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刃‐ブレイド 悠久ニ果テヌ花  作者: 秋久 麻衣
「困惑と黎明」
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彼女の流儀


 開示された情報通り、小型偵察機の光学カメラは白亜の船体を映し出していた。無人であることを条件に小型化され、デブリ擬態を施されている。死人も出ず、疲れもしない機械の兵士は、広い宇宙の偵察任務に重宝している。あくまで偵察任務のみではあるが。

 その映像をリンク先で見ているのは小型BS《ローグロウ》のブリッジクルーであり、皆一様に口を噤んでいた。

 だが、いつまでもそうしていられる訳でもない。意を決してか、副艦長が咳払いをした。

「艦長、どうやら情報は正しいようです。座標やルート、BSの装備についても。ただ、いい気分にはなれそうにないですが」

 艦長席に腰掛けながら、リアルタイムの映像と副艦長の報告を併せていく。いい気分にはなれない、当然だ。

「確かに。まあ、罠だろうがそれにしても妙だ」

 《ローグロウ》は大打撃を受けた。と言っても艦は無傷であり、if二機が小破、一機が中破、そして一機が大破。操従兵も一人失った。

 一機と一人を失っただけ。数字で見ればそれだけの話だ。だが、一人だからと割り切れるわけではない。大切なクルーであり、将来有望な奴だった。借りは返す。

「本来ならこの情報で誘い出し、この《ローグロウ》を叩くのが目的だろうが、それにしちゃ妙だよ」

 開示された情報には敵BSのスペックまで事細かに記されていた。加えて、周辺宙域にAGSの艦は見えない。つまりあの敵BS、情報を信じるなら《アマデウス》は孤立無援の状態だ。

「考えられるのは、AGS内部にあの‘白塗り’を消したい奴がいるって事でしょうか」

 副艦長がこちらの思考を読み取っているかのように発言する。議論を早める為の、より迅速に考えを巡らせる為の合いの手だ。

「そうだろうな。事情は知らないが、俺達は利用されてる訳だ。だが」

 にやりと副艦長が笑みを浮かべる。これから言わんとしていることを、彼はもう分かっている。

「あの‘白塗り’に借りを返す。俺達は利用されるが、俺達も利用してやればいい」

 ‘白塗り’こと《アマデウス》の思惑は分からないが、今度こそ打倒する。

「ポイント近くに《バリーナス》がいたな。連絡を取れ。共同戦線だ。あそこの艦長とは見知った仲でな」

 ウィルバー級小型BS、《バリーナス》。《ローグロウ》と同型艦であり、向こうの艦長は気の良い奴だ。快く協力してくれるだろう。

「操縦兵にも伝えておけ」

 失っていいクルーなどいない。だからこそ皆思っている。なぜ彼女なんだ、と。

「マーシャの弔い合戦だ、獲りに行くぞ!」





 ※


 イリアがうんうんと唸っているのを見て、長い休憩時間が終わったのだとリーファは感付いた。

 乾かしきれなかった髪を気にしつつ、自分の指定席である通信管制席へと腰を下ろす。

「艦長、どうしたんですか」

 見当はついていたが、一応聞いてみる。

 イリアは唸るのを止め、心底困ったという表情を浮かべた。ということは、そこまで脅威は無いらしい。イリアが表情豊かな内は割と安泰である。

「見つからないように頑張ってたけど、追っ掛けてるのがいるみたい。しかもこの前追い払った奴。変だよね、見つからないように動いてたのに」

 それに、とイリアは続ける。

「もう一隻と合流して増速してるのよ。これは仕掛けてくる気満々だねえ」

 あっけらかんと言ってみせるイリアだったが、事態は思っていたよりも深刻そうに聞こえる。

「この前、あのウィルバー級ですね」

 それがどんな部隊だったかよりも、その撃退に貢献したトワの所業が脳裏にちらついていた。バラバラになったifの影が、死そのものを連想させる。

「そう。合流したのも同型だね」

 こちらの心中をまったく意に介さないイリアの様子は、むしろ安心材料の一つになる。が、性分なのかそれでも聞かずにはいられない。

「大丈夫なんですか。さすがに二隻同時は大変だと思いますが」

 イリアは人差し指を唇に当て、じっと考え込んだ。

「それについては大丈夫だよ。アストちゃんもいるしね。それより問題は、何でばれたか、なんだよね」

 確かに、いつもなら‘仕掛けてくるのが分かる’前に‘仕掛けてくる危険性がある’という事をイリアは気付く筈である。

「まあ、熱心なファンがいるって事だけど。そのファンがどっちにいるのかが問題かもね」

 意味深な事を言うイリアだが、その内容に言及する前に乾いた音が思考を遮る。イリアが両手を合わせた音だった。

「さあて! とりあえずリーファちゃんの言う通り歓迎準備をしますか!」

 にこりと笑みを浮かべるイリアは、その容姿と相俟って小悪魔的な印象を見る者に抱かせる。同性から見てもその自信に満ち溢れた姿は、魅力的であり時に眩しく映る。

「リオ君とアストちゃんも呼んじゃって。作戦会議だよ!」

 高らかに宣言するイリアの前では、どんな戦場であっても無事でいられる気がした。

 自由にして勝利の女神、誰が言い始めたかは知らないが、まさにイリアの為にある言葉だと感じる。

 もう既に、不安は胸中になかった。





 ※


 宙域を漂いながら、ifの状態を順次確認していく。

 バーニアを蒸かした急加速から、回避機動を模したバレルロールを左右一回づつ行う。そのまま急速反転を二回掛け、敵BSがいるだろう方向へ向き直った。

 if‐04《オルダール》、ミユリが調整しただけあってかなり素直に動いてくれる。多少の違和感はあるが、すぐに慣れてくれるだろう。

「それで、僕はいつも通り叩きに行けばいいんだよね?」

『はい。リオさんは座標に従い、敵ifを抑えてください。アストさんがもう一隻の方を抑えます』

 リーファの指示とレーダー情報を照らし合わせていく。現在、《アマデウス》は進行方向を反転し、こちらを追跡している敵BS、《BS1》に向き直っている。

 《BS1》と合流、随伴していた《BS2》は散開し、大きく迂回しながら《アマデウス》を目指している。挟撃するつもりだろう。

 正面から仕掛けてくる《BS1》を自分が、迂回してくる《BS2》をアストラルが抑える、という作戦だ。随分と単機頼みな戦術ではあるが、いつも通りと言えばそれまでだ。

「了解。その、リーファちゃん。トワは大丈夫?」

『ちゃんと医務室でアリサさんといます。勝手な行動は、しないと思いますよ』

 大人しくしてくれると良いのだが。また前回のような光景を見るのは御免だった。脳裏には表情豊かになりつつあるトワが浮かび、間髪入れずそのトワが引き起こした事象、バラバラにされたifの姿がちらついてみせる。

 ブリーフィングにて、戦闘中はアリサが預かるというように決めていた。今のところ、問題は起きていないようだ。

「ならいいけど」

 続けて装備のチェックを行う。今乗り込んでいる《オルダール》には、いつもと同じように武装がほぼ全てのマウントを使って搭載してあった。

 右脚部、人でいう太股辺りにヴォストーク散弾銃が一挺。左脚部にナイフラックが一基、それに格納されたSB‐2ダガーナイフが計四本。左肩部には小型のシールドが固定されている。それは飾り気のないシンプルなものだが、単純故に固い。これなら思いっきり肩からぶつかりに行っても問題ないだろう。腰部にはテールポインターが固定され、TIAR突撃銃と各種予備弾倉が括り付けられている。その後ろ姿からマグスカートと呼ばれることもある装備だ。

 これまでの物は割とよく見る装備でありよく使う装備でもある。だが、右肩部にある物はその範疇には無かった。

 長剣、或いは長刀と表現すればいいのだろうか。ifが使うには些か大きいだろう実体剣が、右肩部にマウントされていた。全長八メートルのifが、柄から切っ先まで含めて七メートルはある刀剣を肩に括り付けているのだから滑稽極まりない。

 その実体剣は片刃、ハイブリッド加工された刀身が鈍い黒に染まっている。切断能力のある片刃の反対、峰に当たる部位は文字通り凹凸で構成されていた。一見鋸のようにも見えるが、この凹凸に切断能力はない。これはもっと別の、有用な使い方ができる。

 一般的な刀剣に比べ、肥大化している鍔のせいで凶悪なシルエットを持っているが、この鍔はシルエット通り凶悪だ。この実体剣、E‐7ロングソードは《オルダール》と共に届いた試作品であり、この鍔には散弾が発射出来るようになっているらしい。使い方は簡単で、敵に切っ先を向けてトリガーを引けばいい。ソウドオフならぬソードインショットガンという訳だが、果たして使い物になるのか。

 装備に問題はない。全ての項目にグリーンチェックが入っていることを確認し、溜息を一つ吐く。

『どうしたんですか』

「いや。この肩のでっかい剣、目立つなあと思って」

 E‐7ロングソードのことだが、あまり戦場では見ない装備だ。ミユリの話ではサードパーティー製のテストモデルらしい。

『確かに大きいですが』

「でしょ? これじゃまるでニンジャだよ」

 自嘲気味に言ってみる。本来ならこういった装備はしないのだが、前回狙撃銃を鉄パイプ代わりにしてしまった件からノーと言えなくなってしまった。あの時は友軍機からサムライと言われたが。

『ニンジャ、ですか』

 リーファの語尾が下がる。これは疑問に思っている時の声だ。

「そう、ニンジャ。イリアさんが言うには、日本の特殊部隊らしいよ。刀一本で現行する戦車とかを撃破可能で、換装無しで宇宙にいけるって言ってた。強いらしいよ」

『絶対それ違いますよ。大体、艦長の日本の知識なんて当てにならないですし。前も変な料理作ってたじゃないですか』

 怪訝そうなリーファの声色に笑みが浮かぶ。確かにイリアは、日本文化に対して妙な勘違いを起こしている時がある。

「ああ。あのしょっぱいプリンでしょ? あれカルチャーショックだったなあ」

『あれが日本のプリンだなんて、確かにショックですけど』

 奥の方でそれは茶碗蒸しだと、リュウキが訂正しているのが聞こえる。

 ふと横を見る。アストラルの操る空間戦闘機が、一直線に通り過ぎていった。

「やっぱり早いなあ」

『アストさん発進しました。もう見えたみたいですが』

 この作戦の第一手は、アストラルの強襲にある。普通なら航空機、つまりffでBSやifを足止めするなど不可能だが。

「お手並み拝見、って感じなのかな」





 ※


 一瞬にしてトップスピードに達したff‐BOX89《ティフェリア》は、《アマデウス》に向かって迂回している《BS2》に向けて一気に接近していた。前進翼、小型複翼を採用された《ティフェリア》のシルエットは流線的でありながらも攻撃的であり、今はアストラルの意思を表すかのように猛然と突き進んでいた。

 《ティフェリア》の操縦席にいるアストラルは、対衝撃加工が施されたフラット・スーツを身に纏い、細い指をごてごてとしたハンドグリップに絡めている。

 親指で安全装置を兼ねたカバーを横に弾いた。露出したスイッチトリガーに親指をあてがい、アストラルはにやりと笑みを浮かべる。その目はしっかりと目標である《BS2》を捉え、その瞬間を逃さないようにタイミングを見極めようとしていた。

 距離は縮まっていく。接近を良しとしない《BS2》から迎撃機銃の火線が殺到する。ifはまだ出撃していない。出すつもりもないだろう。《BS2》の乗員にとってff一機など大した戦力ではなく、いち早く挟撃の形を取るべく足を止めるわけにはいかないからだ。

 アストラルは最小限の動きをもって火線をかいくぐる。もともと対ミサイル用の迎撃機銃だろうそれに当たる道理はない。目標に向かって高速飛来するだけのミサイルと、乱数機動が出来るffでは前提が違う。

 そして、知る由はないとはいえ、《BS2》が迎撃機銃を起動しているのは失敗だった。装甲の内側にあった機銃を、破壊してくれと言わんばかりに露出させてしまっているのだから。

 しつこく迎撃を続ける《BS2》の直上を通り過ぎるその一瞬、アストラルはあてがった親指でスイッチトリガーを押し込んだ。撃発指令が一瞬にして伝わる。

 《ティフェリア》の主翼下部、ウェポンラックに固定された武装コンテナ底面が吹き飛んだ。中を覗くのは無数の弾頭、鉄の釘が所狭しと敷き詰められている。間髪入れずその鉄釘が真下に、つまり《BS2》に降り注いだ。絨毯爆撃ならぬ絨毯釘打ちは、予想以上の破壊をもたらしていた。《BS2》の上部装甲は無数の釘が突き刺さり、迎撃機銃のほとんどが機能しなくなっている。《BS2》は盾の一つを失ってしまった。

「バランスが大事でね。あんまり重すぎると接近できないし、量が少なくても被害を与えられない。その点、この釘は便利なんだよね。結構痛いでしょ?」

 使い切った武装コンテナを切り離し、誰にという訳でもなくアストラルは呟く。既に《BS2》は遙か後方に位置している。フリーアクティブジェットノズルとサブジェットノズルが荷電放炎を纏いながら最小半径で《ティフェリア》を反転させた。再び《BS2》に機首を向けている事になるが、今度は接近せずにミサイルを二発撃ち込む。《BS2》の迎撃能力が無くなった以上、無理に突っ込む必要もない。目論見通りミサイルは《BS2》後方にあるメインエンジンに吸い込まれるように直撃した。大きく推力を失ったあの状態では、《アマデウス》に近付くのは相当難しくなるだろう。

「さあて、後は向こうが反撃できない距離からバシバシ撃ってけばいいだけってね」

 《BS2》の艦載機であるif部隊が緊急発進を掛け、母艦を守るべく応戦を開始する。

 だが応戦するif《カムラッド》は、四機全てが対BS戦を想定しMLRロケットランチャーを装備していた。足が早く、遠距離に位置している《ティフェリア》に直撃を狙うのは難しい。

 とにかく防衛をと考えて出撃したまでは良かったが、近付いてくれればともかく、こう距離を離されては飛来するミサイルを撃ち落とすので精一杯である。

 アストラルの攻撃は続く。《ティフェリア》は一定の距離を保ちながら、誘導するミサイルと直進するロケットを織り交ぜて浴びせる。ifによる迎撃は完璧ではなく、《BS2》のダメージは確実に蓄積していた。

 足の速いffに対抗するため、《BS2》はメインハッチから武装を散布することで対応しようとする。直接if部隊に武装を供給し反撃するための一手だったが、これも裏目に出てしまった。

 ミサイルに混じったロケット。狙い澄ましたかのような一撃が武装群に直撃し、手に取ろうとしていたif一機を巻き込んだ。両腕を失ってしまったifは、最早固定砲台としてミサイルを迎撃することすら出来ない。《BS2》の戦力図は大きく傾き、全てがアストラルの、そしてイリアの思惑通りとなった。

 戦場の流れを掌握された《BS2》が出来る反抗は、もうほとんど残されていなかった。

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