彼の流儀
アストラルの強襲はうまく作用しているようだ。見事に《BS2》を足止めしてくれている。見事過ぎて撃沈しかねないが、そうなればそれでもいいのだろう。
見てばかりもいられない。挟撃を狙っていた《BS2》はほぼ制圧状態にあるが、正面から《アマデウス》に向かっている《BS1》は自分が止めなければならない。
『リオさん、そろそろif部隊と接触すると思います。見えてますか』
リーファに言われるまでもなく、この遮蔽物のない戦場では即座に見つける事ができた。
「見えてる。あれは、この前の奴等だね」
動きもさることながら、その武装、フォーメーションですぐに分かった。前回の戦闘時にやり合った三機だ。
《カムラッド1》、前回と違い、ショートバレルの粒子砲を腰溜めに構えている。撃たれてみなければ分からないが、おそらく拡散粒子砲だろう。
《カムラッド2》、大型の盾と突撃銃を装備している。前回同様の装備であり、戦い方も前回同様だろう。
《カムラッド3》、突撃銃を右手に、両足にミサイルポッドを装備している。この機体は、前回追加バッテリータンクを装備し、高機動戦を仕掛けてきた奴だろう。
前回と違い、ここは遮蔽物もなく開けている。故の機体構成だろうが、基本の戦術は変わらないと見た。そして、向こうもこちらが前回の相手だと気付いているだろう。こちらも、取るべき戦術は大して変わらない。
『力比べって感じですね。勝てそうですか』
含みのある声でリーファが囁く。リーファなりのエールの送り方なのであろう。
「まあ、そのつもり。それじゃ、状況を開始するよ」
『了解です。始めましょう』
その言葉を合図に、ペダルを最大まで踏み込む。それに応えるように《オルダール》が背部バーニアを蒸かし、見る見る内に速度を上げていく。だが、まだまだ踏み込める。
相対する敵if部隊の動きは変わらない。盾と矛を分担した、理想的なフォーメーション。
「堅実に、死なない陣形って感じだね。崩せるかな」
相対距離が縮まっていく。敵のキルゾーン。待っても良かったが、敵が動く前に動かすことに決めた。メインバーニア、サブバーニア全てを駆使し、思いっきり間合いに踏み込む。斬り込むには少しばかり足りない。
腰にマウントしてあるTIAR突撃銃を右手で引き抜き狙いを付ける。狙うのは大型の盾を構えている《カムラッド2》だ。どうせ他を狙っても奴が防ぐのだから、始めから撃ってやった方が早い。
トリガーを引く。TIAR突撃銃から飛び出した鉄鋼弾が《カムラッド2》の持つ盾に次々と直撃する。全て弾かれ、効いている様子は見受けられない。今はそれでも構わない。
TIARの六十連弾倉が空になり、ボルトが固定される。《カムラッド2》はこちらの火線が途切れたのを見計らい、横にすっと機体を引かせる。粒子砲を構えた《カムラッド1》が狙い澄ましたように待機しており、完璧なタイミングでその効力を発揮した。
意図的に分割、分散された圧縮粒子が広範囲を焼き払う。予想通り拡散粒子砲を《カムラッド1》は撃ち放った。どんなに完璧なタイミングであっても、分かっていれば避けることは出来る。初撃は大きく迂回して回避する。どの程度の拡散度合いかをざっと把握し、素早くTIARの弾倉を交換する。これでまた六十発撃てる。
《カムラッド3》が援護をすべく前に出る。小刻みにバーニアを蒸かしながら、突撃銃をフルオートで撃ち込んでくる。狙いは鋭いが、それ以上にこの《オルダール》は動いてくれる。上下左右、加速減速を複雑に繰り返し火線を散らしていく。被弾しないことを前提に、出来る限り敵の嫌がるだろう方向へ回避していく。
《カムラッド3》の動きが変わる。両足に付けられたミサイルポッドから、左右二発、計四発のミサイル誘導弾がこちらへ放たれた。煙が尾を引き、誘導弾特有の放物線を描いて殺到する。
間髪入れず《カムラッド3》、及び《カムラッド2》が突撃銃による射撃を行う。直撃を狙ったものではなく、行動範囲を狭めるための援護射撃。
誘導弾が迫る。残り四発。最低限の動きしかできない状況で、四発全てを回避するのは難しい。右手に保持したままのTIAR突撃銃を素早く誘導弾に向け、フルオートで撃つ。誘導弾に回避という行動は取れない。先頭の一発に直撃し、その場で爆発を起こした。
残り三発。もうそこまで迫っており、迎撃の時間はない。全バーニアを駆使した急加速を行い、回避を試みる。寸前で目標を失った誘導弾が《オルダール》の真横を通り過ぎていく。際どい回避コースだったが、思い通りに動いてくれた。
敵機の動きを警戒しつつTIARを誘導弾に向けて撃つ。こちらを再補足する前に数を減らしたい。フルオートでばらまいた弾丸の一つが誘導弾を貫く。
残り二発。誘導弾は反転しこちらを再補足している。もう一度あの回避はしたくない。右手に持ったTIARを左手に持ち替え、空いた右手で右脚にマウントしてあるヴォストーク散弾銃を引き抜いた。尚もしつこく援護射撃を続ける二機の火線から逃れるため、敵が予測していないであろう方向、誘導弾に向けて加速した。迫り来る誘導弾へTIARとヴォストークを向け、トリガーを引き絞った。
どちらもフルオートで弾丸を吐き出していく。無数の散弾が誘導弾を捉える。穴だらけになり、一拍置いてから爆発する。
残り一発。散弾が誘導弾の横を掠め、バランスを崩す。面積の多い横面を晒しているそれにTIARとヴォストークの弾丸が突き刺さり、順序よく爆発していく。
脅威を排除した。目の前で炎が広がり、破片が装甲を叩いていく。その爆炎を利用し、援護射撃の火線を遮る。天然の煙幕といった所か。
右手のTIAR、左手のヴォストークは弾倉が空になっている。直ぐにでも再装填したかったが、敵との位置関係を見るとそうも言ってられなかった。炎と煙でこちらの姿が遮られ、今なら敵のフォーメーションに直接斬り込めるかもしれない。チャンスは生かすべきだ。
TIARを腰に、ヴォストークを右足にマウントし直し、意を決して煙の壁から飛び出す。狙いは粒子砲を持った《カムラッド1》だ。意図に気付いたのか盾を持った《カムラッド2》が援護に入ろうと加速するが、想定の範囲内である。そして、《カムラッド1》が逃げずに粒子砲を構えているのも、こちらとしては想定内だった。
既に粒子砲の再充填は終えているのだろう。盾もない、徒手空拳のifが迫ってきたのなら、逃げるより迎撃する方が効率的だというのも分かる。
《カムラッド1》の撃つ粒子砲は、狙いもタイミングも完璧だった。だが、最初に撃った時点でどの程度の威力かは覚えさせて貰っている。どの程度の範囲まで拡散するのか、どのように拡散するのかも、こちらは分かっている。
バーニアを使い、右に少しだけ動く。最小限の動きで拡散粒子砲を回避する。接近していたため、それだけの回避距離で充分なのだ。銃口に近付けば近付くほど、拡散範囲は狭い。散弾と同じだ。
《カムラッド1》を斬れる間合いまで強引に近付き、右手で右肩のE‐7ロングソードを握る。引き抜くと同時に斬りつけようとするが、そこに盾持ちの《カムラッド2》が割り込み、大型の盾をかざした。
E‐7ロングソードは片刃の実体剣であり、切断面でない方は凹凸がギザギザと刻まれている。《カムラッド2》の盾に向け振り下ろしたのは、一見鋸のようにも見えるその凹凸面だ。当然、切断能力はない。盾の特殊合金とE‐7ロングソードの特殊合金が互いにぶつかり合う。《カムラッド2》の盾はしっかりと斬撃を受け止め、盾の役割を存分に発揮している。
そして、こちらのE‐7ロングソードも矛の役割を存分に発揮していた。振り下ろした凹凸面はしっかりと盾の特殊合金に食いついている。E‐7ロングソードを手前に引き、そのまま《カムラッド2》を盾ごと強引に引き寄せる。
盾ごと引っ張られた《カムラッド2》が体勢を崩し、フォーメーションは呆気なく崩れた。抵抗をする間もなく横に退ける。
それはE‐7ロングソードを振り下ろしてから、一瞬の出来事だった。粒子砲を構えたまま、まだ距離を取ることすら出来ていない《カムラッド1》が必死に下がろうとしている。斬るのは容易い。だが。
「引っかかった」
こちらの狙いは粒子砲持ちの《カムラッド1》ではない。盾持ちの《カムラッド2》が横に退かされカバーできない以上、残った《カムラッド3》が援護に入るのは当然だろう。それも、仲間が斬られそうになっているのだから、きっとなりふり構わず、無防備に突っ込んできてくれる。
《カムラッド1》を援護しようと《カムラッド3》が真っ直ぐ突っ込んでくる。ミサイルも突撃銃も、味方機への誤射を恐れて使えはしない。《カムラッド3》は右手にナイフを構え、最大推力で迫っていた。
その《カムラッド3》を充分に引き付けてから、粒子砲持ちの《カムラッド1》を思いきり蹴飛ばした。錐揉みしながら吹っ飛んでいく《カムラッド1》を横目に見ながら、文字通り突っ込んできた《カムラッド3》を狙い、E‐7ロングソードを横に振るった。
《カムラッド3》は急制動を掛け、こちらのキルゾーンから逃れようとする。だがそう簡単に止まれる道理もなく、《カムラッド3》は左腕を前に突き出しわざと斬られた。左腕を犠牲に他の部位を守ってみせたのだ。良い判断力だ。
盾持ちの《カムラッド2》が体勢を立て直し、損傷した《カムラッド3》を庇うように前に出る。その《カムラッド2》の構えた盾に向かって、こちらの左肩から思いきり突っ込んだ。左肩に装備された小型の盾は衝撃を殺しきれてはいなかったが、少なくとも肩が壊れる事はない。間髪入れず《カムラッド2》の盾にE‐7ロングソードの凹凸面を叩きつける。今度は先程のようには退かさず、切っ先を《カムラッド3》がいるだろう方向に向けた。
トリガーを引く。E‐7ロングソードの鍔に当たる部位に内蔵された散弾銃、ソウドオフならぬソードインショットガンがその効果を発揮する。鍔に設けられたポートからショットシェルが飛び出し、刀身に刻まれた溝を伝って無数のペレットが飛び出す。それら散弾は後方にいた《カムラッド3》の右半身に直撃し、その装甲に穴を空けていった。
左腕と右半身にダメージを負った《カムラッド3》は、もう先程までのような機動戦は出来ないだろう。せいぜいミサイルを使った援護ぐらいだろうが、それすらさせるつもりはない。
右肩にE‐7ロングソードをマウントし直し、空いた右手で腰にマウントしているTIARを引き抜く。余裕を持って再装填を行い、ゆっくりと狙いを付けた。
既に敵機はフォーメーションを組み直している。といっても、半壊した《カムラッド3》と、回避の難しい粒子砲持ちの《カムラッド1》を盾持ちの《カムラッド2》が守るといった様子であり、先程までの盾と矛を分担したものではなくなっていたが。
狙う機体は決めている。損傷の大きい《カムラッド3》に向け、TIARを撃ち込んでいく。防ぐべく他二機が援護に入るが、こちらの足を止める役割である《カムラッド3》が戦力外である以上、こちらは自由自在に動ける。
ポジションを変え、時には急加速をかけ援護を分散させ、的確に《カムラッド3》に弾丸を撃ち込んでいく。
こちらを狙えと言わんばかりに《カムラッド1》が粒子砲を撃ちつつフォーメーションから外れて見せたが、こちらの狙いは《カムラッド3》である。粒子砲撃だけ回避し、しつこく《カムラッド3》を撃つ。的中、頭部が弾け飛ぶ。
もはや相手に反撃の意図はなく、ひたすら防戦し、被害を抑えようとしているように見える。攻撃のための攻撃ではなく、防御のための攻撃だ。
「どうするんだろうね。このままだと一機は墜ちるよ」
淡々と事実だけを述べ、再装填を済ませたTIARを、必死に後退しようとしている《カムラッド3》に向け撃つ。火花が宇宙の黒に色を着けていく。
卑劣な戦い方だろうとは思うが、これが自分のやり方なのだからしょうがない。嫌ならさっさと退くか、端からそうされないよう立ち回るしかない。
それも嫌な論理だと自嘲気味に考える。冷たい目をしたまま、どこまでも機械的にトリガーを引き続けた。
※
リオの操る《オルダール》によって、《BS1》if部隊は徐々に後退を余儀なくされていた。それにより《BS1》は前進することが出来ず、直線上に友軍機がある以上援護射撃も出来ない。
また、迂回し挟撃の形を取ろうとした《BS2》もアストラルの操る《ティフェリア》によって機動力を大幅に削られてしまった。降り注ぐミサイルやロケットの応酬により、前にも後ろにも進めない。
《BS2》if部隊も、徐々に対《ティフェリア》用の装備に切り替わりつつあるが、アストラルは必要以上に踏み込みはせず、敵if部隊の有効射程範囲外からひたすら攻撃を繰り返していた。
アストラルの狙い通りに高速ロケットが飛来し、敵《カムラッド》の右側面をごっそりと貫く。これにより、また《BS2》の防衛戦力が減ったことになる。
「そろそろお尻に火がついたんじゃない?」
弾むような声を出しながら、アストラルはにやりと笑みを浮かべた。彼女の経験則から見ても、第三者から見ても変わらない。
敵の被害は甚大。もはや相手の取れる選択は、撤退の二文字しか残されてなかった。
※
撃ち放たれた弾丸、その数発が右肩を擦過していく。損傷の内にも入らない。気にも止めず、残りの弾丸を避けていく。
まったく無駄のない挙動から、何の苦もなく接近する《オルダール》のシルエット。リオの操る《オルダール》は、敵if部隊を執拗に追いかけ回していた。
粒子砲を構え、充填完了と同時に拡散粒子を放つ《カムラッド1》は、何とかこちらを近付けまいと必死に狙いをつけてくる。が、位置も火力も把握しているため何も問題はない。むしろ、相手の焦りが伝わってくるかのようなその射撃は、ワンパターンで見切りやすい。
粒子砲撃をかいくぐり、右手に保持したTIAR突撃銃を正面に向ける。間髪入れずに弾丸が吐き出される。それを盾を用いて防ぐ《カムラッド2》。こちらも素早くポジションを変え、再度TIARを撃つ。
《カムラッド2》はその動きに反応し、盾を構えてバーニアを蒸かす。そうして射線を遮って見せたが、全てを捌ききることは出来なかった。
こちらの狙っている《カムラッド3》に、数発の弾丸が直撃する。既に頭部は無く、左腕は肩から下が無くなっていた。今直撃を受けた右腕が火を吹き始める。誘爆を防ぐため、《カムラッド3》は右肩ごと切り離す。機影が小爆発に煽られる。
敵if部隊が現状に対応するために後退しているのか、撤退するために後退しているのかは分からない。そして、分からない以上手を抜くつもりはなかった。弱味を見せて背中から撃たれるのは御免だ。
再装填し、尚も執拗に《カムラッド3》に向けてTIARを撃ち続ける。
『リオくん、手伝おっか?』
アストラルから短距離通信が入る。向こうも戦闘中だったが、通信できる所まで近付いていたらしい。レーダーを確認すると、敵if部隊を追いかけ回す内に随分押し込んだことが分かった。
「そろそろ逃げるんじゃないかな。そうでなければ、このまま沈めるよ」
敵BSとの位置関係を確認しつつ答える。直接旗艦を叩いてもいいし、敵if部隊を全滅させてもいい。TIARの残弾数は残り少ないが、他はまだ充分にある。if本体のバッテリー残量も、殲滅するまでは保ちそうだ。
『それもそーだね』
もっとも、そうならないよう逃げてくれれば互いにとって良いのだが。こちらも、好きで殲滅戦をしたいわけではないのだから。
『リオさん、アストさん。敵BSの後退を確認しました。ifの様子から見ても撤退だと思われます。こちらも攻撃を中止、速やかに撤退です』
リーファからの現状報告と指示が入る。《アマデウス》の遠距離通信だ。
『りょーかい。アストラル機撤退しまーす』
軽い返答をしながら、アストラルは一直線に《アマデウス》へと向かっていく。敵部隊に追撃の意思は見えない。
「それじゃ、僕も戻るよ」
TIARを腰にマウントし、敵if部隊に背を向ける。そのまま《アマデウス》へと進路を取るが、こちらも追撃はない。
『力比べ、勝てましたね』
リーファが何てことはない様子で呟く。そうなることが分かっていたというような声色だ。
「そのつもりだったからね」
その声に応えるために、こちらもしれっと言い放つ。完全な勝利に対して、高揚感も誇りもなかった。感じるつもりもないが、リーファなりの気遣いを無下にしたくはなかった。
きっと、自分がそう思っている事も、リーファは承知の上で気遣ってくれているのだろう。いつまでも心配を掛けさせるなと、暗に伝えたいのかも知れないが。
『トワさんもちゃんと待ってたみたいですよ。アリサさんは疲れたみたいですが』
楽しそうなリーファの声色、嫌な予感がする。
「うわあ、それちゃんと待ってた内に入るのかなあ」
『さあ、どうでしょうか。トワさんも、アリサさんもリオさんの帰りを待ってますよ』
アリサも、の一言から全てを察する。リーファの楽しげな声色も、これから起こる事態を思ってのことだろうか。
「とりあえず、謝る準備はしておかないと……」
一体何をしでかしたのか。嫌な汗が流れる感覚を覚えながら、恐る恐る《アマデウス》へと帰還した。