悪意の群れ
○
赤に染められた装甲が、あまりの速さに残光を残す。フィル・エクゼスの操縦するプライア・スティエート、《スレイド》は交戦の直中にあった。
外套にも似た装備を翻し、両腕から展開された実体剣でifを切り捨てる。もう何度も繰り返している動作だった。
「ああもう! しつこい、何なのよこれ!」
苛立ちを抑える事が出来ず、フィルは暗い操縦席で怒鳴り散らす。
寡黙な騎士……《スレイド》はそんな主を気遣いながらも、注意深く相手の動向を探る。
フィルと《スレイド》は、自らの姉が残した痕跡を目指して直進していた。近くまで行けば、自ずと方向は分かる。だが、進む度にその進路を阻む者が現れた。今戦っている連中は、その中でも一際に鬱陶しい。
「数が多い、逃げ腰にならない、その癖私には勝てない! 何なのよ、もう!」
フィルの考えでは、適当にあしらって直進しようと思っていたのだ。それが、一機を斬れば二機顔を出し、それを斬れば四機が顔を出す。
積極的に攻勢に出てくる訳でもない。さりとて、無視するには気に障る連中だった。
「残りは十二機、ああ……二十機? いや、奥の方からも」
悪意の群れは、そうこうしている内に数を増していく。
最早、適当にあしらうという選択肢はなかった。挑まれた以上、それに応えてやる必要もある。私達はそもそもそういうものだと分かっていながらも、フィルは募っていく苛立ちを吐き出すように声を上げる。
「こっちの事情も知らないで! ああもう! 《スレイド》!」
寡黙な騎士に八つ当たりしながら、フィルは意識を研ぎ澄ませる。全員片付ける。一切の慈悲も容赦もなく。
「ハチェットリーフ、行って!」
フィルの意識を反映し、《スレイド》の右腕が真横に振り抜かれる。その瞬間、纏っていた外套が一メートル程の菱形に分割される。総計二十機の自律兵器、ハチェットリーフが展開されたのだ。
展開と同時に四方に散開し、ハチェットリーフは猟犬さながらにifを追い詰めていく。
自律兵器という表現は、この場合正しくはない。これらは全て、フィルの意識の元に動いている。
一メートル程の菱形が、高速で追い縋りながら誘導兵器よろしく突き刺さる。或いは、菱形がスライドして線のような粒子砲撃を放つ。どちらにせよ、回避し損ねたifの末路は悲惨なものだった。
見る見る内に、抵抗するifの数は減っていく。そして、その数以上に奥の方から銃弾が飛来する。
「本当にしつこい……」
その銃火を避けながら、フィルと《スレイド》は更に距離を詰めていく。この程度の弾丸など、命中した所で無意味だが。今のフィルには、こんなもの当たる事自体が癪だった。
猛進を続けながら、損失した分のハチェットリーフを再構成し、再び射出する。殆どの雑魚は、これで片が付く。
ハチェットリーフと分業しながら、フィルは《スレイド》を悪意の群れに突っ込ませた。
《スレイド》の両腕に展開された実体剣を振るい、接近と同時に斬り捨てる。その度に、暗い宇宙に赤い残光が刻まれていく。
「数だけの連中が何よ。退屈も良いところじゃない」
幾分かは機嫌を取り戻したフィルが、歌うようにそう告げた。《スレイド》は黙ったまま、それでも意識は鋭く外を向いている。
しかし、ここに来て例外が現れた。舞い踊るようにifを両断していた《スレイド》の剣戟を、ナイフで凌いで見せたのだ。
「何それ、馬鹿にして」
流れを邪魔され、眉根をひそめながら。フィルは《スレイド》で素早く側面を取り、再度実体剣を叩き付ける。
そのifは斬撃を小盾で防ぐと、勢いを利用して後退し始めた。反撃するでもなく、距離を取ったのだ。
馬鹿にされている。少なくともフィルはそう捉えた。
「良い度胸じゃない……」
フィルからすれば、ifだろうが何だろうが羽虫の群れに過ぎない。追い払っても湧いてくる上にまとわりつく。その類の物だ。それが、生意気にも攻撃を凌ぐ。
「絶対に後悔させてやる!」
更に速度を増し、フィルの《スレイド》は悪意の群れに剣を振り下ろした。
※
「何機穫られた?」
しつこく攻勢を続ける赤い騎士の剣戟をいなしながら、その男はそう問い掛ける。一目では判別できないように個性を消した《オルダール》で、ナイフと小盾を構えていた。
『無人機は半数以上、有人機の方はざっと二十四機ってとこですかね。何も知らない兵士に、あれはちっと荷が重いでしょうよ』
部下の返答は、予測していた程度に作戦が進行している事を示している。
そんな会話をしている間にも、無人機が前に飛び出してきた。援護射撃という奴だ。瞬く間に両断されるが、その間に一息は付ける。
「我々は?」
男は呼吸を整えながら、そんな質問を続ける。
『損害なーし! 隊長含め、四機とも健在ですよ。装備は上々って奴ですね』
対《スレイド》用戦備として、我々は特殊な機材を搭載していた。小型の自律兵器に対応した照準・制御システムに乱数回避、対象戦闘機動の予測プログラムなどがそれに該当する。
或いは、今部下が操っている無人機操縦用プログラムもそれに当たるだろう。
未確認機、識別名《スレイド》を撃破する。ここにいる顔のない部隊は、その為に戦っている。何を犠牲にしても、だ。
自分が全体の指揮を、今喋っていた隊員が無人機を。そして、一般兵に紛れ込んだ二機の《カムラッド》がジャミングと煽動を担当している。
「カソードFまでの距離は、後少しか」
《スレイド》を軍事セクション、カソードFまで誘導する。後は、何も知らない一般兵と混じって防戦を演じればいい。カソードFを陥落させようと《スレイド》が動けば、それで作戦は成功する。
『ファラリスの牡牛みたいっすね。セクション大のでかい牛さんですけど』
有名な処刑器具の名前を出され、乾いた笑みが口から漏れる。真鍮で出来た牛の腹に人を閉じ込め、火を点けて炙り殺すという処刑器具だ。確かに、言い得て妙かも知れない。
「軽口はそこまでだ。油断をすれば」
飛び込んできた《スレイド》の一撃を、男の《オルダール》は再びナイフで弾き返す。
「容易に殺される」
サブウインドウに表示された自律兵器の位置を把握しながら、背後に回り込んでいたそれを回避する。
現状でも、ぎりぎりの防戦なのだ。
『ピザのお届け! はは!』
滑り込んできた三機の無人機が、《スレイド》に無謀な接近戦を仕掛ける。
その隙に後退し、何も知らない一般兵達の群れに紛れ込む。
『軽口上等ですよ。笑っていなきゃやってられない』
その言葉は多分、本心から湧き出た物だろう。非道な作戦だと、理解した上でそれに従う兵士の声だ。
「作戦を遂行し、あれをきっちりと仕留める。それだけだ」
犠牲にした分、成果は出さなければならない。
『ですねー。ファラリスで処刑してやりますよ。ヒステリックな少女の声なんて、キンキン響くだけで不快ですし』
時折聞こえてくる、《スレイド》の操縦者だろう少女の声だ。頭に直接響くような声は、不快だが有用でもあった。どの程度相手が苛ついているのか、手に取るように分かる。
「ああ。好き勝手に暴れているツケは払って貰う」
猛追する《スレイド》に、何も知らない一般兵が操るifが必死の抵抗を見せる。
それを援護しながら、或いは隠れ蓑にしながら、顔のない部隊は徐々に後退していく。無人機の群れを適宜使いながら、少しずつ。
カソードFに辿り着くまで、この地獄は続く。そして、地獄の従者たる我々はそれを許容し活用する。
オペレーション・アコーダンスは、もう始まっているのだ。




