クラック・アンサー
カソードF内部、リオは《イクス・フルプレート》を操りながら、複数の《カムラッド》と激戦を繰り広げていた。
狙うべくは、この集団を巧みに操っている《オルダール》二機だ。あの二機が顔のない部隊だろう。あれを追い払えば、自ずと連携は途切れる。後はジャミングさえ何とかすれば、直接退避を呼び掛ける事だって可能だ。
《イクス》は地面を跳ね回りながら、白の《カムラッド》が繰り出す攻撃を避ける。
白く塗装された《カムラッド》には、例のシステムが搭載されている。銃弾を無効化する防壁や、攻勢障壁が赤い靄となって周囲を漂っていた。
灰色に染まった《カムラッド》は、通常装備の防衛部隊仕様だ。そして、それに混ざる形で《オルダール》が二機いる。
攻撃を避けながら、大体の数を割り出す。
「白が三十機と少し。灰色が十二機。‘顔なし’が二機」
これはあくまでも、戦闘に参加しているifの数だ。何機かの白い《カムラッド》は、戸惑ったような挙動をしたまま動こうとしない。今、何をすべきかが分からないのだろう。
だから、想定より敵は少ない。しかし、周囲に散らばる残骸を見れば、遅かった事はよく分かっている。その殆どが白の装甲だった。《スレイド》へ果敢に挑み、そして斬り捨てられた少年少女達の最期だ。
そう、切り捨てられた命だ。《スレイド》を倒す為に、犠牲となった人の残滓がここには転がっている。
遅過ぎた。ここでミスター・ガロットの作戦を妨害して、《スレイド》を倒せなければ。この子達は何の為に死んだのか。それは、無駄死にではないのだろうか。
そう、頭の中にいる冷静な自分が質問を投げ掛ける。
その声に、自分なりの言葉を突き返す。そして、トワが導き出した答えも隣に添える。
あの少女は、こう言っていた。
「沢山殺したから、これから先も殺さなきゃいけないなんて。理由にはならない。助けられるのなら、助けてやるだけだ」
決意を固め、前を見据える。
《イクス・フルプレート》には、そう多くの武装は搭載されていない。両肩にはSB‐8ロングスピアを、右脚にはTIAR突撃銃を、左脚にはヴォストーク散弾銃が括り付けられている。両腕には増設された小手……粒子壁以外にも、SB‐2ダガーナイフが二振りずつ固定してあった。
今は、左手で左肩にあったSB‐8ロングスピアを抜いていた。右手はフルプレートを使う為に、一応空けてある。
「包囲を突破し、二機の《オルダール》を斬る」
彼等が連鎖核のスイッチを握っている。だが、逆に言えば逃げ出すまで爆発しないという事だ。そこを突くしかない。
適宜加えられる銃撃を、全てフルプレートで焼き払っていく。その度に放射板が揺らめき。胴と両脚にある制御装置が過剰に赤熱を始める。長い時間は使えないだろうが、そもそも時間を掛ける余裕はない。
最短で‘顔なし’の《オルダール》二機に接近する。周囲を囲み、攻撃を加えようとする白の《カムラッド》は、どうあっても無視は出来ない。まずは、これを何とかしないと。
《イクス》の脚に力を込め、正面から接近を試みる白の《カムラッド》へ急接近を仕掛ける。接近と同時に左手の槍を突き出し、命中と同時に振り上げた。
肩を突き刺し、《イクス》の膂力で白の《カムラッド》を持ち上げたのだ。
障壁だろうが何だろうが、発生する前に刃を届かせればいい。踏み込みと突きは同時であり、そのどちらも神速と表現するに相応しかった。故に障壁を展開する猶予はなく、こうして突きを通せた。自分と《イクス》ならそれが出来る。
「受け止めて貰う」
そのまま槍を背後に振り下ろす。背中を取ろうとしていた白の《カムラッド》に向け、貫いた《カムラッド》を投げ付ける。槍を手放さないように気を付けながら、前方で惚けている白の《カムラッド》へ同じように近付く。
今度は、赤い靄がはっきりと見て取れる。貫かれる前に、防御態勢に入っているのだ。
左手の槍を、その頭部に向けて横合いから振るう。障壁に阻まれ、槍の穂先はそれ以上侵入する事はない。
「なら」
槍を引き、《イクス・フルプレート》は障壁のぎりぎりまで詰め寄る。そして、流れるような動作で姿勢を下げ、足払いならぬ脚払いを掛けた。《イクス》の右脚が、がら空きの脚を確実に捉える。
ぐるりと回転し、白い《カムラッド》は音を立てて地面に叩き付けられる。その上をひょいと跨ぎ、《イクス・フルプレート》は更に前進を続けた。
眼前に、二機の白い《カムラッド》が立ちはだかる。赤い靄が立ちこめ、これまで以上の防御を予感させる。恐らく、前方方向の攻撃は全て弾くだろう。
「別にいいけど」
地面をめくり上げる勢いで、《イクス・フルプレート》を猛進させる。右肩にあるSB‐8ロングスピアを右手で引き抜き、両手に長槍を構えた状態で駆け抜けていく。そして、接近と同時に大きく振りかぶった。
完全な防御態勢を見せる白の《カムラッド》……その二機に向かって、二振りの槍を全力で振り下ろす。
呆気なく弾かれるように思えた槍は、それこそハンマーさながらに障壁を打ち据えた。二機の白い《カムラッド》は、障壁に守られていながらも体勢を崩す。上方から、凄まじい衝撃が掛かったのだ。地面に亀裂が走り、白い《カムラッド》の脚部は耐えられずに拉げるしかない。
「これで」
障壁の形に沿って槍の勢いを殺しながら、《イクス》の右脚、その膝を曲げる。そして、曲げた膝を伸ばすようにして強烈な蹴りを赤い靄に叩き込んだ。
「終わり」
白の《カムラッド》が形成した障壁は、確かに強固だったのだろう。それは決して砕ける事はなかったが、同時に無力でもあった。
障壁を展開したまま、二機の白い《カムラッド》は地面を転がっていく。障壁があろうとも、それごと吹き飛ばす。これは、そういう類の蹴りだ。
「まだやる気なら、前に出てくればいい。こんな所で怪我をしても、つまらないだけだよ」
両肩にSB‐8ロングスピアを戻し、白の《カムラッド》達を睥睨する。
援護のつもりだろう。灰色の《カムラッド》から、突撃銃による掃射が降り注いだ。その場から一歩も動かずに、その全てをフルプレートで防ぐ。殺到する弾丸の群れは、粒子壁に阻まれて全て焼け落ちる。再度その光景を見せ付けられ、撃ち続けられる操縦兵はここにはいない。
何をしても怯みはしないと、そう明確に伝える為に。敢えて抵抗しなかった。
戸惑う白と灰色を横目に、目標である機影を目で捉えた。地面を蹴り、バーニアを駆使して空中に飛び上がる。空いている右手で、右脚にあるTIAR突撃銃を抜き取った。
そして、背後に隠れていた二機の《オルダール》に向けて鉄鋼弾を叩き込む。二機は散開しながらそれを避け、それぞれの得物を構えた。
その二機の中央に《イクス・フルプレート》は着地し、TIAR突撃銃を右脚に戻す。
「起爆装置を押される前に、無力化出来れば」
退避が間に合わなくとも、全員助けられるかも知れない。
『残念だがもう手遅れだ。目標の到達と同時に、カウントダウンは始まっている』
『そーいう事だよ。あんたが出しゃばる場面じゃねえっつうの』
ナイフと小盾を構えた《オルダール》と、短機関銃を両手に装備した《オルダール》が、じりじりと間合いを広げていく。
いつの間にか、通信機器へのジャミングは弱まっていた。リュウキとエリルが対処したのだろう。故にこちらの声が届くし、向こうからも響く。
「爆発までの猶予は?」
カウントダウンが始まっているのなら、一秒でも早くここから逃げ出したい筈だ。
『言う筈がない』
にべもなく突き返されるも、違和感を覚えてその様子を窺う。ジャミングが解除された以上、《アマデウス》からの強制通信が入っている筈だ。現に、何機かの《カムラッド》は逃げ出している。
その時点で、相手の作戦は失敗している筈だ。なのに、なぜこうして武器を向けているのか。
「起爆を止めて下さい。もう作戦は失敗でしょう?」
この二機は、まだ戦うつもりでいるのか。いっそ穏やかにすら感じる殺意が、両者の間で流れている。
『タイマーは止まらない。そして、まだ失敗した訳ではない!』
ナイフを構えた《オルダール》が、一息に詰め寄ってくる。それと同時に、短機関銃を二丁構えた《オルダール》が空中に飛び上がる。
『なけなしのデリバリーだ、きっちり足を止めてやるぜ!』
更に、残骸に埋もれていた半壊状態の《カムラッド》が、こちらへ突っ込んできた。胴を裂かれ、操縦席が丸見えになっている。しかし、そこにいる筈の操縦兵はいなかった。
「無人機……? いや、でもなんで」
このまま戦えば逃げきれない。それは、相手が一番よく分かっている筈だ。なのに、なぜまだ向かってくるのか。
《オルダール》の繰り出すナイフの連撃を、後退しながら避けていく。空中に居座った《オルダール》が、その隙を突こうと短機関銃を撃つ。
素人集団とは訳が違う。《イクス》は左手の粒子壁を展開し、その銃弾をかき消した。そして粒子壁を展開したまま、掴み掛かろうとする無人の《カムラッド》に掌底を叩き込む。
「どうして戦うんだ! 逃げないと!」
粒子壁を直に受け、焦げ付きながら擱座する《カムラッド》を押しやりながら、右腕にあるSB‐2ダガーナイフを宙に投げる。それを右手で掴み取り、《オルダール》の振るうナイフを間一髪で受け止めた。
『……周りに何が見える? 何を見た!』
ナイフを振るいながら、《オルダール》の操縦兵はそんな質問をした。
「残骸だ。子ども達の」
白い《カムラッド》が、少年少女達が。戦い果てた後の姿だ。質問に答えながら、右手のみでナイフを捌いていく。
『ここで引けば、その死に何の意味がある? あれを撃破出来なければ、何の意味も!』
トワと《プレア》、フィルと《スレイド》は未だに戦っている。自分が駆け付けなければ、まだ作戦は失敗とは言えない。そういう事だろうか。
『雄牛の腹の中に、これだけ命を注ぎ込んだのに。全部無駄でしたなんて、言える訳ねえだろ!』
射線を小刻みに変更しながら、空中を駆ける《オルダール》は掃射を続ける。狙いが鋭い。左手のフルプレートを、使い続けなければ凌げない。
『無駄にはさせん』
『それが、俺達の戦いだ!』
その為なら、自分の死も許容出来ると。そう言っているのだろうか。或いは、そうでもしなければ釣り合いが取れないと。
その論理は、分かる気がした。死を振りまいて、大勢の人間を殺し尽くした。だから、それだけは譲れないと。これだけは引けないと抵抗する様は、むしろ人間らしいとすら思う。
自分とは違う。彼等の答えだって悩み、それでも諦めなかった末の選択だ。
大勢の死を無駄にしない為に、ここで戦い続ける。誰かの為ではなく、自分が自分を許せないからこそ戦う。
そういう戦いも、きっと正しいのだろう。
「……意味なんかない」
でも、そう。自分はそれを知っている。
このまま《スレイド》を逃せば、ここで死んだ者にどんな意味がある?
子ども達は無駄死にではないのか?
それに対しての答えは、もう知っている。
「無駄死にも何もない。何もないんだ」
《オルダール》のナイフを弾き、逆手に持ち直したSB‐2ダガーナイフを突き立てる。《オルダール》は素早く小盾を構え、その一撃を防いだ。
そして、答えを叩き付ける為に。思い切り息を吸って。
「死に……意味を求めるな!」
怒鳴り付けながら、守りに入った《オルダール》めがけて《イクス》の右脚を振り上げた。
蹴り上げられた《オルダール》が、受け身も取らずに宙を舞う。
《イクス》を反転させ、右手に持っていたSB‐2ダガーナイフを投擲する。空中にいる《オルダール》の、左手の武器を狙った一撃だ。
更に、左脚にあるヴォストーク散弾銃を左手で引き抜く。《オルダール》の右手にある武器を狙い、散弾を一撃放つ。
蹴り上げた《オルダール》が地面に叩き付けられるのと、両腕の武器を失った《オルダール》が地面に落ちるのは同時だった。
「……まだ動けますね。早く逃げて下さい」
ヴォストーク散弾銃を左脚に戻しながら、トワの位置を探る。他の《カムラッド》は、殆ど逃げてくれているようだ。通信機器越しに、リーファが怒鳴っているのが聞こえている。その声が手繰り寄せた結果だろう。
『若造が、知ったようなことを』
そう吐き捨てるように言ったのは、ナイフと小盾を構えた《オルダール》からだろう。地に伏せ、動こうともしない。
死に意味なんてない。沢山殺したから、これから先も殺さなきゃいけないなんて。理由にはならない。だから、死に意味を求めるのは間違ってる。
「知ってますからね」
そう言い返しながら、《イクス・フルプレート》で空中に飛び上がる。後は、トワと合流するだけだ。
『何でもいいっすよ、もう。あと六十秒もねえですけど』
両腕の武器を砕かれた《オルダール》が、地に伏したままの《オルダール》を担ぎながらそう言った。
「六十秒……」
時間を、教えてくれたのだろうか。
『じゃ、お言葉に甘えて逃げるんで。死に意味はないんでしょう? 勝者の論理に従いますよっと』
それだけを告げ、仲間を担いだ《オルダール》は飛び去っていく。
「……急がないと」
ここにいる機体は、自分を含めてあと三機だ。
宣言通り助ける為、《イクス》で戦闘の残滓を追い掛けた。




