炉心の中
あらすじ
オペレーション・ナッツクラックは開始された。軍事セクション、カソードFにて互いの思惑が交錯する。
外周の戦いは制した。
だが、それと同時に内部でも戦いは始まっていた。
全員が勝たなければ、オペレーション・ナッツクラックは成功しない。
少年と少女もまた、蹴り上げる為に足に力を込めていた。
カソードF内部へと続く輸送路を、《イクス》と《プレア》は突き進んでいく。外の制圧は、リュウキとエリルに任せてある。自分達は内部の担当だ。
《スレイド》の侵入を許した以上、時間的な猶予はあまりない。戦いの手順を確認しながらも、リオは《イクス》の操縦席でトワとの会話を思い出していた。
作戦開始前にした、リリーサーについての話だ。リプルとの戦いを越えてから、時折トワは知らない物を見るらしい。これは、その中で得た知識と言っていた。
リリーサーには、それぞれ固有の能力があるらしい。権能と呼称されており、一つとして同じ物はないそうだ。
例えば、リプルの権能はあのステルス能力だ。不可視の権能を以て、その姿を消していた。
それらは、フィアリメイジと呼ばれる機構とは関係がないらしい。損傷を修復、再構成するあの能力は、全てのリリーサーが使える基本行動だ。
そして、トワはそこでファルとフィルの話をした。リプルに不可視の権能があったように、この二人にも権能があるのでは、と。
そして、トワはその答えをある程度分かっているようだった。仮説に過ぎない、けれど納得出来るその答えは、恐らく正しいのだろう。
ファルの権能は、そしてフィルは。
『見えた、出口だよ!』
通信機器越しに届いたトワの声が、その思考を中断する。一歩前を先行していたトワと《プレア》が、終点を見出したのだ。
「……当たりみたいだね」
輸送路から飛び出し、緩やかに変化していく重力係数に挙動を合わせる。人工の空が目の前に広がり、眼下には今尚戦い続ける複数の機影が見えた。
重力係数は、体感でワン・ポイント程だ。要するに、地球上の重力係数に等しい。気を抜けば真っ逆さまだが、自分もトワもその心配はない。こちらはそもそも慣れているし、トワの空間制動能力は高い。
『沢山いる。私、分かるよ。あれは』
《スレイド》にまとわりつきながら、放たれる攻撃を赤い靄で弾き返す。トワのような感覚で捉える事は出来なくとも、あそこで何が起きているのかは分かった。
「例のシステムを積んだifだ。さすがに防御は厚いけど」
翻る自律兵器、ハチェットリーフが死角からifの胴に突き刺さる。正面からは凌げても、フィルや《スレイド》相手には時間稼ぎにしかならない。そして、ミスター・ガロットはその為だけにあれを起用した。時間稼ぎしか出来ないが、時間さえ稼げればいいのだ。
自分と同じような、或いは。それよりも幼い子どもがあれに乗っている。
『止め、ないと。こんなの違う』
トワの焦燥が、通信機器越しに伝わってくるようだった。今にも飛び出しそうなトワに、今思い付いた作戦を告げる。
「ちょっと手順は違うけど。一つ考えた」
眼下の戦力を、ざっと確認していく。まずはフィルと《スレイド》、苛立ちを感じさせる挙動だが、振るわれる剣にも翻るハチェットリーフにも淀みはない。
《スレイド》の周囲には、果敢に赤騎士へ挑み続ける白い《カムラッド》が複数機見えた。随所に赤い靄が滲んでおり、例のシステムを搭載していると分かる。
そこから一歩離れた位置で、灰色の《カムラッド》が援護射撃を加えている。あれは通常操縦の防衛部隊だろう。
そして、その中に動きの違う《カムラッド》がいる。いや、《カムラッド》に偽装した《オルダール》が二機だ。あれが顔のない部隊……この作戦の要であり、破滅のスイッチに手を掛けている連中だ。
「トワはフィルと《スレイド》をお願い。人の言う事を聞くような子じゃないけど、そこはトワの話術で何とかして」
それでも、自分が行くよりは会話になる筈だ。フィルとはあまり関わっていないが、多分嫌われている。何せ、胴に槍の穂先を叩き込んだのだ。良い印象は与えていないだろう。
『それはいいけど、リオは?』
何となくその先を察したのだろう。トワの心配そうな声に、思わずくすりと笑みをこぼしてしまう。
「僕? 《スレイド》以外の全部」
恐らく、それが一番理想的だ。当初の手順では、自分とトワが協力して無力化を進めてから、個別の説得に入るのだが。今こうしてここに来て、はっきりと確信出来た。
「負ける未来が見えてこない。むしろ、トワの方が心配なんだけど」
これだけの数を前にしても、自分と《イクス》なら勝てると確信出来る。漠然とした感覚の中でも、それだけは揺るがないと胸を張って言える。
『自信満々なリオ、珍しい……。じゃあ、それでいいけど』
珍しい呼ばわりされると、少し傷付くのだが。
『あんまり格好良くしなくていいんだからね? リオはかわいくてもリオなんだよ?』
そうこうしている内に追い打ちが来た。それはそれで凄く傷付く。
「はいはい。それで、トワはそれで大丈夫なの?」
『大丈夫! だってリオが助けてくれるもの!』
何の気兼ねもなく、助けて貰えると言ってくれる。これ以上の鼓舞はない。
「じゃあ行くよ。ここからが僕達の‘くるみ割り’だ」
『近付いて、蹴っ飛ばして、間違ってるって教える!』
トワらしい簡潔な、それでいて要点を全て捉えた決意表明が響く。
言うが早いか、トワは今度こそ飛び出していく。アストラルの翼を得た《プレアリーネ》が、制御翼を小刻みに調整しながら一直線に落下していく。
そして、《プレアリーネ》は右手に持っていた大剣……モノリスを地上にいた《スレイド》に向かって振り下ろした。
精密さの欠片もない一撃を、フィルの《スレイド》は両腕から展開された直剣で受け止める。
そして、《プレアリーネ》はそのままモノリスを振るって《スレイド》をかち上げた。地上から空中へと戦場は切り替わり、瞬く間に高度を上げていく。
そして、それを白と灰の《カムラッド》が迎撃しようと動き出す。
無数の銃口が機影を捉える前に、こちらは壁となる為に回り込む。高度を調整しながら空中で反転、眼下に並ぶ銃口を見据える。
《イクス・フルプレート》で射線を遮り、徒手空拳のまま右腕を突き出した。
銃口が弾丸を吐き出すと同時に、《イクス》の小手に仕込まれたその機構を展開する。
僅かに小手がスライドし、露出した放射板が一瞬にして赤熱した。空間に熱を帯びた粒子が伝播し、蜃気楼が揺らめく。
現行の粒子兵器を凌駕するその熱波は、放たれた無数の銃弾を全て焼き払った。
その光景に、白も灰の《カムラッド》でさえも銃撃を止めた。それだけ、常軌を逸した光景だったのだろう。自分がそちら側にいれば、同じように手を止めていたと思う。
粒子剣が粒子で剣を形作っているように、これは粒子で壁を作り上げる。ifの装甲ですら焼き斬る、高熱の刃が壁となっているのだ。銃弾程度では跡形も残らない。
「……一発だろうが一機だろうが、ここは通さない」
粒子壁の具合は悪くない。トワがフィルを蹴り上げるぐらいの時間は、問題なく稼げるだろう。
「こっちはこっちで、蹴り上げないとだけど」
ここにいる全員を、生きて追い返すのが目標だ。困難だが、それでもやれるという自負があった。
「《イクス》、やるよ」
肩にマウントされたSB‐8ロングスピアを左手で抜き、眼下のif達に穂先を突き付ける。通信機器はジャミングを受けているのか、緊急回線ですら明瞭に繋がってくれない。
だが、今はそれでもいい。全部の声が届かなくても、意味を拾い上げる事ぐらいはしてくれるだろう。人は考え、答えを見出していく生き物だ。トワだって、ずっとそうやってきた。
「ここはもうすぐ、連鎖核によって消滅する。この鉄の棺桶と心中する意味があるのなら、かかってくればいい」
こちらを仕留めるべく、散開を始めたif達の動きを感覚で追っていく。やはり、顔のない部隊が中心となってここの防衛部隊を動かしている。
「なら、まずはそれを狙う」
再び放たれた銃火をすり抜けながら、或いは焼き払いながら。《イクス・フルプレート》はifの形成する殺傷領域に自ら侵入していく。
その間違いを蹴り上げる為に。




