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刃‐ブレイド 悠久ニ果テヌ花  作者: 秋久 麻衣
「潜考と決別」
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遙か遠い姉妹


 どんなに集中しても、もう《イクス》は動いてくれそうにない。リプルの用いた、管理者権限(アドミニストレータ)とかいう機能のせいだろう。いや、もし仮にそれが使われていないとしても。今の自分では、もう満足に戦えないと分かる。

 気を抜けば意識を手放しそうになる疼痛の中で、リオはそれでも目を開き続けた。

 何も出来ないと分かってはいても、目を逸らすつもりはない。無責任に気を失っている場合ではないのだ。

 トワの《プレア》とリプルの《メイガス》が、そこに対峙している。リプルの《メイガス》はこちらにモノリス粒子砲を向けていたが、撃つつもりはないのだろう。粒子光は未だに灯らず、故に両者が動く事はない。

『……初めから、こうしていなきゃいけなかったんだ』

 トワの声が聞こえる。後悔、だろうか。こんな筈ではなかったと、トワは言っているように思えた。

『だってこれは、私とリプルの問題だもの。私、決意をしたつもりでいて。本当はやっぱり怖かったんだ』

 トワの《プレア》が、姿勢を低く保つ。背中から突き出た二つの羽から、青い燐光が溢れている。

『夢で見たように、殺されるのが怖い。本当は、どこまででも逃げていたかったけど。それはきっと出来ないし』

 リプルは無言のまま、トワの言葉を待っている。《メイガス》はモノリスの銃口をこちらから外し、無造作に下げていた。

『リプル、貴方を救ってあげたいというのも、嘘ではないけど。私はやっぱり、これを取られるのが嫌なんだ』

 胸に手を置き、そこにあるだろうエンゲージリングの感触を確かめる。トワの示すこれとは、きっとこの事だろう。

『ファルじゃない私が、戦う理由なんてそれぐらいなんだ。幸せに手が届くなら、それを守りたいと思うでしょう?』

 トワの出した答えは、途方もない程に単純な物だ。トワはファルとは違う。無限にも等しい時間の連なりを、あの子は知らない。故にファルやリプルの抱く狂気を、しっかりと理解する事は出来ないのだろう。

 だから、トワはトワの尺度で物を見て考える。そこから導き出された答えは、きっと子どものそれと変わらない。

 無限の時間を知るリプルからしてみれば、くだらない戯言にしか聞こえないだろう。でも、だからこそ。

『……とても眩しく見えるわ。そうね、そうだったらいいでしょうね』

 トワの言葉を借りるならば、リプルの幸せはきっと届かない所にあるのだろう。途方もない時間が、彼女からそれを取り上げたのだ。

『私はそれを奪うわ。いつものように』

 リプルの言葉……変わらぬ結末を知った者の、悲壮な宣戦布告だ。

『私はそれを守るよ。いつものために』

 トワの言葉……変わらぬ結末を知って尚、それは嫌だと振り払う声だ。

 互いの意思は交わり、そして二つに分かれた。その意思を貫く為に残された手段は、どんなに取り繕っても一つしかない。

 リプルの《メイガス》が、無造作に下げていたモノリス粒子砲を正面に突き付ける。粒子光が灯り、翡翠の線がそこから漏れ出す。

 トワの《プレア》が、青い燐光を振り撒いて直進していく。弾け飛ぶような勢いで、《メイガス》に肉薄しようと速度を上げる。

 二機のプライア・スティエートが、遙か遠い姉妹が、互いの願いを叶える為に動き始めた。





 ※


 トワは《プレア》の力を借りながら、リプルの《メイガス》へと距離を詰めていく。遠距離戦では勝てない。粒子砲の撃ち合いでは勝ち目などないから、今はとにかく近付くしかない。

管理者権限(アドミニストレータ)実行(ランタイム)

 リプルの声と共に、目に見えない何かが《プレア》に迫る。回避は出来ない。その波に《プレア》は晒され、抵抗という思いが浮かぶ事すらなくその瞼を閉じさせる。

 何一つ分かってはいないけれど、これはリプルの持つ力の一つだ。《プレア》も《イクス》も、この力についてははっきりと覚えていない。遙か上位の命令権であり、リリーサーがファルへと対抗する為に編み出したものだ。呪いのような約束……だと思う。

 《プレア》は眠ってしまった。ファルといた時と同じように。

「起きて、《プレア》。貴方が守ろうとしてくれていたファルは、もうここにはいないけど。それでも、私の力になってくれるのなら」

 暗い操縦席の中で、トワは左右にあるスフィアグラフを優しく握る。

「目を覚まして、《プレア》!」

 《プレア》の目を開き、前進を続ける。リプルから放たれた命令権を、こちらの命令権で強引にねじ伏せたのだ。

 ファルには、きっと出来なかった事だ。ファルは抵抗を続けていたけれど、リリーサーである事に変わりはない。だから、上位の命令権には逆らえなかった。

 リオはリリーサーではないから、そもそも命令権自体がない。詳しい理由は分からなくとも、今ここにいる自分だけが、あれをひっくり返す事が出来るのだ。

『プログラムを無茶苦茶にして、停止信号を無力化したってとこ? でも随分と苦しそうね、ファル』

 リプルの言う通り、身体はひどく重い。実際の身体も、《プレア》の身体もだ。でも仕方がないと思う。眠れと言われた端から、起きろと揺さ振られているようなものだから。

「苦しいのは、貴方も同じでしょ……リプル!」

 強引に《プレア》を加速させ、両手に装備されたイグニセルを展開する。小さな盾が左右に開き、粒子がそこへ圧縮されていく。それは剣の形へと変わり、全てを焼き払う粒子の刃となった。両手に展開したイグニセル粒子剣が、宇宙の闇を焼いて瞬く。

『そう。それなら、早く終わらせて欲しいものだけど……ね!』

 リプルの《メイガス》が、モノリス粒子砲を構えながら後退を始める。きっと何発も撃ってくる。それを全て躱して、あそこまで追い付かなくては。

 モノリスから粒子砲撃が放たれる。撃たれる瞬間、その射線を強くイメージする。《プレア》を直接狙う光の帯が、確かに見えた。

「右に、飛んで」

 《プレア》を真横、右に跳ね飛ばし、放たれた粒子砲撃を避ける。再度直進と加速を続け、モノリスの銃口をじっと見据えた。

 今度は横一列、扇状に広がる粒子砲撃だ。

「下をくぐる」

 《プレア》を下方に滑り込ませながら、一列に並んだ粒子砲撃を回避した。姿勢を維持し、また銃口を捉える。

 次は縦一列に広がる粒子砲撃だ。

「左に、回り込んで」

 間髪入れずに放たれた粒子砲撃を、左に大きく迂回する形で避ける。縦一列に放たれたそれは、横方向に動かなければ当たってしまう。《プレア》に向けられた銃口が、また翡翠の線を吐き出す。

 次は、無数に分割された粒子砲撃だ。この距離では避けようがない。

「……力一杯、斬る!」

 無数の線となって放たれるだろう粒子砲撃を狙い、両腕のイグニセル粒子剣を振り上げ、X字に斬り払う。

 タイミングさえ合えば、このイグニセルでも斬れる。照射と同時に粒子剣を振り、回避の出来ない一撃を凌ぐ。

『……全部見えてる、か。でも、その動きで追い付けるのかな? あと何回、それと同じ事が出来るの?』

 リプルの《メイガス》との距離は、未だに離れたままだ。完全に避けようとしていたら、何度繰り返しても追い付けないだろう。

 トワは深く息を吐き、回り道は出来ないと身体に力を込める。

「何回も出来ない。だから、真っ直ぐそこまで行くから」

 言うが早いか、《プレア》に再び加速を促す。これで追い付き、真っ直ぐに斬る。

『愚直ね。辿り着く前に終わるわ』

 リプルの《メイガス》は、相も変わらず後退しながらモノリス粒子砲を構える。

 真っ直ぐ行くというのは嘘ではない。《プレア》の両腕を正面に掲げ、両手を交差させるようにしてその瞬間を待つ。

 モノリス粒子砲から放たれる砲撃を見極め、僅かに《プレア》の姿勢を傾ける。そして、砲撃と同時に両腕のイグニセル粒子剣を振り抜く。

 モノリス粒子砲から放たれた光の帯を、交差した両腕を開くようにしてX字に斬る。

 速度は一切殺さない。回り込むような動きもしない。最短の距離で、《プレア》は《メイガス》を追い詰めるのだ。

『無理に決まっているでしょう? 貴方はよくても《プレア》が保たないわ』

「それでも、届かせないと何にもならないでしょ!」

 他に道はない。初めから、勝てる道筋なんて何も見えていない。それでも、諦めたくないと心が訴えているのだ。それに目を背けたくはない。

「《プレア》、行くよ!」

 《メイガス》の銃口だけを見据え、《プレア》を真っ直ぐ突っ込ませる。

 意識を研ぎ澄ませ、放たれる粒子砲撃の射線を読む。剣を振るのは、早くても遅くてもいけない。砲撃と同時に、ここだという箇所に光の刃を通す。

『健気だけど、《メイガス》に届くかしら』

 第一射が放たれる。四条の光の帯を叩き斬った。そこから先は、光と光の応酬が始まった。

 扇の一列を一閃し、八つに分割された帯を両断し、一条の極大を両腕の粒子剣で押し除ける。

 リプルの《メイガス》は、近付かせまいと多種多様な粒子砲撃をモノリスから放つ。

 トワの《プレア》は、それら全てを真正面で受け止め、斬り捨てる。その間にも、絶対に足を止める事はしない。

 離れていた筈の距離が、徐々に徐々に縮まっていく。

 数にしておよそ三十超、その砲撃と剣戟は続けられた。

 リプルは何も喋らない。驚いているのか、呆れているのか。それすら分からないが、分からなくてもいい。

 トワは荒い呼吸を繰り返し、棒のようになった手足にまだ動いてと懇願する。

 数にしておよそ三十超、遂に《プレア》は《メイガス》に追い付いた。斬り払った砲撃の数だけ、《プレア》は痛手を負っていた。斬っただけでは、完全に防いだ事にはならない。斬り損なった光やその熱が、《プレア》の装甲を容赦なく焼いていた。

 同調しているトワにも、それは分かっていた。自分の身体ではなくとも、やはり痛いし苦しい。でも、今の自分達にはこうするしかなかった。

「……届いたでしょう、リプル」

 からからになった喉でも、強がりぐらいは言える。

『届いただけでしょう、ファル』

 リプルの《メイガス》は、モノリスを大剣として構えた。そう、ここからが自分とリプルの戦いなのだ。

 至近に入り、モノリス粒子砲を無力化する。でも、それは《メイガス》に勝てる理由にはならない。《メイガス》に勝つ為の、必須条件の一つでしかないのだ。

 だから、まだ倒れる訳にはいかない。《メイガス》の背後を取る為、《プレア》で回り込もうとする。機動力だけなら、私と《プレア》の方が速い。

 しかし、《メイガス》も体勢を変えつつモノリスを盾のように掲げている。攻防の中で、隙を見出すしかない。

 《プレア》の両腕、イグニセル粒子剣で《メイガス》に斬り掛かる。下手な装甲ならいとも簡単に両断するイグニセルも、《メイガス》のモノリスを斬る事は出来ない。

 《プレア》の両腕をがむしゃらに振るい、《メイガス》に何度も斬り掛かる。イグニセル粒子剣を振る度、《メイガス》はモノリスを僅かに傾けてその衝撃を受け流す。

 両腕を交差させながら斬り、交差した腕を開きながら更に斬る。左腕のイグニセル粒子剣で突きをかまし、右腕のイグニセル粒子剣で左半身をなぎ払う。両腕を振り上げるようにしてかち上げ、そのままイグニセル粒子剣を振り下ろす。

 ありとあらゆる剣戟を叩き込むも、《メイガス》はモノリスを僅かに動かすだけでそれを凌ぐ。どうやっても、この防御を突破する事が出来ない。

「やっぱり、正面からじゃ」

 一度仕切り直し、そう呟く。

『……そうね、試してみようかしら』

 《メイガス》が動き、モノリスを右脇に構える。詰め寄ると同時に振り上げられたモノリスの剣身は、重く鋭いが遅い。

 ここしかないと、《プレア》をその剣筋に飛び込ませる。モノリスの斬撃をくぐり抜け、一瞬とはいえ《メイガス》の後ろを取る。

 回り込むと同時に一閃、《プレア》を回転させるように両腕のイグニセル粒子剣を振り抜いた。

 しかし、《メイガス》はモノリスを逆手に持ち、背後にその剣身を回してこちらの斬撃を防いだ。そのまま、空いた左手がこちらを殴打しようと裏拳をかましてくる。振り返る動作と攻撃を、同時にこなすつもりだ。

 《プレア》の姿勢を低く取り、その拳を躱す。避けた左手は大きな手を開き、今度はこちらを掴もうと迫る。

 また、お互いに向き合っている形になったが。今モノリスは防御の構えを取っていない。《プレア》の右腕を振り上げ、迫る左腕を斬り捨てた。

 ぞくりと寒気が走る。絶好の機会と思い動いていたが。その瞬間、《メイガス》の動きが変わったように見えたのだ。

 その瞬間、《メイガス》の右手は大剣モノリスを無造作に振り払っていた。《プレア》の左半身を狙った、大振りの一撃だ。

 その斬撃に対し、《プレア》は左腕のイグニセル粒子剣で受け止める。

 実体剣であるモノリスが、粒子剣であるイグニセルと鍔迫り合いをしていた。モノリスには翡翠の線が纏わり付いており、断ち斬ろうとしても刃が入らない。

 ならばと、右腕のイグニセル粒子剣を《メイガス》に直接叩き込もうと構える。だが、もう既に《メイガス》の左手は動いていた。

『やっぱり貴方、甘いのよ』

 《メイガス》の左腕は、翡翠の線に包まれている。軽く肘を引き、《メイガス》はその左腕をこちらに振り抜く。容赦のない殴打が目の前に迫る。肥大化した腕だけあって、その拳はハンマーと変わらない。直撃は避けなければと、意識を傾けたのがまずかった。

 《プレア》の左腕、イグニセル粒子剣とかち合っていたモノリスが不意に剣身を傾ける。抵抗力がなくなり、《プレア》の体勢が一瞬だけ崩れた。

 凄まじい衝撃が、装甲を突き抜けてトワの身体を直接揺さぶる。《メイガス》の左腕による殴打を、まともに受けてしまったのだ。

『ほらね。視野が狭いのよ。チャンスだと思ったの?』

 飛びそうになる意識を繋ぎ止め、もう一度《プレア》の目を開く。

「う……」

 今の殴打で、《プレア》と《メイガス》の距離は少しだけ離れていた。丁度《メイガス》の大剣、モノリスが効果を発揮する間合いだ。

 《メイガス》は、右手で構えたモノリスを横一文字に振り払っていた。咄嗟に右腕を突き出し、その斬撃をイグニセル粒子剣で受け止める。

 またもや大剣と粒子剣がぶつかり合う。さっきの攻防を顧みて、長く打ち合わずに後退を選ぶ。

 すると、《メイガス》も僅かに後退した。そのままモノリスの切っ先を、真っ直ぐとこちらに向ける。

「あ……!」

 意図に気付き、すぐさま左腕のイグニセル粒子剣で突きを狙う。しかし、モノリスに届くか届かないかという間合いで、その粒子砲撃は放たれた。

 目の前が光に塗り潰される。《メイガス》は、何も接近戦に付き合う必要はない。距離を取れば、こうして撃たれるのは当たり前だ。どうしてこんな簡単な事に、自分は気付けなかったのか。

 左腕を振り抜き、《プレア》の姿勢を変える。視界が潰されても、感覚だけで《メイガス》の背後に回り込もうと動き続ける。

 人の目では焼けているのだろうが、《プレア》の目ならばすぐに視界を取り戻す。光の渦から脱し、右腕のイグニセル粒子剣を《メイガス》に振り下ろす。

 同じように振り返り、モノリスを盾のように構えた《メイガス》がその斬撃を凌ぐ。

 構わず左腕のイグニセルで斬り掛かろうとして、力の流れが潰えている事に気付いた。

 《プレア》の左腕は、形は残っているものの焼け爛れ、イグニセルは完全に消失していた。力を入れても、指が幾つか動いてくれるだけだ。

 《メイガス》の粒子砲撃を受けた時に、完全に焼けてしまったのだろう。どうしたらいいのか分からず、頭が真っ白になる。

『よそ見をしていられる程の……』

 《メイガス》はモノリスを引き、突きの構えを見せた。

『……余裕なんかないでしょう!』

 大剣とは思えない、神速の突きが放たれた。肥大化した腕と合わせ、その間合いは恐ろしく長い。

「ッ!」

 残る右腕のイグニセル粒子剣で防ごうとしたが、それすらまずかったのか。《メイガス》の放った刺突は、突きであるが故に軌道が容易に変わる。

 《プレア》の右腕、イグニセル粒子剣と重なったモノリスは、その刃をすり抜けるようにして突きを伸ばし、横に斬撃を通した。突きから、斬り払いに剣筋を変えたのだ。モノリスは《プレア》の右腕を叩き潰し、基部を破壊されたイグニセル粒子剣は光を失う。

 一瞬の攻防で、両腕のイグニセルを失ってしまった。

「そん、な」

 反撃の手段はもうない。いや、それだけじゃない。

 リプルの《メイガス》が、モノリスを振り抜いた勢いのまま回転する。その勢いを一切殺さずに、モノリスを上段から振り下ろそうとしている。あんな一撃を受けたら、《プレア》でも耐えられない。

 反撃どころか、防御の手段もない。避けるしかないというのに、見てから避けようとしても遅いともう分かっている。

 どうしたらいいのか分からない。意識が凍り付いていく中、《プレア》の右腕が独りでに動く。

「《プレア》、何を」

 《プレア》の右腕、基部の潰されたイグニセルが、苦しげに雷光を迸らせながら粒子光を漏らす。形成された粒子剣は、最早剣とは呼べない代物だった。きっとそれはナイフにも満たない。出力の安定しないそれはゆらゆらと振れており、どちらかと言えば拳に近い。

 それ程までに、その刃は小さかった。

 《プレア》はこちらの意思とは裏腹に動き、《メイガス》の振り下ろしたモノリスにその右腕を叩き付ける。

『そんなもの、何の意味もないよ』

 リプルの《メイガス》は、構わずモノリスを振り抜いた。あまりの膂力(りょりょく)に弾き飛ばされ、《プレア》は体勢を大きく崩す。

 素早く詰め寄った《メイガス》は、左腕を伸ばして《プレア》を鷲掴みにした。軽く力を込められただけで、《プレア》の装甲は軋んでいく。

『そうね、もう一度聞くぐらいなら何とかなるかな』

 リプルはそう呟くと、何の躊躇いもなく《プレア》を放り投げた。体勢を立て直そうとするも、全てが遅かった。

 巨大な岩石に真正面から叩き付けられ、凄まじい衝撃がトワを直接痛め付けた。《プレア》との同調が途切れ、ちっぽけな身体でその痛みに震える。

 胃から何か込み上げてくる。咳込むと同時にそれが口から吐き出され、ヘルメットを汚していく。嘔吐してしまったのだろうかとヘルメットを外すも、やけに鉄の臭いがする。暗い中でも、それが血液である事は何となく分かった。べたべたとして気持ちが悪い。ヘルメットを脇に放り込み、動かないように押しやって固定する。

 落ち着こうとしても、結局深呼吸は咳に変わってしまう。何度も咳込み、その度に口の中が鉄の臭いで満ちていく。

 頭も身体も痛い。呼吸も苦しいし、視界が歪む。

 それでも、トワは両手を左右にあるスフィアグラフに添えた。《プレア》の目を開き、岩石に突っ伏している身体を動かそうとする。

「……リオだ。そっか、ここ」

 横を見ると、そこには《イクス》が寝転がっていた。リオもここに叩き付けられたのだろうか。怪我をしていないといいのだけど。

 《プレア》を起こし、《メイガス》の方を向こうと身体を動かす。片膝を付き、そこに佇んでいるだろう《メイガス》を見上げた。その動作の途中でも、何度か咳き込んでその度に呼吸が苦しくなる。

 傷一つない《メイガス》が、こちらをじっと見据えていた。随分とがっかりしているように見える。

 《メイガス》は、億劫そうにモノリスをこちらに向けた。

管理者権限(アドミニストレータ)を弾いた所までは良かったんだけど。肝心の戦いはまるでダメ。本当はね、ちょっと期待していたんだけど』

 実力不足は、フィルとの戦いでも痛感していた。フィルもリプルも、自分より遙かに強い。そういえば、フィルの時も追い詰められた。あの時に頼った手は、もう使えないだろう。あれは、ファルがいたからこそ出来たのだ。今度は、自分一人で勝たなければいけないのに。

『どうしようもないみたい。次はうまくやれるといいね』

 リプルは誰に話すでもなく、そんな言葉を浴びせてくる。それがとても嫌で、悲しくて。足りない言葉を振り絞って、精一杯《メイガス》を睨み付けた。

「勝手に、自分だけで……終わらせないで」

 直接戦ってようやく分かった。自分の力ではリリーサーに勝てない。でも、勝たなければ全て終わってしまう。そして、今ここで戦えるのは自分だけだ。

 だから、まだ私が終わりじゃないと言えば。それはまだ、終わった事にはならないのだ。

『そう? じゃあもう一度聞こうかしら』

 朦朧としていく意識の中、どこまでも自分勝手なリプルの声が響いた。

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