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刃‐ブレイド 悠久ニ果テヌ花  作者: 秋久 麻衣
「想望と憧憬」
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幽鬼の群れ


 それが何かを把握するよりも先に、それが何をもたらすのかだけを考える。

 高度を上げる為、《プレアリーネ》は直上に飛び上がっていく。数多の制御翼が最適な角度に設定され、その機動を補助してくれていた。高度を上げ、距離を稼ぐ。それが最適だと感じたトワは、迷わずにその行動を選択した。

 追い掛けてくる機影は四つ、灰色のプライア・スティエートだ。いや、フィルは違う名前を言っていた。

「プライア・クライス……」

 それが何かを、把握している余裕はない。

 フィルとは、やはり戦いになった。それは、嘘の吐けなかった自分のせいだけど。肝心のフィルと《スレイド》は追い掛けてはこない。空中に留まったまま、こちらをじっと見据えている。何かを見極めるように。

 プライア・クライス、あの四機はフィルが形成した。そして恐らく、というか絶対に。こちらを攻撃するつもりでいる。

「何とか、しないと」

 死にたくなんかない。それは事実だ。でも、フィルを死なせたくないという気持ちもやっぱり、本当だと思うのだ。ふらふらとした答えかも知れないけれど、こんな終わり方は嫌だと。どうしたって思ってしまうから。

 だから、ここではフィルを助ける。ファルでもなく、姉でもない。トワ・エクゼスとしての答えはそうなのだ。

『そんな逃げ腰で、どうやって私を助けるの? 引っ張ってでも連れ出す? 笑わせないで!』

 赤く染まった《スレイド》が、こちらを見上げて喚き散らす。赤い騎士が、フィルの感情をそのまま吐き出すようにして手を振り払う。フィルは、ここで終わらせるつもりだ。

『貴方を《プレア》から引っ張り出して、返して貰う! その身体は、お姉ちゃんの物なんだから!』

 怒号に突き動かされるようにして、四機のプライア・クライスが速度を上げる。

 それが何かを把握なんて出来ない。だが、何をもたらすのかは分かる。

「槍を持ってるのが《ドゥエイン》」

 軽装の槍騎士といった様相のプライアだ。右手に握られた細身の槍は、取り回し易いが相応に鋭い。単純な格闘以外にも、投擲などの攻撃手段にも用いられる。

「弓を持ってるのが《ヒースコート》」

 左腕から、二つの突起が突き出ている。左腕がそのまま弓になってしまったかのような見た目だが、あれは見た目通り弓を構えた狩人なのだ。

「ナイフを下げてるのが《ジギス》」

 細身の身体に、クロークを纏わせたような様相をしている。両手に短剣を構えており、クロークの内側にも短剣を無数に仕込んでいた。その矮躯は、どこか盗賊という言葉を連想させる。

「盾を向けてるのが《ヘイゼル》」

 比較的細身の三機だが、この一機だけは違う。堅牢な甲冑を着込んだような様相であり、その強固さを裏付けるように両手でそれぞれ盾を持っている。守る為の騎士だ。

「ファルは、戦った事がある。だから、私だって」

 朧気な記憶を手繰り寄せ、目の前の影達に当て嵌めていく。

 戦える筈だ。あれを蹴散らして、フィルを引っ張ってでも連れて行く。

 意識を研ぎ澄まし、四肢に力を入れる。《プレアリーネ》の主翼と制御翼が僅かに角度を変え、逃げるだけの時間を終わらせた。

 《プレアリーネ》の武装は、シンプルだが強力な物が揃っている。

 右腕には譲り受けた大剣、モノリスを握っている。青い剣身は見た目通り振り回してもいいし、粒子砲として用いる事だって出来る。長方形の剣身、その先端は銃口になっているからだ。元の使い手であるリプルと《メイガス》のような、変幻自在な粒子砲撃は出来ないけれど。致死の光も特大の刃も、どちらも強力である事に変わりはない。

 同じく右腕には、修復されたイグニセルが装備されている。小盾のような見た目はそのままだが、性能は大きく低下した。展開機能は復元されてはおらず、始めから基部が露出している。粒子砲は撃てず、粒子剣は極小の刃しか形成出来ない。粒子剣ならぬ粒子拳という訳だ。剣身は短いが、懐に入れば充分に機能してくれる。

 左腕のイグニセルは完全に損失した。代わりに増設されたアタッチメントには、無骨なガトリング砲が固定されている。六つの銃身が束ねられ、くるくると回転しながら弾丸を吐き出す。弾倉だろうタンクと、無機質な砲身がコンパクトに括り付けられている。

 武装の数は少ないが、どれも強力だ。後は、どうやってこれらを命中させるかに掛かっている。

「行こう、《プレアリーネ》」

 勝ち目など、相変わらず見えていない。だけど行く。逃げないと決めたのだから、今は前に。

 高度はもういい。四機のプライア・クライスに向け、左腕のガトリング砲を突き出した。束ねられた銃身が、唸り声を上げながら回転を始める。断続的に伝わる衝撃と同時に、ガトリング砲が次々と弾丸を放つ。

「わ、ちょっと……!」

 狙いを付ける、という余裕はなかった。そもそも反動を制御する技術がない。四機の敵影に向けて撃った無数の銃弾は、滅茶苦茶な軌道を描いて地面に降り注いでいく。

 だが、四機の機影は大きく散開してそれを回避した。撃ってる本人がどこに飛んでいくのか分からないのだ。撃たれている側は、それ以上に分からない……かも知れない。

「もういいや、このままで!」

 左腕のガトリング砲を、撃ったままにする。左腕を敵に向け続けながら、右腕のモノリスを粒子砲として構えた。

「狙いは、槍の騎士!」

 槍を構えた軽戦士、《ドゥエイン》を狙う。散開しながらも、無駄のない動きで《プレアリーネ》を追い続けていた。一番先頭で、真正面に位置している。

 左腕を別の機影に向けながら、右手にあるモノリス粒子砲を《ドゥエイン》に向けた。丁寧に狙っている余裕はない。照準と同時に、モノリス粒子砲のトリガーを引いた。

 左腕のガトリング砲が、乱雑な軌道でそこかしこを穿つ。そんな稚拙な連射とは裏腹に、右手のモノリス粒子砲は狙い通りに光の帯を吐き出した。《ドゥエイン》の胴を狙った光速の一射は、それ以上の光速を以て回避された。《ドゥエイン》は真横に跳ね飛び、モノリスの粒子砲撃を躱す。それだけでは止まらず、横っ飛びに動きながらも手にした槍を投擲してきた。

 光の速度で到達する粒子砲と比べれば、その速度は遅い。だが、弾丸と比べれば同等と言える程度の速度は出ているだろう。射撃体勢を取っている《プレアリーネ》では回避出来ない。

「こん、なの!」

 《プレアリーネ》は、モノリスを大剣として振るってその槍を叩き落とす。回避は難しくとも、迎撃は容易だ。

 だが、それは悪手だとすぐに気付いた。《ドゥエイン》以外の三機が、それぞれの位置に到達していたからだ。

 左腕そのものが弓と化した狩人、《ヒースコート》が離れた位置からその矢を放つ。放物線を描きながら迫るそれは、厳密には矢ではない。粒子光を棚引かせながら飛翔する様は矢に酷似しているが、本質は(やじり)の形をした自律兵器だ。フィルの《スレイド》が使うハチェットリーフ程の性能はないが、自在に動き回る(やじり)というだけで充分脅威だ。

 放たれた矢は三つ。それぞれ別の方向から、《プレアリーネ》目掛けて飛翔している。

 足を止めたら射貫かれてしまう。狩人の包囲網から抜け出すべく、《プレアリーネ》で敢えて《ヒースコート》に近付こうと試みる。

 更に、左腕のガトリング砲を《ヒースコート》へ向けていく。弓を構えている《ヒースコート》が回避すれば、多少は猶予が生まれるだろう。吐き出され続ける銃弾は、乱雑な狙いであっても《ヒースコート》の機影を確かになぞる。

 そして、その全てが弾かれて霧散した。両手の盾を構えた騎士、《ヘイゼル》が前に出て来たのだ。《ヒースコート》を守るように、その盾を構えている。

「なら、これで」

 銃弾が通らないのならば、それ以上の火力でこじ開ける。《プレアリーネ》は再びモノリスを粒子砲として構え、防御態勢を取ったままの《ヘイゼル》に粒子砲撃を撃ち込んだ。

 《ヘイゼル》は動かない。動く必要がないのだ。構えられた両の盾は、粒子砲の一撃すらも霧散させた。《ヘイゼル》は僅かに盾を開き、その胴を露出させる。重厚な甲冑の中心に、円状に穿たれた穴が見えた。不可解な穿孔(せんこう)……それが何かはすぐに分かった。

 《ヘイゼル》の胴、その甲冑に穿たれた穴に粒子光が灯る。間髪入れず、《ヘイゼル》は粒子砲を撃ち返してきた。

「盾だけじゃないの? ああもう!」

 瞬時に増速し、《プレアリーネ》はその一撃を避ける。

 そうこうしている内に、《ヒースコート》の放っていた三つの矢が目前に迫っていた。 これに対応しなければならない。《プレアリーネ》の左腕は、《ヘイゼル》に向けたままにする。ガトリング銃を撃ち続け、防御に専念させる為だ。

 右手に持ったモノリスの柄を握り直し、大剣として使う。正面から迫る矢を、右から左へとモノリスを振って弾き飛ばす。その勢いを殺さずに《プレアリーネ》を旋回させ、背後に迫るもう一つの矢すらも斬り捨てる。

 大剣の重みで多少はふらつきながらも、《プレアリーネ》は足を止めずに回避機動を続けた。そして、上方から迫る最後の矢を見据える。そして、下方からこちらへ猛進する機影を見て小さく唸った。

 クロークを翻しながら、両手の短剣を構えた《ジギス》が突っ込んでくる。その速度は《プレアリーネ》と同等であり、恐ろしい程に速い。

 《ジギス》は両手の短剣を投擲した。足の速い《ジギス》から放たれた、それ以上に速い短剣の二撃だ。

 目視すら困難なそれを、モノリスで強引に防ぐ。巨大な剣身を盾代わりにする事でしか、あれを凌ぐ術はなかった。

 そして、その一瞬があれば《ジギス》は肉薄を済ませている。

 更に下方から、槍を構えた《ドゥエイン》が、体勢を立て直して接近を試みていた。

「これじゃ、よくない」

 完全に主導権を握られている。せめて自分がもっとモノリスを使いこなせれば。

 そんな弱音が、みっともない言い訳が。胸の裡から漏れ出してくるようだった。

 真っ白になっていく頭の中が、あの時の光景に染まっていく。

 リプルの操る《メイガス》と、限界を超えて斬り結んだ時の事だ。なぜ勝てたのか、どうしてあそこに辿り着けたのか。今考えて見ても、何一つ分からないままだ。

「……そうだ」

 あの時と比べて、今のこれはどんな状況か。まあ、結局考えて見てもよく分からないけれど。一つだけ、確かだと言える事がある。

「リプルの方がずっと強い」

 数は多いし、連携は厄介だ。時間を掛ければここは爆発するし、肝心のフィルは動く気が全くない。でも、それは全部私にとっては難しい事だ。

 だから、そう。やれる事なんてそう多くはない。

 始めに動いたのは《ジギス》だ。クロークの内側にある短剣を構え直し、こちらを切り刻もうと得物を振るう。

 無駄のない……盗賊というよりも暗殺者じみた剣筋を、《プレアリーネ》は空中でしゃがみ込むようにして躱す。その場からろくに動かず、バーニアと制御翼の効果のみで体勢を変化させたのだ。

 そして、そのまま《ジギス》の矮躯を《プレアリーネ》は右脚で蹴り飛ばす。自身の制御翼をへし折らないように、鋭利な踵の辺りで撫で斬るように蹴り付けた。

 《プレアリーネ》の蹴りをまともに受けた《ジギス》は、錐揉みしながら落下していく。その真横を、槍騎士《ドゥエイン》が通り過ぎた。

 《プレアリーネ》の主翼と制御翼が可動し、迷いを振り払うかの如く速度を上げる。下方からこちらに迫る《ドゥエイン》目掛けて、《プレアリーネ》は一直線に落下していく。

 ガトリング砲を停止させ、両手でモノリスを上段に構える。自分には、リプルやリオのような剣の使い方は出来ない。

 上方からこちらを射貫こうと迫る矢が、追い付けない程の速度を以て《プレアリーネ》は《ドゥエイン》と交差する。その瞬間、相手の動きなどお構いなしに大剣モノリスを振り下ろす。

 《ドゥエイン》の対応は、冷静で堅実だった。槍での攻撃を諦め、防御に徹したのだ。速さと重さだけ一撃を、《ドゥエイン》は技術でいなす。

「これ、で!」

 モノリスを振り下ろしたまま、《プレアリーネ》と《ドゥエイン》は交差した。その勢いを利用し、《プレアリーネ》は空中で体勢を変更、素早く《ドゥエイン》を視界に捉える。《ドゥエイン》もまた、槍を投擲する為にこちらを捉えていた。互いの上下が入れ替わり、《プレアリーネ》が《ドゥエイン》を見上げる形になる。

 《プレアリーネ》は左腕を突き出し、ガトリング砲の銃火を叩き込む。それよりも一拍速く、《ドゥエイン》は槍を投擲していた。

 決して怯まずに、右手で構えたモノリスを盾代わりに構え、しつこくガトリング砲で上方をなぞり続ける。

 投擲された槍はモノリスの剣身で弾き、こちらが放った無数の弾丸は《ドゥエイン》としつこく追い縋る最後の矢を撃ち抜いた。

 銃火に晒された矢は呆気なく霧散する。しかし、《ドゥエイン》はいつの間にか手元に形成していた槍を回転させ、それ以上の被弾を防いでいた。

 だがまあ、それはそれで構わない。

「うん、大丈夫そう」

 そう呟き、トワは一安心と言わんばかりに短く息を吐く。難しい事を考えなくとも、トワ・エクゼスと《プレアリーネ》は負けない。

 それが何かを把握するよりも先に、それが何をもたらすのかだけを考える。

 そして、私の我が儘を相手にぶつけるのだ。

「ここから本番。行くよ、《プレア》!」

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