くるみ割り人形
「災害の通り道、かな」
《アマデウス》ブリッジにて、イリアは目に映る光景をそう表現した。
軍事セクション、カソードFへの進路は一目で分かる。残骸で出来た誘導灯が、そこかしこで稲光を上げているからだ。
現在、ブリッジには最低限の人員が配置されていた。操舵士であるリュウキが、出撃メンバーに入っている為だ。艦長席には自分が、副艦長席にはクストが。通信管制席にはリーファが座っている。操舵席には代理でギニーが座っており、武装管制用のデバイスを片手に操艦をしていた。一人二役となるが、ギニーなら大丈夫だろう。
「イリア。状況は悪いわ。《スレイド》は軍事セクション、カソードFに肉薄している。中に入られたら、猶予は殆どない」
サブウインドウを見据えながら、クストがそう報告する。
ミスター・ガロットの作戦は、大胆だが無駄がない。最強の一角である《スレイド》をセクションの中に誘い込み、逃げ道を塞いだ上でそれを起爆する。
如何に《スレイド》が強力で、損傷を修復するとしても。一瞬で逃げられる距離はたかが知れている。そこはあくまで、ifと同サイズか少し小さいプライア・スティエートにはどうしようもない点なのだ。ならば、その一瞬の内に逃げられない程度の破壊を起こせばいい。これは、その程度の考えに過ぎない。
とても単純で、合理的だ。正攻法で勝てないのならば、敵の流儀に付き合う必要などない。
だが、それを成功させる為には多大な犠牲が必要だ。それがこの残骸達でもあり、これから残骸へと変えられる者達の運命でもあった。
連鎖核爆弾で、一帯ごと《スレイド》を吹き飛ばす。核分裂によって致命的なエネルギーを生じさせ、それを以て世界を破壊する核爆弾を、更に核爆発のエネルギーを用いて再分割する兵器、それが連鎖核だ。
宇宙だからこそ使える、大量破壊兵器ならぬ空間破壊兵器だ。その殺傷範囲は、巨大な軍事セクションであるカソードFを消すだけでは留まらない。ここ一帯は、跡形もなく綺麗になるだろう。この無数の残骸達も、一息に消えていく。
「カソードFに入られちゃったら、確かに厄介だね。起爆は時限式だろうから、それまでに何とかしないと」
出来れば、中に入れないという選択肢が最善だ。そうなれば、作戦失敗を悟って連鎖核を使わなくなるかも知れない。
「時限式だという根拠は? 中に入ったらその場で起爆の方が確実でしょう」
クストの懸念はもっともだ。だが、それに関しては自信があった。
「ミスター・ガロットは、人望で人を動かしている訳じゃないからね。何も知らない兵士とは別に、確実に場をコントロールする為に自分の兵を送り込んでいる筈なんだ。でも、それは人望からじゃない。そういう兵士は、殉死なんてしないでしょ?」
カソードFの中に誘導し、足止めをする為に一般兵を……恐らく少年少女と未知のシステムを乗せたifをぶつけるだろう。その混戦の中で時限装置を起動し、自分達は逃げる。
「なるほど。ミスター・ガロットの息が掛かった兵が、逃げ出す程度の時間はあるという事ね」
理解したのか、クストがそんな言葉を返す。予想でしかないが、恐らくは正しい。それがミスター・ガロットの弱点であり、付け入るべき隙なのだ。
人を物のように消費する。目的の為に、ただの駒として使う。それも、中途半端ではない。一貫して、人を物と見なして。ただ一つの目的の為に使っている。だから、合理的でなければならない。精神論をかなぐり捨て、ビジネスライクで心を精算しなければならない。
死と引き替えにあれを討てなんて、命じる事が出来ないのだ。命じても何の効果もない。冷たいやり取りだけで繋がった関係性は、合理的であるからこそ強い。
だからこそ、その兵士が逃げる時間も作戦に考慮しなければならない。付け入るべきはそこなのだ。その僅かな隙間に靴を差し込んで、ドアをこじ開ける。
「このまま《アマデウス》は前進。最高速度のままカソードFとすれ違うよ。その瞬間に」
最終確認の為、イリアが概要を話す。
「靴を差し込む」
口元に僅かな笑みを浮かべ、クストがその続きを言う。
交差と同時に部隊を展開、《アマデウス》は一旦その場を離れる。
「後は反転して、カソードFを周回しながら援護する、ですよね?」
ギニーの問い掛けを装った肯定に、イリアも最大限の肯定を含んだ笑みを返す。
「そして蹴り上げます。目を覚ませって、強引にでも」
決意を滲ませながら、リーファがそう付け足す。
その通りだ。もう何人も死んでいる。間に合ってはいないし、遅過ぎた到着なのは自分達が一番よく分かっている。けれど、一人でも多く蹴り上げてみせる。
ここで死にたいのかと、それが答えなのかと、強引にでも考えさせてやるのだ。
「‘くるみ割り人形’のように、ね」
そうイリアは答えながら、こんな事になるとは思わなかったと口元を緩める。トワに簡単な護身術を教える際に、股間を蹴り上げて‘くるみ’を割れば大体片が付くと教えただけなのだ。くるみ割り人形のように、そのくるみを割ってやりなさいなと。これは、ただそれだけの冗句で終わる筈だったのだ。
そう言えば、とくるみ割り人形の演目を思い出す。チャイコフスキー三大バレエの一つであり、有名な作品でもある。
確か、生まれたばかりの王子が、呪いによってくるみ割り人形に変えられてしまうのだ。
そして、少女との邂逅と奇跡によって、王子はその姿を取り戻す。その結末が、夢か現実かは分からないけれど。
なるほど、随分と言い得て妙だとイリアは頷く。
人形のように、合理的に戦う事でしか生きられなかった者達が、この先には待っているのだ。
彼ら彼女らの目を、蹴り上げてでも覚ましてやる。
これは、そういう作戦なのだ。
「……オペレーション・ナッツクラック」
語感だけで決めた作戦名だったが、これが存外しっくりと来る。
「開始するよ! かっ飛ばせ!」
イリアの号令を受け、《アマデウス》はその速度を上げる。
片っ端から蹴り上げる為に、その足に力を込めたのだ。
※
《アマデウス》が最高速度を維持したまま、残骸をかき分けて猛進していく。突然現れた小型BSを足止めしようとする者はいなかった。正確には、そんな余裕はなかった。この宙域を漂っている者は、大小の差はあれど《スレイド》と交戦した後だからである。
カソードF防衛ラインは崩壊し、有線砲も機能を停止した。戦場はカソードFの目の前、セクションへの侵入を防げるかどうかという瀬戸際だ。
だから、通り過ぎていく白亜の船体に、銃を向けるifは一機もいなかった。
そして、《アマデウス》はカソードFの脇をぎりぎりで抜けていく。
その一瞬とも言える邂逅の後に残されたのは、たった四機の最大戦力だった。
二機のifと二機のプライア・スティエートが、この戦場に降り立ったのだ。




