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刃‐ブレイド 悠久ニ果テヌ花  作者: 秋久 麻衣
「想望と憧憬」
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贖罪の声


 目の前の異常事態を、異常と捉えぬ自分がいる。リオは呼吸を整え、やる事は変わらないと意識を研ぎ澄ませた。動揺を表に出せば、殺されるのは自分だ。

 AGSの通信設備、その中継ポイントを奪う為の奇襲作戦で、三機のifを既に無力化した。いつも通りに優先順位を付け、ただそのように撃墜していく。最後に残したのは、素人同然の《カムラッド》だ。造作もなく片付けられる、その筈だった。

「あれは、何だ」

 最後の一機、残された敵《カムラッド》から、赤い燐光が湧き出ている。装甲の隙間から滲み出るように、操縦者の意思を滲ませているかのように、その光は周囲を飛び交っていた。

『殺されたりなんかしない』

 脳裏に直接少年の声が届き、それと同時に赤い燐光が瞬く。次の瞬間には、光など消え去っていた。何もなかったかのように、隙だらけの敵《カムラッド》がこちらを睨んでいる。

 不可思議な現象を、理解する必要はない。ペダルを踏み、敵《カムラッド》へと近付いていく。武装回収のショートカットスイッチを叩き、進行方向に漂う敵《カムラッド》の残骸、それに突き刺さったままのSB‐8ロングスピアを無造作に引き抜いた。空いた右手でSB‐8ロングスピアを構え、残骸を押し退けるようにして距離を詰める。

「斬って、終わらせる」

 目の前には、未だに動こうとしない敵《カムラッド》がいる。これを無力化し、仕事を終わらせるのだ。

 ブレードレティクルを起動し、斬撃軌道を刺突に切り替える。胴体より少し上を狙い、ペダルを強く踏み込むと同時にトリガーを引いた。

 急接近と同時に右腕が動き、その手に握られたSB‐8ロングスピアが尋常ならざる速度で突き出される。例え熟練の操縦兵であっても、見てからでは避けられない一撃だ。ましてや、足を止めている素人には、絶対に対処は出来ない。

 槍の穂先が、敵《カムラッド》の胴体に突き立てられる。表面装甲を容易く裂き、主要システムの収まる胴体上部を貫こうとしたその時だった。

 操縦席に凄まじい衝撃が走り、殆ど勘だけで後退を選ぶ。ハンドグリップを傾け、ペダルを何度も踏み込み、その間合いから逃れようと引き下がった。

「……弾かれた?」

 攻撃を受けた様子はない。ただ、こちらが突き立てたSB‐8ロングスピアを、突き立てた時以上の膂力で弾き飛ばされた。刺突の衝撃が、そのまま返ってきたようなものだ。

『僕のせいじゃ、ない!』

 敵《カムラッド》は、猛然とこちらに突っ込んできている。戦術も何もない、愚直な突撃だ。

「く……!」

 だが、全身全霊が、あれはまずいと警鐘を鳴らしている。その声に従い、この戦場で初めて自主的に後退を選んだ。敵《カムラッド》は、右手に持った突撃銃を出鱈目に撃ちながら突っ込んできている。

 その銃火を避けながら、空いた左手にヴォストーク散弾銃を握らせる。残された装備は、この散弾銃と右手に持ったままのSB‐8ロングスピアが一振り、そして右脚にあるブローダー自動拳銃が一挺のみだ。

 引き下がりながら、左手で構えたヴォストーク散弾銃を立て続けに撃つ。相手は回避すらしない。それらの散弾を真正面から浴びていく。

「……効かない、か」

 散弾銃から吐き出された無数の子弾は、その悉くが弾け飛んだ。敵《カムラッド》に届く一歩手前で、赤い膜に阻まれて吹き飛んでいく。

 あの膜が、槍の一撃すらも弾いたというのか。だが、と冷静になりつつある頭が思考のモーターを回していく。意味が分からないと投げ出すのではなく、分からないが勝たなければいけないと知っているからだ。

 猛攻を続ける敵《カムラッド》から、一定の距離を保ちながらその様子を観察する。試しに撃った散弾は、やはり一歩手前で弾かれてしまう。

「なら、何であの時」

 SB‐8ロングスピアでの刺突は、僅かに届いていた。その証拠に、胴体上部には傷が残っている。ならば、あの防御壁は完全ではないという事だ。

「その不完全さを、狙うしかない」

 無遠慮に撃ち続ける敵《カムラッド》を視界に捉えながら、右手に持っていたSB‐8ロングスピアを右肩に固定する。そして、弾を全て撃つ前に再装填を選択した。空いた右手で予備弾倉を掴み、左手で構えたままのヴォストーク散弾銃に装填する。

 後は、一瞬の隙を待つだけだ。一定距離を保ったまま、迫る鉄鋼弾の群れを回避していく。

 不意に敵《カムラッド》の動きが鈍る。撃ち続けていた突撃銃から銃火が消えたのだ。右手を突き出したまま、狂ったように何度もトリガーを引いている。残弾を把握していないが故の弾切れ、それを待っていた。

 一息に詰め寄り、それぞれの照準システムを起動させる。まずは一つ、敵《カムラッド》の頭部に、左手で持ったヴォストーク散弾銃を突き付けた。間髪入れずにトリガーを引き、散弾を頭部に叩き込む。至近であっても、散弾はやはり届かない。弾かれていくが、構わず撃ち続けた。

 もう一つの照準システムは、最短で発砲する為に胴体下方を狙うしかない。右手で抜いたブローダー自動拳銃の銃口をそこへ向け、何発も撃ち込んだ。

 ブローダー自動拳銃の吐き出す大口径弾は、至近であれば強力な破砕能力を発揮する。発砲された内一発は、胴体と腰の間に馬鹿でかい穿孔を作り上げる事に成功した。

 だが、それ以上はない。一発目以降は赤い膜が生じ、散弾と同じように弾いてみせた。特製の大口径弾が、小爆発すると共に弾け飛んでいくのを、確かに見たのだ。

 こちらの攻勢は終わった。敵《カムラッド》は弾の切れた突撃銃で、こちらを振り払おうと殴り付けてくる。単純な殴打を、僅かに後退するだけで躱す。

 攻勢に出ようと、こちらは再びヴォストーク散弾銃を頭部に向けて構える。しかし、それより数瞬速く敵《カムラッド》は動いた。向けられたヴォストーク散弾銃の銃身を、手に持った突撃銃で殴り付けてきたのだ。

 それはただの、単純な殴打に見えた。突撃銃から、赤い靄が漂っている事を除けば。

「ッ!」

 赤い靄を纏った突撃銃は、一級品のハンマーと同等の破砕能力を以てこちらのヴォストーク散弾銃を砕いた。ただの突撃銃の殴打が、こちらの武装を砕いたのだ。文字通りの破砕、ばらばらになった。あり得ない事だ。

 急ぎ距離を取り、右手に持ったままのブローダー自動拳銃を敵《カムラッド》に投げ付ける。苦し紛れの投擲は、無造作に振るわれた‘突撃銃による斬撃’で粉々に砕け散った。

「意識的に作り出せる防御壁。それを、攻撃にも使えるって事?」

 どんな原理かは知らないが、目の前で起きている現象はそういう事だ。先程までとは、比べ物にならない速度で敵《カムラッド》が迫る。弾切れのまま、極上の殴打兵器と化した突撃銃を構え、こちらを打ち倒そうと迫っている。

 こちらも全力で後退を続けながら、唯一残った武装、SB‐8ロングスピアを右手で掴む。それを構えつつも、正面から斬り結べば負けると冷静な自分が言っていた。同感だ。

 多くの場合、後退するよりも前進する方が速い。敵《カムラッド》は、迷いなく猛進するが故にすぐに追い付いてきた。接近と同時に繰り出された突撃銃による殴打を、間一髪で避けていく。相手はBFSを使っているのだろう、殴り方が、機械的ではなく人のそれだ。

 避けながら、また距離を取ろうとペダルを踏み込む。槍一本で、どうにか出来る相手ではない。だが、どうにかしなければ。

 打開策を見つけようと必死に視界を動かす。そこで見つけた、協力的な残骸へ飛び付いていく。自分が胴を穿ち、撃破したあの敵《カムラッド》だ。

 全力でそこへ向かい、ピックアップメニューから目の前の《カムラッド》を選択する。空いた左手が、漂ったままの機体を掴む。

「手伝って貰う」

 照準システムを起動する。左手で掴んだ《カムラッド》の残骸を、追い縋る敵《カムラッド》に投げ付けた。

 敵《カムラッド》は、分かりやすい程に狼狽えている。殴り付けようとして、それがかつての仲間だと寸前で気付いたのだろう。ぴたりと動きが止まり、メインカメラは迫る残骸だけを映している。

「あとは、一撃で」

 対してこちらは、投げたその瞬間には動いていた。投擲した残骸に紛れるように直進し、下方へ滑り込むようにして敵《カムラッド》と交差、背後を取った。

 こちらの見立てでは、あの防御壁は意識していなければ形成されない。意識外の一撃で操縦席を穿てば、こちらの勝ちだ。

 素早く体勢を整え、右手に持ったSB‐8ロングスピアを構える。距離に応じて、照準システムがブレードレティクルに切り替わった。最短にして最速の斬撃である刺突を選択し、寸分違わず胴を狙う。

『……ごめん。僕の、せいで』

 トリガーを引き絞ろうとした瞬間、その声が脳裏に響いた。自分に向けられた言葉ではない。目の前にいる少年が、もう死んでしまった誰かに届けようとした声だ。まだここは戦場で、油断なんてしてはいけないというのに。戦いなんて知らないといった様子で、贖罪の言葉を口にする。君は多分何も、悪くないというのに。

「……くッ!」

 トリガーを引き絞る瞬間、照準を僅かに動かした。胴の中央ではなく、システム中枢の収まる上部を狙う。紙一重の照準、或いは……外せばこちらが殺される照準だ。

 それでも、目の前の誰かを殺したくなくて。今更何も変わらないとしても、それでもやはり嫌だと心が叫んでいたから。

 僅かに逸れた照準のまま、トリガーを引いた。

 機械的に振るわれた槍の穂先は、敵《カムラッド》の背面から侵入し、首の辺りから突き出た。操縦席を避けたこの一撃が、メインシステムを貫いていなければ。次の瞬間、自分は造作もなく殺されるだろう。

 長い時間が費やされた。費やされたように思えた。実際は、数秒も経過していなかっただろう。

 目の前の敵《カムラッド》は、糸の切れた人形のように動かなくなった。

 槍を引き抜き、その穿孔を見遣る。血肉が溢れる事もなく、槍の穂先が赤く染まる事もない。この《カムラッド》は、機能を停止した。

 ただ、少年の啜り泣くような声だけが、なぜだかまだ聞こえているような気がしてならなかった。

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