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刃‐ブレイド 悠久ニ果テヌ花  作者: 秋久 麻衣
「想望と憧憬」
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最短の技法


 加速を続ける光景、電子的手段で表示された計器の数字は、目まぐるしく変化していく。それらをどこか他人事のように捉えながら、リオは狭い操縦席で目標に当たりを付けていった。倒すべき優先順位という奴だ。

 数を減らす事に変わりはないが。どれを先に減らせば有利に立てるのか、分かる範囲で決めておくのだ。

「ifが四機、全部《カムラッド》か。隊長機一機に、場慣れしてるのが二機。素人が一機。予定通りかな」

 四機編成の敵《カムラッド》、その陣形と動きを見て、操縦兵の練度を予測する。

 敵《カムラッド》はこちらの接近に気付いているようだ。陣形を組み、警戒しながらこちらへ向かってきている。遮蔽物のない宙域では、忍び歩きも意味がないという事だ。だが、まだ戦おうという意識には切り替わっていない。警戒しているが、それだけだ。これは、充分な奇襲になり得る。

 今、自分が操縦している《カムラッド》には多数の武器が搭載されている。

 右手ではTIAR突撃銃を、左手にSB‐8ロングスピアが既に構えられていた。右脚にはブローダー自動拳銃が二挺、仲良く並べてある。左脚には同じように、SB‐2ダガーナイフが括り付けてあった。腰のハードポイントには、ヴォストーク散弾銃とそれの予備弾倉が搭載されている。TIARとブローダーの予備弾倉は、あえて積んでいない。

「……始める」

 照準システムを起動し、二つのレティクルを同時に操る。一方は右手で構えたTIAR突撃銃であり、真正面から隊長機を狙う。

 もう一方は、左手に持ったSB‐8ロングスピアの照準だ。手練れの片割れを狙う。

 相手が動き出す前に、それぞれのトリガーを引く。《カムラッド》の右手で構えたTIAR突撃銃が、開戦の合図と言わんばかりに銃火を吐き出す。

 当然、それに当たるような相手ではない。敵《カムラッド》は陣形を解き、四機がそれぞれ離れるようにして散開を始める。

 そして、その瞬間に左手は動いていた。無造作に構えていたSB‐8ロングスピアを、照準の位置に投擲したのだ。

 簡単な誘導に、単純な投擲だが。意識が切り替わる前に見極められる程、甘くはない一撃だ。散開しようとした敵《カムラッド》に、吸い込まれるようにして槍は突き刺さった。

「やっぱり手練れだ。避けてる」

 SB‐8ロングスピアによる投擲は、一撃必殺とはいかなかったようだ。直撃の瞬間に身を捩り、操縦席への被弾を避けている。

 ペダルを全開に踏み込み、《カムラッド》を加速させる。向かうべきは槍の刺さった《カムラッド》の所だ。

 素人だろう一機には、数発の鉄鋼弾を撃った。慌てて回避しているそれを放っておき、隊長機と残る手練れに対してTIAR突撃銃を撃ち続ける。命中は狙っていない。少しの間だけ、退いてくれればそれでいい。

 完璧な奇襲だ。殆ど反撃を受けずに、槍の突き刺さった《カムラッド》の至近へ潜り込めた。胴体を僅かに逸れ、右肩の付け根辺りにSB‐8ロングスピアは刺さっている。メインカメラが不規則に明滅し、それに呼応するように裂傷から冷却剤と雷光を吹き出していた。

 苦し紛れに向けられた突撃銃を造作もなく避け、突き刺さったSB‐8ロングスピアを左手で掴む。武装回収用のショートカットスイッチを叩き、すぐさま近接用の照準システムを立ち上げる。

 ブレードレティクルが示す斬撃予想地点を、一瞬で把握しトリガーを引く。《カムラッド》はSB‐8ロングスピアを、引き抜かずにそのまま振り抜いた。胴体中心に向かっての、力任せな一撃だ。

 しかし、相手の反応も中々の物だった。斬撃と同時に、機体を下に沈み込ませたのだ。そのせいで、槍の穂先は中身を断ち切る事が出来なかった。右肩から左肩に向けて振り抜かれた槍の一撃は、敵《カムラッド》の上半身上部を一纏めに斬り捨てた。右腕、左腕、胴体とそれに繋がっている頭部が、まとめて弾け飛んだのだ。残っているのは、それこそ操縦席と脚ぐらいなものだ。

 一瞬、その目標にブレードレティクルを重ねてみたが。この《カムラッド》には、もう反撃の手段はないだろう。ならば、殺す必要はない。

 無意識の内にそう結論を付け、ショートカットスイッチを叩く。緊急打撃用の簡易照準を、目の前の残骸一歩手前に合わせる。

「一機退場、っと」

 機械的な動きで繰り出された蹴りが、胴体と脚だけの《カムラッド》を強かに蹴り飛ばす。見守るなり、黙って帰ってくれればそれでいい。

 とどめを刺した方が、後腐れはないけれど。そう割り切っているいつもの自分が、同じ手順と時間を使えば殺せたと訴えかけてくる。冷たい、だけど自分自身でもあるそいつに分かっていると返し、次の目標を見遣る。

 残りは三機、さすがにもう奇襲とは言えない。素人の一機はともかく、隊長機と手練れはこちらを包囲する形で動いている。二機が別々の方向に散り、突撃銃による制圧を仕掛けてきた。

 無理に包囲を突破すれば、被弾は避けられないだろう。だが、こちらはそもそも損傷せずに勝とうとは思っていない。最小限の回避だけ行い、真っ直ぐにもう一機の手練れへと突っ込んでいく。左手に持ったSB‐8ロングスピアはそのままに、右手に持ったTIAR突撃銃を突き出す。そして、全弾を撃ち尽くすつもりでトリガーを引き続ける。

 チキンレースのような物だ。互いに真正面から、突撃銃を撃ちながら猛進する。被弾の衝撃が操縦席を揺さ振るも、致命傷ではないと分かっていた。そして、先に回避に徹したのは相手の方だ。

 武装破棄のスイッチを押し込み、空になるだろうTIAR突撃銃を敵《カムラッド》に向けて投げ付ける。

 手練れと見込んだのは、どうやら正解だった。敵《カムラッド》は動じた様子も見せず、TIAR突撃銃を撃ち抜いた上で素早く後退し位置を修正、こちらを照準に捉え続けている。反撃の意思がある、という事だ。逃げ出すでもなく、仕切り直すでもない。反撃をしようと、こちらを待ち構えてしまっている。

 狙い通りだ。こちらも武装変更は終えていた。空いた右手は既に腰へ伸ばされ、そこにあるヴォストーク散弾銃を引き抜いている。トリガーを引き続け、二戦目のチキンレースを開始する。ただし、こちらは散弾だが。

 そして、今更回避しようとしても遅い。何発目かの散弾が相手の突撃銃を撃ち抜くその瞬間には、こちらの《カムラッド》は敵《カムラッド》に‘着弾’していた。

 速度の乗った体当たりは、双方にとって大きなダメージとなっただろう。エラーメッセージを無視し、右手の武装変更を行う。ヴォストーク散弾銃を手放し、右脚にあるブローダー自動拳銃を取り出す。

「つか、まえた」

 そして、未だ‘着弾’の衝撃から立ち直れていない敵《カムラッド》の腰に向け、大口径の拳銃弾を全弾叩き込む。上半身と下半身が千切れたかけた敵《カムラッド》を、同じように蹴り飛ばして場外へ退場させる。

 左手に持ったままの槍を使わなかったのは、拳銃を抜いた方が僅かに速いからだ。BFSがあれば、直感的に斬っていただろうが。

 弾の切れたブローダー自動拳銃はその場に破棄し、ヴォストーク散弾銃を拾い上げる。一瞬だけ左手を空け、使った分の弾丸を再装填した。直ぐにまた槍を左手で掴み、残る二機に向かって近付いていく。

 隊長機と、素人の一機だ。誤射を恐れたのか、ろくな援護も出せていないようだった。もっとも、そうなるように動いているのは事実だが。

 戦力の分散は危険だと悟ったのか。その二機は合流し、こちらに銃火を叩き込んでいる。隊長機の方は、さすがに狙いが鋭い。三回目のチキンレースを仕掛ける余裕はなく、一息に近付けるような間合いでもなかった。

「釣るしかない、か」

 武装変更用のショートカットメニューを開き、設定してあったプリセットに切り替える。ヴォストーク散弾銃を腰に戻し、SB‐8ロングスピアは左肩に固定した。そして、左脚にあるSB‐2ダガーナイフを両手に装備する。

 照準システムが起動し、二つのレティクルが表示された。銃火を突破して斬り付ける事が出来れば、一番手っ取り早いのだが。BFSによる、直感的な操縦を用いなければ難しいだろう。手を振るのではなく、ブレードレティクルを起動してトリガーを引く必要があるからだ。どうしても遅いし、力の入れ方を調整する事も出来ない。

「あんまり褒められた戦術じゃないんだけど」

 レティクルを操作し、素人の操縦する《カムラッド》の胴体に合わせる。そして、もう一つのレティクルはその脇を狙う。

 トリガーを引き、右手に持ったSB‐2ダガーナイフを投擲する。胴体を狙った、分かりやすい一撃だ。

 素人であっても、それは見えたのだろう。愚直に、攻撃を中断して真横に飛んだ。その回避を見切った形で、こちらはもう一つのトリガーを引いていた。

 左手に握られたSB‐2ダガーナイフが、その回避先へと飛来する。あの操縦兵は、咄嗟の回避では必ず右側を選択していた。そういった挙動は、既に見抜いた上で投げ付けたのだ。

「釣れた」

 そして、隊長機ならそれを見逃す筈がないとも分かっていた。狙われた《カムラッド》を庇うようにして、隊長機が前に出る。左腕で防御の構えを取り、ナイフによる投擲を防いでみせた。

 その数瞬前、こちらの《カムラッド》は設定されたプリセット通りに、空いた右手でSB‐8ロングスピアを抜いていた。既に照準システムは起動している。

 本命はこっちだ。鋭い槍の投擲が、暗い宇宙を切り裂いた。

 三撃目を予見出来る者は、そうはいない。トリガーを引いた次の瞬間には、隊長機にSB‐8ロングスピアが突き刺さっていた。二本のナイフで行動を制限し、本命の槍を当てる。言葉にしてしまえば、その程度の事だった。

 今度は、避ける間もなかったのだろう。胴体を貫いた槍の穂先は、確実に中身を射貫いていた。

「……あと一機」

 残るのは素人が操る一機のみ。一人は殺してしまったが、素人相手なら加減のしようもある、かも知れない。

 頭を振り、甘い考えは捨てろと自分に言い聞かせる。戦場で殺し合うのは、いつも通りの事だ。あの局面で長々と撃ち合っていては、それこそ目的が果たせなくなる。無闇矢鱈に殺す必要はなくても、加減しようと思える余裕はない。聖人君子の真似事がしたければ、端から銃なんて取らなければいい。

 少しだけ、心の奥にぎざぎざとした意識が這入り込む。それは戦場の中にあっては致命的な隙だったが、目の前の敵は未だに動こうとしない。その事実に半ば感謝しつつ、この戦いを終わらせようとペダルを踏み込んだ瞬間だった。

『嫌だ。死んで、しまったなんて……僕の、せいで』

 脳裏に流れ込んできたその声が、否応なしに背筋を凍り付かせる。子どもの、少年の声だ。

『違う……違う。僕じゃない、僕じゃない! あれが、あの悪魔が!』

 直接伝わっていくその怨嗟の声が、じりと脳裏を焼いていく。

『僕じゃ、ない!』

 膨れ上がった殺気の奔流が、装甲板を通り越してこちらを貫いてくるようだった。

 間違いないと唇を噛む。この声は、目の前にいる《カムラッド》から発せられている声だ。

 最後に残った一機、その周囲が僅かに歪む。あれは、こちらを殺すつもりでいる。

 発せられた赤い燐光が、蛍火のように煌めいていた。

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