ハンドオブ・エース
「何だあれ……俺達と同じ《カムラッド》なのか……?」
両腕を貫かれ、何も出来なくなった《カムラッド》の操縦席で、その兵士は四機の戦闘機動を呆然と見ていた。
乱入してきた二機と、元からいた二機の戦いだ。だが、その動きは常軌を逸していた。
あまりに精緻過ぎる、あまりに鋭利過ぎる。互いに攻撃の瞬間は数える程しかない。闇雲に撃つ必要などないと知っているのだ。
こちらの味方であろう二機は、素早く攻守を入れ替えながら的を絞らせないように回避と攻撃を行っている。
乱入してきた二機は、はっきりと攻守が決まっているようだった。狙撃機と前衛機が、一つと同じ物がないフォーメーションを瞬時に切り替えながら攻勢を続けている。
一手の違いが、明確な死を孕んでいる。だが、それ故に精緻で鋭利で美しい……呆然と、そんな考えすら浮かんでくる程の戦闘機動だ。
四機の織りなす死の舞踊に、手を出そうと考える兵士は……ここにはもういなかった。
※
リュウキの《カムラッド》は、前衛に出る事が不利と分かっていながらも前に進んだ。
エリルの《カムラッド》は、それを援護しながらも相手の背面を取るべく回り込み続ける。
死角に潜り込む。そんなエリル機の動きを、一発の銃弾が阻んだ。‘顔なし’連中の《カムラッド》、その一機が撃ったのだ。一発でも、最短距離を遮られれば充分な妨害となる。
その一発の銃弾に対して、リュウキ機は右手に構えたCP‐23狙撃銃で一発を返す。狙いは突撃銃を撃った‘顔なし’の《カムラッド》だ。
最短で放った銃弾は、示し合わせたように回避される。回避と同時に入れ替わったもう一機の敵《カムラッド》が、今度はリュウキの《カムラッド》に向けて突撃銃を一発撃つ。
それを回避しながら、リュウキの《カムラッド》は‘顔なし’の《カムラッド》二機の下方に潜り込もうとする。
その間に、エリルの《カムラッド》は上方を取る。鏡合わせのように銃口を向け、互いの得物をそれぞれ一発だけ撃つ。
僅かに散開し、‘顔なし’の《カムラッド》二機はそれらを回避する。再び位置を入れ替え、向こうも一発の銃弾を返してきた。
「手札をクラブ3!」
相手の位置、エリルの位置を把握しながら、リュウキはそう指示する。こちらも手札を切り替えながら、敵の応射を躱す。
『さすがに手強いですね。ハイカードで仕留められないなんて』
ハイカード……10からKを含むフォーメーションだ。瞬時に切り替え、絶え間なく攻撃を加えてきたが。その全てに対応されてしまった。結果的にローカード、予備戦術に切り替えざるを得ない。
「厄介極まりない。撃破は無理だな」
撃破するつもりはないとしても、撃破するつもりで動いていた。加減をして勝てる相手とは思っていないからだ。何とかして一発、腰の装備に当てさえすれば。だが、その一発すらも当てられていないのが現状だ。
「ジョーカーを切るか……?」
一発だけに絞れば、当てられるかも知れない。損傷さえ許容出来れば、この弾丸が届くかも知れない。
『猶予はありません。やりますよ』
思い切りのいいエリルの返事は、いつだって背中を押してくれる。無傷で勝てる相手ではない、猶予もない。それでも、その一声がなければ決断は難しい。
「オッケー。手札をクイーン!」
リュウキの《カムラッド》とエリルの《カムラッド》が、横並びになりながら‘顔なし’の《カムラッド》二機へと直進する。
リュウキの《カムラッド》は、右手にCP‐23狙撃銃、左手にフラッシュゲイル短機関銃を装備したままだ。右肩にあるタービュランス短機関銃も、左肩にあるES‐1ナイフも未だに使っていない。
エリルの《カムラッド》も、装備の変更はしていない。右手に突撃銃を、左手に大型拳銃を構えている。
‘顔なし’の《カムラッド》二機は、付かず離れずの距離を維持したまま銃口をこちらに向けていた。だが撃とうとはしない。回避される以上、無駄弾だと割り切っているのだ。
「手札をキング!」
フォーメーションを変更する。横並びになって直進していたリュウキの《カムラッド》とエリルの《カムラッド》が、徐々に左右に分かれる。
「行くぞ。手札をジョーカー!」
弾かれたように、リュウキ機とエリル機が散開する。今までの戦闘機動にはない、大きく距離を取りながらの散開だ。
‘顔なし’の《カムラッド》は、動じずにそれぞれの相手を見据える。付かず離れずの距離を維持したまま、こちらの動向を窺っているようだ。
「おしまいだ、この野郎!」
リュウキの《カムラッド》とエリルの《カムラッド》は、加速を繰り返しながら‘顔なし’の《カムラッド》へと再接近を仕掛ける。
どちらの二機も銃を撃たない。それが隙になると互いに気付いている。
故に、直進し続けたリュウキとエリルの《カムラッド》は、難なく至近へと飛び込めた。‘顔なし’の《カムラッド》は、それを迎撃しようと狙いを定めている。
「エースを切れ、エリル!」
手札をエースを仕掛ける。リュウキは武装解除用のショートカットスイッチを叩き、右手に握らせていたCP‐23狙撃銃を破棄した。空いた右手で左肩にあるES‐1ナイフを引き抜き、目の前にいる‘顔なし’の《カムラッド》を斬り付ける。
僅かに後退し、‘顔なし’の《カムラッド》はその一撃を避けた。エリルの《カムラッド》も、同じようにナイフを振っている。互いの斬撃は、呆気なく避けられて終わった。だが、それでいい。
更に加速し、リュウキの《カムラッド》とエリルの《カムラッド》が交差する。その瞬間、互いにナイフを破棄していた。
そして、通り過ぎた先に浮かんでいる突撃銃を、リュウキの《カムラッド》は右手で掴んだ。
確認するまでもない。今頃はエリルの《カムラッド》が、こちらの破棄した狙撃銃を掴んでいるだろう。
「ショウダウンだ!」
振り返り、右手の突撃銃と左手のフラッシュゲイル短機関銃のトリガーを引き続けた。一つの銃身と二つの銃身……合わせて三つの銃身が鬱憤を晴らすべく吼える。圧倒的な銃火を前に、‘顔なし’の《カムラッド》は初めて陣形を崩した。
『二回目のショウダウン。あんまり格好付かないですね』
手痛い指摘をしながら、エリルの《カムラッド》が狙撃銃のトリガーを引く。
その弾丸は‘顔なし’の《カムラッド》、その腰に装備されたジャミング装置を正確に撃ち抜いた。
その時点で意図に気付いた‘顔なし’の《カムラッド》が、狙撃銃の一撃を警戒しながらこちらに銃火を叩き込む。
リュウキの《カムラッド》は回避を捨て、両手の武器を使ってようやく隙を作り出したのだ。反撃に対応出来ない事は、手札を切る前から分かっていた。
避け切れない銃撃に正面装甲を砕かれ、正確無比な弾道は両腕さえ撃ち抜く。
一機は戦力外となる。これが、ジョーカーを切った代償という訳だ。だが。
回避を続けながら、再びエリルの《カムラッド》と交差する。通り過ぎた瞬間、エリルの《カムラッド》は既に狙撃銃を手放していた。
狙撃銃を持っていた筈の右手は、タービュランス短機関銃を握っている。交差の瞬間に、こちらの《カムラッド》の右肩から拝借したのだ。
『エースを切りました』
残るジャミング装置は一つ。エリルの《カムラッド》は素早く相手の懐に潜り込み、半ば強引にタービュランス短機関銃の小口径弾を叩き込んだ。
‘顔なし’の《カムラッド》が、エリル機を弾き飛ばすまでの数秒間、計三十発程の弾丸が腰の装備を粉砕していた。
二機と二機は互いに距離を取り、やはり示し合わせたように戦闘機動を止める。損傷だけを見れば、‘顔なし’連中の勝利だが。目的を達成したのはこちらだ。
「ま、もう暴れられそうにないが」
『そちらよりマシですが、装備の殆どを損失しました。継戦は無理でしょう』
エリルの《カムラッド》は、油断なくタービュランス短機関銃を相手に向けていた。
リュウキは手慣れた様子でダメージコントロールを行うが、もう戦えない事は分かっていた。
両腕の使えないifに、出来る事などない。
「見逃して貰えるのかね、顔も知らない誰かさん? いや、顔のない誰かさんか」
ジャミングの停止した今、緊急回線を使えば声を届ける事が出来る。時間稼ぎの意味も含めて、リュウキは目の前の二機にそう問い掛けてみた。
『……お喋りな操縦兵だな。必死になってこれを撃とうとする訳だ』
若く、神経質そうな青年の声が返答を寄越す。その言葉に、確かにとリュウキは胸中で頷く。
「見ての通り、もう戦えそうにないんでね。お喋りぐらいしかする事がないのさ。ところで、お前等はいつ逃げるんだ? もうあまり時間もないだろ?」
問い掛けるも、返事は返ってこない。重要な情報は、そう簡単に漏らさないという訳だ。
だが、期待していた物は来た。強引にサブウインドウが形成され、強制的に通信回線が繋がっていく。
表示されたのは、カソードFを中心とした宙域図だ。そこから赤い球体が広がり、どの程度まで破壊が及ぶのか一目で分かるようになった。
『カソードFに点在する部隊に通告します。こちらの宙域図が見えていますか。見えていますね。カソードFを中心に、連鎖核による無差別破壊が実行されます。動ける機体は、動けない機体を引っ張ってでも逃げて下さい』
間髪入れず、リーファの声が通信回線から流れ始める。《アマデウス》のクラッキングで、強引に回線を取ったのだ。
『猶予はありません。今すぐ、急いで、逃げて下さい! こんな所で死んで、ハッピーエンドで終われると思ってるんですか!』
リーファの感情的な声が、操縦席に響き渡る。それは、何もここだけではない。そこかしこで、響き届いている筈だ
「言うねえ」
これでいい。下手に理詰めで話されるよりも、よっぽど伝わってくれる。
周囲を漂う《カムラッド》達が、徐々に後退していく。一人が逃げ始めれば、後は促されるままに動いてくれる。
『相手も撤退しました。私達の勝ちです』
気付けば、‘顔なし’連中の《カムラッド》は忽然と姿を消していた。
それを見届け、エリルの《カムラッド》はタービュランス短機関銃を下ろす。
「まあ、もう一仕事ありそうだがな」
『ええ。全機の撤退を支援します。その状態では、むしろ支援される側に見えますけど』
エリルの返答に、違いないと笑い声を返す。こちらの《カムラッド》は銃弾を受け過ぎた。
「そこは腕でカバーするさ。どうにも出来なくなったらエリルの嬢ちゃんに引っ張って貰うしな」
リュウキは軽口を返しながら、損壊した両腕を切り離す為にスイッチを叩く。リュウキの《カムラッド》、その両腕が爆裂ボルトにより弾き飛ばされる。強制的に脱落させたのだ。
『そうですね。行きますよ』
エリルの冷静な返答にまたもや笑い声を返しながら、やれる事はやったと胸を張る。
「リオ、そっちは頼むぜ」
そして、未だに激戦を繰り広げているだろう戦友の名を声に出す。
カソードFは誰を吐き出すでもなく、ただ沈黙を続けていた。




