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刃‐ブレイド 悠久ニ果テヌ花  作者: 秋久 麻衣
「潜考と決別」
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勝つ為の術


 《アマデウス》格納庫、二機のプライア・スティエートの前で、リオは拭い切れぬ不安を押し殺していた。

 今はフラット・スーツを着込み、無重力に身体を泳がせている。戦いが近い、という事だ。

 リプル・エクゼスとの初戦、その敗北から丸三日は経過した。さしたる妨害もなく、穏やかな航行と言える。だが、この三日間は特に忙しかった。

 全てはリプルに勝利する為だ。次に戦えば、もう見逃してはくれないだろう。あれは、無策で勝てるような相手ではない。

「やれる事は全てやったけど」

 果たして、これで勝てるのだろうか。格納庫を見渡すと、珍しい人影が見えた。

 《アマデウス》の艦長であるイリアが、フラット・スーツを着て待機している。整備士であるミユリがそこに近付き、端末を見せながら何やら話し込んでいた。

 その後ろには、黄色に塗装されたifも見える。イリアの乗機、イリア専用機とも言える《シャーロット》だ。

 AGSの誇る純戦闘用if、《オルダール》の前身となったifだ。《オルダール》の型式番号はif‐04、あの《シャーロット》がif‐02だ。

 旧型機と言っても、性能は劣るどころか遙かに高い。当時の技術を用い、最高峰の性能を目指して作られたifだ。要するに、生産性も安全性も度外視で作られている。操縦難度も高く、イリアぐらいしか使いこなせないだろう。名実共に専用機という訳だ。

 イリアの使う《シャーロット》は強い。それはAGS内外にも知れ渡っており、敵側からは《マリーゴールド》と呼ばれているとか。

 今回は、イリアも《シャーロット》で出撃する。リプルと《メイガス》は強いが、イリアならばifでも互角に渡り合える……かも知れない。

「イリアさんなら、あの粒子砲さえ凌げば何とかする」

 問題は、その粒子砲への対処だ。格納庫にはもう一機、準備の終えたifが鎮座していた。

 鎮座と表現したのは、それがもの凄い貫禄を宿しているからだ。格納庫の空きスペースを占有しているそのifは、エリルの《カムラッド》だ。

 いや、正確には《カムラッド》に付けられた装備が、場所を大きく取っていた。

 腰に括り付けられた馬鹿でかいコンテナがそれだ。余程バランスを害しているのか、追加のバーニアが両肩に固定されていた。

 勿論、ただのコンテナではない。幾つもの弾頭がそこには入っており、そこから伸びたベルトは右腕のキャノン砲に固定されていた。短い銃身が特徴のキャノン砲であり、遠目からはまるでトンファーでも持っているように見える。

 相当な重装備だが、作戦の要とも言える機体だ。システムチェックを行っていたのか、その《カムラッド》の操縦席からエリルが顔を出す。こちらと目が合うと、彼女らしい苦笑を返してきた。気持ちは分かる。あんな重い機体、誰も操縦なんかしたくないだろう。

 あの装備は、通常の弾頭を用いてはいない。その弾頭は全て、粒子分散剤を内包してあった。粒子兵器は強力だが、それ故に防ぐ手段も存在する。触れた粒子を強制的に分解するこの粒子を用いれば、あのモノリス粒子砲を無効化出来る。

 数発程度しか保たないだろうが、その数発を凌げれば至近に入ることが出来る。至近に入る事が出来れば、また粒子分散剤を撒けるだろう。厄介な兵器は、使われる前に防ぐ。

 イリアの《シャーロット》とエリルの《カムラッド》、この二機が支援機として動く。

「リオ、近いかも。多分、もう少しでここに来るよ」

 トワの声に振り返ると、無重力の中を器用に泳ぎながらこちらに手を伸ばしていた。フラット・スーツを着ており、その上からあのパーカーを羽織っている。薄手のパーカーがひらひらと、気流を受けてはためいていた。

 その手を掴み、こちらの身体を軸にしてトワを地面に下ろす。空中で姿勢を変え、トワは綺麗に着地して見せた。

「一応予定通り、かな」

 トワにそう返し、二機のプライア・スティエートを見上げる。《イクス》と《プレア》は、前回と変わらぬ姿でそこに佇んでいた。多少の損傷は、目立たない程度に修復されている。忙しかっただろうに、ミユリは仕事をきちんとこなしていた。正直凄い。

「うん。みんなの考えた作戦も、予定通りだといいね」

 トワの言葉に頷き、そうなって欲しいと胸中で返す。

 自分とトワ、《イクス》と《プレア》は牽制を受け持つ。それが可能なだけの機動力は確保しているし、一番狙われるとすればこの二機だ。

 それに、まだ未知の機能もある。リプルと《メイガス》が、何をしたのかは定かではないが。《イクス》は突如として機能を停止した。《プレア》も、同じように停止させられる危険がある。攻撃機が、絶好の機会に停止させられていては話にならない。対処法が見つからない以上、歯痒くとも支援に回るしかないのだ。

「僕とトワが牽制と攪乱、イリアさんが近接支援、エリルさんが粒子砲対策。あとは」

 ここには既にいないが、リュウキの《カムラッド》が攻撃機を務める。ここは、それ程目立つ残骸がある宙域ではない。機動力が活かせる戦場だが、不意打ちには向いていないと言える。だが、遙か遠くでスコープを覗く分にはその限りではない。

「私はとにかく、リプルの気を引けばいいんでしょ?」

「そう。油断させて後ろから撃つ。成功すれば、話す間もなく倒す事になるから。恨まれるかも知れないけど」

 殺し合いの時点で、卑怯も何もない。それでも相手はトワの、ファルの家族だという人物だ。騙し討ちをする事に、多少の抵抗があるのは事実だった。

 しかしトワは首を横に振り、少し悲しげに微笑んだ。

「多分、恨まないよ。なぜかは分からないけれど、リプルなら納得するんだろうなって思う」

 自分の死を、リプルは納得するのだろうか。消えていったファルは、これで最後にしてと願った。リプルは、一体何を願っているのだろう。

 トワが不意に、視線を中空に向ける。格納庫の壁が広がっているだけで、そこには何もない。いや、きっとトワには見えている。

「……来た」

 トワは中空を見据えたまま呟く。赤い目が揺れ、トワの表情が悲痛の色に染まる。

「行かなきゃ。ちゃんと……向き合うんだから」

 囁くような声でトワはそう続けた。誰に伝えるでもなく、自分に言い聞かせるように。

 リリーサー、リプル・エクゼスとの戦いは避けられない。先延ばしにした評決を、今ここで示すのだ。





 ※


「来たな。気付いてる様子はなしっと」

 操縦席でリュウキは一人呟く。通信回線を繋ぐ事すら出来ないので、一人で喋るしかないのだ。メインウインドウには、明瞭に映し出された紫のプライア・スティエートが見える。こうして見ると近いが、実際にはおいそれと視認出来ない距離に位置している。

 作戦宙域の遙か後方で、リュウキの《カムラッド》は巨大な粒子砲を抱えていた。

 まあ、正確には抱え込まれているとリュウキは笑みを浮かべる。if一機を、粒子砲のインターフェイスとして流用しているような物だ。つまり、本体はこの馬鹿でかい粒子砲と言い換える事も出来る。

「《アマデウス》左舷の粒子砲を丸々改修した即席砲台、いや狙撃砲か? 我ながら狂ってるな」

 通常の火器では届かないし、まず威力が足りない。ならばと考えたのがこの即席狙撃砲だ。手持ちの装備ではどうにもならないので、《アマデウス》から拝借したという訳だ。

 BSの装備をifで運用出来る筈もない。照準調整以外の機能はなく、連続で撃つ事も出来ない。たったの一発で、粒子砲に内蔵したエネルギーは全て使い果たす。予備カートリッジで何とか二発撃てるだろうが、それ以降はない。

「光の速度でも、若干逸れるだろうな。それを見越して照準を付けて」

 問題はそれだけではない。リプルの《メイガス》が使うモノリス粒子砲を防ぐ為、粒子分散剤が戦場に散布される手筈になっている。当然、この狙撃砲も例外なく効果を受けるだろう。

「隙を狙い、散布状況を見計らい、一撃で操縦席を撃ち抜く。馬鹿の大盤振る舞いって奴だな……」

 リュウキはそうぼやくも、今回は誰も小言を返してくれない。

「エリルの嬢ちゃんが恋しくなってきたな。さて」

 ライブ会場に愉快なメンバーが揃いつつある。あそこにいる全員の命運を、自分が握っていると思うと嫌な気分になるが。

「余計なお世話だって怒られるんだろうな、多分」

 黙って仕事をしろと一喝されるに違いない。口元を緩め、狙撃用のサブウインドウを形成する。狙撃手がスコープを覗き込むように、望遠された戦場を覗き見る。

「ああ、大丈夫だな。これなら当てられる」

 外す気がしない、という奴だ。こういう気分になっている時は、的が何であれ射抜ける。そういえば、イリアにも気分屋シューターと揶揄されていたとリュウキは思い出す。自分に相応しすぎる称号だと、思わず笑いそうになる。

「あとは、待つだけだな」

 銃身と連動したハンドグリップに軽く手を添え、リュウキは狩人の目でサブウインドウを見据える。

 僅かしかないだろう隙を、幾つもない機会を狙い穿つ為に。

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