残された物
「想望と憧憬」
Ⅰ
《アマデウス》格納庫にて、イリア・レイスは山積みになったコンテナの山を眺めていた。悩みの種その一は、こうして解決してくれたように見える。
「イリア、クスト。ざっと目録は仕上がった。ほれ」
ミユリはそう言って、イリアとクストに電子パッドを差し出した。
艦長であるイリアに、副艦長であるクスト、そして格納庫の主ことミユリが一堂に会している。滅多にない光景だろうが、それに値する事が起きたという事だ。
「正直助かるってもんだ。今の私達には、充分過ぎるぐらいの物資だ。数は少なくとも、要領を得た品目って奴だな」
ミユリの言わんとしている事は、渡された目録を見ていれば分かる。電子パッドに映し出された情報を目で追いながら、イリアは数時間前の出来事を思い返していた。
暗号化された短いメッセージが、《アマデウス》に送信されたのだ。送信元が分からないように、最小限の情報だけを記した短いメッセージだ。宙域座標の数字だけが、そこには刻まれていた。
意図は分からない。罠の危険性も考えた。だが、《アマデウス》はそこへ向かう事にした。この段階で、《アマデウス》に接触しようと考える者は少ない。危険は百も承知で、向かう事を決意した。無視を決め込める程、全容が分かっている訳ではないからだ。
緊張の一瞬が過ぎ、《アマデウス》が得た結果は……このコンテナの山だった。中身は補給物資、こちらがどう手に入れるべきか考え倦ねていた物の塊だ。
「イリア、これって」
目録を同じように確認しながら、クストはイリアに声を掛ける。イリアは頷き、にやと笑みを浮かべた。
「うん。何がどれぐらい不足しているのか、不足するような事になるのか。分かっている人の選び方だね。神経質なぐらい徹底してる、おっさんの仕事って奴だね」
旧友に再会した時のような笑顔で、イリアは目録を指でなぞる。
過去に二回、《アマデウス》に補給物資をもたらした数少ない友軍、《レファイサス》の仕事だ。一回目は正規の補給を、二回目は強奪紛いの出来レースを。そして、こちらも予期していなかった三回目がこれだ。物資を隠し、その座標を送り付ける。
こちらの内情を知っている部隊でなければ、これだけ‘要領のいい’物資は用意出来ない。そして、今現状でそれを知り得る事が出来るのは《レファイサス》だけだ。
「頭が上がらないわね」
クストの言葉に、確かにとイリアは胸中で続ける。
「上げるけどね頭。まあ、これで問題ごとの一つは……かた」
片付いたと言おうとして、イリアは言葉を失う。一瞬何も考えられなくなり、口の中が急速に乾いていくような感覚に襲われた。目録の最後に、一言だけメッセージが記してあったのだ。
イリアの様子を見て、クストもそのメッセージを確認する。しかし、それ自体は普通のメッセージに過ぎないだろう。なぜイリアが衝撃を受けたのかが分からず、クストは首を傾げる事しか出来ない。
「幸運を祈るって、書いてあるけど」
クストが、そのメッセージを読み上げる。それを聞いたミユリが、こくりと頷いて返した。
「物資の中に、唯一残ってた文章がそれだ。ありきたりな文言だがな」
クストとミユリのやり取りを聞きながら、その通りだとイリアは手の震えを抑える。
「……おっさんじゃ、ない」
イリアは小さく、誰にも聞こえないような声で呟いた。ありきたりな、何でもない一言だ。でも、このメッセージを書いたのは《レファイサス》のレイ・ブレッド艦長ではない。彼は私を、イリア・レイスの事をよく知っている。一緒に戦ってきたのだ。私が、運を祈られるような事を嫌っている事ぐらい、とっくに分かっている。分かっていて、皮肉を込めるような人ではない事を、私は知っている。
でも、この物資を見る限り。これは《レファイサス》の、レイ・ブレッドの仕事だ。あのおっさんが、お節介にも私に託した物だ。
それらの断片から、考えられる事は一つだけ。これは《レファイサス》の、レイ・ブレッドの仕事だが。当の本人はもう、メッセージを記せるような状態じゃない。だから、残ったクルーがありきたりな文言を残した。
「そういうのが一番、堪えるんだけどなあ」
全部想像の中の結末でしかない。だが、とイリアは目を伏せる。良い事も悪い事も、想像出来るのならそれが現実に相違ない。他の結末だって、考える事は出来るのに。メッセージは彼の部下が残したとか、幾らでも理由は考えつく。
でも、違うのだ。一番始めに見えた結末が、多分正しい。いつもそうだった。
お節介はまあ、正直助かる。問題ごとの一つは片付いた。でも、死と引き替えというのはあまりにも。
「……ううん、何でもない。相変わらず、真面目な仕事振りだなって。思っただけだから」
声の調子を整え、極力なんて事はないようにイリアは振る舞った。そんな事をしても、この二人には分かってしまうだろうが。今は、話し合わなければいけない事がある。
クストは小さく頷き、ミユリはばつが悪そうに頭を掻く。付き合いが長い上に、二人とも勘がいい。隠そうとしていた感情の、ほぼ全てを悟っている事だろう。
「で、この物資だが。最初に言ったように、数自体はそう多くない。加えて、誰とどうかち合うにしても消耗は間違いなくする。何となく分かるだろ」
今は仕事の話をしよう。そんな声色でミユリが話し始めた。改めて、イリアとクストは物資の総量を確認する。概算で一戦辺りの消耗を考え、照らし合わせて見ていく。
「それに、ここから前回の損害分を引くんでしょう? if、まだ一機しか使えないって聞いたけど」
クストがミユリにそう問い掛ける。そう、使用に耐えられるifはまだ一機しか準備出来ていない。他はスクラップ同然で、部品が足りずに放置する事しか出来なかった。
「ああ。参るよな。後はこいつ、《アマデウス》自体の損傷だって無視出来たもんじゃない。騙し騙し使ってるようなもんだから。それも込みで計算していくと、な」
ミユリの言わんとしている事が、ようやく分かってきた。イリアは頷き、電子パッドをミユリに返す。
「大規模な戦いが出来るのは、後一回か二回って感じかな」
イリアの出した答えに、クストとミユリは頷いて肯定を示した。その一回か二回を、損害ゼロで乗り越えられたらと考え、無理だろうとイリアは苦笑する。どうあっても消耗はする。想定される相手の一人は、最初に会敵したリリーサー、フィル・エクゼスと《スレイド》だ。
「これ以上の補給は、どう望んでも得られないだろうしな。頭に入れておいた方がいい」
ミユリの言う通りだろう。ここから先は、回数制限付きの全力戦闘だ。
「まあ、あまりやる事は変わらないでしょう。私達が倒そうとしている敵は、何回も戦えるような相手でもない。次に会えば、それで決着がつく。痛み分けなんかで終われる相手じゃないんだから」
クストの意見も正しい。全力で戦う以外の選択肢はないのだから、そもそも何とかするしかない。
「まずは、これを使って準備しないとだね。間に合いそうかな?」
イリアの質問に、ミユリは渋い顔を見せる。
「間に合うって、次のドンパチまでだよな? 無理だ。これ、結構な大仕事だぞ」
リリーサーと本格的な戦いに入る前に、作戦を一つ片付けなければならない。だが、ミユリの表情を見る限りそれには間に合わないそうだ。
「リリーサーが襲ってくる前に、仕上がってくれればいいんだけど」
一番の心配事をクストは口にした。誰も口にしたがらないから、敢えてクストは言ったのだ。
「それに関しては、まあ急ぐしかないわな。位置は割り出せるのかよ?」
ミユリは苦笑を浮かべ、現実的な疑問を投げ掛ける。
「今の所は大人しいよ。前回みたいに、ばっちりステルスされてたらお手上げだけど。少なくとも、交戦の気配はなし。まだ余裕があるって、安心したいよねー」
イリアがその疑問に答える。様々なネットワークを駆使し、交戦地域を見張っているのだ。リリーサーが動けばすぐに分かる。
「そうかい。ま、どっちにしろやる事は一つだけ」
ミユリはそう答え、山積みのコンテナを顎で指す。
「戦いの準備だ」
そう、格納庫の主は大胆不敵に言い放った。




