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刃‐ブレイド 悠久ニ果テヌ花  作者: 秋久 麻衣
「潜考と決別」
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告げる願い


 《アマデウス》格納庫にて、リオはトワと共に二機のプライア・スティエートを見上げていた。《イクス》も《プレア》も、それぞれ損傷が激しい。

 トワは目覚めた後も、特に体調不良などは訴えなかった。そして確かに、自分が寝込んでいた時よりも早く復帰してみせた。

 だが、それとなく注意して見るようにしている。もしかしたら、また無理をしているのかも知れない。今の所は、そんな兆候は見えなかった。それでも、アリサの言葉が気に掛かっている。内蔵への損傷が認められると、アリサは言っていた。平気でいられる筈がない。

「ぼろっぼろ。こんなになるまで頑張らせちゃったんだ。ごめんね、《プレア》」

 後ろ手に両手を絡め、トワは《プレア》に向かってそう話し掛けている。一歩後ろに下がっている自分は、その背中を何とはなしに眺めていた。

 シンプルな白のブラウスに、水色のサロペットデニムを身に付けていた。随分と丈の短いサロペットデニムであり、その丈は足の付け根から二十センチ程しかない。裾は絞り込むように丸まっており、トワの細い太股に少しだけ食い込んでいた。

 足は白いカラータイツで包まれており、いつものすらっとした印象をそのままに丸みを強調しているように見える。そしてやはりというか当然というか、そこまで着飾っておきながら黄色のスリッパを必ず突っ掛けている。

 サロペットデニムを使っているだけあって、上半身だけを見れば男の子のようにも見えるだろう。だが、丈が短いせいで細い足が露わになり、そこに白いカラータイツを用いる事で女の子らしさを強調している。

 ボーイッシュな格好と見せかけたガーリースタイルだと、リーファが解説してくれたのだ。詳しい事はよく分からないが、かわいいのは確かだった。

 華奢な背中に、サロペットデニムの吊り紐がクロスして掛かっている。そんな光景を眺めていると、トワがこちらを振り返った。

「……あれ、リオも見た?」

 そう聞きながら、トワはちらとその大剣を見た。リプルの《メイガス》が使っていた、モノリスと呼ばれている大剣だ。大半の造形は、《メイガス》が振るっていた時と同じに見えるが。細かな意匠が異なっている。強いて言うのなら、そう。

「青いモノリス。トワが持ち帰った物だけど」

 こくりと頷き、トワは自身の右手を見た。その手の平には何も握られていなかったが。トワは、そこに何かを見出しているように見えた。

「リプルと戦って、リプルを倒して。ううん、殺した時に。夢の中で、リプルに会ったの。白い……病院みたいな所で」

 トワは目覚めてから今まで、あの時の事を話そうとはしなかった。気にはなったが、トワが話すまで待とうと思っていた。何かを真剣に、考えているようだったから。

「リプルとそこで、少しだけ話して。それで、これを貰ったの。ファルじゃないけど、家族から逃げない私に。これをあげるって」

 右手を開いては閉じ、そこにある何かの像を掴もうとしている。何度かその動作を繰り返し、トワはもう一度青いモノリスを見た。

「私の我が儘で、リプルを殺したんだ。それでもリプルは、願いが叶うといいねって。私の事、怒ったり恨んだりしてもいいのに。お姉ちゃんって、そういうものなのかな」

 トワはモノリスへ、悲しげな視線を注いでいる。トワの中で、リプルの行為が腑に落ちないでいるのだ。だから、たどたどしくも理由を探している。自分に死を運んできた相手を、どうして赦すことが出来たのだろうかと。

「あまり、関係がないと思うよ。リプルがトワを責めないのは、姉だからとか、そういうのじゃないと思う」

 リプルと話をしたのは、ほんの僅かな時間でしかないけれど。その中でも、何となく分かる事がある。

「リプルはずっと、自分が負ける事を望んでいた。ただ負けるんじゃない。この時間の連なりを終わらせる事が出来る人に、倒されたいと思ってた……僕はそう思う」

 ファルの願いと同じように。これで最後にしたかったのだ。

「そう、なのかな。リプル、言ってたのに。かわいい服を着て、友達とか好きな人を作って、過ごしてみたかったんだって。終わってしまったら、それは叶えられないでしょう。本当に……終わるしかなかったのかなって」

 きっとそれは、ファルやリプルにしか分からない事だ。トワと自分は、途方もない時間の連なりを本当の意味で知らない。やり直せるとか、変えられるとか。そんな事を考えて……考えて考えても。それを成し遂げられずに。粛々と進んでいく時間の流れに押し潰されて。

 自分達は、その様を想像する事しか出来ない。そして、想像では埋められない物が、この世には確かに存在する。

「終わらせるしか、なかったと思う。そうでない道は多分、もうとっくの昔になくなっていたから」

 ファルにもリプルにも、選択肢はなかった。でも、最後に選んだその選択だけは、きっと彼女達の望む答えだったと思う。

「だからトワが、最後まで諦めなければ。ファルもリプルも、願いを叶えたと言っていいんじゃないかな」

 そして、この少女に諦めるという選択はない。トワは強く頷き、一歩二歩とこちらに近付く。

「私、名前を決めたの。トワ・エクゼス。リオから貰った大切な名前と、忘れてはいけない大事な名前。片方だけじゃ、どうしても足りないから。二つ併せたのが私なんだって、そう思って」

 トワの言葉に頷いて返す。それがトワの強さであり、リプルが信じるに値した心なのだ。逃げずに、勝てるまで戦う。そういう子どもじみた意地が、真っ直ぐに心を貫いていく。そこには打算も何もない。純粋な意思の塊が、人を揺さぶって離さないのだ。

「じゃあ、これからはトワ・エクゼスだ」

「でもね、でも長いでしょ? だから、今まで通りで良いんだよ? 長い名前で呼び合うなんて、仲良しじゃない感じになるもの」

 ぴょんと跳ねながら、トワはそう言った。確かに、他人行儀にしか聞こえない。

「じゃあ、今まで通りトワで」

 そう返すと、トワは微笑みながらこくこくと頷いた。

「そうしましょう。ふふー」

 急に丁寧な口調になって、トワは楽しげに言う。くるくるとよく表情が変わる。初めてあった時は、もっと感情に乏しいイメージを受けたが。成長した、という事なのだろうか。

「それで、それでね」

 トワは後ろ手に両手を組み、自身の突っ掛けているスリッパを爪先でいじっていた。何か、他にも言いたい事があるのだろうか。

 それも、何か迷うような事を。じっとトワの言葉を待っていると、トワは両手を前に出した。自身の左手、薬指に通されたエンゲージリングを眺めている。それを右手でなぞり、小さな声で何かを呟いた。

「えっと、何て?」

 あまりに小さ過ぎるその呟きは、耳に届く前に消えてしまう。聞き返すも、こちらに視線を向けたトワの表情は真剣だった。それは何かを決意し、告げる為の目だ。

「……サーバーを破壊する。ファルがやっていたように、最後の一つを壊す。それで、リリーサーを終わらせる」

 決意に満ちたトワの声色が、今度は消える事なく届いた。その言葉の意味を、一つずつ考えていく。

 サーバーとは、リプルの言っていた物だろう。彼女の口振りから察するに、リリーサーを根底から支えている物だ。

 その言葉を信じるなら、サーバーは全部で三つ。最後の一つだけが、今は残っているという事になる。

 それを破壊すれば、リリーサーは終わる。終わりとは何を意味するのか。機能を停止するのか、全て消えてなくなるのか。

「トワには、それが分かるの? サーバーとか、壊すとか」

 そう聞くと、トワは迷いながらも頷いた。

「リプルに言われて、ずっと考えて。夢の中で、ファルの記憶を探してきたの。やっぱりぐちゃぐちゃで、全部を憶えるのは無理だったけど」

 ファルの記憶を見てきた。だとすれば、リプルの言う事は全て本当なのだろうか。

「リリーサーを記憶しているのが、そのサーバーって物だから。それを壊せば、もうファルやリプルが目覚める事はないから。それが一番だよ」

 強い意思を秘めた赤い目が、それしかないのだと語っている。迷い悩んだけれど、それが一番良いのだと信じるように。

「……場所や、方法は?」

 心の奥底で生まれた疑問を一旦押しやり、現実的な問いをぶつける。予想に反して、トワは狼狽える事はなかった。

「ここって説明は難しいけど、分かるよ。あとでイリアに宇宙の奴を見せて貰えれば、行けると思う。方法は、難しいかも知れないけど。私と《プレア》なら、向こう側から引っ張ってこれると思う」

 場所も方法も検討済み。間違いない。トワは目覚めた時点でこれについて考えていたのだ。ずっと、それが実行出来るか一人で考えていた。

 押しやっていた、一つの疑問が浮かび上がっていく。サーバーを破壊し、リリーサーを終わらせる。だが、それを成し遂げた後はどうなる?

「トワは、大丈夫なの? それをやって、壊したとして。トワはちゃんと、ここにいるの?」

 ここにいてくれるのかと、それだけが不安で。

「……うん、大丈夫」

 トワは微笑みながらそう答えた。明るい、少女らしい笑顔ではない。どこか悲しげな、そういう笑顔だ。

 トワは足先でスリッパを突きながら、左手の薬指を右手で撫でている。

「うまく、言えないけど。消えたりとか、そういうのはしないの。そう……そう! だからね、フィルも残ったままだから!」

 何かを思い付いたという顔をして、トワはぱちんと両手を合わせる。

「サーバーを探して、壊さなきゃいけない。でも、フィルとも戦いになる。どっちもやらなくちゃいけないの」

 たどたどしく説明していた筈が、今はもう断言する形になっている。

「だからね、リオ」

 真剣な声色に真剣な表情、どこか縋るようにも見えるトワの表情がこちらに向けられている。

「私逃げたくない。でもちょっと、少しだけ怖いから」

 縋るような表情に、悲痛な色が加えられた。少しだけ目を伏せ、トワはもう一度こちらを見遣る。

「たす、助けてね。一人じゃ私、何にも出来ないから」

 そう言って、困ったように微笑んだ。

 トワの言った事の中に、気になる事がないと言えば嘘になる。全部本当の事を言っている保証はないし、どこか様子もおかしい。何かを隠しているような、未だに不安を抱いているような。それぐらいの事は、僕にだって分かるから。

 だから、答えるとしたら一つしかない。

「助けるよ。トワが何をしても、僕はトワを助ける」

 世界ごと、トワを救うと決めたのだ。どちらか一方では、この願いは叶えられない。そのどちらも、助けて見せないと。

「うん……それなら、怖くなんかないもの」

 トワは顔を上げ、やっぱり微笑んで見せた。そう言ってくれる事が嬉しいと、顔にいっぱいの感謝を覗かせて。

 それでもその笑みは、どこか寂しげな色を滲ませているように思えてしまった。

「怖くなんか、ない」

 その笑顔のまま、終わらせたくない。そう感じた心が、思うままに言葉を紡がせる。

「戯言だって笑われても構わない。サーバーも壊してフィルも退けて、その結果がどうなったとしても。絶対にトワは助ける」

 トワの表情から笑顔が消えていく。

「無理とか出来ないとかじゃない。嫌なんだ。トワがトワの我が儘で戦うのなら。これは、僕の我が儘だ」

 トワが口を一文字に結び、さっと顔を伏せる。

「僕は僕の我が儘で君を救う。信じ、られない?」

 感情の吐露にも等しい言葉が、口をついて音に変わっていく。その全てを吐き出した後に、ようやく冷静な頭に切り替わってくれた。

 勢いのまま、無茶苦茶な事を言ってしまった。そう思い、顔を伏せてしまったトワの様子を窺う。

 両手でサロペットデニムの裾を掴み、首をふるふると横に振っていた。鼻を啜るような音が聞こえたかと思うと、顔を上げ、じとりとこちらを睨み付けてくる。

 そのまま唸り、次の瞬間には決壊が始まった。ぼろぼろと涙を流し、崩れ落ちるように床に座り込んだ。

「えっと、トワ?」

 ハンカチを取り出し、ぺたりと床に座ったまま泣いているトワの前に座り込む。両手で溢れる涙を拭ってはいたが、次から次へと流れているので意味を為していない。

 それはハンカチを使った所で同じ事だった。嗚咽を繰り返している少女をどうにかするには、どうやっても力不足だ。

 どうしたものかと考えながらハンカチで涙を拭い続ける。すると、トワがこちらの手をがしりと掴んだ。

「……信じ、てるもの。本当に。本当に……助けてくれる?」

 震える声でそう問われ、反射的に頷いた。考えるまでもない。だって、それはもう決めた事だから。

「……そっか。そうかあ。じゃあいいんだ。怖いけど、助けて貰えるから怖くないもの」

 先程までとは違う声色で、トワはそう言った。いつもの、ちょっと頼りないトワの声だ。

「……えい」

 呟くと同時に、トワはこちらの背中に手を回した。ご丁寧に掴んでいた手首もしっかりと捻り、うまい具合に体勢を崩された。

 格納庫の床に倒れ込む羽目になり、どういう事かと考える間もなくトワも横になった。こちらの腕を奪い、照れ隠しのつもりなのかぎゅっと抱き締める。

「えへへー」

 すこぶる楽しそうだ。その目にはまだ涙の筋が残っていたが。浮かべている表情は、僕の好きなふわりとした笑顔だ。

「これ、しばらくこのまま?」

 楽しそうにしているトワに、そう聞いてみる。

「そうです。困りましたねー」

 なぜか丁寧な口調で返され、こちらは苦笑するしかない。

「……まあ、いいや」

 あの寂しい笑顔が、この大好きな笑顔に変わるのならば。大抵の事はどうでもいいのだ。その為に戦って、こうして一緒にいるのだから。

 ただ、と少し苦笑を浮かべる。なぜなら格納庫の床は、当然の如くとても冷たかったからだ。

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