騎士の誓い
「すみません、少し遅れました」
無重力状態となった格納庫を漂いながら、リオはフラット・スーツの気密チェックを済ます。ヘルメットを背中のアタッチメントに固定し、胸の辺りにあるエンゲージリングの感覚を辿る。全部ここにある。忘れた物は何もない。
医務室に寄っていたら、少しばかり遅れてしまった。作戦の都合上、どうしても連戦となる。その為に、色々と工面して貰ったのだ。高濃縮の栄養剤やら何やらを、フラット・スーツに仕込んで貰った。肝心な所で動けないなんて、そんなオチは避けたい。
準備は出来ている。出撃待機状態にあるifやプライアを見据えながら、自身の搭乗する《イクス》の前に降り立つ。
待っていたのだろう。ミユリがにやと笑みを浮かべながら、こちらを振り返った。
「ま、そう焦る時間でもない。どうよ、また見違えただろ?」
そう言って、ミユリは自身の背後にあるプライアを親指で示す。
そこにはプライア・スティエート、《イクス》の姿があった。だが、その様相はこれまでとは違う。
一言で表現すれば、甲冑を着ている。そう感じさせるような装備をしていた。
前回の戦闘で左腕を獲られたが、それは修復してあるようだ。てっきりそれだけだと思っていたのだが、今の《イクス》は甲冑を纏っている。
前回までの《イクス》は、兵士と騎士のハイブリットと表現するに相応しかった。今回は、その均衡を騎士に寄せたように見える。
ツインアイを保護する為の、ゴーグルに似たバイザーはそのままだったが。胴体、両腕、両脚にそれぞれ装備が増設されていた。その増設された装備が与える印象が大きく、それが甲冑に見えているのだ。
胴体が鎧、両腕が小手、両脚がすね当てに該当している。増設された装備は、やはり甲冑を意識しているのか。白銀に塗装されており、派手でちょっと気が引ける。
「今回の戦いは相当にやばいって聞いたからな。お前には特別に新装備って奴だ」
得意げに胸を張るミユリに、出来れば一言相談して欲しかったと視線を送る。
「あ、ちなみに左腕は《カムラッド》から流用してる。可能な限り似せた配線をして、BFSの加工品も入れてある。まあ、勝手は違うかも知れないな」
言われてから見てみると、確かに《イクス》の左腕は《カムラッド》のそれだ。うまい具合に塗装されているせいで気付かなかった。或いは、それ以上に甲冑に意識が向いていたのかも知れない。
「これ、重くないですか?」
機動力は重要な優位性となる。それをかなぐり捨ててまで、新装備を積もうとは思わない。
「重いに決まってる。こいつは見た目通りの鎧だからな。爆裂ボルトで固定してるから、不要なら切り離せばいい」
気前の良い事を言いながら、ミユリは自身の右腕を突き出す。
「《イクス》には結構な余剰エネルギーがある。この装備は、それを効率良く変換する為の物だ。粒子砲でも粒子剣でもない、粒子壁だな」
粒子壁……《アマデウス》にも搭載されている、粒子兵器の応用品とも言える装備だ。圧縮粒子を広範囲に展開する事で、攻撃を文字通り‘焼き払う’障壁だが。
粒子壁は単純な粒子砲や粒子剣と違い、装置の大型化は避けられない。現に《アマデウス》は、艦載装備の殆どを搭載出来ていない。粒子壁を実装した時点で、それ以外の装備は積めなくなったのだ。迎撃機銃の一つもない現状は、そういう理由があった。
「《イクス》のエネルギーなら、それが可能って事ですか?」
粒子壁が拠点防衛用の装備にしかならないのは、装置の大型化とエネルギー効率の劣悪さが理由だ。とてもじゃないが、通常のifでは運用出来ないだろう。
「そういう事だ。今回の戦いは、馬鹿みたいな数のifをぶん殴るんだろ? 使い捨ての盾みたいに使ってくれればいい。《イクス》はともかく、そいつを出力する装備には限界があるしな」
そういう事なら、と頷く。ミユリの言う事も一理ある。今回の戦いは、いつも以上に厳しい物になるだろう。
「出力機は両腕にしかない。胴体と脚の奴は、それを補助し広範囲に粒子壁を展開する為の物だ。理論上は、粒子壁で全身を覆える」
両腕に付いた小手が出力機であり、他はその制御装置でしかない、という事か。
そう言えば、と一つ思い付く。
「これ、壁を展開した状態で弾を撃ったらどうなるんですか?」
ミユリはこちらをじいと見据え、真顔のままぱちんと指を鳴らす。
「こうなる。そこまで都合のいい壁でもないんだな、これが。要は熱波の塊を展開してるだけだ」
やはりそうなのか。
「ま、そういうのもやってみたいけどな。粒子の本質が熱で焼くってもんだから、根っこから違う」
とりあえず今は、その場その場でとびきりに優秀な盾が使えるという認識でいいだろう。
「甲冑の騎士、か」
白銀の甲冑を纏った《イクス》を見据えながら、そんな言葉を呟く。
「だな。《イクス・フルプレート》なんてどうだ?」
フルプレート……プレートアーマーを示す造語だ。突然の命名に、こちらは苦笑いするしかない。大体、そういう印象を受けるだけで全身を甲冑で覆っている訳ではない。
「長いので《イクス》って呼ぶと思いますけど」
そう答えると、ミユリは不満そうに肩を落とす。それなりに自信があったらしい。
地面を蹴り、《イクス》の操縦席に取り付く。
「でもありがとうございます。持って帰る自信はないですが」
帰還する頃には、全部剥がれ落ちているかも知れない。
「おう。それでいいんだよ、お前は」
そう言って、ミユリはぐっと親指を立てる。その気持ちの良い笑顔に応える為、こちらも親指を立てて返す。
《イクス》の操縦席に腰掛け、ハッチを閉じる。背中のアタッチメントに固定していたヘルメットを被り、暗闇の中で息を吐く。
両手を操縦桿代わりの球体に添え、意識を研ぎ澄ませる。
「《イクス》……馬鹿な事をしていると思うかも知れないけど。僕はトワが選んだ道を、一緒に歩いていきたいんだ」
放っておけば、一番の脅威である《スレイド》は勝手に倒れてくれる。この機会を逃せば、あれを打倒出来ないかも知れない。それでも、これは間違っているとトワが言うのなら。
誰よりも道理が分かっていないのに、いつだって誰よりも考えて。誰よりも正解を選び取るトワが、真っ向から違うと言うのなら。
「それを信じたい。信じてる。だから、《イクス》」
音を立てながら、真っ直ぐに意識が繋がる。そんなイメージが頭に浮かび、事実そうなっていく。
「力を借して貰う。行くよ」
どうせ何を言っても聞かない癖にと、苦笑混じりに返された。だが、言葉とは裏腹に意識は重なっていく。
《イクス》が全身を委ねているのが感じ取れる。使ってみせろ叶えてみせろと、ただ真っ直ぐに。そんな彼に、分かっているし望む所だと返す。
逃げない目を背けないと、騎士の誓いを胸に。




