乙女心の助言
こうしてゆっくりと向き合うのは、久しぶりかも知れない。そうリオは自身の行動を思い返す。ここ最近は、大体トワを中心にして動き回っている。だから、やっぱりこれは久しぶりの事だ。
《アマデウス》後部、通称展望室にて、リオ・バネットは小休止をしていた。
もっとも操縦兵である以上、戦いがない限り休憩のようなものだ。それでも休んでいると頭が考えているのは、トワがそう言ったからだ。どういう判断基準かはよく分からないが、シャワーを浴びてくるのでそれまでリオは休憩だとトワは言っていた。
「なんですか、人の顔をじろじろと」
不満そうに、じとりとこちらを睨んでいるのはリーファだ。今自分は展望室の椅子に腰掛けながら、机を挟んで向こう側にいるリーファを見ていた。
リーファも休憩なのだろう。何となく展望室でトワを待っていたら、リーファが合流した、という感じだ。それを久しぶりと感じるのは、大体傍にトワがいたからだろう。
こうしてまじまじと見てみると、リーファはとても小さい。十四歳の少女なのだから、小さくて当たり前ではあるが。
「こうして落ち着いて話すの、あんまりなかったなあって」
リーファは少し考え、そう言えばそうかもといった様子で頷いた。
「トワさんはよく私の部屋に来ますけど。リオさんは、あまり見ませんね」
トワと違って、こちらはリーファの部屋を訪れる理由がない。
「リーファちゃんの教え方がいいのかな。トワ、日に日にお洒落になっていくような気がするんだけど」
トワがリーファの部屋に入り浸っているのは、主に整容と服飾に関してだ。無頓着な事にはとことん無頓着なトワだが、そういう所はしっかりしている。
「時々めちゃくちゃな格好をしてますが。元がいいので、大体何を着てもお洒落ですよ」
涼しい顔をしてリーファは答えた。その様に苦笑しつつも、確かにそうかもと思ってしまう辺り何も言えない。
すると、今度はリーファがこちらをじっと見ていた。何かを探るような目付きで、じっとこちらを見据えてくる。
「えっと、何か変だった?」
また、気付かぬ内に失言をしていたのかも知れない。そう思い、とりあえず直接聞いてみる。
「いえ。やっぱり、落ち着いてるんだなあって。感心というか、まあ、そうですね。変だなあって思っていた所です」
当然という顔をしたまま、リーファはそう言った。うん、ちょっとひどい。
「リーファちゃんの方が、落ち着いてるように見えるけど」
実際、十四歳の少女にしてはしっかりし過ぎていると思える。様々な境遇を考えれば、そうなっても仕方がないとも思うが。
「外見だけなら、私が一番でしょうけど。私が言っているのは内面というか、本質的な部分です」
「うーん、つまり?」
リーファが何を言いたいのか、いまいちよく分からない。下手に考えるよりも、こういう時は聞いてしまった方が早い。
「だからですね。私達は、元々AGSの所属でした。細かい事を言うと、大企業ロウフィード・コーポレーションの保有する戦闘部署、AGSに配属されている形になりますが」
改めて言われるまでもない。リーファの説明に、頷いて肯定だけを返した。それを確認し、リーファは説明を続ける。
「AGSはH・R・G・Eと敵対していました。H・R・E・Gもまあ、似たような物です。ルディーナという大企業が保有する戦闘部署、ですね」
リーファは身振り手振りを交えながら、その話を続けていく。
「でも、《アマデウス》はAGSから離反しました。かといってH・R・G・Eに逃げるでもなく、単独で行動し続けて。リリーサーとかいう、よく分からない相手と戦わなきゃいけない。これって、変じゃないですか」
変だと言われ、これまでの経緯を何となく頭でなぞっていく。その時その時で、色んな選択をしてきた。その結果がこの状況だ。単独でリリーサーを打倒する。打倒しなければならない。
「まあ、普通ではないよね」
未だにリーファが何を言いたいのか分からず、中身のない相づちを返す事しか出来ない。
「普通じゃないです。あ、でも!」
リーファは思い出したかのように立ち上がり、机に手を付いてこちらに身を乗り出す。急な動きに、少しびくりとさせられる。
「私、間違ったなんて思ってません。リオさんとトワさんを見ていると、ちゃんとそう思えるんです。私が何かを、特別な事をした訳ではないですが。こういう未来を選べている事を、間違いだなんて思ってない」
それは事実なのだろう。真剣な眼差しで、身を乗り出しながら訴えるリーファを見ていると、確かにそう思える。こちらはその様子に気圧されて、黙って頷く事しか出来ない。
「間違いじゃないです。でも」
少し落ち着いたのか、リーファはまた大人しく席に着いた。
「この先、どうなるのかなって。勝てるか勝てないかは、怖くて考えたくないですけど。勝ったとして、私達はどうなるんだろうって。そういうの、考えたりしないんですか」
そう言って、リーファはちらとこちらを見る。変な事は言ってないでしょうと、その目は訴えているように見えた。
この状況を見ても、間違っていないとリーファは言ってくれた。だが、その先が分からないとも言っている。リリーサーに勝ったとして、その先はどうするのかと。
宇宙は途方もなく広い癖に、いざ生きようと思った途端狭くなる。逃げ続ける事は出来ない。何らかの形で、社会というシステムと決着を迎える必要がある。その様が想像出来なくて、リーファは思い悩んでいるのだろうか。
「ああ、そっか」
そこまで考えて、ふとその事に気付いた。どうして自分は、それを思い付けなかったのか。
「僕は、あんまり考えてなかったみたい。この先の事なんて、何も」
未来を描く、という事をしてこなかった。目の前の問題しか、頭に入っていなかったのだ。リーファが考えたくないと言った勝ち負けについては、幾らでも考えているのに。
「考えてみようって、思ったりはしませんか」
リーファの問いを受け、少し考えてみる。未来の事を、リリーサーとの戦いを終わらせた後の時間を。
果たして、その未来にトワはいるのだろうか?
「……分からないな、やっぱり」
リリーサーを終わらせる。その為に必要な行動は定まりつつある。サーバーと呼ばれる物の破壊を以て、リリーサーを打倒出来るとトワは言う。トワの言うサーバーが、どんな物かは分からないが。名称から、ある程度の機能を推測する事は出来る。それを破壊した時、トワにどんな悪影響を及ぼすのだろうか。もしくは、何の影響もないのか。肝心な部分が、未だに分からないままだ。
リリーサーを打倒しなければ、望む未来を手に入れる事は出来ないというのに。その先に、トワがいるかどうか分からないなんて。
「リオさん、怖い顔してます。何か、怖い事考えてませんか」
リーファに指摘され、そんな顔をしていたのかと苦笑する。あまり怯えさせてもいけないと、意識して表情を変えた。
「まあ、ちょっとね。僕からリーファちゃんに聞いてもいいかな?」
「ちょっとは考えてるって、それはそれで怖いんですけど。まあいいです、何ですか」
呆れ顔のまま、リーファはそう返してくれた。
「トワの事だけど。何か、いつもと様子が違ったり。変な所とかあった?」
「大体いつも変ですけど」
即答で返してくれたが、そういう事ではないのだ。
「嘘です、怖い顔しないで下さい。えっと、そうですね……」
今度はリーファが苦笑を浮かべてみせた。どこまで冗談だったのかは分からないが、今はちゃんと考えてくれているようだ。
それにしても、怖い顔をしたつもりはないのだが。自身の頬に触れ、そんなに切羽詰まっていたのかと、こちらも考え込んでしまう。
「……何か悩んでいるというか。いつも通りのトワさんですけど、時折ふっと暗くなるというか。そういうとこは、何だか見掛けますよ」
その様は、簡単に思い浮かべる事が出来る。なぜなら、自分もそういう所を見ているからだ。トワはやっぱり、何かに悩んでいる。
「悩み事、か」
その内容は、やはりリリーサーについてだろうか。リリーサーを終わらせた時に、何が起きるのか。トワはある程度知っている、とか。或いは、トワも自分達と同じで、何も知らないが故に不安なのか。
「直接聞いてみたらどうですか。リオさんの頼みなら、何でも聞くように見えますけど」
「何でも聞くって、そんな事ないよ」
リーファの提案通り、直接聞いてみた事はあるのだが。しっかりとは答えてくれなかった。
「トワは頑固だから。自分の中でこうと決めちゃうと、もう全然」
頑固になったトワは、一筋縄ではいかない。だが、このまま放置する訳にもいかない。他の事なら、そういうものかと片付けるけれど。あの少女に、これ以上苦しんで欲しくない。
「普通に頼むよりですね、こう……強引にいくとか。そういうの、効くと思いますよ」
両手をぐっと握り締めて、リーファはそう力説する。心なしかテンションを上げていらっしゃるようだが、何を言っているのかよく分からない。
伝わってないと判断したのか、リーファがぴっと人差し指を立てる。
「だからですね。リオさんとトワさんの関係性は、割と一方通行なんですよ。トワさんからリオさんへ、うわーみたいな感じで。そうでしょう?」
擬音の所は分からないが、他はまあ納得出来る。トワが中心となって動き回っているのは確かだ。リーファの言葉に肯定を返す。
「なので、その逆をすればいいんです。トワさんから抱き付く所を、リオさんから抱き付く。先手を取るんです。これは効きます!」
きらきらした目で力説を続けるリーファに、こちらは怪訝そうな視線を送る事しか出来ない。
「効きますって、具体的に何に効くの?」
ちょっと、そこら辺が抽象的で分かりづらい。
「心です。具体的に言うなら心臓です。最悪心停止しますよ」
「それ、あんまりよくないんじゃ」
なぜ悩み事を聞き出そうとして、心臓を破壊しなければいけないのか。
「リオさんは乙女心ゼロなんですね。見た目は、ちょっと手を加えればかわいくなりそうなのに」
しれっとひどい事を言っている。リーファはやれやれといった様子で、溜息まで吐いていた。ひどい。
「乙女じゃないからね。もうちょっと真面目なアドバイスはない?」
こっちはこっちで、とても困っているのだ。リーファはこちらの様子を窺っている。そして、こちらの本気を感じ取ったのだろう。真剣な面持ちで、佇まいを直した。
「強引に、先手を取って下さい」
そして、あくまで真剣な調子でリーファはそう告げる。先程と内容は変わらない。こちらはちょっと脱力する羽目になった。
「あのね、リーファちゃん」
どう説明すれば、真剣味が伝わるだろうかと考える。しかし、リーファは首を横に振った。
「これ、真面目な意見ですよ。乙女心ゼロなリオさんにも分かりやすく言うとですね。リオさんは、トワさんの好意を受け取っているだけで返してないんです。そういうの、女の子は気にしますよ?」
リーファの目は本気だ。からかう為に言っている訳ではないと分かり、こちらも自然と佇まいを直した。
「女の子は疑り深い生き物です。トワさんも例外ではありません。ちゃんと好きだって気持ちを、定期的にぶつけなきゃダメなんです。好きという気持ちはナマモノなんです。腐りやすい上に、腐ってしまうと処理が大変ですよ」
処理って。結構凄い事言っているような気がする。
「それはまあ、今の聞いて何となく分かったような気がするけど。トワの悩み事については、あんまり関係ないんじゃ」
それを聞いて、リーファは神妙な面持ちで首を横に振る。関係ない訳ではない、という事か。
「ちゃんと話してみよう……という気になる。かも知れません」
「肝心な部分がふわふわなんだけど」
リーファはわざとらしく咳払いをした。そして、それを取り繕うように真剣な表情を維持している。
「その真面目な表情、しなきゃダメなの?」
張り詰めたような空気は、既になくなっている。表情だけ取り繕っても、ちょっと滑稽に見えてしまう。
「じゃあしません。でも、話は真面目でしたよ。本当に、そういうの効果あるんですから」
いつも通りのリーファに戻り、そう続けた。他でもないリーファが言うのだから、そういうものなのかも知れないが。大手を振って試してみようとは思えないというか。
「先手を取るって、結構恥ずかしいんだけど。勇気がいるなあって思う」
しかし、リーファは分かってるじゃないかと言わんばかりに笑みを見せる。
「その恥ずかしくて勇気がいる事を、トワさんはいつもやってるんですよ。たまには返してあげて下さい。そういう何気ない事で、ちょっと救われたりするんですから」
他意のない顔でそう言われてしまうと、こちらは黙って頷くしかない。面白がっている面もあるにはあるが、リーファはトワの事を真剣に考えてくれている。
「そういう救いが連なれば、悩み事ぐらい教えてくれるかも知れないですよ」
そう、リーファは優しげな声色で続けた。




