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刃‐ブレイド 悠久ニ果テヌ花  作者: 秋久 麻衣
「潜考と決別」
169/352

幽鬼の技法

 ○


「ん……ううん」

 泣き疲れ、眠りに落ち、無駄な抵抗と知りながらそれを試み、やはりまた泣いて眠りに陥る。そんな事を繰り返しながら、フィル・エクゼスは暗い操縦席で何度目かの目覚めを迎えた。ファルと……トワと瓜二つの姿をしているが、髪だけは瑞々しい黒に染まっていた。そんな少女、フィルは目を擦り、代わり映えのない光景に辟易とする。

 リプルに敗れ、プライアを封印された。それもすぐに終わるだろう。大分時間が経っていた。リプルはファルを殺して、何食わぬ顔で戻ってくるだろう。全部は終わった事、もうどうにもならない。

 意味がないと知りながら、フィルは両手を両端にある球体、スフィアグラフに置いた。いつもの癖という奴だ。ロックダウンされたプライアは、起動する事すら出来ない。こんな事をしても何の意味もないのだ。

「……あれ?」

 手を置いた瞬間に、意識が明瞭になる。フィルはプライア・スティエート、《スレイド》との接続を試す。何の問題もなく、いつものように《スレイド》は応える。

 いつの間にか、ロックダウンが解除されていた。

「ていうか、教えてよ《スレイド》! ばかあ!」

 寡黙な騎士に八つ当たりしながら、フィルはシステムチェックを進めていく。確か、眠りに落ちる前はロックダウンされていた筈だから。眠っていた数時間の間に、何かが起きたのだ。

「何かなんて、考えるまでもない……か」

 決着が付いたのだ。リプルとファルの、いつもの結末が。フィルはそう思い、自身の1st(ファースト)サーバーに接続する。

「……え? 嘘、でしょ」

 ログを確認していくと、すぐに異常が見つかった。

「リプル・エクゼス。教区長《メイガス》が撃破された……!」

 フィルは驚き、少しの間凍り付いたように黙っていた。

 何かが起きている、なんて生易しい事態ではない。これまでとは違う、何か致命的な事が起きている。

 フィルは頭を振り、動揺している場合じゃないと意識を切り替える。異常事態だろうが、致命的だろうが。自分のやる事は変わらない。

「お姉ちゃん、まだ生きてる。なら」

 まだ終わりではない。フィルはにやと笑みを浮かべ、消えつつあるリプルのリソースへと手を伸ばす。それはもうじき分解され、再構築を待つだけのデータの群れだ。どうせ消えるのであれば、その一部を奪っても構わないだろう。

管理者権限(アドミニストレータ)は……ああもう、拡張子が違う! 対策済みってわけ? 気に食わないわ……」

 分解待ちのデータを、フィルは足早に物色していく。一番の目当てであった管理者権限(アドミニストレータ)は、自分には使えそうにない。ならば。

「……よし、上位のアクセス権! これならきっと」

 リプルが隠し持っていた、その鍵を拾い上げる。本来なら、管理者権限(アドミニストレータ)と併用し機能する筈のそれを、リプルは遂に一度も使わなかった。

 その鍵を、自らの領域へと引っ張っていく。拡張子は問題ない。だが、膨大すぎるデータが内側で膨張し始める。

 それは、フィルに対して激痛という形で返ってきた。細いドリルで、後頭部を何回も貫かれているような。

「……《スレイド》、うるさい。私は、お姉ちゃんを助けるんだから!」

 叫び、その痛みを一瞬にして振り払う。フィアリメイジを使う迄もない。肩で息をしながら、フィルはその鍵が徐々に馴染んでいくのを感じた。規格外だろうと、取り入れてしまえば私の物だ。

「試して、みないと。実行(ランタイム)

 フィアリメイジを同時に起動し、その鍵を展開していく。幾つか候補があったが、どれでもいい。まずは、出来るという事を証明しなければ。

 目を閉じ、集中する。ばらばらだった要素が、音を立てて統合されていくような。そんな感覚を覚えた。フィルは確かな手応えを覚え、スフィアグラフを握り締めた。

 《スレイド》の目を開き、目の前に佇む影を見据える。

 そこにいたのは、一機のプライア・スティエートだった。長槍を携えた、軽装の騎士だ。今、ここにやってきた訳ではない。ここから、このプライアは生じたのだ。

 上位のアクセス権を駆使し、暫定的にプライアを再構築した。今はもういない、かつての家族達の残滓を。

「大丈夫、使える」

 性能が大幅に落ち、主もいないプライア・スティエートなどたかが知れているが。うまく使えば、助けになるかも知れない。

 構築したプライアを、再度分解する。翡翠の線に還元され、瞬く間に消えていった。

「母さんとリプル、それに私とお姉ちゃんは作れないけど」

 リプルの分解はまだ済んでいないから、再現するのは不可能だろう。

 これはあくまで、データ上に残った幽鬼のような物だ。3rd(サード)サーバーと2nd(セカンド)サーバーに登録されていた八名のリリーサー、そのプライア・スティエートの劣化コピーに過ぎない。

「尖兵としては使えるでしょう、《スレイド》。分かってる。結局、私は貴方の剣に頼るしかない」

 どこか不満げな《スレイド》にそう返し、フィルはもう一度1st(ファースト)サーバーに接続する。

「お姉ちゃんの領域を奪うような形で、新しいアカウントがある……」

 仮登録の段階だが、それが誰かはもう分かっていた。

「トワ・エクゼス。名前なんてどうでもいい。お姉ちゃんはお姉ちゃんだから」

 読みとった情報を元にファル・エクゼスの、いや……トワ・エクゼスの居場所を探っていく。

「大体分かった。遠いけど、すぐに追い付く」

 フィルは呟き、《スレイド》に動くよう促した。

 自分も生きて、最愛の姉も生きている。けれど、終わりはどうしようもなく傍に佇んでいる。一分一秒だって無駄には出来ない。

「諦めたりなんか、しない」

 世界が終わる前に、お姉ちゃんを助けるのだ。






「潜考と決別」


 八巻終了です! まず一言。なげえ。この八巻を手掛ける前はですね。「あー、これ七巻めっちゃ長いわ。八巻からまた短くなるけどまあ仕方がねえやな」とか思ってたのに。蓋を開ければ大惨事、綴じ蓋待ったなしの最長記録ですよ。書く方も読む方もとっても大変。ふふ。

 これはさすがに、九巻は短くなる事でしょう。なる……よね? なる!

 ところでこのブレイドですが、めっちゃ長丁場じゃないですか。正直、小説読み慣れた活字マスターでも、ここまで読むの大変じゃないかなって思ったり。もう気軽に、ぜひ読んでね! とか言えないボリュームになってきましたね。ファーストフード店で朝からリブステーキを出すような所業ですが、実際にここまで……つまり最新話まで読めている人は一体どれぐらいいるのでしょうね……。そこそこブクマ増えてきたかなー頑張った甲斐があるんかなーえへへとか思ってた矢先に今日! ちょうど今日です! さくりとブクマ減ってたので! 残って読んでくれている人がいるので全然気にしませんが! 少し凹む。ので、何とはなしにそんな事を思ったり。まあ後ろ暗いニュースはいいんだ……八巻の話しよ?

 どこかで……活動報告かな? Twitterかな? 忘れてしもうたけど、七巻まではリオの話、八巻はトワの話みたいなニュアンスでやってるんだーとか言ったと思います。言ってました。どうでしたでしょうか。私は楽しかったです!

 とまあ冗句はこんな所にして。展開上、戦闘シーンの応酬みたいなもんでした。Ⅱとか特にそう。チート真っ直中のリリーサー連中を、どうにかしてなんとかする。色々考えるの大変でしたねー。でも、最後の決着の奴めっちゃ好きです。ビームバンカーだかビームナックルみたいになったイグニセルを打ち付ける奴ね。あそこ良くないですか? 私は好きです。

 他にも色々と心情の揺れ動く巻でしたね。そういうの、書いてて楽しいです。

 でも、あんまりリオトワ書けなかったのちょっと心残り。まあ次巻の課題としましょう。リプルは手探りで書いてたんですが、結構馴染んだというか、もう描写出来ないってのは寂しい限りです。もう一度書きたいのはぶっちぎりでアストラルですが。

 まあそんな所でしょうか。さて、それではここまで読んでくれた猛者の方々に諸々の感謝を。ありがてえです。結構好き勝手やってる小説ですが、それでも楽しんで貰えているのなら幸いです。もう本当に。


 では、次回予告なんかをどぞ!



 死闘を乗り越え、少年と少女は望むべき結末をそれぞれ見出した。途方もない程の時間の連なりを、確かにここで終わらせるのだと、そう決意して。朧気だった願いが、確かな望みへと変わっていく。

 しかし、結末を見据える者は他にもいる。これは最初から、人類と厄災の戦いなのだ。戦場にいる誰もが、そうと気付かないだけで。

 人類を代表した者達の一手は、如何にして厄災を退けるのか。

 少年はただ一人の為に剣を振るい、少女は終わりの先を見据えて憂う。

 次回、九巻。

想望そうぼう憧憬しょうけい

 人類と厄災、それらがもたらす死の邂逅を。二人はどう捉えるのだろうか。

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