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刃‐ブレイド 悠久ニ果テヌ花  作者: 秋久 麻衣
「想望と憧憬」
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ブリーフィング・タイム


 《アマデウス》ブリッジには、殆どのクルーが集合していた。ここにいないのは、軍医であるアリサと整備士であるミユリだけだ。この場にはいないが、直通回線は繋がっている。

 リオは広域レーダーを眺めながら、そういえば作戦に関して何も知らなかったと苦笑を浮かべた。そういうのは全て、イリアに任せっきりにしていたのだ。実際知ってもどうしようもないのだから、適材適所と思いたい。

 隣ではトワが、同じようにぼうっと広域レーダーを眺めている。口が小さく開いており、ちょっと間抜けな表情だ。

 通信管制席にはリーファが、僅かな緊張を滲ませながら腰掛けている。操舵席にはリュウキが、その隣の武装管制席にはギニーがいる。ギニーの隣にはエリルが佇んでおり、右腕をまだ吊っていた。まだ本調子ではないようだ。

 艦長席にはイリアが、その隣にはクストがいる。サブウインドウには、アリサとミユリの名前がオンラインの項に並んでいた。

「さて、じゃあ改めて説明しようか」

 全員が揃っている事を確認し、イリアがそう切り出す。

「知っている人もいるかもだけど。今回の作戦は、AGSの通信網を奪取する事だよ」

 広域レーダーに映し出された宙域を眺め、どんな戦場か考える。悪い地形ではない。障害物が少なく、機動力が活かせる。

「目的はAGS、トップとの対話。クライヴ・ロウフィード……ミスター・ガロットって名前の方が分かりやすいかな。その男は、私達の知らない情報を持ってる。私達の知らない、リリーサーの情報をね」

 イリアの言葉には、確かな自信が感じ取れた。

「何が得られるのかは、正直分からない。私の話術次第かな。共通目標としてリリーサーの打倒に協力してくれるとか、物資を融通してくれるとか。そういう事が狙えれば良いけど」

 リリーサーを知っているのなら、その脅威も知っているという事になる。《アマデウス》とAGSが、敵対する必要もなくなるだろう。

 だが、イリアの表情からその意図は読み取れない。まるで、夢物語を語っているような。

「全く考えている事が違ったら、結局敵同士だけどね。どちらにせよ、持ってる情報はふんだくるけどね」

 恐らくはそうなるだろう。何せ連中は、トワを奪って暴こうとしたのだ。楽観的には考えない方がいい。

「要するに、AGSの通信網を奪取してクラッキング、親玉から情報を引き出すって感じだね。ここまではいいかな?」

 イリアの問い掛けに全員が頷く。何の問題もない。情報を得られる機会があるのなら、それを逃すべきではないと思う。今は、どんな情報だって必要だ。

「で、具体的な行動だけど。そこに表示してある中継ポイントを奪おうかなって。通信基地を奪取するだけの戦力はないし、数分間話せれば充分だしね」

 合理的だと思う。《アマデウス》単独でも、中継ポイントぐらいは奪えるだろう。

「予想される敵戦力は警備部隊、if四機で一部隊ってとこかな。問題はこちらが出せる戦力だけど、ミユリちゃん?」

 整備士であるミユリに、イリアがそう問い掛ける。

『絶望的だぞ。完璧な状態で出せるのはif一機だ。色々やってみたが、実戦に耐えられる状態じゃない。こいつらを出すのはオススメしないな。というか私が許さん』

 ミユリらしい物言いに、思わず苦笑してしまう。if一機のみで、四機の警備部隊を無力化する。相手の練度にも寄るが、初手で二機を落とす。後は二対一に持ち込めば、多少は有利に動けるだろう。

「一機かあ。理想は私が出る事なんだけど、クラッキングと交渉をやらなきゃいけないんだよね」

 申し訳なさそうに、イリアはそう言った。そして、そのままの表情でこちらに視線を向ける。

「だから、リオ君。ここは任せたいんだけど、いいかな? リュウキは操舵に集中して貰いたいし、そもそも単機じゃそこまで強くないし。エリルちゃんは、まだ無理をさせられないから」

 悩む要素はない。その采配は正しいと思う。

「分かりました。ミユリさんと相談しておきます」

 イリアは頷き、リュウキはすまんと謝罪のようなジェスチャーをした。

「申し訳ないです、リオ。操縦しか出来ない身で、こんな怪我を」

 言葉通り、とても申し訳なさそうにエリルは謝罪をした。その目は忌々しげに吊られた右腕を見ており、彼女の無念が窺える。こういう場面でこそ、エリルは活躍したいと思っているのだろう。

「大丈夫です。それに一対多数の戦い、慣れてますし」

 実際慣れているし、それに対しての心配はしていない。いつも通りにやれば、いつも通りに片付くだろう。

「そうだよエリル。この局面は、そこまで重要じゃないし。本当に重要な時までに、何とかしておかないとね」

 そう言って、ギニーがエリルをたしなめる。そういう所は、凄く兄っぽいなあとか思ってしまう。

「これで決まりね」

 概要は話し終えたと見て、クストが言葉を続ける。

「AGSの通信設備、その中継ポイントへ《アマデウス》で強襲。奇襲が前提になるだろうから、目標地点へ到達する前にリオ機が出撃。防衛部隊を無力化後、《アマデウス》で接近。物理的、電子的にクラッキングを行い、ミスター・ガロットへの直通回線を奪う」

 全員、無言のまま頷いて肯定を返す。

「回線奪取後は、イリアが交渉に入るわ。防衛本隊が問題を察知し、そこへ駆け付けるまでが勝負ね。通信終了後は、直ちに離脱する。シンプルな作戦だけど、個々の技量に大きく左右される作戦でもあるわね。それぞれの役割をしっかりと把握しておく事」

 各々が了解を返し……トワだけは相変わらずぼうっと周りを窺っていたが、クストの話は終わった。

 それを確認してから、イリアが広域レーダーに別の宙域図を出した。中継ポイントとは何の関係もない、遠方の宙域だ。全員がそれに視線を向けてから、イリアは話し始めた。

「最後に注意だけど。この座標で、リリーサーらしき痕跡があったよ。散発的な部隊の全滅。錯綜する情報を確認する限り、フィル・エクゼスと《スレイド》の仕業だって断定出来るんだ。動きには指向性がある」

 広域レーダーに、幾つかの光点が表示される。フィルの《スレイド》が暴れた地点だ。その光点を繋げていくと、真っ直ぐ動いている事が分かる。

「こんな感じで。真っ直ぐこっちに向かってきてるみたい。正確には、前回リプルと戦った場所、かな。どうしてそれが分かるのか、そういうのは不明だけど。少なくとも、動き出したって事は確かだよ」

 イリアの話を聞きながら、ちらとトワの様子を見る。黙ったまま、じっと広域レーダーの光点を眺めている。視線が、その軌道をゆっくりとなぞっていた。

 トワの目には、《スレイド》を駆るフィルの姿が映し出されているのだろうか。

「今回の作戦で、かち合う事はないと思うけど。距離が距離だから、ここまで追い付くのも一苦労だと思うし。まあ、一応注意って奴だね」

 フィルが動いたという事は、対決も近いという事だ。未だに、《スレイド》への勝ち筋は見えていない。

「ま、こんな所かな。それじゃ、ばしばし準備しないとね。解散!」

 ぱんと手を打ち鳴らし、イリアはそれぞれ動くように促す。

 準備する事は多い。ミユリと話して、ifの装備を揃えなければ。一機で四機を無力化するのだから、相応の準備が必要だ。

「トワは今回、お留守番だね」

 頭の中で手順を確認しながら、隣にいるトワに話し掛ける。まずは格納庫だろうか。

「うん。《プレア》、ぼろぼろだもの。何してればいいんだろ」

 ブリッジを後にして格納庫を目指す。隣では困り顔のトワが、一緒に歩いている。

「別段何も。すぐに終わる作戦だし、寝ないで起きてるぐらいじゃないかな」

「ふうん、それは大変」

 いつも大体おねむなトワにとっては、確かに大変だろう。くすりと笑みを零し、うつらうつらしているだろうトワを思い浮かべる。待っていてくれるだけでいいと伝えようとしたが、今更かも知れない。

「フィルも動き始めたみたいだし。忙しくなるね」

 次に対峙する時には、決着を付ける必要があるだろう。どう倒すべきか。自分が全力で動いても、《スレイド》の剣には及ばない。

「うん。色々、話さないといけない事もあるから」

 その時までに、何らかの手を考えておかなければ。戦いは避けられない。避けられないのであれば、勝つしかないのだ。あれは、敗北が死に繋がる類の相手だ。

「まあでも。とりあえずは目の前の事、かな」

 いつもの思考が首をもたげる。対処しなければならない事に、すっと焦点が合っていくような感覚だ。

 整備士であるミユリと話し、勝てる算段を付ける。まずは、この奇襲作戦を成功させなければ。

 戦いの技術を、殺しの業を。自分の意思で使う時が来るなんて。

 苦笑は浮かんでくるも、それを呪う気持ちは、少しだけ鳴りを潜めていた。

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