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刃‐ブレイド 悠久ニ果テヌ花  作者: 秋久 麻衣
「想望と憧憬」
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優先すべき願い


 《アマデウス》医務室では、ちょっとした睨み合いが続いていた。といっても、何らかの衝突が起きている訳ではない。ただ、両者が向き合っているのは事実だ。

 椅子に座り無言のまま、トワはじっと考え込んでいる。軍医であるアリサは、それに向き合う形で座り、じっと言葉を待っている。衝突している訳ではない。だが、睨み合いではある。

 トワはブラウスの袖を弄り、それを終えるとマキシスカートの裾も弄り始めた。黒いタイツに包まれた足をぱたぱたと動かし、その度に黄色いスリッパがぺたりと落ちる。

 アリサには、聞きたい事があってここに来た。でも、どう聞いたらいいのか分からない。放って置いた眼鏡を取り、やっぱりいいやと脇に置く。

 これでは、いつまで経っても相談なんて出来ない。深呼吸をし、少しは落ち着こうと意識する。うん、落ち着いた。

「……アリサはお医者さんで、色々詳しいんでしょ」

 決心し、そう切り出す。いつものように喋ってしまうと、言ってはいけない事を話してしまうかも知れない。だから、一つ一つ考えながら話さなければ。

「まあ、それなりには。何か聞きたい事でもあるのか?」

 こちらの様子から、アリサは察してくれたのだろう。でも、慎重に聞かないと。

「うん、決めた。あんまり重要じゃない事を聞いて、それからさりげなく聞こう……」

 小声で、自分の考えをそのまま口にする。さりげなく、自然な感じで、正直自信はないけれど、気を付けていれば大丈夫と信じて。

「それで、まずは重要じゃない事か。何だ?」

 アリサの問い掛けに、答えようとして行き詰まる。両腕を組み、目を瞑り、そもそも重要じゃない事なんてあるのかと自問自答した。私が聞きたいような事は、殆ど重要な事なのではないか。だって、私が聞きたい事なのだし。

「えっとね。ある意味重要なんだけど」

 やはり、重要な事には変わりない。折角だから聞いておこう。

「うん、どうぞ」

 いつもの調子でアリサは応え、足を組んでみせた。

「あのね、私みんなより痩せてる気がするの。この、ここ」

 自身の脇をさするようにして、トワは位置を訴える。

「ここがね、骨っぽくてかわいくない。困った……」

 どんなにお洒落をしても、こういう所はどうしようもない。あばら骨が少し浮いてしまうのだが、解決法はないのだろうか。

「不思議な所ではあるよな。結構食べてる方なのに、全然太らないってのは。別に、それは不健康な証でもないんだが。気になるのか?」

 こくこくと頷く。もっとこう、女の子らしい身体付きの方がいい。と思う。

「そればっかりは食べて、運動をして筋肉に変えていくしかないんだが。宇宙だとまあ、難しいもんなのかねえ。訓練メニューと栄養剤を見直す、ぐらいか」

 もっとこう、簡単にすとんと解決する方法はないのだろうか。目付きで伝わったのか、アリサは首を横に振る。

「身体作りはそういうもんだよ。日帰りで何とかなるものはない」

 むうと口を尖らせる。実を言うと、あんまり訓練は好きではないのだ。つらくて楽しくない運動を、そこそこの時間やらなければいけない。

「もっと楽が出来たらいいのにね」

 アリサは笑い、地面を指差す。

「諸々が一段落したら、一度地球に行ってみるといい。天然の重力って奴が、勝手に身体を鍛えてくれるよ」

 地球、いつも遠くに見えている、あの惑星の事だ。

「地球って、そんなにつらいの?」

 いるだけで鍛えられるなんて、ちょっと想像が付かない。だから、そう聞いてみた。

「つらくはない。今設定してある重力係数と同じ数値だよ。だが、どうしても違いが出てくるのかな。こればっかりは、実際に体感した方が早い。狭い軍艦より、よっぽど広いしな。予定の一つに入れといたらどうだ?」

 行ってみたいという気持ちは、確かにある。でもそれには、行けるのだろうかという疑問が、常について回るのだ。

「一緒に行けたら、いいな」

 だから、そんなあやふやな希望しか口に出せない。地球に行ってみたいとリオに伝えたら、なんて返してくれるのだろう。

「リオは地球の生まれだからな。本人にとっては、あまり良い思い出はないだろうが。だからこそ、行ってみる価値はあるんじゃないか?」

 良い思い出はない。その言葉を聞いて、そうだったと思い出す。左手の薬指を見遣り、そこに通されたエンゲージリングを右手で撫でる。

 リオにとっては、始まりの地だ。母親を失い、ifに乗り、街ごと敵を倒した。記憶を見てきたからこそ分かる。そんな場所に、リオが行きたいとは思えない。避けて、逃げてしまってもいいような地だ。

「リオが嫌な思いをするの、私は嫌だな……」

 つらいことが、出来るだけないように。どうしたらいいのかは分からないけれど、そういう風になって欲しい。

「だからこそ、ちゃんとした思い出を残すってのも手だと思うんだがね。どちらにせよ、全部片付いたら一度は行く事になるだろうし」

 どういう事かと、アリサに問う目を向ける。アリサは困ったような笑みを浮かべ、こちらに指を差した。

「ほら、お前も知ってる通り。リオの奴は、律儀だろ。母親の墓前か、犠牲者の墓前か、そのどちらもか。一度行かなきゃ、あいつは納得しない」

 そういうものなのだろうか。少し考えてみるも、やっぱりよく分からない。

「それ、私もついて行っていいものなのかな?」

 邪魔になったり、しないのだろうか。

「むしろ、お前が行かないといけない。部外者の私は、少なくともそう思うんだが。その指輪には、それだけの力があるんじゃないか」

 エンゲージリングの事を指摘され、左手の薬指に視線を落とす。ずっと一緒にいようという願いを込めた、約束の証だ。最初は我が儘で手に入れた物だけど。今は、少し違う。約束を形にして、リオが私を繋ぎ止める為にこれを用いたのだ。

 その時の光景を思い返し、体温が上がっていく。傍にあるベッドに飛び込んで、手足をばたばたとさせたくなる衝動を、ぐっと堪えた。

「うん、そうかも。私だから、ついて行っていいんだよね」

 全部を単純に考えていくと、結局答えは一つになる。ただただ、傍にいたいだけなのだ。ちゃんとした笑顔になれるし、ちゃんとした笑顔にさせてあげられるから。

 そして、単純な答えの後に冷たい疑問が浮かんでくる。その事を思い出し、唇を噛む。

「それで、重要な事は?」

 こちらの仕草で、何となく察したのだろう。アリサが、いつもより優しい声色でそう問い掛けてきた。冷たい、悲しい疑問を。出来るだけ自然に、さりげなく、変じゃないように聞かないと。

「ふつ、普通の……」

 言葉を探す。足りない知識の中を、引っ掻き回して言葉を探す。

「……普通の人って。どうやったら、なれるのかな」

 言葉を探して、考えて。結局、そのままの形で出て来てしまった。言い切ってからそれに気付き、これじゃダメだと目を伏せる。

 こんな言い方じゃ、自分から普通じゃないと認めているようなものだ。いや、普通ではないのだろうけど。もっとこう、言い方があるんじゃないかと思いたくて。

「普通の人、か」

 アリサの言葉に、小さく頷いて返す。

「普通の、人。羨ましくなる……。だって、ちゃんとおじいさんとおばあさんになるもの」

 今の状態が嫌だとか、そういう事ではない。全部終わって、全部思い通りの結末を手繰り寄せて。そこから先の未来が、たまらなく怖い。何も、分からないのだ。断片的に見えた記憶から、考える事も出来ない。

 それでも、迷わずに戦うと決めているけれど。

「医学的に言えば、お前は普通の人だよ。でも、そういう事を聞きたい訳じゃないんだよな」

 こくりと頷く。本当はちゃんと笑っていたいのだ。でも、このままじゃそれが出来ない。頭のどこかで、見えない未来が爪を立ててくる。

「じゃあ、トワ。アストラルの事は憶えてるな」

 顔を上げ、アリサの顔を見た。そして、そんな事は聞く迄もないと目で訴える。大切な友達だと、今更になって言えるようになった。本当に、今更だけど。

 アリサはこちらの目を見て頷き、空いたままのベッドをちらと見た。アストラルが使っていた、今はもう誰もいないベッドを。

「質問だ。アストラルは、あそこで死ぬ運命だったと思うか?」

 そんな質問、意味がない。だってもう、死んでしまったのだから。

「考えろ、トワ。アストラルは、あそこで死ぬ為に生きてきたのか?」

 考えたくない。私が殺したようなものだ。

「目を背けるな。アストラルは、ここで、死ぬ事が目的だったのか?」

 目頭が熱くなる。言葉を出そうとして、果たせずに音だけが漏れた。でも、答えなければいけない。アストラルの死を、間違った形で理解したくない。

 アストラルは、あそこで死ぬ運命だったのか。あそこで死ぬ為に生きていたのか。死ぬ事が、目的だったのか。

「……違う」

 死の運命なんか、誰に見えるものでもない。

「アストは、ちゃんと……」

 生きる為に生きていた。

「一生懸命、頑張ってたんだから……!」

 彼女は死ぬ為に、ここまで来た訳ではない。

「……そうだな。それが正しい。それを、自分に当てはめる事は出来ないのか?」

 そう言って、アリサは優しく微笑んだ。

 今の言葉を、自分に。死の運命は見えない。生きる為に生きている。傍に居たいという、単純な目的だけを夢見て。

「先は、分からないけど。一生懸命、頑張らないといけない?」

 アストラルも、不安になる事があったのだろうか。それでも、それを覆い隠して頑張っていたのだろうか。

「程々でいい。みんなそうしてる。常に全力を出せるような奴はいないからな」

 程々に、不安を抱えたままで。

「なんだか、分かったような分からないような。すっきりしたような、そうでもないような」

 率直な気持ちを口にする。アリサは当然と言わんばかりの表情を浮かべていた。

「心の問題って奴は、数値として見える訳じゃないからな。お前だけじゃない。みんな、似たような事は考えてるよ。顔に出ないだけでな」

 誰だって不安を抱えている。未来が見えないのは、私だけではない。気付いてしまえば、当然の事だけど。

「そういうものなのかな」

「そういうものだよ」

 そう答え、アリサは組んでいた足を元に戻す。そして立ち上がり、軽く伸びをした。

「それと、一つアドバイスだ」

 伸びが終わると、アリサはそう続ける。こくこくと頷き、座ったままアリサをじっと見据える。

「お前が嫌という程学んだように、後悔は中々に堪える。時間は有限で、永遠なんてそれこそ夢物語だ。要するに、座って呆けてる場合じゃない」

 ふむ、と頷いて相づちを打つ。

「伝えようと思ったその時に、お互いが無事でいる保証なんてどこにもない。だが、今は無事だ。もう一度言うぞ。座って、呆けてる暇があるのか?」

 そこまで言われて、アリサが何を伝えたいのかようやく分かった。

 アストラルに、ちゃんとお礼を言えてない。友達だって、ちゃんと言葉を返してあげる事が出来なかった。もうずっと、何があっても、それを叶える事は出来ない。だから、伝えられる内に目一杯伝えるのだ。

 不安も悩みも消えないけれど、今はそれよりも大事な事がある。

 スリッパをはき直し、跳ねるように立ち上がる。脇に置いてある眼鏡を忘れないように掴み、ちょっと煩わしいけれど掛ける。はっきりと見えるようになった視界でアリサを見付け、ぐっとガッツポーズを作る。

「ありがとう、アリサ! 私、リオを困らせてくる!」

 そう宣言し、靄の晴れた視界で走り出した。

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