かっている。リオは頭の中で数字を数えながら、間に合うだろうかと自問自答を繰り返していた。

「いや、間に合わせないと」

 そして、何度も到達した答えにまた行き着く。膨れ上がった焦燥が、同じ詰問を繰り返しぶつけて来るのだ。

 AGSの軍事セクション、カソードFには連鎖核が仕込まれている。致命的な破壊をもたらすその兵器で、空間もろとも《スレイド》を吹き飛ばすという作戦だ。起爆までは後四十秒程、それまでにトワと合流し、ここを脱出しなければならない。起爆してから逃げても間に合わない。それを考えると、今すぐにでも脱出しなければいけないのだが。

「……見つけた!」

 地表近くで、トワの《プレアリーネ》とフィルの《スレイド》が戦っている。《スレイド》が攻め立て、《プレアリーネ》がそれを凌いでいる状態だ。

「トワ、すぐにここを出るよ! 残っているのは僕達と」

 そこにいるフィルだけだ。

『分かってるけど、フィルが!』

 《スレイド》の装甲は赤く染まっている。フィルの意思で操縦しているのだ。赤い《スレイド》は、執拗にトワの《プレアリーネ》に食らい付いている。両腕から展開された実体剣を、ゆっくりと確実に叩き込んでいた。

 《プレアリーネ》は後退しながら、それを大剣モノリスで凌いでいる。とてもじゃないが、すぐに離脱出来る状態ではない。

『《イクス》、また邪魔をしに来たの? あんたなんか』

 フィルの声が響き、僅かな殺気が流れ込んでくる。そして、それを体現するかのように一体の騎士が立ち上がる。

『《ドゥエイン》、動けないんじゃ』

 トワの声が驚愕に震える。確かに、目の前の騎士は満身創痍といっても過言ではない。

 幾つかの弾痕が鎧を削っていたが、それ以上に。肩口から伸びる裂傷を中心に焼け爛れており、とても戦える状態には見えない。

 だが、事実としてその騎士は立ち、どこからか形成した槍を右手で構えていた。

「灰色のプライア・スティエート?」

 自分やトワが使っているような、プライアに酷似している。だが、どこか覇気がない。フィルやリプルを前にしたような、絶望的な存在感は全く感じなかった。

 その疑問に、《イクス》が答えを寄越す。

「外側だけを再現している。プライア・クライス、か」

 要するに、中身のないプライアという事だろう。特殊機構も殆ど使えない、厄介だが容易に斬れるプライアだ。

『そこで遊んでなさいな。私が』

 ここで潰えるまで。そう、フィルが告げているような気がした。

 フィルから漂う諦念が、トワの焦燥と入り交じって危険な物に変わっている。

 フィルは全員とここで死ぬつもりだ。

 トワは全員でここを逃げるつもりだ。

 理想は、フィルだけを残して逃げる事なのだが。そう冷静な自分は言っている。どうあっても戦い、殺し合う事になるのなら。勝てる時に勝つべきだと。

 おかしな話だと思う。あれも助けて、これも助けて、あの少女だけは殺すとか。

「……本当に」

 自分のやろうとしている事を考え、思わず口元が緩む。意味のない事をやろうとしている。自分達の首を絞めるような事を、今からやろうとしている。

『リオ、私……』

 わざわざ言わなくても分かっている。トワの考えている事なら、大体分かるようになってきたのだ。だからこそ、本当に。

「……世話が焼ける!」

 《イクス・フルプレート》を、空中から槍騎士に向けて突っ込ませる。全身のバーニアを思うままに吼えさせ、両肩にあるSB‐8ロングスピアを両手で引き抜く。

 槍騎士《ドゥエイン》は、右手で持った槍を腰深くに構え、受けて立つと言わんばかりに地面を蹴り飛ばす。

 互いに高速度を維持したまま、空中で一騎と一騎が交差する。

「……獲った」

 《ドゥエイン》の振るう槍をいなし、交差と同時に両手の槍で胴を薙ぐ。十文字に斬り裂かれた《ドゥエイン》は、飛び出した勢いのまま灰色の燐光へと変わる。一瞬の攻防で槍騎士を下し、降下の勢いのまま直進を続けた。

 目的地は目の前、トワの《プレアリーネ》とフィルの《スレイド》が殴り合っている所だ。

「トワ、真上!」

 短く指示を出し、《イクス・フルプレート》を更に増速させる。

『ん、分かった!』

 《スレイド》の剣戟を弾き、トワの《プレアリーネ》は真上に跳ね飛ぶ。

『逃がすわけ……!』

 ただ上昇するだけの、無防備な《プレアリーネ》に飛び付こうと《スレイド》も飛び上がる。

「逃げるんだよ」

 そして、それを真横から掠め取るようにして。《イクス・フルプレート》は《スレイド》に直撃した。

『は、はあ? な……なにして』

 直撃という表現は正しいが全てではない。正確には、直撃したと同時に《スレイド》の腰を脇に抱えたのだ。タックルから組み付くようにして、《スレイド》を捕縛する。

「だから」

 《プレアリーネ》の後を追うようにして、思い切りバーニアを噴かす。

「逃げるんだって!」

 増速を続けながら、直上に飛んでいく《プレアリーネ》を追う。

『ばか、馬鹿じゃないの!』

 トワと瓜二つの声が、これ以上にない正論をぶつけてくる。

「僕もそう思ってる」

 上昇を続ける《プレアリーネ》が、右手に持ったモノリスを架空の空に向ける。出入り口も何もない、ただの天井だ。そこに向けて、《プレアリーネ》は何度も粒子砲撃を叩き込む。

 強力な粒子光が、文字通りに突破口を開いていく。

 トワの作り出した穿孔(せんこう)を、赤い《スレイド》ともつれ合いながら突き進んでいく。多少暴れているが、こっちはそれを見越して組み付いている。さすがに《スレイド》本体が振り解きに掛かったら離すしかないが、今の所その様子はない。

『ああもう、《スレイド》! 貴方恥ずかしくないの! 女の子みたいに抱えられちゃってるのよ!』

 何もしようとしない《スレイド》に対して、フィルは好き勝手言い始めた。《スレイド》自身は鼻で笑うばかりで、積極的に振り解く気はないようだった。

 なぜかは分かっている。結果がどうであろうと、《スレイド》はフィルを守る為に戦っている。ここで暴れれば、フィルは逃げられない。だから身を任せているのだ。

 《スレイド》にとって、恥などどこにもない。むしろ状況が好転したことに、安堵している節さえあった。

「爆発する、急ぐよ!」

 頭の中で刻んでいたタイマーが、その時を告げる。それと同時に、セクションの外壁から飛び出す事に成功した。完全な無重力に飛び出し、脇目も振らずに駆け抜ける。

 軍事セクション、カソードFが崩壊を始めた。連鎖核が、所定の性能を発揮しつつある。内奥から生じた眩い光が、致死のエネルギーとなって膨れ上がっていた。じわじわと、接触致死の光となって物質を融解させている。小型の太陽が、即席で出来上がっていくようなものだ。

 背中を焼いていくその光から、可能な限り距離を取る。その光を見て、多少は頭が冷えたのか。フィルは黙り、ささやかな抵抗も止めた。

 ブリーフィングで見た死の半径を考えると、間に合わないかもという弱音が首をもたげる。時間を掛け過ぎた。死の半径から脱する前に、あの光が全員を包み込む。

 それをトワも感じ取っていたのだろう。先行しながら、こちらと夥しい光を何度も振り返る。

 ならば、後はタイミングの問題だ。座して死を待つつもりは毛頭なかった。

 光が迫る。膨れ上がった死の奔流に飲まれるその瞬間に。

「トワ!」

 速度を僅かに上げ、《プレアリーネ》に近付く。そして、そのまま《スレイド》を押し付ける。

 振り返り、《イクス・フルプレート》の両腕を突き出す。両手の小手が僅かにスライドし、待機状態にあった放射板が一気に赤熱する。脚や胴に括り付けられた装備も同様に、基部を露出させて陽炎を吹き出す。

 粒子壁(フルプレート)を用いて、連鎖核の光を防ぐ。

「《イクス》、頼む!」

 全力でこれを押し留める。尚も膨れ上がる光が、展開された粒子壁とぶつかり合う。

 本来防げるものではない。圧縮粒子の熱を以て敵弾を防ぐ粒子壁では、それ以上の熱を持つ兵器は防げない。粒子砲ぐらいならば、何とかなるのかも知れないが。それ以上は理論上不可能だ。

 だから、連鎖核は粒子壁では防げない。

 それでも、こうして時間を稼ぐぐらいの事は出来る。ましてや、自分は今《イクス》に搭乗している。防げない筈の物を防ぐぐらい、《イクス》となら出来る。

 かつてトワと戦った時には、ifと実体剣で《プレア》の粒子剣を防いだ。断ち斬られてもおかしくない状況で、それでも防いでみせたのだ。

 理屈は分からない、だが確かにここにある技術を以て、致死の光を粒子壁で押し留める。

「ああ……だけど、これは」

 最初に瓦解したのは、《イクス・フルプレート》の脚部にある制御装置だ。耐えきれずに火を吹き、銀色の甲冑は剥がれ落ちていく。

 胴体の鎧も徐々に焼けていく。排出しきれない熱が、装置の限界を超過しているのだ。

 瓦解が始まれば、後は一瞬だった。全身の粒子壁(フルプレート)が、次々と剥がれ落ちる。脱落していくと同時に出力が低下し、圧倒的な熱量がここにいる三機を覆い始めた。

 熱に視界が歪む。後もう少しなのに。致死の光は、段々と薄れ始めていた。もう少し耐え抜けば、その効果を失う筈だ。

『リオ!』

 熱が押し退けられる。モノリスを構えた《プレアリーネ》が、こちらを庇うようにして前に出たのだ。

 だめだ、それでは防げない。そう思った瞬間に、《イクス・フルプレート》の両腕にある小手が弾け飛んだ。粒子壁(フルプレート)は、完全に停止してしまった。

 少し、届かなかった。お前も道連れだと言わんばかりに、致死の光が目の前に迫る。

 だが、それがトワと《プレアリーネ》を包み込む前に。守る手段を失った《イクス・フルプレート》を飲み込む前に。無数の破片が周囲を飛び交った。

 最後の熱が通り過ぎ、静寂を良しとする宇宙がまただんまりを始める。連鎖核による空間殺傷が、終わりを告げたのだ。

 周囲には、焼け爛れた菱形の自律兵器が漂っていた。それは、何度も見た事がある。

『私……なに、してんだろ』

 フィルの呟きには、微かな驚きが込められていた。自分でやっておきながら、その行為が信じられないのだ。

 フィルの意思で動くハチェットリーフが、最後の瞬間を守り抜いた。自分だけでもトワだけでも、防ぎきれなかっただろう死をはね除けたのだ。

 《イクス・フルプレート》も《プレアリーネ》も、多大な被害を受けた。それは《スレイド》も同じだったが、今はもう全てが修復されている。

 カソードFの周囲は、綺麗さっぱりに消えてしまった。残骸も岩石群もない。そこだけぽっかりと、黒い宇宙が広がっているのみだ。

 そんな中で、ただ一つ例外が目の前にある。三機の……いや三騎のプライア・スティエートと、その操縦者だ。

 トワの《プレアリーネ》と、フィルの《スレイド》が向かい合っている。所々が焼けている《プレアリーネ》と比べると、《スレイド》は場違いな程に綺麗だった。

『フィル。助けてくれたの?』

 トワが真っ直ぐな言葉を投げ掛ける。

『知らない、そんなの。大体、最初に助けるだなんだって喚いていたのは貴方でしょ』

 とりつく島もない、といった感じだ。何よりフィル自身、この行動に驚いているようだ。

『うん。だって、ちゃんと話してないもの』

 トワの真摯な答えに、フィルは黙るしかない。だが、否定するような感じはなかった。

『私達はね、フィル。同じようなものなの。リプルの事、知ってるでしょ。リプルの姿を消す力、覚えてる?』

 リプルの用いた、姿を消す能力の事だ。

『知ってるし覚えてるに決まってるでしょ。馬鹿にしてるの?』

 鼻で笑い、フィルはそう答える。

『馬鹿にしてない』

 無視して話を進めればいいのに、律儀にトワは答えていた。

『うるさい、知ってる。話すの下手なの?』

 まあ、上手い方ではない。

『……ちょっとだけ。でもね、でもね?』

 ちょっとではないけれど、トワにとってはちょっとなのだろう。

『ああもう! で、何よ! 論点がずれてる!』

 ずらした要因を作ったのはフィルなのだが、その扉をこじ開けたのはトワだ。

『ごめん……。えっとね、その。ああいう力があってね。リリーサーはみんな持ってて。ファルも持ってるんだけど。フィルは、知ってた?』

 リリーサーの持つ、権能についての話だ。リリーサーが持っている以上、ファルやフィルだってそれを持っている筈だ。

 しかし、フィルは黙ったまま答えない。ファルがどんな権能を持っていたのか、そして自分がどんな権能を持っているのか、この少女は知らないのだ。

『ファルの権能は、分裂することなの。分かれて増えて、沢山で戦ったり』

 フィルは黙ったまま、結論を突き付けられるのを待っている。それをトワも察したのだろう。

『フィル、貴方はそうやって生まれたんだよ。私もそう』

 それが、トワの見た真実……らしい。リリーサーなのに、フィルに権能はなかった。そして、トワにも権能はない。ファルの力をそのまま使えるのなら、あってもおかしくはないというのに。

 その答えが、これだと言うのだ。ファルの権能によってフィルは生まれた。始めからそうではなかったのだろう。分裂の権能により生じたリリーサーに、自我なんてなかった。どこを境にそうなったのかは分からない。だが、結果としてファルは権能を使わなくなった。フィルという妹を得て……自分が作った家族を得て、ファルは一人ではなくなったからだ。

 それがどうして、こうなってしまったのかは分からない。

 だが、ファルは最後にもう一度だけ権能を使った。無意識の中で、或いはかつてを願った時のように。

 中途半端な権能の行使によって、トワがファルの中で生まれた。

『……ふうん。そう。そっか』

 沈黙の末、フィルはそう独りごちる。

『道理で……お姉ちゃん以外は好きになれない訳だね。だって、私にとっての家族は、お姉ちゃんしかいないって事でしょ』

 それは、ある意味で正しいのだろう。ファルが望んで作り上げた、唯一の家族だ。

『今は、私もそう』

 トワはそう返した。フィルに、トワは歩み寄ろうとしている。

『違うわ。貴方、一人じゃないもの。私とは違う』

 そんなトワの手を払い除け、きっぱりとフィルは否定した。

『貴方を殺すわ。最後の家族を殺す。姉でも妹でもない、トワを殺すわ』

 言葉とは裏腹に、殺意は微塵も感じない。ただ、結果だけを述べているような声だ。

『そして、またやり直す。お姉ちゃんにもう一度会う。私は、お姉ちゃんの妹だもの』

 トワを殺し、またファルとして会う。何度も繰り返してきたように、また繰り返す。それがフィルの望みだと、トワにも分かるよう言っている。

『どう、しても?』

 縋るような、願うようなトワの声が響く。

『うん、どうしても』

 憑き物の落ちたような、いっそ清々しい程にすっきりとしたフィルの声がそれに答える。

 今度はトワが黙る番だった。じっと考え、どうにかして話そうとしている。目の前にいる家族に、殺し合わないで済む方法を、必死に。

『……私、リオと一緒に生きるの。だから、サーバーを破壊する。だから、そこで』

 でも、それは叶わない。どちらかを選ぶしかないと悟ったトワが、迷いを振り払った声で告げる。

『分かったわ、トワ。待ってる』

 遊ぶ約束を取り付け、それを快諾するように。たった二人の家族が暗に宣言をした。

『……私の、我が儘を』

 相手に押し付ける。トワの小さな呟き、その先を胸中で続けた。

 フィルの《スレイド》は背を向け、瞬く間に離れていく。

 これは、二人の間にしか為し得ない約束だろう。互いの我が儘を通す為に、殺し合うという約束を。 

 二人だけの家族は、今交わしたのだ。







 《スレイド》が撤退した後、すぐに《アマデウス》が駆け付けた。満身創痍のプライアを回収し、混乱に乗じて撤退していく。

 もっとも、混乱よりも空白の方が遙かに多い。散り散りに逃げたif達は、光に包まれるセクションを呆然と見ている事しか出来なかった。逃げろとがなり立てていた白亜の艦を、追撃しようとする者はそこにはいない。

 多数の死傷者が出た。だが、少なくとも何人何十人かは救えただろう。

 《アマデウス》が単艦で行った不法行為は、たったそれだけの成果を残した。だが、たったそれだけを救う為の作戦でもある。

 オペレーション・ナッツクラックは、確かに成し遂げられた。

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